第169話 戦鬼
都市全体が赤い液体に包み込まれてしまい、まるで生き物の体内にいるかのようだった。
「もう始まってしまったのさ。君は僕たちをどう止める気だい?」
クロッシングによってグリードと共有した知識と記憶を辿る。
(シンは地上の……ハウゼンの人々を使って彼の地への扉をこじ開けようとしている)
生贄だった。地下都市グランドルの上にはハウゼンがある。
あの巨大な赤い液体を地上まで伸ばして、上に住まう人々を取り込む気なのだ。
そこで殺した大量の魂を扉へ送り込み無理やり開け放とうとしているのだ。
「君はマインとずっと戦っていればいい。その間に僕は君の大切な者たちを利用させてもらう」
「ふざけるなっ!」
「君がよくやることだろ、暴食? そうやって何かを糧にして強くなってきたんだろ? さあ、生きた人間たちの良質な魂を捧げて、最後の一押しだ」
赤い液体の中にいるシンはそう言って、人工太陽へ向けて上昇していく。
途中、エリスの銃撃を幾度となく受けるが、取り巻く液体に阻まれてしまう。
「無駄さ。このためにずっと力を溜めていたんだ。それくらいの攻撃で止められると思ってるのか!? 愛嬌だけが取り柄の女に何ができる?」
俺もシンを止めようとするが、マインによって阻まれてしまう。
「君の相手は彼女だろ。忘れてもらっては困るな、暴食。大罪スキル保持者同士で仲良くしていろ」
エリスが更に激しい銃撃を行っていくが、地上への上昇をわずかに食い止めるだけだった。抑え込むにも火力が足りていないのだ。
それでも時間は稼げている。一刻も早くマインを無力化しなければ、
「マイン!」
襲いくる黒斧を躱して、黒剣で斬り込む。
その動作はすでに彼女に読まれているようで、いとも簡単に避けられてしまった。
さっきよりもスピードが上がっている。黒斧は重くなっているはずなのにだ。
俺はマインの額が変化していることに気がついた。
二本の角が伸びている。そして、淡く輝き始めていた。
(憤怒スキルが高まっているぞ。あれは暴食スキルと似たようなものだ。怒れば怒るほど力が増す。それに伴って、心や感覚が壊れていく。あの様子ならマインはもう引く気はないぞ)
「このままだとマインじゃなくなってしまう?」
(お前は知っているはずだ。マインはお前に味覚がないって言っていたな。それは憤怒スキルの影響だ。昔、あいつは大暴れしたことがある。その時に、失ってしまったのさ。……それほかにも失ったものがあるのかもしれないがな)
大きな斧なのに一撃が格段に速い。
重さが増していき攻撃速度が落ちるというハンデが、憤怒スキルによって無くなっていた。
互いに力が増す。この相乗効果は相性が抜群だった。
まさにパワー極振り。そして、それを使いこなす力強いスピードも兼ね備えている。
器用貧乏な俺とは違って、単純だからこそ、さらに強い。
躱しきれなくなり、防戦一方になっていく。
「まずい!」
こうなってしまえば、ひたすらに悪循環だ。
なぜなら、黒斧の攻撃が倍がけに増していくからだ。
(マインを傷つけたくないのはわかるが、このままだとやられるぞ。黒剣の刃の切れ味を戻すぞ)
「ダメだ。俺はマインを止めるために来たんだ。決して殺し合うためじゃない」
(なまくらのままでは、黒斧に容易く弾かれるだけだぞ)
「それでもだ」
撹乱するためにエリスが用意してくれていたファントムバレットの幻影たちは五人いた。
それもあっという間に叩き割られてしまう。
(悠長なことを言っているとお前もああなるぞ)
真っ二つはごめんだな。
それでもエリスが、ファントムバレットを再度打ち込んでくれる。
シンの進行を止めながら、俺のことにも気をかけてくれているようだ。
(あいつは昔からそういうやつだ。飄々としているくせに、ちゃんと周りを見ている)
俺が暴食スキルに目覚める前から王都で陰ながら見守っていてくれたらしいからな。もしかしたら、グリードと引き合わせるように画策していた可能性だってありそうだ。
合間を縫って作り出してくれる幻影たちによる撹乱によって、俺は初めてマインに攻撃を加えることができた。
黒斧を握っている右腕に一撃。
心の中で謝りつつも、力を込めた斬撃だった。
手応えあり。握りが弱くなり黒斧がわずかに下がっていく。
(このまま、スロースを奪うぞ)
「おう」
しかしそれは罠だった。右腕を痛めたふりは俺を誘い込むために演技していたのだ。
あれは有効打になっていない。それに気がついたときには、俺は爆風の中にいた。
「なっ!?」
グリードが黒剣を素早く黒盾に変化してくれたことで、直撃は免れた。
しかし、体がすっぽりと隠れるほどの大盾の後ろにいたにも関わらず、左腕の骨が折れていた。
これが《ノワールディストラクト》か。
黒斧に溜め込んだ力を開放させる奥義。ハニエル戦で一度だけ見たときは、下半身を吹き飛ばしていた。
今回は憤怒スキルを開放して、戦鬼化した上での《ノワールディストラクト》だ。
グリード自慢の黒盾――その絶対的とも言える防御力を超えて、衝撃を与えてきたのだ。
すぐさま、自動回復スキルと自動回復ブーストスキルが発動して、折れ曲がった左腕を癒やし始める。
そんな隙をマインが見逃すわけがない。
躱すこともできずに黒盾で彼女の攻撃を受け続けることになってしまった。
(まずいぞ。もう一度奥義を放たれたら、お前がもたないぞ)
残された片腕が破壊されて、戦闘不能である。
こうなったら、ステータスの低下をしてでも、こっちも奥義を出すしかない。
マインの《ノワールディストラクト》に合わせて、俺は第三位階の奥義である《リフレクションフォートレス》を発動させる。
これは相手の攻撃を倍返しで反射させる奥義である。
「なにっ!?」
普段なら反射できるはずなのに、マインが放つ奥義と拮抗してしまったのだ。
大罪武器同士の奥義となれば、思ったようにはできないようだ。
ようは、力比べだ。
マインの《ノワールディストラクト》が上か、それとも俺の《リフレクションフォートレス》が上か……それだけの単純な話になってくる。
そうなってしまえば、マイン優位に働いてしまう。
なんせ、彼女の戦いはパワー極振りだ。
「押し負ける……」
今もなお、マインは憤怒スキルの力を強めていく。
ジリジリと黒盾が押されていき、このままでは《ノワールディストラクト》の直撃を受けかねない。
(フェイト、暴食スキルを開放しろ!)
これ以上は無理だ。実はもうとっくに暴食スキルの半分を開放して、半飢餓状態になっていたからだ。
この先にある全開放をしてしまったら、ガリアの地で起こったことを繰り返してしまう。マインを止めることもできず、ただの暴走した化け物だ。
それにアーロンと必ず帰ってくると約束もしたんだ。
まだ、俺には暴走スキルの本来の力は引き出せない。
だけど、そんな俺にもまだ頼れる人がいる。
「ルナ、俺に力を貸してくれ!」
俺が呼ぶ声とともに、《ノワールディストラクト》が黒盾を押し切ってきた。
その威力は衝撃的なもので、あたり一面に大きなクレータができてしまうほどだった。
古の建物が次々と倒壊していく中、俺はゆっくりと立ち上がる。
俺を中心に、青いバリアが展開されていた。そして、守りを固めるように灼熱の炎の球体がいくつも浮かんでいた。
その姿を見たマインは、一歩だけ後ろに下がった。
「マイン、俺だけじゃないって言っただろ」
「ルナ……」
戦鬼と化したマインの口からまたしても、妹の名がこぼれ落ちた。
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