第168話 クロッシング

戦鬼と化したマインからの重い一撃。

更にはシンからの赤い触手攻撃も躱して追撃する。


「『お前は邪魔なんだよ』」


 切り落として、赤いスライム状になったシンに向かうが、


「おっと、相手は僕じゃないだろ」


 そう言って、またしても彼は地面に溶け込んでしまう。


「エリス、シンの位置を教えてくれ」

「ここだよ」


 東の建物の影を黒銃剣で撃ち抜いてみせる。

 手応えあり。地面から赤い液体が溢れ出したのだ。


「よしっ、いい感じ。マインに気をつけて、あれはもう我を失っているから。ボクはタイミングを見ながら、ファランクスとファントムでサポートする」

「『助かる』」

「シンが邪魔しないようにもするから、今から見通しの良い場所に移動して援護する。だからね……」

「『射線上に入るなだろ』」

「わかっているね。あははっ、まだクロッシングの影響が出ているよ。声が混じっているじゃないか」


 こんなときにもエリスは面白おかしく言ってくる。

 おそらくエリスはもうクロッシングをしている。明らかに先ほどと違って動きが良いからだ。


 クロッシングは大罪武器と心をシンクロさせることをいう。

 つまり、今の状態はグリードでもあり、俺でもある。


 まさに一心同体。もう黒剣は俺の体の一部である。


 そして、最大の利点は……。

 凄まじいマインの攻撃を受け止めることができる。


 ぶつかり合うだけで衝撃波を発して、周りの建物に亀裂が入ってしまうほどだ。


 力を増すスロースの重みに防戦一方だった俺は初めて、彼女の攻撃を押し返した。


「マイン、俺だって強くなっているんだ」


 聞こえるはずのない彼女に向けて言う。

 あれはおそらく暴食スキルが暴走しているときと似たようなものなのだ。

 グリードと同調しているからわかる。彼の知識がある程度共有できているからだ。


 暴走と言っても、完全なものではない。憤怒スキルを開放する前に、倒すべき標的を予め決めているんだ。


 つまり、今回の標的は俺だけだろう。


 なぜなら、マインは俺しか見ていないからだ。周りにいるエリスもシンも眼中にない。


 クロッシングは、グリードの戦闘技術や知識を得られて、アシストされる。

 加えて、思考も二人分になる。

 まあ、グリードの影響で少しだけ口が悪くなってしまうのはたまに傷だけどさ。


 思考の統合も落ち着いてきた。つまり、ここからクロッシングの本領が発揮できるということだ。


「いくぞ、マイン!」


 戦鬼と化した彼女へ向けて、今度はこちらから黒剣を振るう。

 受け止められてしまうが、予想範囲内。

 そのまま体をよじると、遠くから銃声が鳴り響いた。


 銃弾は寸分違わず黒斧の柄に命中する。握りが甘くなった瞬間を俺は見逃さなかった。


 戦うつもりでここにやってきたのだ。終わった後に謝罪ならいくらでもする。


「ぐっ!」


 俺はマインの小さな体――腹部を蹴り込む。

 まったく手加減などしなかった。

 彼女は近くにある建物の中へ突っ込んでいった。


 すぐさま追撃だ。これでスロースを手から離してくれると淡い願いをしていた。

 しかし、彼女はしっかりと黒斧を握ったままだった。


 この隙をついた攻撃はもう彼女へ通用しないだろう。


 なんせ、彼女は……。


 瓦礫の山から、何事もなかったように出てくるマイン。まるであの重そうな瓦礫が綿毛でできているかのようだった。


 そして、一瞬で俺に詰め寄って、黒斧を上段から振り下ろす。

 身をよじって躱すが、そこには彼女の足蹴りが待っていた。


 今度は俺が建物の瓦礫の下だ。


「やっぱり……俺と違って、天賦の才だ」


(そういうな、俺様とて戦闘には自信がある。といっても、マインはそれだけのために人工的遺伝子操作されて生まれてきた。そして俺様のよりも大罪スキルの適性は高かった。だから、ルナのようにならずにすんだのだ)


「ルナとマインって肌の色が違うけど……姉妹って言っていた理由……」


(お前はもう聞いているんだろ。同じ実験室で……試験管の中から生を受けた存在。元となっている遺伝子は一緒だ。ただし、各々が何らかの操作をされていた。だから兄弟でありながら、見た目が違うのさ。ちなみに俺様は、別の実験室だったわけだ)


 俺とグリードがシンクロしているため、彼の思考が俺のものとして混ざってくる。


 ハニエル(ルナ)を倒したときに見えた記憶。実験室で幾人の子どもたちが白衣を着た人間たちに検査されている様子。


 グリードも似たような記憶があったのだ。なにかの実験で彼はルナと一緒になり、仲良くなって話をしている記憶が流れ込んできた。


(おいっ、いらないことは見るんじゃない)


 怒ってくるグリードだったがこれは不可抗力ってやつだ。

 なんせ俺たちは、クロッシングを完璧にこなせていない。だから、時折互いの過去の記憶を無理やり覗き込んでしまうのだ。


「戦いの中で、グリードの過去を見せられると集中できなくなっちゃうな」


(だから、精神鍛錬が不足していると言っているのだ)


 俺としては、秘密主義のグリードを知ることができてかなりお得でもあるけどな。ただ悠長に見れるときではないけどさ。


 この戦いが終わったら、グリードはいろいろと俺の疑問に答えてくれる約束をしてくれている。なぜそうなったのかは、クロッシングが大きな理由の一つだろう。

 やっとグリードのことでいろいろと話せるんだ。


「俺たちでマインを止めるんだ」


 戦鬼と化したマインへ黒剣を向ける。

 力を暴走させているが、戦うための理性はわずかに残しているのか?

 むやみな攻撃はしかけてこないからだ。


 ちゃんとタイミングを見計らうように少しずつ少しずつにじり寄る。


「マイン!」


 俺の呼びかけで、再び戦闘が始まった。

 マインが持つスロースは攻撃するたびに重くなっていく。


 まともに黒剣で受けていては力負けしてしまう。

 まずは躱していき、スロースの重さが極限にまで達するのを待つんだ。


 以前にハニエル戦で一緒に戦ったことを思い出す。

 マインは言っていた。

 攻撃するたびに、この武器は重くなっていき敏捷力を削ってしまうデメリットがあると。


 それが真実ならあの武器の重さには限界があるはずだ。


 重くなってうまく扱えないというタイミングで、スロースを奪う。

 単純だがとても難しい。


 俺たちの知る限りでは、スロースの奥義は一つだけで、《ノワールディストラクト》という。

 溜め込んだ重みと破壊力をすべて開放させるものだ。


 もし限界まで溜め込んで、放った力はどれほどのものか……想像するだけで恐ろしい。グリード曰く、ハニエル戦では側で戦っていた俺のために、最小限で奥義を放っていたらしい。


 つまり、スロースを限界まで重くする。かつ、その状態で奥義解放させずに、スロースを奪うことがまず第一段階だ。


 マインの攻撃を受け止めてしまえば、その反動がスロースに蓄積されてしまう。

 俺は猛攻を躱しながら、たまに受け止めてスロースの重さの変わり具合を確認していく。

 そんな余裕めいた戦いを果たしてマインが許してくれるだろうか?


「チッ、もう俺の攻撃に対応してきた」


 今まで躱せていたものが、タイミングがずらされる。

 緩急をつけながら、攻撃してきたのだ。脇腹を斬り裂かれる!?


 遠くから銃声が鳴り響き、黒斧の軌道を変えてくれた。


「エリスか!」


 そして、続けざまに俺にも着弾する。ファントムバレットだった。

 撃たれた対象と同じ幻影を作り出して、撹乱するものだ。


 生まれた幻影は五体。やるじゃないか!


 以前の練習で俺に見せてくれたことがあったが、そのときは三体が限界だった。

 それよりも二体も多いとは、これもエリスとエンヴィーのクロッシングによる力の底上げなのかもしれない。


 俺だって、グリードとクロッシングしているんだ。


 完全なステータスコントロールができている。


 黒斧をすんでのところで躱して、マインの横腹に黒剣を斬りつける。


「グリード! 調整!」


 切れ味はグリードによって、自由自在だ。

 鋼鉄すらも容易く切断ほどの鋭さや、その逆に鈍器にもできる。

 鈍い音が伝わってきた。手応えあり。


 と思いたかったが、そう簡単にはいかないようだ。


「僕を忘れていないかい」


 マインに脇腹に当たる瞬間、シンの触手が割って入ってきたのだ。

 すぐさまエリスが銃撃して、弾け飛ばすが有効打には見えなかった。


 好機を失った俺を見逃すマインではない。

 黒斧を振るい、立て続けに攻撃をしていく。躱しきれずにいくらかの殴打を黒剣で受けてしまう。


 その数は十二回。倍がけと成した一振りが俺を襲う。

 度重なる衝撃で黒剣を握っていた両腕がしびれてきて、骨がきしむ音がした。


 黒斧の重量がとてつもなく重くなっている。それを物語るように、マインが歩くたびに、地面が大きく割れて陥没するからだ。



 そんな現状をシンは赤い液体の中で見下げて、笑っていた。


「さて、そろそろ準備はできたかな」


 シンはあたりを見回しながら続ける。


「僕がなんで地中にいたと思う? 隠れていたと思っていただろ? 違うのさ」


 マインの攻撃を受け止めていると、足元が大きく揺れ動いた。

 地下都市グランドルを覆うように赤い液体が上へ上へと伸びていくのだ。


 天井に輝く人工太陽すらも包み込んでいくほどだった。


「この地下都市グランドルは僕のものだ。ここはもう僕の体内と同じだよ」


 途端にあらゆるところで地面が溶け出して、赤い肉壁が現れた。

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