第166話 地下の戦闘
行く手を阻むシンの分体を斬り裂く。
その後にエリスが続く。
「こっちの方角でいいんだな」
「そう! そのまま北上して」
「目の調子はどうだ?」
「ふ~ん、心配してくれんだ。頑張ってみるものだね」
「お前な……」
そう言って強がってみせる彼女の瞳は少し充血し始めていた。
負担は大きくないと言っていたが、やっぱり嘘をついているのかもしれない。
俺の気持ちを知ってか、知らずか……。エリスはニッコリと笑いながら言う。
「これはね。霊視の魔眼っていうんだ。範囲は限られるけど、魔力ではなく魂を感じることができるんだ。シンという存在を探すことができる」
「なら、魔力を消しても隠し通せないな」
「その通り!」
魂を感じられるか……。日頃、暴食スキルで魂を喰らっておいて、俺は一度だけしか人の魂を見たことがない。
冠魔物である《死の先駆者》から、ハウゼンを解放したときだ。
操られていたアーロンの家族は冠魔物の束縛から解き放たれて、あの世に旅立っていた。その姿はどこか寂しくて、美しくもあった。
過去を思い出しつつ、この魔眼で他に聞きたいことがあった。
「それなら、マインも感じられるのか?」
「言うと思ったよ」
後ろから襲ってくるシンの分体を躱しながら、エリスはニヤリと笑った。
「なんだよ。ここまでずっとマインを追いかけてきたんだぞ」
「あははっ、そんな顔しないでよ。この魔眼はそんなに広範囲まで見通せないんだよ。それに絶えず使い続けることも難しいからね。ほら、この通り」
「エリス!?」
彼女の瞳から血が流れ落ちようとしていた。
大きな負担がかからないといっていたのに、十分大変なことになっていた。
それでもエリスは笑顔のままで続ける。
「でも、今ならわかるよ。マインはここにいるね」
そう言って指差した方向は、俺達は今進んでいる先だった。
「シンと同じ場所にいるよ。さあ、どうする?」
「そんなこと、決まっているだろ」
「……言うと思ったよ。急ごうか」
歩みを更に速めて、北上していく。
それに合わせるように今度はシンの分体は段々と少なくなっていった。それに反して街の様子は賑やかだった。
ちらほらと見かけたガリア人の幽霊たちがどんどん増えているのだ。
『どうやら、ここはまだ彼の地への扉の影響を大きく受けているようだな』
「それってつまり……」
『目的地は近いってことだ』
とうとうここまでやってきたんだな。
と思ってところで、果たしてマインを止められるのかは、出たところ勝負かもしれない。なんせ、俺はマインの本気を知らないからだ。
「このままいけば、マインとシンの二人と戦うわけか」
「ボクは支援系だからね。前衛がもう一人いてくれたら、助かるんだけど」
「贅沢は言えないだろ」
こうなったら、先程のように俺が一人を相手して、エリスがもう一人というわけにはいかないだろうな。
あのときにエリスが戦っていたのは、シンの分体と赤い魔物だった。
今回はシン自身だろうから、負担は大きくなる。
「ツーマンセルで戦うしかないな。いけそうか?」
「ボクとしては、いいけど……問題はフェイトだね。だって、君が前衛となって一人だけで、彼女たちを抑え込まなければいけないんだよ」
それでも、今はこれしかない。これは初めからわかっていたことだ。
だからこそ、そのための準備もしてきたつもりだ。
「滅びの砂漠で、ダークネスの残党を掃討したときを思い出すね。それに君も、あれができるようになったんだろ? 大罪武器の使い手なら当たり前だよね」
「もちろん」
「なら、安心したよ。マインと戦うなら、あれは最低条件だったからさ。それで、その状態をどのくらい保てるの?」
「十五分」
「……う~ん」
エリスの表情は芳しくなかった。えっ! これで少ないのか!?
逆に俺としては、エリスはどのくらい維持できるかを知りたいぞ。
「まあ、でもあの短い期間でそれだけできるようになっただけでも、すごいことだよ。精神世界で協力してくれたグリードやルナに感謝するんだね」
「いつも感謝させられているよ。二人の性格をわかっているだろ」
「あははっ、たしかにね」
「なんというか、まだ感覚が合わせられない時があるんだよ。あれって自分じゃなくなる感覚があるだろ」
「わかる! ボクも初めはそうだったね。結局は慣れだよ、慣れってやつ!」
あれは慣れるものなのか……。正直、あれは慣れたらいけないような気もしているのだが。
すると、グリードが《読心》スキルを介して、会話に割り込んでくる。
『気合だ! 気合が足らんのだ』
「そういう問題か!? あれが!」
『俺様が言うのだから間違いない』
精神世界でも言っていたな。気合だ! 気合だってな。
もう耳にタコができてきたぞ。
そう言われたらそうなのかもしれないけどさ。エリスも慣れって言っているし。
『まあ……一度使うと精神がかなり消耗するから、連続では使えないことを忘れるなよ』
「たしかにな。なんかさ……グリードに侵されていく感じだし」
『人聞きの悪いことを言うな』
グリードに引っ張られてしまうため、俺としてはそういう認識なのだ。
俺がブツブツと言っていると、エリスに笑われてしまった。
「なんだよ」
「いやいや、悪い意味じゃないよ。君たちは本当に仲がいいね」
「『どこがっ!?』」
「そういうところだよ。ボクとエンヴィーは昔みたいな関係には程遠いからさ」
「ガリアでの戦いの後で、和解はしたんだろ」
「まあね。それでも、前と同じとはいかないさ。今を例えるなら、何百年と別居した夫婦が、同じ目的のために同居を始めた感じかな」
「例えがわかりづらい」
そう言うと更に笑われてしまった。
「言うと思ったよ。つまり、互いにとてもよく知った仲なのに、ずっと離れ離れになっていたし、それを望んでいたんだ。それなのに、彼の地への扉を閉じるために、心の準備もなく、時間もなく、昔のように一緒に戦わないといけない。これって、結構難しいよねって話」
ああ……なるほどな。
俺もグリードと喧嘩した後、仲直りすることなく、戦いになったらと考える。
たしかに、ぎくしゃくしてしまうだろうな。
エリスの場合は、その期間が数百年らしい。これはもう考えただけで、気まずい空気が流れそうで怖いな。
「エンヴィーってどんなやつなんだ。ガリアで戦ったあいつは、しつこく俺を仲間にしようとしたけど」
「この子は、気に入ったものをずっと側に置いておきたいんだよ。もしかしたら、ボクの代わりにしたかったのかもね」
「うぇぇ……それは勘弁」
「そんなことはいわない。もし、ボクが死んだらエンヴィーのことを任せようと思っているのに」
「エリスこそ、縁起でもないことを言うな」
冗談はさておき、エリスはエンヴィーについて言う。
「いい子だよ。それは昔から変わらないよ」
「あれが……いい子なのか……」
ガリアで天竜を操って、たくさんの人々を殺しておいてさ。その中にはメイソン様も含まれている。それにロキシーまで殺そうとした。
俺はエンヴィーのことを許せそうにない。
「ただ純粋なだけなのさ。良くも悪くもね。グリードだって、ああみえて良いやつだよね?」
「う~ん、それは保留しておくよ」
『なんだと! どうみても良いやつだろうがっ!』
グリードは心外とばかりに抗議していた。そう思われたくないのなら、日頃の言動を見直してもらいたいものだ。
「はいはい」
『軽くあしらうな』
グリードの扱い方なら、もう慣れたものだ。
これくらいが丁度いい。
そして、エリスが拗ねるように言う。
「君たちは、こんなときもいつもどおりだね。羨ましい限りだよ」
「いつもどおりか……今回もそういきたいものさ」
「さあ、見えてきたよ」
俺たちが進んだ先には巨大建築物。
王都の軍事施設なんて、比べ物にならないくらい大きい。
その前にある大広場だけには、亡霊たちがいない。他の場所にはたくさんいるというのにここだけにはいない。
何かを恐れるように立ち入ってこないように見えた。
そんな大広場の中心に、静かに立っている白髪の少女がいた。
彼女の手には、不釣り合いな黒斧。否応なしに威圧感を放っている。
「マイン……」
俺は彼女の名を呼ぶと同時に黒剣を強く握りしめた。
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