第164話 地下都市グランドル

 見上げていた俺にグリードは言う。


『人工太陽だ。起動しているということは……』

「誰かが住んでいるわけか」

『そうだ。……フェイト、あの建物の側を見ろ!』


 俺はマインとシンのことを思っていたのだが……。

 グリードが言う先を見た俺は言葉を失った。ロキシーとエリスも同じだったようだ。

 二人共、口を開けたまま固まっていた。


「あれは……人なのでしょうか?」

「なんだか、透けているよね。幽霊……かな」


 俺たちは人らしき者へ近づいていく。そして、声をかけてみたが全く反応がなかった。

 そして、彼らの容姿はマインと似ていた。

 褐色の肌を持ち、白い髪……まさに大昔に滅んだとされるガリア人の特徴だ。


「まるで俺たちに気がついていない」

「認識されていない感じですね」

「それ以前に、この者に意識があるように見えないね」


 決まった動きを繰り返しているのみで、エリスの言うように目的があるように見えなかった。


『それは、生前のわずかな記憶だけを頼りに動いているだけだ』


 グリードは静かに言いながら、ため息をついた。


『中途半端に蘇った者たちだな』

「それってどういう意味だ」

『成仏しかけていたんだろうさ。それなのに無理やりこの世界に呼び戻されてしまった。だから、幽霊のようになってしまった』

「このままなのかな」

『さあな。彼の地への扉が開き続けていれば、完全に蘇るかもしれないし、そうではないかもしれない』

「なんだよ。それは」


 そういうとグリードは一呼吸おいて、


『結局はそいつ次第ってことだ』

「蘇るのを決めるのは本人ってことか?」

『そうだ。この幽霊は今、迷っているのさ。死んだままでいるのか、蘇るのかをな』

「迷う?」

『少なからず未練があるのだろうさ。お前は、故郷にある両親の墓で見たはずだ。片方は眠ったままで、もう片方は……』

「蘇った」


 父さんには未練があり、まだこの世界で生きる理由があった。しかし、母さんにはそれがなかった。


 俺は母さんの顔を見たことがない。知っているのは墓石になった姿だけだ。父さんから聞かされていた母さんは、よく笑う人だったらしい。


 本音を言えば、一目でいいから会ってみたかった。


『どうした?』

「いや……」

『わかりやすいやつだな……お前は』

「なんだよ」

『母親に心配してもらいたかったんだろ? それなのにこの世に未練がなかったから、拗ねているというわけか。まだまだガキだな』

「なっ!?」


 グリードに核心を突かれてしまい、言葉を詰まらせてしまった。

 この会話はロキシーとエリスにはわからない。彼女たちには一方的に俺だけが独り言を話しているように見えてしまう。


「どうしたのですか?」


 ロキシーが心配そうに話しかけてくるけど、俺は首を横に振って、


「グリードがまた偉そうなことを言っただけさ」

「そうですか……」


 恥ずかしさを隠すために誤魔化してしまった。

 グリードはまだ何かを言っていたけど、もう無視だ。


 ふとエリスの顔を見ると、見透かすような笑みが溢れていた。

 どうやら、バレているようだ。


「フェイトはまだまだ子供だなって」

「エリスも言うのかよ」

「当たり前さ。ボクから見れば、フェイトもロキシーもかなりの年下だからね」

「なら、たまには年上らしくしていただけると助かるんだけどな」

「あっ、言ったな」


 それなら、任せておけと言わんばかりに黒銃剣を高らかに揚げてみせた。


「心配だな……」

「そうですね……」

「二人共、ひどいよ。今回のために僕がどれだけ頑張って鍛え直してきたのか、まだわかってないね」


 たしかに、エンシェントスコーピオンとの戦いの後から、エリスは一人でどこかに行くことが多かった。


 まさか……本当に鍛錬していたのか。

 日頃から飄々としている彼女からは、想像できないことだった。


「全盛期とまではいかないけどね」

「あんまり無茶をするなよ」

「へぇ~、心配してくれんだ」

「当たり前だろ。いろいろと世話になっているし」


 俺はエリスの目を指差した。


「魔眼……あまり使いすぎるなよ」

「優しいね君は……あの血を半分継いでいるとは思えないくらいね」


 父さんはゾディアックナイツの一員らしい。つまり、ライブラやスノウのように神獣人の可能性は大きい。


 だから俺は、人と神獣人の間に生まれた者ということになる。

 そして、それが何を意味するのか……俺にはまだわからなかった。


『フェイト、あれを見ろ』


 グリードに促されて、人工太陽を見上げると、赤髪の女性が空を飛んでいた。


「スノウ!」


 彼女は北上しながら降下しているようだった。


「行こう」


 俺の掛け声を合図に、一斉に駆け出した。

 行く先々で、幽霊のようになった人々とすれ違う。彼らは存在が希薄なためにぶつかることなく通り抜けられてしまう。


 そのたびに、俺の《読心》スキルが発動してしまい、彼らの記憶の断片が流れ込んでくるのだ。


 家族で楽しそうに食事する記憶、意中の人に告白する記憶、研究で成果を上げる記憶……幸福なもの。その反対に少なからず辛いものもあった。

 ガリア人も俺たちと同じように、日々を生きていた。そう感じさせるものだった。


「なあ、グリード」

『どうした?』

「ガリア人って、なんで滅んでしまったんだ?」

『なぜ急にそんなことを訊くんだ?』

「技術はこんなにも発展していて、この幽霊の記憶から暮らしている人も幸せそうだからさ。これだけ見ていると滅んだ理由が見当たらないに思えてさ」


 走りながら悩んでいると、グリードに笑われてしまった。


『末端の民はいつの時代も、巻き込まれる側なんだよ。お前だってわかるだろ。暴食スキルが目覚める前と目覚めた後からでは、立ち位置が違っていることを』


 グリードの言うとおりだ。目覚めてから、俺の人生は一変してしまった。


『ここにいる民ではなく、もっと力を持ったやつらが滅ぼしてしまったのさ』

「それって大罪スキルが関係しているのか?」

『理由の一つだな。この一件が終わったら教えてやるよ』

「本当か!?」

『ああ、そろそろ頃合いだろう。だから、死ぬなよ』

「アーロンとも約束したし、頑張るよ」


 おおぉぉ! あの秘密主義のグリードがとうとう教えてくれるという。

 なんてことだ……。これから大事な戦いなのに、別のテンションが上がってきてしまう。


 俺は珍しく素直になったグリードに驚きを隠せないまま、走り続けた。


「フェイ! スノウちゃんが止まりました」


 俺たちも足を止めて、未だ空中にいるスノウの様子を伺う。

 彼女は意志のない目で俺たちを見下ろしていた。


「嫌な感じがするね」


 エリスの予感は当たっていた。スノウは俺たちへ向けて急降下してきたからだ。それも、とてつもないスピードだ。


「戦わないといけないのか」

「フェイ……」


 ロキシーは悲しそうな顔をしていた。だけど、このままではやられてしまう。

 俺は黒剣を鞘から引き抜き、スノウと対峙した。


「ロキシーとエリスは、ここから離れてくれ」

「どうするんだい?」

「スノウは、ライブラによって無理やり記憶を植え付けられて、正気を失っているだけなんだ」

「その証拠は?」


 エリスが求めているものは、明確にはない。

 そんな中で、俺はスノウの攻撃を黒剣で受け止めながら、確信していた。


 この支離滅裂な攻撃は、滅びの砂漠でエンシェントスコーピオンの姿で大暴れしていたときとそっくりだ。


「このスノウの戦い方には記憶があるだろ」

「めちゃくちゃだね」

「なら、あの時みたいに、気を失わせて大人しくさせるしかないだろ」


 まさか……ここでスノウとの再戦をすることになるなんて、思ってもみなかった。

 そんな俺たちの足元から、血のような液体が染み出してきた。


「フェイ!」


 ロキシーが掛け声と同時に、聖剣スキルのアーツ《グランドクロス》を発動させる。


 聖なる光によって地面が浄化されて、その本体が露わになる。

 赤い液体の中にいたのは、シンだった。集合生命体であり、マインをそそのかして連れ去った張本人。


「楽しそうなことをしているな。混ぜてよ、暴食」


 赤い液体から無数の触手が伸びていき、様々な魔物の形を成していく。

 ゴブリン、コボルト、サンドマン、オーク、ガーゴイル……まだまだ種類は豊富だ。しかも、冠魔物の姿までいるじゃないか!


「もうすぐ完全に扉は開く。君たちにはここで大人しく待ってもらおう」


 俺はスノウを振り払いながら、シンに問う。


「マインはどこだ! どこにいる!」

「暴食だけには会わせたくないね」


 答えることなく、俺に襲いかかってくる。その後ろからは、暴走したスノウ。

 そして、赤く透明な魔物たちが俺たちを逃さないと言わんばかりに取り囲んでいた。

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