第163話 グリードの望み

 古の大門の先は、わずかに青白く発光する天井が続いていた。


「これは、軍事施設の研究所と似ているな」


 俺が見上げながら言うと、ロキシーも頷いていた。


「そうですね。強いて言うなら、明度が高い感じがします」

「当たり前だよ。これは本物のガリアの技術だからね。王都の模倣とはわけが違うよ」


 そう言ってエリスは壁に手を当てる。


「でも、まさかハウゼンの地下にこんな遺物が眠っていたなんてね。ボクは全く知らなかったよ。これでも世界中を旅していたんだけどね」

「世界中か……俺はまだそんな遠くまで行ったことがないな」


 俺の中の最果ての地はガリアだった。

 エリスは昔にエンヴィーと袂を分かってから、それよりも先を知っているという。

 俺もいつか世界の先を見てみたいと思う。


「ねぇ、フェイトは海を見たことあるかい?」

「何だそれ?」


 俺が首を傾げている。しかしロキシーは違っていた。


「書物で読んだことがあります。ガリアよりもずっと南下したところにあるという……信じられないくらい大きな湖ですよね」

「まあ、そんな感じだね。全部、終わったら連れて行ってあげるよ。フェイトには海の水を飲んでもらおうかな」


 意地悪そうにニヤリと笑うエリス。

 これは、十中八九良からぬことだ。


「何を企んでいるんだよ」

「いや、無知なフェイトで遊ぼうと思って」

「やめてくれ」

「あははっ」


 散々笑ったエリスは歩きながら、話を続ける。


「君たちはその海の先に何があるか……知っているかい?」

「いいえ、知りません。私が読んだどのような書物にも海の先については書いてありませんでした」

「俺も知らないな」

「フェイトは海すらも知らないんだから、知っていたらこっちがびっくりだよ」

「へいへい、それは申し訳ない」


 無知な俺のためにエリスは教えてくれる。


「新大陸だよ。未開の地が広がっているんだ。おそらく、王国よりも広い大陸がね」

「本当なのか!?」

「うん、なんせボクは旅をしていたからね。でもあまりにも広すぎて、全部は回りきれなかったかな」

「そうなのか……。なあ、その大陸にも強い魔物がいたりしたのか?」


 その質問に、エリスは呆れ顔していた。


「君はやっぱり何も知らないんだね。グリードはああいう性格だし、薄々は気がついていたけど」

「暴食スキルの本当の力に目覚める前は、本当に何も知らなかったけどさ。あれからいろいろと頑張っているのに……」

「そんな顔しない。わかったよ。新大陸にはね。魔物はいないんだよ。いるのはただの動物だけ」

「「えええっ!?」」


 俺とロキシーは魔物がいないことに驚いていた。

 だって、魔物はいて当たり前な存在だったからだ。物心が付いた頃から、魔物は危険なものだと教わり、それは生きていく上で避けられないものだと思っていたからだ。


「そんな平和な世界があるのか?」

「うん、あるよ」

「なら、人間は海を越えてそこを目指さないんだ?」

「だって、知らないから。もう一つの理由はガリア大陸を越えないといけないからだね。これでわかってもらえたかな」

「ああ……よくわかったよ」


 エリスがいうには、ガリア大陸が阻害しているのだ。

 あそこには、強い魔物が湧いている。武人でも横断することは難しいというか……ほぼ不可能だ。


 ガリア大陸の最南にはオークのコロニーがある。そこから発生する想像を絶する数のオークを越えなければいけないのだ。


 俺はその近くで修練したことがある。その様はまさに生きた津波だ。防衛都市バビロンで攻防するスタンピードなど小波に思えてしまうほどだった。

 あれを越えるのは、武人ならともかく、戦うスキルを持たない者たちでは不可能だ。


「元々、ガリアが今の王国を含めて、広大な土地を治めていたんだ。でも、それは海の向こう側までは達していないのではと思っていた。ボクはそれを調べるために海を渡ったんだけどね。そして確信した」

「ガリアの影響のない世界があったってことか?」

「うん、そうさ。君はそれを聞いて……その反応なら、まだ何もこの意味の重大性に気がついていないみたいだね」

「悪かったな……」

「そう拗ねない。君は今のままでいいんだ。まずはマイン……そして彼の地への扉を止めること」

「エリス様の言うとおりです。私もすべてを理解はできません。でも全部が終われば、エリス様が連れて行ってくれるそうなので、そこでわかる時が来ると思います」

「そういうこと!」


 聞き分けの良いロキシーにエリスは大満足だ。

 ガリアの影響がない世界か……。今聞いた内容からは魔物のいない世界としかわからないな。


 それだけでも平和だ。なんせ、魔物はなぜかわからないけど、人間を好んで食べるのだ。

 このことを以前にグリードに聞いたことがあるが、お決まりのだんまりで教えてくれなかった。


 グリードが黙り込むときは、ほとんど良いことではないときだ。あとは純粋に面倒くさいときもある。


 俺は気分屋の相棒を小突いてみる。先程からずっと黙っていたためだ。


『なんだ?』

「エリスは海の向こう側に行ったんだってさ」

『とんだ物好きもいたもんだ』

「なんだ、それだけか?」

『それだけだ。俺様には到底できないことだからな』


 口ぶりはどこか投げやりだった。


「もしかして羨ましいのか?」

『はっ!? そんなことはない。ただ俺様はただの剣だからな。自由というものがないだけだ』

「なら、俺が連れて行ってやるよ」


 そう言うと、グリードは少しだけ笑っていた。

 嬉しがっているのか、それとも小馬鹿にされているのかは、読み取れなかった。

 そして、「好きにしろ」とだけ言って、喋らなくなってしまった。


 エリスは俺の独り言のようなグリードとの会話を聞いていたみたいだ。


「グリードはなんて言っていた?」

「とんだ物好きだってさ」

「あはははっ、彼なら言いそうだね。だけどね……一番新大陸を見たかったのはね……」


 そう言うと、突然グリードが《読心》スキルで割り込んできた。


『もういいだろ! 先を急げ! ライブラの脅しを忘れたのかっ?』

「わかったから、そんなに大声で叫ぶなって!」


 黙っていたくせに、慌てるように大声を出しやがって、頭に響いてしかたない。

 それにしても、意外だったな。グリードが海の向こう側にあるという新大陸を見たかったなんてな。


 足がないから自分の力では好きな場所へ行けないって言っていたしな。いつかは連れて行って、やらないとな。

 なんてかんだ言って、いつも助けてもらっていることだし。


「グリード」

『なんだ?』

「この戦いが終わったら、新大陸を見せてやるよ」

『……好きにしろ』

「ああ、好きにさせてもらうさ」


 あんまり自分のことを話そうとしないグリードのことが知れて嬉しかった。

 グリードと二人だと、こういったことは話さない。だから、エリスやロキシーが居てくれることで、話に幅ができる。


 やはり、パーティーはいいものだと思う。


 長い通路を歩いていくとその先に明るい光が見えてきた。


 出口だ。


 彼女たちも気がついているようで、互いの足並みが早くなっていく。

 そのうち、駆けてしまうほどだ。そして、俺たちは見た。


「これは……」


 王都と同等の規模を持つ都市が地下に広がっていたのだ。


 地下だというのに、地上にいるようだ。理由は頭上に太陽のような光を放つ球体が浮かんでいたからだった。

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