第162話 古の大門

 天井のいたるところから地下水が染み出しており、それらが集まって足元に小川が流れていた。

 ピチャピチャと踏みつけながら、先へと進んでいく。


 最初のうちは魔物が現れるかもしれないと、神経をとがらせていた。しかし、気配は全く感じられず、静かに流れる水の音だけが耳に届いていた。


 俺はエリスから先程教えてもらったことを思い返していた。

 大罪スキル保持者は人々の憎しみが形になって、生まれてきたということだ。


 知ってみて、昔の俺の行動や思考と照らし合わせてみる。呆れてしまうほど、心当たりはあった。


 時折、得体のしれない闇が俺の心を侵してくる感覚があった。特にひどかったのは、王都でラーファルと戦っていた頃だろう。髑髏マスクで顔を隠していた俺は、まるでもう一人の自分がいるかのようだった。


 玉座の間で聖騎士ランチェスターを殺めようとした。更に軍事施設では、非道な振る舞いをする武人たちを同じような手段を用いて殺めてしまった。あのときの俺は、不思議と罪悪感がなかったのだ。


 いけないことだとちゃんとわかっている。だが、何かに背中を押されるようにタガが外れて、感情が爆発してしまう時があるのだ。


 しかし、ロキシーのおかげで今は克服できている。その証として、俺は二度と髑髏マスクをつけなくなった。


 そんなことを考えていると、グリードが《読心》スキルを介して言ってくる。


『あの頃は、暴食スキルの悪い影響を最も受けていた時期だったな。俺様の声もあまり届かなかったしな』

「悪かったって……酷かったからな……」

『大罪スキル保持者なら誰もがたどる道だ。こればかりは、経験して克服するしかないからな。できなければ終わりだったが、フェイトなら大丈夫だろうと思っていたぞ』

「へぇ~、今日はやけに持ち上げてくれるんだな」

『俺様の使い手だからな。それくらいできてもらわないとな』


 俺はグリードに褒められて上機嫌になっていた。しかし、こういうことを言った後に大概続く言葉があるのだ。


「ありがとな。で、何かあるんだろ?」

『察しが良いな』

「お前とどれだけ付き合っていると思っているんだよ」

『ハハハッ、確かにな。そう言われると、ロキシー以上に一緒にいるかもな』


 散々笑った後に、グリードは真剣な声に変わる。


『一つだけ違うことがある』

「……なんだよ」

『お前のその衝動は、暴食スキルだけではないように感じるってことだ』

「それはどういうことだ?」

『これは俺様の勘だ。なぜなら、前の使い手とは違っているからな。お前の場合は……』


 グリードの言葉とかぶせるように、エリスとロキシーから声が上がった。

 どうやら話に集中しすぎてしまったようだ。

 彼女らが見ている方向に目を向けると、そこには王都の外門よりも大きな門が鎮座していた。


「これは……丈夫そうだな」


 叩き斬ってやろうかと思ったがグリードに止められてしまう。

 そして、この金属はどこかで見たことがあった。


「これは、アダマンタイトですね。世界一の硬さを持つと言われる金属で、防衛都市バビロンの外壁に使われているものですね」

「ロキシーの言うとおりだね。これは大罪武器でも簡単に破壊できないよ。フェイトが剣術の達人なら話は別だけど」


 エリスは俺を横目に見ながら、ニヤリと笑った。


「へいへい、俺はまだその域でないよ。エリスこそ、どうなんだよ」

「ボクはほら支援系だから。元々向いていなんだよ」

「黒銃剣の刃が泣いているぞ。よく斬れそうなのに」

「その言葉をそのままお返しするよ」

「……だな」


 返す言葉もない。

 アーロンから剣術の指南をずっと受けていた。そして精神世界ではグリードからも教えてもらっている。

 彼らから見た俺の熟練度は、まだまだといったところだ。


 そんな状態の俺を見かねてか、ロキシーがフォローしてくれる。


「フェイは実戦で力を出すタイプですから」

「……ありがとう」

「まあ、たしかにそうかもね。天竜のとき、ボクは無理だと思っていたし。フェイトは戦いの中で進化するのかもね。期待しているよ」

「やめろ! そんな戦いを望んでしているわけではないぞ」

「結果的にそうなってしまうのが、君なんだけどね」


 これから未知の場所へ向かおうとしているのに……不吉なことを言ってくれる。まあ……そんな予感はしているんだけどな。


 それにしても、この大門をどうやって開けるかだ。

 エリスは物は試しと押してみるがびくともしなかった。


「ふぅ~、これは駄目だね」

「諦めるのが早すぎだろ!」

「だってボクじゃあ、無理だし。ねぇ、ロキシー?」

「そうですね……エリス様がどうしようもできないのなら、私には……」


 ションボリとしてしまうロキシー。

 気にすることはないと言って、大門を見据える。


「スノウはここを通って行ったのかな」

「おそらくね。彼女は神獣人だから、特別な権限を持っているんだろうね」

「特別か……」


 俺はなんとなく大門に触れてみた。


「えっ!?」

「うそ……どうして」

「フェイ!?」


 エリスもロキシーも驚いている。

 俺だって唖然としてしまっているくらいだ。理由は……おそらく父親に関係しているのかもしれない。


「俺にも、資格があったらしい」

「君の父親はゾディアックナイツだったね」

「ああ、ライブラがそう言っていた。父さんの滅びの砂漠での言動から、そうなんだと思う」

「そっか……君の半分はそうなんだね」


 エリスは少しだけ下を向いていたが、すぐに笑顔になった。

 彼女はライブラによって強いトラウマを植え付けられている。それによって、同類であるゾディアックナイツにも同じようなものを抱いてしまっていた。


 でも、今の表情を見るに大丈夫ようだ。


「スノウのおかげでだいぶ慣れて来きたし。ほら、フェイトとはずっとこんな感じだし」

「おいっ」

「良き良き」


 何かに付けてはすぐに抱きついてくるエリス。

 もしかしたら、ずっと続くゾディアックナイツからのトラウマを克服するためだったのかもしれない。


「お前も大変だな」

「いやいや、そうかもしれないけど、これはこれでいい感じだし」


 更に身を寄せてくるエリスを引き剥がそうとする。


「ここでEの領域の力を使うなよ」

「準備運動だよ」

「そんな運動があるか!」


 エリスにがっしりホールドされてしまった。

 困り果てていると、後ろから背筋が凍るような視線を感じる。

 恐る恐るの振り向くと、じーっとロキシーが俺たちを見ているではないか!?


「仲がよろしいですね」

「いやいや、どう見ても違うだろ!」

「少なくともエリス様はノリノリですよ」

「エリスからも言ってくれ!」

「これはトラウマ治療だから、気にしないでいいよ。他意はないから、安心して」


 ロキシーは全く納得していないようだった。

 エリスに今までのことを思い出していただきたい。

 裸で俺の寝床にいたり、男風呂へ入ってきたり……あれもトラウマ治療だというのか?

 うん、説得力は皆無だな。


「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「今の気分はどうですか?」

「最高だね!!」


 いつも優しく、お淑やかなロキシー。

 今もそうなのに、にこやかな顔をしているはずなのに……。

 俺の目の錯覚だろうか。


 後ろに天竜に似たような生き物が蠢いているように見えてしまう。

 いまだかつてない物凄いプレッシャーを感じてしまう。

 ここは……アーロン直伝の逃走だ!


 自分にどうしようもできない状況のときはこれしかない。


「よしっ、とりあえず門が開いたことだし。先に進もう」

「あっ、フェイ。待ちなさい!」

「聞こえないです」

「あれは、絶対に聞こえていますよね! エリス様もいつまでフェイにくっついているのですか。離れてください!」


 俺たちは更に奥へと進んでいく。

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