第161話 ハウゼンの地下

 偉そうに胸を張っていたエリスは思い出したように口を開く。


「ああ、そうだ! メミルが私に付いて来ようとしたけど、お城にお留守番させておいたよ。これでよかったよね?」

「そのほうがいいだろうな」


 メミルは聖騎士スキルを持つ。だが、その力を行使することを王国から禁止されていた。

 以前にゴブリンシャーマンのようなどうしようもない緊急時にでも、決まりを破って戦ったことが大きな問題となってしまったのだ。


 その際は女王であるエリスの権限によって、どうにか処罰を免れることができた。

 しかし、二回目はないだろう。

 そして、俺としても彼女が今後聖剣を握ることを望んではいなかった。


「だからね。セトのサポートをお願いしておいたよ」

「助かるよ」

「えへへへ。フェイトに褒められてしまった。これはポイント高いね!」


 これから、スノウを追って地下の探索をするというのに……。

 お気楽な人だ。


「まったく……のんきにしているわけには行かないぞ」


 さてと、炎弾魔法を使って明かりを灯す。

 俺には暗視スキルがあるので、真っ暗な世界でも平気だ。しかし、エリスとロキシーは可能かわからなかったからだ。


 すると、エリスが喜んで俺に抱き付いてきた。


「いいね。気が利くじゃん。暗視って見え方が嫌なんだよね」

「確かにそうですね。私も灯りのほうが好きですね」


 んん? この反応から考えるに彼女たちはすでに暗闇を克服する術を持っているようだ。


 苦笑いしていると、ロキシーは懐から小さな魔具を見せてくれた。手のひらサイズのそれは、表面にびっしりと魔法術式が描かれていた。


「暗視スキルと同じ効果を得られるものです。かなり希少なものですよ」


 ガリア大陸で時折発掘される品みたいだ。


「エリスもこの魔具を持っているのか?」

「いいや、ボクはいろいろな魔眼を植え付けられているからね。暗視も可能ってわけ」

「魔眼?」

「言っておくけど、この力は色欲スキルじゃないよ。太古に生きていた魔物は魔眼持ちがたくさんいたんだよ。その因子を植え付けられたってわけ」


 誰に……と訊こうとして、すぐに思い当たる人物の顔が浮かんだ。そいつは先程俺たちの前に現れた。

 そして、エリスにとって因縁のある男だ。


「ライブラか?」

「……そうだよ。テトラで言ったよね。ボクはライブラに飼われていたって」


 その話はロキシーとっては初耳だった。思わず、声を上げてしまう。


「飼われていたって……」

「あははっ、そんな顔しないでよ。あれにとっては、ボクたち人間なんて、そこらへんの石ころに過ぎないんだから」

「しかし……」

「ボク……王都の白騎士たちも一緒かな。もう生き残りはボクたちだけになってしまったけどね。見た目は人の姿をしていても、中身は……ね。とにかく、ライブラは大罪スキルに強い関心を持っていたんだよ」


 ライブラによって彼女は、研究としてたくさんの実験をされたらしい。その際に、魔物の因子を埋め込まれてしまった。


「悪いことばかりじゃないよ。魔眼はいいよ。なかなか使えるものもあるし」

「そうか……。でもなんで今まで教えてくれなかったんだよ」

「理由は簡単だよ。魔眼はあまり使いたくない……使えないからかな」


 おかしなことをいうエリスに俺は首をかしげた。


「ん? 現に今暗視の魔眼を使っているんだろ?」

「そうだよ。これは簡単なものだからね」

「どういうことだ?」

「例えば、フェイトの暴食スキルみたいなものだよ」


 俺の? 似ているってことは……。


「リスクがあるってことか?」

「当たり! 本来、これはボクのものではない。だから、強力な魔眼ほど使えば大きな負担がかかるんだ」

「最悪どうなるんだ?」

「失明するだろうね。それでも使い続ければ、多分死ぬと思う」


 ニッコリと笑いながら言ってくるエリスは、どこまでが本気なのかわからなかった。


「あまり無理をしないでくれよ」

「君に言われたくないね。そう思うだろ、ロキシーも」

「まったくです! フェイはちょっと目を離すと、危険なことばかりしますから」

「それは……」


 ぐうの音も出なかった。

 俺はすぐに話を戻すことにした。


「ライブラはエリスを捕まえて、いろいろと実験をしていたんだな」

「正確にはボクが生まれる前からかな」

「ん? それって」

「ほら、エンヴィーがガリアでしようとしていたことがあるでしょ」


 エリスは歩きながら、申し訳無さそうにロキシーを見ていた。

 


「もしかして、私をガリアで殺そうとしていた件ですか?」

「うん、あのときはすまなかったね。エンヴィーも反省しているから」


 そう言って、エリスは黒銃剣を叩いてみせた。

 俺としては本当にエンヴィーが反省しているのか、怪しいところだ。あのガリアの戦いから、俺はエンヴィーの声を聞いていないからだ。


 いつも、エリス伝えに聞くばかりだった。

 俺の様子に気がついたエリスは笑いながら言う。


「エンヴィーはプライドが高いからね。あれだけ調子に乗っていて、最後は君にこてんぱんにやられてしまったわけだし。そんな状況で君の前にいるだけで、精一杯なわけさ」

「ふ~ん、俺はあの事件はまだ許していないけどな」

「まあまあ、私は大丈夫です。私より、天竜の暴走で被害にあった人たちのことを考えてください」


 ロキシーはそんなことを言っているけど……彼女の父であるメイソン様は亡くなってしまっているのだ。


 彼の地への扉が開いたことで、今は生き返っているが……。俺はこの件について、メイソン様に聞いたことがある。返事はやはりロキシーと同じだった。

 続けて彼は言っていた。状況がそうさせてしまったのなら、それは仕方のないことだと。


「で、ロキシーを殺そうとしたことと、どういう関係があるんだよ」

「フェイト、すごい殺気が出ているよ。ロキシーのことになるとすぐにムキになるね」

「早く!」


 俺が急かすと、観念したようにエリスは話を続けた。


「やれやれ、せっかちさんだな。エンヴィーは、聖騎士たちの横暴をずっと見逃してきた。国民の憎悪が溜まっても、見て見ぬ振りをしていたんだ。なぜだかわかるかい?」

「たしか……ガリアで会ったとき、冠魔物を人間で作るためって言っていたな」

「よく覚えていました!。よしよし!」


 頭を撫でてくるエリスの手を払い除けた。

 彼女はつまらなそうにする。だがすぐに真面目な顔に戻って、ロキシーを見据えた。


「メイソンが亡くなり、当時国民の盾になっていた唯一の聖騎士になってしまったロキシー。そして、ロキシーが死地へ送られたとき、国民たちのヘイトは限界に達しようとしていた」

「もし、あのときに私が死んでいたら、どのような人間が生まれていたんですか?」


 ロキシーの質問にエリスは一呼吸置いて、ゆっくりと答える。


「ボクたちだよ」

「まさか……」

「そう、大罪スキル保持者さ。ボクたちは、人々の憎悪から生まれてくるんだ」


 それを聞いて、俺はショックを受けていた。


 憎悪から生まれるって……。それと同時にどこか腑に落ちていった自分がいた。

 その様子を見たエリスは不思議そうな顔していた。その横ではロキシーが心配そうに俺を見ている。


「もっと狼狽えるかと思っていたよ」

「今思い返してみれば、心当たりはあったからさ。それにエリスは言っていたろ? エンヴィーはボクの代わりを得るために、今回の一件を起こしたって」

「ああ……そうだったね。あのときにヒントを出しちゃっていたね」

「でも、教えてくれて嬉しかったよ。ありがとう」


 エリスは大きく目を見開いていた。


「お礼を言われるとは思って見なかったよ。自分の生まれを知って、そんな言葉が出てくるとはね……」

「昔の俺だったら、悲観的に受け止めてしまっていただろうな。だけど、今は俺一人だけじゃないから」


 黒剣グリードに手を置き、ロキシーを見つめていた。

 そして、今まで出会ってきた人々を思う。


「それに、過去に生きることはやめたんだ。ロキシーのおかげでさ」


 生まれなんて、自分ではどうしようもないことだ。

 過去だってそうだ。あのときにこうしていればよかった……ああしていればよかったなんて、結果を知った上での考察に過ぎない。悔やんでも、時間は巻き戻ることはない。


 ラーファルとの戦いの後で、ロキシーから教えてもらったんだ。

 過去に目を向けるよりも、今に生きることの大事さを。あの温もりは生涯忘れることはないだろう。


「だからさ。ロキシーのようにうまくできるかわからないけど、マインにも教えたいんだ」

「フェイ……」

「そっか……伝わるといいね。君の気持ちが……。だけど、それは過酷なものになるだろうね。マインは強いよ、君が思っている以上にね。止められるのかい?」

「わかっているさ。話を聞いてもらうためには、まず止まってもらわないと何も始まらない」


 薄暗い地下を進んでいくと、開けた場所に出た。

 明らかに人工物だ。これは、王都の軍事施設で見た建設物に似ていた。

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