第160話 スノウの聖刻

 スノウの顔には赤い入れ墨――聖刻が浮かび上がっていた。

 ライブラが言っていた。


 これは神からの天啓だと……。そうなら、スノウに今起こっていることは、神からの導きなのか!?


「フェイ!」

「これが取り戻したものなのか?」


 唖然とする俺たちにグリードが声をかける。


『何が起こるかわからないぞ。俺様を魔盾にしろ』


 その言葉に我に返りすぐさま、鞘から黒剣を引き抜く。そして、黒盾に変えてロキシーの前に立った。


「街が……」


 あの莫大な魔力を放出するかもしれない。そうなれば、俺たちがいる場所を中心として、大きな被害が出てしまう。


 スノウから放たれた魔力は予想通りのものだった。

 あまりの大きさに視界が昏倒してしまうほどだ。もし、黒盾の後ろにいなかったら、気を失っていたかもしれない。


「大丈夫?」

「ええ、頭が少しクラクラとするだけです」

「よかった……。街の被害も」


 そう言いながら、あたりを見回していると、


「フェイ、見てください!」


 ロキシーが指差したところを見ると、地面がポッカリと穴を開けていた。

 きれいに整備された石畳だったのに……。覗き込むとかなり深そうだ。


「下へ潜っていったみたいですね」

「ハウゼンの地下ってことか……」

「そのようなところはあるのですか?」

「聞いたことはないな。あるとしたら下水道が通っているくらいしか」


 アーロンからハウゼンの歴史は千年ほどと聞いていた。

 その中で、俺たちの足元の下に何かがあるなんて史実はなかった。


「ただ地中へ潜ったとは考えられませんけど……」

「ガリアは四千年以上前にあったからな。もしかしたら」


 俺たちは顔を見合わせて、ある可能性を考えていた。


「どちらにせよ。街の人に魔力酔いが出ていないかを確認しないといけません」

「それなら、大丈夫さ。もう来たみたいだ」


 俺はロキシーと話をしながら、近づいてくる多くの気配を感じていた。


「これでも、ハウゼンを守ってくれている武人たちはみんな優秀なんだ。だから、俺はいつも頼り切っちゃうけどさ」


 俺が振り向くと後ろには次々と駆けつけてくれる武人たちの姿があった。

 一人の男が代表するように前に出てくる。


「旦那、とんでもない魔力放出だったが、一体何があったんですか?」


 事情を説明する前に、まずはロキシーに彼を紹介した。

 名前はバルド。以前に滅びの砂漠で、サンドゴーレムから救ったパーティーのリーダーだった人だ。


 彼は元々アーロンの部下だった。アーロンが隠居してしまってから、仲間とともに傭兵として各地を転々としていたらしい。


 しかしハウゼンの復興を知って、駆けつけてきたのだ。

 そして、俺の部下として街の治安維持に協力してくれている。


「フェイにも信頼できる部下ができたのですね」


 それを聞いたロキシーは嬉しそうにしていた。俺には剣(グリード)しかないと思われていたのだろうか……。

 まあ、喜んでくれるなら素直に俺も嬉しい。


 俺たちはスノウが起こしてしまったことを掻い摘んで話した。

 彼らにも日頃の任務をこなしながら、マインの捜索をお願いしていた。だから、今回の一件はそれに関連していることをすぐに理解してもらえた。


「なるほど……住民たちのことは俺たちに任せてください。あと、ライブラという男はどうされますか?」


 俺は首を横に振って、関わるなと言った。あまりにも実力差があり過ぎる。下手に手を出せば、ライブラの逆鱗に触れて考えが変わってしまうかもしれない。


 おそらく彼が本気になれば、ハウゼンを消滅させることも可能かもしれない。それほど、得体の知れない力を感じさせるのだ。


「俺たちはこれから、スノウを追う。バルドたちはもしものためにセトと相談して、ハウゼンから民の避難を進めてくれ」

「そんなに大事になりそうなのですか?」


 不安そうに言ってくるバルド。俺はそれにゆっくりとうなずくことしかできなかった。


「先程の魔力の大きさから、わかってもらえると思う。これから、戦おうとしているのはそういった領域にいるやつらだ」

「話には聞いていましたが、俺にはとても大きな魔力過ぎて……いやはや困ったものです。では、早速始めます」


 バルドは苦笑いすると、声を上げて仲間たちにテキパキと指示し始めた。


「さてと、あっちもそろそろ来そうだね」

「そうですね」


 ロキシーも気がついているようだった。


 さっきは、ライブラの再会からのスノウの暴走と、意識を他に向ける余裕はなかった。だが今はもう落ち着いており、周りが把握できるようになっている。


 彼女は優しいからスノウに起こったことに動揺していないか心配だった。それも俺の杞憂だったようだ。


 甘い声と共に現れたのは、エリスだった。相棒の黒銃を腰に下げて、いつでも戦えるといった具合だ。


「あれれ、てっきりスノウが本性を表したんだと思っていたけど」


 やはり彼女にとって、スノウ……いや聖獣人という存在を快く思っていないようだ。

 俺は地面に空いた穴を指差しながら言う。


「ライブラだ。あいつがマインを見つける手助けと言って、スノウに何かをした。それをきっかけに彼女の聖刻が発動して」

「こうなったわけかい。……気に入らないね。手の上で踊らされるのは」

「同意見だけどさ」

「ここはスノウちゃんを追うしかありません」


 この先に本当にマインがいるのかは、進まなければわからないってことだ。


「ではいってみよう。さあさあ、フェイトから!」

「えっ、俺から」

「そうだよ。ここは男が先だよ。か弱いボクたちよりね。そうだね、ロキシー」

「ああ…。フェイが嫌なら私が……」

「わかった、わかったよ。俺が先に行くから」


 それに俺は炎弾魔法が使える。灯り担当は先に行ったほうがいいだろう。


「ちょっと待って、灯りを用意するから……うああぁぁ」


 まごついていると、待ちきれなかったエリスに蹴り落とされてしまったのだ。なんてことをするんだ! この人でなし!

 エリスは後追って飛び降りてくる。


「あははっ、いい気味だよ。最近、ロキシーばかりだからね。少しは反省するといいよ」

「なっ!? このタイミングはないだろ!」


 ひどいぜ。さすがは女王様だ。やることが暴君だ。

 俺は今度こそ、炎弾魔法を発動させる。エリスに褒められたが、無視しておこう。


 すると、空中で抱きつかれた。


「お前……なんてことをするんだ。着地ができないだろう」

「そうだね。これは大変だね!」

「こんなときに!」

「あっ、ボクは大丈夫だからね。なんたって、フェイトというクッションがあるから。筋肉でゴツゴツしているから、衝撃をどれくらい軽減できるかは、少し心配だけどね」


 なんとか逃げようとするが……この女、本気だ。

 ガッチリとホールドしており、動けない。


「嘘だろ?」

「あはははっ……ボクはたまに本気になるんだよ。大丈夫、Eの領域だから」

「嫌だ! それでも衝撃はあるって」

「もし気を失ったら介抱してあげるからね!」


 横暴だ! なんて言ったところで開放されることはなかった。

 残念ながら、俺はエリスのクッションとして使われてしまう。


 気を失うことはなったけど、衝撃は相当なものでしばらくひんやりとした地面に横たわっていた。


「よいっと、情けないな。フェイトは」

「どの口でいうんだよ。お前がやったくせに……」

「この口だよ」


 そういって唇を俺の顔に近づけてきた。


「ちょっ!?」


 俺が動けないのをいいことに、やりたい放題だ。

 そんな状況に、上から悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああぁぁ」


 声の主はロキシー。もしかして思いの外、穴が深くてびっくりしているのかも知れない。大丈夫だろうか、なんて思っていたら、彼女は俺の上に降ってきた。


「ぐはっ!?」

「ごっごめんなさい」

「あははっ、いい気味だよ」


 エリスには散々笑われるし、ロキシーには謝られるし……。

 幸先が悪くて、不安になってきたぞ。


「本当にごめんなさい。フェイの上に乗ってしまって」

「いいよ。ロキシーに怪我がなかったなら、俺は気にしなくていいから」

「えええっ! ちょっとおかしいよ。ボクとの扱いが違い過ぎる! ボクとロキシーに天と地の格差を感じるんだけど」

「お前は胸に手を当てて、さっきの行いを思い出してみろっ」


 エリスは澄ました顔で、胸に手を当てる。

 そしてニッコリと笑って言うのだ。


「フェイトが悪いねっ!」

「お前な……」


 やっぱり、安定の暴君だ。

 ロキシーと一緒になって、困り果てる俺だった。

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