第159話 ライブラの誘い

 とんでもないことを言われて、黙っているわけにはいかない。

 ライブラを睨みつけながら、


「ふざけるな! そんなことが許されるわけがないだろ」


 だが、彼は飄々とした顔のままだった。

 それは、俺のこと……いやここにいるすべての人に対して、まるで上位の存在であるように思わせる余裕を感じた。


「まあ……そんなに怒らない。おやおや、そこの二人にも睨まれてしまっているね。ああぁ……僕はいつだって悪役になってしまうんだよ」

「当たり前だ。ハウゼンを破壊するって言うからだ」

「もしもさ。それに考えてみたまえ、世界の危機をハウゼンだけで防げるんだよ。全体からしたら、大したことはない」

「ライブラ……お前」

「それに、猶予を与えているはずだけど? まだマインを見つけだせないのかい?」


 ライブラは純白の服を翻して、挑発的な視線を送ってくる。それにすぐさま反応したのはスノウだった。

 ロキシーが慌てて、抑え込もうとする。しかし彼女の力は止めることができなかった。


 俺も止めようとした。それもかいくぐって、ライブラに飛びかかる。


「お前は嫌いだ!」


 スノウは手加減を全くしていなかった。今の彼女が持てるすべてのステータスが込められた一撃。

 それをライブラは容易く止めてみせた。しかも、あれほど一撃を受け止めたはずなのに、なんの衝撃音も響かなかった。


「不要な感情を持ってしまったみたいだね。残念だよ……しかし」


 ライブラがスノウの頭をわし掴みする。彼女は逃れようと暴れていた。さすがにこれはまずい。


 俺は黒剣に手をかける。しかし、それよりも早く、俺たちを制するようにライブラが口を開く。


「危害を加えるつもりはないよ」


 その言葉と共にスノウを掴んだ手が光り輝く。


「忘れ過ぎた彼女に記憶を与えただけさ。これで少しは使い物になるだろう」


 ニッコリと笑って、静かになったスノウを俺に投げつけてくる。

 その様はまるで人ではなく、物を扱うようにだ。


「スノウ!?」


 受け止めて、彼女の状態を確認する。

 意識を失っているだけのようだった。


「ほら、怪我はしていないだろ? 彼女とは長い付き合いだからね。これでも丁重に扱っている」


 相変わらず愛想が良さそうな顔をしているライブラに、ロキシーが俺に代わって言ってくれる。


「先程、記憶を与えたと言っていましたね。それはどういうことですか?」

「これはこれは、ロキシー・ハート様ではないですか。このような危険な場所はあなたに似合いませんよ」


 ライブラはそう言いながら首を横に振る。ロキシーだけに皮肉たっぷりだった。

 しかし、ロキシーは受け流して話を進める。


「力不足は承知の上です。それよりも教えて下さい。記憶とは何ですか?」

「君はそういう子だったね。いいだろう。教えてあげるよ。僕たちは、どうしても聖騎士には甘くなってしまうし……」


 聖騎士には甘い……独り言のようだった。それゆえに訳を語るつもりはないようだった。

 だが、ロキシーのお願いを聞いてくれた。


「これは話しておかないと、君たちはずっとここで留まってしまいそうだからね」


 ニッコリと笑って、ライブラは話を進める。


「彼女には、僕の記憶の一部を分け与えた。このハウゼンができるずっと前の記憶さ」

「それは……もしかして」

「察しが良いね。話が早くて助かるよ。そうだよ。ガリアがこの世界を支配していた時代の記憶さ」


 彼は自分の頭を指差した。その後、ゆっくりとスノウの頭に向けた。


「ライブラ……お前……」


 なんてことをしてしまったんだ……俺はライブラに掴みかかろうとするが、いとも簡単に躱されてしまう。


「どうしたのかな、フェイト? 何をそんなに恐れているんだい?」

「それは……」


 今だに意識を失っているスノウを一瞥して、すぐにライブラを睨む。


「ああ……わかっているよ。記憶喪失のスノウが本来の自分を取り戻したら、敵対してしまうかもしれないからね。今はEの領域を持ちながらも、幼く人畜無害だからね。それが襲いかかってくるかもしれないと考えれば、恐れるのも仕方ないね」

「……」

「なるほど、図星のようだね」


 言葉を返せない俺を見て、ライブラは満足そうだった。

 そんな様子を見かねたロキシーが俺の手を握ってくる。


「そのようなことはしません! 記憶を失っているのならばこそ、今の彼女が本当のスノウです。だから、フェイトもスノウを連れて行くと決めたなら、信じてあげてください」

「ロキシー……ごめん」


 エンシェントスコーピオンとの戦いの余韻がまだ俺の中で残っていたようだ。あの姿でハウゼンで暴れられたら、どうしようかと無意識の内に弱腰になっていたのだろう。


 そんな俺たちにライブラは言い放つ。


「それを決めるのはスノウさ。それだけは忘れてもらっては困るね。長く生きれば生きるほど、多くの柵が生まれて、それらからは逃れることができなくなっていくものだからね」


 スノウと同じ聖獣人だというライブラ。


 先程の会話からも、彼らはガリアが繁栄していた頃から生きているらしい。

 本当のところは、今の俺には確証を得ていない。マインもその頃から生きていたと言うので、彼女の意見を聞いてみるのもいいだろう。


 なんにせよ。ライブラの言葉を信じるなら、スノウは失った記憶の一部を植え付けられた? または取り戻したようだ。

 それを得て、彼女が俺たちに対してどういった行動に出るかは、未知数だということだ。


 ライブラはしばらくスノウを見つめていた。

 そして、もう用は終わったと言わんばかりに背を向けて歩き出した。


「助力はした。次は、君の番だ。失敗は許されないよ」

「ライブラ……」

「じゃあ、また」


 そして、ライブラは手を軽く振った後、大通りを行き交う人混みの中へ消えていった。


 その瞬間、ライブラと会ったときから感じていた異質な違和感から開放されたような気がした。

 ロキシーも同じような感覚だったようだ。


「フェイ……ライブラがいたとき、街の人の様子がおかしくなかったですか?」


 そう言われて、ハッとさせられる。たしかにロキシーの言うとおりだ。

 大通りから外れた場所といえ、少なからず人の行き来はある。

 あれほど、ライブラと俺は一触即発な状態だったはずなのに、通り過ぎる人たちは無関心だった。


 しかも、ライブラは幼い姿をしたスノウの頭を鷲掴みもしていた。さらには、手を光らせて彼女に記憶を与えさえしていた。


 それなのに全くと言っていいほど、騒ぎが起きなかった。


「あれは、ライブラのスキルだったのかな?」

「わかりません。知るにはフェイの鑑定スキルと言いたいところですが……」

「おそらく、防がれるだろうな」


 その方法は過去にアーロンから教わった。

 鑑定スキルを発動時に特有の眼球運動をしてしまう。そのタイミングに合わせて、魔力を発すると視覚を一時的に奪うことができるというものだ。


 そして、その魔力がEの領域なら、強力すぎるために失明すらもしかねないものとなってしまう。


「まあ……鑑定スキルはいとも簡単に相手の情報を得れるからな。便利過ぎるスキルゆえのってやつだね」

「対策もされやすいですね。それにしても、ライブラはオアシスで生命力を奪うようなこともしていましたし。今回の力といい……底知れなさを感じます」


 ロキシーが言ったことは俺も同意だ。

 普段は飄々としている。だが、怒らせたら何をしてくるのか……予想できない怖さはある。


 そして、ライブラは俺たちを圧倒できるほどの力があると感じさせる。そんな独特な雰囲気が持っていた。


 今だに俺たちはライブラが立ち去った方向を見つめていた。

 しばらくして、彼が与えた記憶を受け取ったスノウがゆっくりと目を覚ました。


 俺たちは息を呑んだ。


 彼女のことを信じると言っていたにもかかわらず、身構えてしまった。

 それは、目覚めたスノウはEの領域にある魔力を発してきたからだった。

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