第156話 精神世界
真っ白な世界が広がっていた。
今では見慣れた景色。ここは、ルナが用意してくれた精神世界だ。
どうやら、セトたちとの話し合いした後に、ロキシーから勉強を見てもらっているうちに眠ってしまったようだ。
机に突っ伏して爆睡してしまったかもしれないな。そうなると、ロキシーに迷惑を掛けてしまっているかもしれない。
目覚めないと、と思ったが……。
「ルナ」
この世界の管理者を呼んでも、全く反応はない。静まり返ったどこまでも白い空間だけだった。
「グリード」
ルナと共に、俺の修行に付き合ってくれている相棒の名も呼んでみる。
結果は同じだった。聞き慣れた憎まれ口が返ってくることはない。
この精神世界に閉じ込められてしまった?
いやいや、そんなことはないはずだ。なぜなら、ここはルナが暴食スキルから俺の心を守るために作ってくれた世界。必ず、ルナがどこかにいるはずだ。
何度も彼女の名を呼ぶが、姿を現わすことはないかった。
「どうしてしまったんだ……」
今までにない状況にしばらく立ち尽くしまう。ふと足元の見ると、黒い影が現れていた。
おかしい……ここは精神世界だ。現実とは違って影は現れない。
「何で……俺の影が?」
屈み込んで、影に触れようとしたが、
「避けた!」
ぐにゃりと歪んで、俺の手から逃げたのだ。
そればかりではない。俺の足元の繋がりからプツリと切れて離れていく。
まるで影が意思を持っているかのように、
「お前は……」
影は形を成していく。そして俺のよく知った者へ。
鏡を見ているようだった。そいつは俺とは決定的に違っている部分を持っていた。
それは忌避するくらいの真っ赤な両目だった。
醜悪な笑みをこぼしながら、手を俺に向けた。すると、影が手から伸びていき見たこともない武器が現れた。大剣といえば、いいのだろうか。
刃は柄を覆う形をしている。俺から見ると、柄のない大剣のようだ。
攻撃力だけに特化したような漆黒の大剣。その様相はグリードやスロース、エンヴィーといった大罪武器とよく似ていた。
明らかに俺に敵意を向けている。あの目は俺が邪魔で邪魔でどうしようもないという異常な憎しみを感じる。
かなりやばいかもしれない。
理由は簡単。俺には武器がないからだ。素手で戦うには相手が悪すぎる。
だが、影は獣のような奇声を上げると俺に襲いかかってきた。
初撃をなんとか躱す。黒大剣が真っ白な地面に食い込む。
「なっ!」
途端に黒大剣から真っ黒な色が溢れ出した。あれだけ真っ白だった地面が瞬く間に、塗りつぶされていく。
それと同時に、体に引き裂かれるような痛みが駆け抜けた。
「ダメージを受けたのか……一体何をやった?」
影は俺の言うことなんて、答えることなく。次の斬撃を繰り出そうとしていた。
躱すには間合いを詰められている。防ぐには武器がいる。
だが、今の俺にそれはない。
斬られる……。
『待たせたな』
「グリード!」
俺の手元に光を帯びながら現れた相棒。
力強い言葉に背中を押されて、影から斬撃を受け止める。
『苦戦をしているようだな』
「こいつは一体、何者なんだ?」
『もうわかっているだろ』
「……」
俺の影から生まれてきた。そして、俺そっくりな姿をしている。
『お前だよ。もう一人の自分……暴食スキルに侵された部分。そいつがとうとう力を持って、ルナが作った世界まで上がってきてしまった』
「それって」
『今までは、お前が暴食スキルに飲み込まれるのをじっと待つだけだった。だが、奴は自身の力を持ってお前を飲み込もうとしている。前にも言ったが、ここでの死は心の死を意味する』
「つまり、あの影が俺を殺せば……」
『暴食スキルはお前を乗っ取り、現実世界で暴走する』
くそっ、黒大剣を押しのける。
このままやられてしまったら、暴走した俺はハウゼンを崩壊させてしまう。
影から距離を取るために、大きく後ろへ飛ぶ。
『あれの影響で、ルナがこの精神世界を上手くコントロールできなくなっている。俺様はルナから救援を求められて、ここにやってきているがこのざまだ』
俺の手に黒剣としてグリードは存在していた。精神世界では彼はいつも人間の姿だ。
それが現実と同じ姿だ。
『それだけあれの力は強まっている。この意味がわかるな』
「ああ、俺自身でどうにかしろってことだろ」
『わかっているじゃないか』
黒剣が俺の手にあるだけで、この上なく心強い。
「いくぞ、グリード」
『おう』
襲いかかる影の斬撃を受け流す。生じた隙に渾身の一撃を叩き込む。
だが、影は身を捩って最小限のダメージで回避してみせた。
俺の足元に落ちる影の片腕。
これで、あの黒大剣をうまく扱えなくなったはず。
あれほど、俺に声を上げて襲いかかっていた影が初めて飛び退いた。
俺はそれを見逃さなかった。
「畳み掛ける」
『奥義だな。ここではリミッターがないからな』
「ああ、全力でいくぞ」
黒弓に形を変えて、第二階位の
ここは精神世界。ステータスの贄は必要ない。
奥義の100%を引き出すことができる。更に、奥義を変遷させて《ブラッディターミガン・クロス》として放った。
普通なら死を意味するステータスの100%をグリードに捧げるという荒業だ。
とてつもない巨大な黒い雷光が、二重螺旋となって影に襲いかかる。
影は奇声を上げながら黒大剣を構えて抗おうとした。しかし、圧倒的な力の前に何もできずに飲み込まれていった。
あとに残ったのは、ボロボロとなり形が保てなくなりつつある影だった。
近づいた俺に、影は初めて理解できる言葉を発した。
「お前は……俺のもの……だ」
それを聞いたとき、思わず影にとどめを刺していた。あの憎らしい顔に耐えきれなかった。
完全に形を失って、真っ白な地面に黒いシミとなってしまう。しばらくして、そのシミも消えていった。
「なんとか、倒せたようだな」
グリードの声が俺の後ろから聞こえてきた。手元にある黒剣ではない。
そう思いながら振り返ると、人の姿をした彼がいた。加えて、ルナもグリードの隣に立っていた。
「うまくいってよかったわ。一時はどうなるかと思ったもの」
「ルナ、これであの影はもう襲ってこないのかな?」
影が最後に残した言葉がずっと頭の中にあったからだ。
「無理ね。だって、これはあなたの暴食スキルが発端となっているのだから。あなたが暴食スキルを持っている以上逃れることはできない。今は侵食されている心がまだ多くないから、フェイトのほうが優位になっている。だけど……」
「そのうち、それが逆転してしまう」
「ええ、私の力で暴食スキルとフェイトの間に、この世界である壁を作った。それを暴食スキルが越えようとしている。ごめんなさい……」
ルナの様子から、これ以上に彼女ができることはないようだった。
「まだ時間はあるし、お前のほうが優位だ」
グリードがそう言いながら、俺の肩に手を置いた。
俺は頷いて、ルナに向けて言う。
「そんな顔しないで、ここまでやってこられたのはルナが守ってくれたおかげなんだから」
「ありがとう、フェイト」
「お礼を言うのはこっちの方さ。ありがとう、ルナ。ねぇ、一つだけ聞いてもいいかな?」
「ええ、良いわよ」
「もしも俺が暴食スキルに飲み込まれたとき、ルナはどうなってしまう?」
彼女はニッコリと笑って、
「この下にある無限地獄に落ちるわ」
あっけらかんと言ってみせるのだ。横で聞いていたグリードも口をあんぐりと開けて呆れてしまうほどだ。
本当にこの姉妹は……自分のことになると無関心だな。
是が非でも、あの影には負けられない。
「さあ、そろそろ朝になるわ。フェイトは元の世界に戻りなさい。戦いによって壊されたところの修復は私の方でやっておくから」
ルナはそう言って、俺を現実の世界に送りだしてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます