第155話 フェイトの部屋

 俺の不安は的中だった。


 城の中で入って、めぼしい場所をあたってエリスを探したが……見つからない。

 それどこか、ロキシーとメミルの姿すら見えなかった。

 焦る俺にグリードが《読心》スキルを介して言ってくる。


『もうあそこしかないだろ。ちゃんと片付けしているのか?』

「あのときは王都へ急いでいたからな……」


 城のメイドたちが部屋の掃除くらいはしてくれているだろうさ。

 そう思いながら、自室の前までやってくると、中から声が聞こえてきた。

 よく知っている女性の声だ。


「ふむふむ、ここがフェイトの部屋か」

「いけません! エリス様。外へ出ましょう」

「入ったばかりだよ。探索はこれからじゃないかい? メミルもそう思うだろう?」

「はい、このお城でのメイド活動において、最優先事項です」

「というわけだから、ロキシーは外で待ってくれたまえ」

「なぜ! そうなってしまうんですかっ!」


 中は大騒ぎだ。どんどん聞こえてくる声が大きくなってきている。

 早く、俺の部屋に入って止めないと! ドアのノブに手をかけたとき、


「ロキシーだって、フェイトの部屋を探索したいんでしょ」

「そんなことは」

「えええ~、だってずっと部屋の中をチラチラと見ているし」

「なっ!?」 


 あれだけ凛として、エリスの凶行を止めようとしていたのに……。ロキシーは狼狽えだしてしまう。


 そして、エリスとメミルにあれやこれやと、俺とのことを根掘り葉掘りと聞かれ始めたのだ。


 わざわざ俺の部屋で、そんな話をしなくてもいいだろう。


「入りづらい……」

『どんくさいやつだな。さっさと入ればよかったものを。呆れたぞ、それでも俺様の使い手か!?』

「う、うるせっ」


 完全にタイミングを失った。俺の部屋の前で立ち尽くすという、はたから見ればよくわからない行動をとってしまった。たまに行き交うメイドが、事情を知らないために俺を見ては首をかしげていた。


 これでも、領主として久しぶりに帰ってきたわけなのだが……。その挨拶もしてもらえないほど、困り果てた顔をしていたようだ。今は取り込み中なので、後にしようという判断だろう。


『いい加減に入ったらどうだ』

「わかっているって」


 意を決してドアを開けると、先程までキャッキャと話していた彼女たちが一斉に俺を見つめてきた。


「あらら……本人の登場だね」

「フェイト様、どうされたのですか?」

「どうされたじゃない。ここは俺の部屋だ」

「そうだったんだね。知らなかったよ」

「白々しいぞ」


 エリスとメミルは堂々たるものだった。俺の部屋に勝手に入ってあら探ししようとしていたくせに、この態度である。


 対称的にロキシーの顔はみるみると赤くなっていった。


「フェイ、先程の話は……もしかして聞こえていました?」

「……ああ」

「うぅぅ……」


 俺と目を合わせられなくなったロキシーは、部屋から飛び出していってしまう。

 引き止める間もなかった。


 開いたままとなったドアを見つめていると、エリスが俺の肩に手を置いた。

 ボクは無関係だと言わんばかりの澄ました顔だ。


「盗み聞きはよくないよ」

「お前がそれを言うのか」

「なんのことだい」

「俺の部屋に勝手に入っているだろ」

「それなら、問題ないよ」


 どういう理屈だよ! ここは俺の部屋だ。

 エリスは気にする素振りすらみせずに、我が物顔でベッドへ腰を下ろす。


「なかなかの良いベッドじゃないか。今夜はぐっすりと眠れそうだ」

「お前……まさか」

「あはは、ご明察! フェイトのくせに察しがいいね。メミルもそう思うだろ」

「全くです」


 うんうんと頷いてみせるメミル。息ピッタリだな。ハウゼンまでの旅でエリスとかなり仲良くなったようだ。


「勘弁してくれって」


 ロキシーが夜のボディガード役をかって出てくれるらしいからな。

 この調子では、俺のベッドの上でエリスたちと大騒ぎしそうである。


 俺は……今夜眠ることができるのだろうか……


「どうしたのかい? 顔色が悪いよ」

「あらら、それは大変ですね。今晩はしっかりとフェイト様を看病してあげないと」

「お前らが原因なんだよっ! もう早く俺の部屋から出ていってくれ!」

「「えええっ」」


 エリスとメミルは不満そうな視線を俺に向けてくる。いやいや、それは俺がすることだろう。

 彼女たちの背中を押して、部屋の外へ連れて行こうとする。しかし、突然の破壊音と共に元気な声が聞こえてきた。


「フェイト、見つけた! 私も遊ぶ!」

「俺の部屋がっ!!」


 有り余るステータスによって、ドアを吹き飛ばしたスノウの登場である。ドアはそのまま俺の頬を掠めていき、窓を突き破って彼方へと飛んでいった。


 なんてことだろうか……帰宅してすぐに俺は自分の部屋を失ってしまった。

 唖然とする俺に、先程まではしゃいでいたエリスとメミルも、同情するような目を向けてくるほどだ。


「あはは……これは風通しが良くなったね。ボクはそろそろ客室へ行こうかな」

「……箒とちりとりを持ってきますね」


 俺とスノウを残して、二人はそそくさと部屋から出ていった。

 代償はあったが、これで静かになったかな。と思いたいところだが、


「スノウ、ドアを壊したらダメだろ。この前に、浴場の壁を壊したときも言っただろ」

「あっ! 忘れてた……ごめんなさい」


 このうっかり屋さんめ! と言って頭を撫でてやりたいが、これを許容しては城が穴だらけになってしまう。せっかくきれいに改修された城の崩壊の危機である。


 しかし、シュンとなっているスノウにこれ以上は言うことはできなかった。


 この子は、興味があることに集中すると、とんでもなく忘れっぽいところがある。初めは記憶をなくしていることに関係しているのかと思った。だけど、ずっと一緒にいて彼女を知っていくうちに、そういう性格なのだとわかってきた。


 おそらく、今回ドアを壊さないようにと注意しても、うっかり忘れてしまうだろう。Eの領域で力がでたらめに強いから、目が離せない子である。


 そんな力を持ったスノウに腕を引っ張られながら、おねだりされる。


「ねぇねぇ、お城の冒険がしたい!」

「これからセトと話があるんだけど、後からじゃダメか?」

「今がいい! 今、今!」


 ふぅ~、この調子でセトと話をすれば、スノウが横で駄々をこねて大変だろうな。ここは素直にスノウを案内して、疲れたところでお昼寝でもしてもらおう。


「わかったよ」

「やった! いこう!」


 やれやれ、破壊された入り口を通って、部屋の外へ。

 すると、廊下の先にある曲がり角から、金髪がチラチラと見えるではないか。


 スノウに静かにしているように小声で言ってから、そっと彼女のところへ近づいていく。


 そして、顔を出して俺たちの様子を伺おうとしたときに、軽く驚かせるつもりで「わっ」と言った。


「キャッ!!」


 思いの外、びっくりさせてしまった。

 本人は隠れたつもりだったらしく、俺がすぐ側まで近づいていたことに気がついていなかったようだ。


「フェイ、驚かせないでください」

「そういうロキシーは、こんなところで何をやっているの?」

「そ、それは……」


 言いよどむロキシー。じっと見つめていると、彼女は目線をそらしながら、


「エリス様とメミルが気になっただけです。それにすごい破壊音が聞こえましたし……これで気にならないほうがおかしいですよ」

「確かにそうだね」


 すでに騒ぎを聞きつけた城の使用人たちが、集まりつつあった。


 俺はすぐに事情を話して、部屋の修理をお願いしておく。見立てでは、ドアと窓を新調するくらいなので、数日で直せるという。


「それまでは、俺も客室で休ませてもらうかな」

「でしたら、私の部屋にベッドの空き一つありますから、丁度いいですね」

「本当に同じ部屋で寝るの?」

「もちろんです! エリス様やメミルは放っておくと大変ですから! それに忘れてはいないですか?」

「ん? なに?」

「勉強ですよ。以前にマンツーマンで教えると言っていました。色々あって、おざなりになっていましたが、遅れた分もしっかりとしますからね」


 えええっ、勉強!? すっかりと忘れていた。俺もスノウのことをあれこれ言えないな。

 がっくりと肩を落としていたら、スノウが袖を引っ張ってきた。


「お城の案内!」

「そうだった。ロキシーもどう?」

「仕方ありませんね。ですが、夜はみっちりと教えますから、覚悟してくださいね」

「……わかっているよ、先生」

「よろしい!」


 スノウとロキシーを案内した後、セトと話し合い。そして、夜はロキシー先生がつきっきりで勉強を教えてくれるという。


 うん、これは忙しくて大変そうだ。

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