第154話 バルバトス城

 綺麗に改築された門を通り、城内へ。活気のある街の様子をじっくりと見ていたいところだけど、先にここへやってきた理由を確認しておくべきだ。


 手入れが行き届いた庭木を眺めながら、歩いていく。

 セトがにやりと笑った。どうやら、俺が何を探しているのかを気づかれてしまったようだ。


「フェイトが植えた木も元気に育っているぞ」

「本当か?」


 ほんの少しだけ寄り道させてもらって、噴水近くに植えておいた木を見に行くことにする。


「おおっ、こんなに小さかったのに! これがあの苗木なのか?」

「そうさ。僕も今だに信じられないけどな」


 横に並んだロキシーが驚きを隠せないようだった。


「大木になっていますね。この感じですと……十年くらいは要していますね」


 横に並んだロキシーが驚きを隠せないようだった。

 メミルははなから信じていないようで、疑うような目で俺たちを見ていた。


「これはいくらなんでも嘘ですよね。フェイト様も冗談はダメですよ」

「メミル、俺が嘘を言うわけがないだろ。本当に小さな苗木だったんだよ」


 兄を疑うとはなにごとかっ! そんな目で見るんじゃない。


「本当なんだって! なあ、セト」

「そうですよ、皆さん。なぜだかは、わからないのですけど、フェイトがハウゼンを旅立ってから、信じられない速度で成長したんです」


 メミルやロキシーに目の前に起こってしまったことを話してみるが、腑に落ちない顔をしていた。

 だが、エリスとスノウはじっと大木を見つめていた。


「すごい! あの木からフェイトの力を感じる!」


 そう言って、スノウは大木に飛びついた。


「どうしたんだ? スノウ?」


 俺の声は届かないようで、彼女は心地よさそうに目を閉じてしまった。

 蝉のように張り付いたスノウを引き剥がそうとしていると、


「なるほどね。たしかに彼女の言う通りだね」


 俺の横に立ったエリスが、優しく大木に手を当てて何かを感じているようだった。


「どういうことだ?」

「この木は君の影響を受けてしまったんだよ」


 嫌な予感がした。今までは人だけを変えてしまうものだと思い込んでいたからだ。


「それって……まさか」

「ボクも嘘だと信じたいけど、どうやら君の思っている通りだよ」


 エリスの言葉を信じるなら、暴食スキルによる影響は植物にも及ぶようになってしまっていた。


「君は……特別なんだね」

「特別? エリスにはこんな力はないのか?」

「無いよ。ボクの色欲スキルで変えられたのは、白騎士の二人だけだからね。ましてや、植物を変えてしまうなんて芸当は、ボクにはできっこないよ」

「これって……いいことなのか?」


 俺はこの木を植えるときに、ただもっと大きくなれと願っただけだ。暴食スキルを通して呼応したとでもいうのか?

 暴食スキルの力が俺の思っている以上に強まってしまっているのか?


「良いか、悪いかは、今のところわからない。少なくともこの木は意思を持っているわけではなく。大きくなっているだけだ。実害はなさそうだね」


 それを聞いてホッとする俺に、エリスは話を続ける。


「でも、今のところはだよ。これからは、あまり他の物へ強い念を込めないことだね。後になって、この木のように、おかしなことになってしまったら困るだろ?」

「ああ……わかったよ。う~ん、そんなに強く思ったかな……」


 本当に大罪スキルの力なのか?


 俺はできて、エリスにはできない。その部分に納得できないこともある。しかし、結果だけを見てしまえばエリスの言う通り、強い念を込めるのはやめたほうが良さそうだった。


 ロキシーはそんな俺を心配するように見ていたが、すぐに表情を変えて言ってくる。


「フェイは庭師を目指していた時期もありましたし。この力をうまく使えれば、思うがままに庭が作れますね」

「前向きに考えればそうだな」

「うん、うん。ハート家からブドウ栽培のために送った苗木たちも、あっという間に大きく育つでしょうね」

「それはいいですね。私も早く、ハウゼン産のワインが飲みたいです! ワインって血の色と同じで、美味しいですよ」


 メミルが話に入ってきて、ニッコリと笑って言った。そして俺の首筋を見ながら舌舐めずりをするのだ。

 思わず、首筋を隠してロキシーの後ろに逃げてしまった。


「もうっ、メミル! それくらいにしておきなさい。今晩は私がしっかりと見張りますからね」

「ええっ! そんな……唯一の楽しみなのに……」

「困ったものだね。メミルは他に楽しみを見つけないとね」


 エリスが関係なさそうに、メミルの肩に手を置いて言ってきた。

 しかし、ロキシーがその手を掴んで少しだけ怒ってみせる。


「エリス様もです。あなたはこの国の女王様です。なのに……あんなあられもない姿でフェイの横で寝ているとはどういうことですか?」

「えっ……それは……ほら、ボクって色欲スキル保持者だから、すぐに人肌恋しくなってしまうんだよ。こんな感じにね!」

「うあっ!」


 二人の話を蚊帳の外で聞いていた俺だったが……。突然エリスが抱きついて、その大きな胸を俺に押し付けてきたから、驚いて声を上げてしまった。


「なにをやっているんですか! そういうところがいけないんですっ!」


 ロキシーが抗議しながら、エリスを引き剥がそうとする。

 相手はEの領域だ。びくともしなかった。


 俺のほうは、ここで口を出してしまえば、いらぬ火の粉が飛んできそうなので、静かにしているだけだ。この女性陣との旅で学んだことである。

 しっかりと腕を組んだままのエリスは、ロキシーの胸元を見ながらニヤリと笑う。


「ああ、なるほどね。うん、うん……そういうことか」

「なっ、なんですか!?」


 エリスからの視線が自分の体の一部へ向けられていることに気がついたらしい。

 すぐさま、ロキシーは胸元を手で隠す仕草をする。


「ボクみたいにできないから、嫉妬しているんだね」

「なっ、なんてことをいうんですか!」

「まあ、落ち着くんだ。まだまだ希望はあるから」


 なんの慰めだろうか。ここだけ上から目線の女王様だった。


 こういったことは勝ち負けではないと思うのだが……背を向けたロキシーから哀愁が仄かに漂っていた。なんて声をかけたら良いのだろうか。人生経験の浅い俺には、良い言葉が思い浮かばなかった。


 結局、俺はエリスのおでこを小突いて言うことにした。


「もっと他のところで権威を使ってほしいな」

「あらら、もしかしてフェイト、怒ってる?」

「寄り道はこれくらいにして、そろそろ、城へ行かないと」

「わかっているって」


 俺の腕を開放したエリスは一人で城へ向けて歩き始めてしまった。

 やれやれだな。さて、大木の周りを駆け回るスノウを捕まえるか。


 そんなことをしていると、メミルがしょんぼりとしているロキシーへ声をかけていた。


「ロキシー様も行きますよ! さあ、元気を出して」

「はい……」

「もう、胸が少し小さいことくらいなんてことないですよ!」

「はっきりと言わないでください! メミルには私の気持ちはわからないんです」

「あっ、ロキシー様! 待ってください!」


 ロキシーは半泣きになりながら、城へ駆けていく。それをメミルが追いかけていった。

 こっちもやれやれだな。

 捕まえたスノウを抱き上げる。


「まだ、ここで遊ぶ!」

「後でここへくるから。お城へ行こう! あっちの方が良いものがあるかもしれないぞ」

「そうなの? じゃあ、行く!」


 一番幼いスノウが一番言うことを聞いてくれるかもしれない。

 やっと城へ入れるぞ。そう思っていると、娘のアンと手を繋いだセトが俺の横に立って言う。


「お前も大変なんだな。初めは、美しい女性たちを連れてきて、羨ましく思ったものだが……女王様、元聖騎士様たち。よく考えれば、並の男ではエスコートできない」

「俺の苦労を……わかってくれるか」

「ああ、僕には何もできないが、頑張れよ」


 元妻帯者だったセトから、同情されてしまった。


「おいっ! 何もしてくれないのかよ!」

「当たり前だろ、俺だって命が惜しいんだ。巻き込まれるわけにはいかない。大事な娘がいるからさ」

「命に関わるのか……まあ、みんなとても強いからな」

「そうことさ。武人ではない僕にとっては、世界が違うから。フェイトにすべてがかかっているからね。ハウゼンに降りかかろうとしている厄災を払う前に、色恋沙汰で都市が崩壊したら笑えないよ。あと、娘の前であのようなことはやめてもらえるかな。教育に悪いからさ」

「はい……肝に銘じます」


 娘を思う父親の鋭い眼光に気圧されて、約束するしかなかった。

 物腰柔らかなセトも、娘のことになると豹変してしまうのだ。まだ、俺を睨んでいるぞ。


 あまり俺を信用していないように見える。心外だな、俺は彼女たちをちゃんとエスコートできるはずだ。


「さあ、いこう。先に行ったエリスが気になる」

「たしかにエリス様の自由奔放さだと、お城の中で何をされるか……わかったものではないな」

「急ごう」


 思い返してみれば、エリスは不敵な笑みをこぼしながら、歩いていった。


 あの顔は碌でもないことを考えているときに見るものだ。そういえば自室に鍵をかけていただろうか。開けっ放しだったような気がする。


 これは本当に急ぐべきだろう。

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