第153話 復興のハウゼン
魔物の巣窟と化して廃墟と成り果てていた都市。
だが、今は違う。
俺たちの目前に見えてくるのは、王都からの技術提供を得て、大きく発展しようとしているハウゼンだ。
俺が離れてから、随分と様変わりしたものだ。魔導バイクの運転にも思わず、力が入ってしまう。
早く、ハウゼンへ帰りたい。
そう思わずにはいられなかった。
「フェイ、ソワソワしていますね。ハウゼンに戻ってこられて嬉しいんですね」
「ああ、そうさ。ここが俺の故郷だからさ」
魔導バイクの後ろに乗っているロキシーから言われて、自然と笑みがこぼれてしまう。
「私も早くあそこに行きたい!」
俺の前に背中を預けて、元気よく声を上げるのはスノウだ。彼女は幼い人間の体をしているが、人間ではない。聖獣人と呼ばれ、強力な力を持っている。
今は、彼の地への扉によって無理やり蘇ってしまった影響なのか、生前の記憶を失っていた。だから、見た目も相まって言動も幼い子供そのものだ。
初めは人見知りで俺とメミルにしか、懐かなかった。しかし、硬かった表情に変化が起きて、笑顔も見せるようになっていった。それに合わせて周りの人たちにも、少しずつ心をひらいているようだ。
まあ……ロキシーにはなぜか、距離をとっていることを除いてだが……。
父さんはそんなスノウと過去になんらかの因縁があるようだった。詳しいことはわからない。
そう思うに至る理由は、暴走したスノウと戦った折に、父さんが彼女を殺そうとしたからだ。あの時、俺は初めて父さんの殺気に満ちた目を見てしまった。あんな怖い目をした父さんは、幼いころの記憶を辿っても覚えがない。
俺の知らない父さんの一面を垣間見た瞬間だった。
王都でアーロンに父さんと戦うことになっても、ちゃんと向き合うと言ったのに、このざまである。
俺の心を知ってか知らずか、スノウは俺に早くハウゼンへ行こうと無邪気に言ってくる。まったくもって無邪気なものである。
「わかったって、暴れるな。運転ができないだろ」
「うううぅ。早く行きたい! なら、こうする!」
「おいっ!?」
ハンドルを持っている手に、スノウが自分の手を重ねてきたのだ。
そして、彼女の有り余る魔力を一気に送ってきた。魔導バイクは魔力を使って、推進力へと変える。
つまり……俺の魔力+スノウの魔力で、タイヤの回転数を高めてしまった。
「フェイ! 速すぎます! キャアアアァァァ」
「やばい、やばい」
「楽しい!」
「「楽しくない!」」
無理やりスノウの手を離して、魔力供給はやめる。だが時はすでに遅し。
尋常じゃないスピードに達していた。下手にブレーキをかけようものなら、魔導バイクが反動で横転するだろう。
スピードを落とさないなら、このままハウゼンに大激突だ。もう一度復興しようなんてことになりかねない。領主である俺が、率先して破壊するなんてあってはならないのだ。
「ロキシー……すまないが」
「ええ、わかっているわ」
だから、俺たちが選んだのは……ハウゼンを通り過ぎることだった。
きっと、後ろで追走しているエリスとメミル組は、俺たちを見て何をやっているんだと思っていることだろう。戻ってきたら、エリスからお小言の一つや二つ頂戴してしまうかもしれない。
まあ、あれでも王国を統べる女王様なので、ありがたく聞くとしよう。
なんて思っている間に、ハウゼンを通り過ぎていく。
「さらば……ハウゼンよ」
「何を感傷的な声で言っているんですか! スピードが落ちてきたらすぐに戻りますよ。エリス様になんて言われるか、わかったものではないですから」
「奇遇だね。俺も同じ考えさ」
「もう、そんなことをいっていないで」
後ろから頬を摘まれてしまった。俺を見たスノウが大笑いだ。
「変な顔がもっと変になった」
「なんだと!?」
それでは俺が元からおかしい顔をしているようではないか?
「ロキシー……これって……」
「えっと、そのくらいにしておいて……。スピードが落ちてきましたら、さあハウゼンへ」
謎の含みを残して、ハウゼンへ向かうことを促してきた。
むむむっ、気になるじゃないか。モヤッとした気持ちも乗せて、通り過ぎてしまったハウゼンへ戻ることにした。
近づいた頃には、エリスとメミルはすでに到着しており、魔導バイクから降りて外門で俺たちを待っていた。
「もうっ! また暴走して置いていっちゃうんですから」
「違うよ、メミル。ボクたちを置いてハウゼンを通り過ぎて、どこかへ行こうとしていたんだよ。逃避行かと思ってしまったよ」
「そんなわけがあるかっ!」
俺は魔導バイクから降りながら、メミルとエリスにいってやる。
「スノウがはしゃいだからさ。危うくハウゼンへ突っ込むところだったんだよ。後ろから見ていたら大体わかると思うんだが」
「アハハっ、慌てるフェイトの顔は面白かったね」
「そうですね。エリス様」
「こいつら……」
俺のあんな姿を見て、楽しむとは……いい趣味しているじゃないか。
はぁ……やれやれ。
女性陣たちに圧倒されていると、俺の肩に手を置く者がいた。
「久しぶり、フェイト」
「セト!」
振り向くと、痩せていた昔と比べて、少しだけふっくらとしたセトが立っていた。
隣には娘のアンがニコニコ顔でこっちを見ている。
「フェイト、おかえり!」
「ただいま!」
飛びついてきたアンを受け止めていると、それをじっと見つめる目があった。
スノウだ。
「私もする! フェイト、おかえり!」
「お前は違うだろ! 一緒にここまで来たじゃないか!」
俺の言うことなんて聞くこともなく、アンの真似をしてきたのだった。
「フェイト! 早く、ただいまを言って!」
「……ただいま」
ふぅ~。アンとスノウに掴まれて弱っていると、面白そうにセトが言うのだ。
「この子は……フェイトの娘かな?」
「どう見たって違うだろ」
「だよな。フェイトに全く似ていなくて、将来美人さんになりそうだし」
「一言多いぞ」
「じゃあ、誰の子なんだ?」
俺とスノウを交互に見ながら、セトは首をひねった。
そこへロキシーがスノウに微笑みかけながら、
「この子は滅びの砂漠で保護しました」
「ロキシー様! これはようこそハウゼンへ」
「そのようにかしこまらなくても……大丈夫ですよ。今は家督を返して、ただの武人ですから」
「いいえ、それはできません。あの有名なロキシー・ハート様をこの目で見られるとは、幸福至極です」
スノウのことはどこへやら、セトは顔を赤くしてオロオロしてしまう。まあ、これほどの美人に見つめられるとそうなってしまうのはよくわかる。
俺も慣れるまで、セトと同じ感じだった。
そんなセトの足を踏んで、不機嫌そうな女王様がいた。
「セトよ、このボクがわざわざ来ているっていうのに、無視とはいい根性しているね」
「エリス様! これは違うんです」
「何が違うのかな? まずはボクにかしこまるべきだと思うんだけど?」
「大変申し訳ございません」
セトはすぐさま跪いていた。これは……かしこまるというより、ひれ伏しているようだが……。
ふんぞり返るエリスは、実に満足そうだった。
その様子を見たアンとスノウが俺から離れて、二人を観察し始める始末だ。
実に教育的に良くないだろう。跪く父親の姿を見せつけられているアンには特に良くないように思えた。
「そんなことよりも、ハウゼンの中へ入るぞ」
「ええぇっ、ボクはまだ」
「ダメだ!」
エリスの腕を掴んで、外門を通って中へ向かう。
「ロキシーとメミルも行くぞ。セトも早くしろ。いろいろと話したいことがあるんだ」
「ああ、待ってくれ。さあ、アン、スノウちゃんもこっちへおいで」
魔導バイクは、兵士たちが保管場所まで移動してくれるらしい。
俺たちは、ハウゼンでもっとも見晴らしが良い場所――バルバトス城へ歩き出す。
冠魔物である【死の先駆者】リッチ・ロードと戦った廃城はすっかり様変わりしていた。真っ白い外壁が美しく、ハウゼンのランドマークとなっている。
大通りで行き交う人々は活気にあふれており、以前にスケルトンが跋扈していたとは思えないくらいだ。王都から持たざる者たちの移住計画は、セトからの報告を受けなくても順調のようだった。
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