第152話 ライブラの力

 「ライブラ!」


 彼は俺に向けて、にっこりと笑う。手には何も武器を持っておらず、戦う意思はないようだった。

 しかし、彼から溢れ出す強大な魔力は、俺たちに好戦的なプレッシャーを与えてくる。


 油断できない。


「やあ、フェイト。久しぶりだね……いや、そうでもないか」

「何をしたんだ?」

「見ての通りさ。この土地に潜む魔物退治。そこで被害を最小限にするために、事前に住民たちに教えてやったんだ。これでも気を使ったんだよ」

「まだ、残っている人たちがいるぞ。それにこの魔物が危害を加えるのは百年以上先のはずだ。なぜ、こんなにも急に?」

「それを決めるのは彼らではないからさ。決めるのは僕だ」


 何を言っているんだ? ライブラが決める?


「意味がわかっていない顔だね。いいよ、教えてあげる。君が言うように魔物が暴れ出す百年以上先まで待ったとする。そのときに彼らは誰に助けを求めるかな。言っておくがそこまで育てば、Eの領域に容易く達しているだろう」


 ここは王国に管理されてない土地。さらに聖騎士の領域ではないため、力のある武人は助けてくれないだろう。合わせて、魔物が暴れ出すまで何もされなければ、状況は悪化する。


「わかってくれたようだね。倒せるのは、君たち大罪スキル保持者か。僕のような人間だけだ。その上でよく考えてほしい。僕はこう見えて忙しい。限られた時間で住民たちのエゴには付き合ってはいられないんだ。そのときになったら助けてくれなんて都合が良すぎるんだよ」

「だから、今なのか?」

「ちゃんと避難する時間は与えたよ。今回はそれほど緊急を要する案件ではなかったからね。もう一度言うよ。それも含めて決めるのは僕だ。逆に訊こう。フェイトならこの魔物をどうできた?」


 ライブラは、動かなくなった魔物を踏みつける。

 それには特に何の感情も見受けられない。ただ、邪魔だったから踏みつけたように見えた。


「返事がないね。どうやら、先程の話から君はこの魔物を知っていたようだね。一度はここへ訪れて、この問題を知った上で何もできずに、この地を離れたんじゃないのか? 僕が言いたいのは、何もできなかったくせに、文句を言うなってことさ」


 そう言いながら、俺の横を通り過ぎていくライブラ。


「ライブラ、待ちなさい」

「ほう……よく僕に話しかけられたね。ただの置物かと思っていたのに」


 エリスがビクリと震えながらも、ライブラを睨んでいた。


「へぇ、そういう顔もできるようになったんだ。少しは強くなれたのか? この国の王様ごっこをして気持ちが大きくなれたのかな?」

「ボクは……もう昔のボクじゃない!」


 黒銃剣を構えて、ライブラへ向ける。それに対して、彼は平然としていた。


「撃ちたければ、撃てばいい。だが、お前に果たしてそれができるのかな? 彼の地への扉が開かれようとしている今、僕と対立することがどれほど愚かな行為だということを理解すべきだ。僕をよく知っているお前ならね」

「くっ……」


 手に持っていた黒銃剣の力が緩まったことにライブラはにっこりと笑う。


「いい子だ。お前は昔のように従順であるべきだ」


 そして彼は俺に目を向けようとするが、間に飛び込んできた者によって阻まれた。


「やあ、スノウ。まさか……そのような姿になっているとはね」

「ギギギギギィッ」


 メミルに預けていたはずのスノウが、俺を守るように手を広げていた。そしてライブラに対して唸って威嚇を続ける。


「そんなに怒らないでくれ。まったく、これじゃあ……僕が悪者みたいじゃないか」

「どっかにいけ! お前は嫌いだ!」

「記憶は無くしているくせに、散々な言われようだね。まあ、いいさ。本当はスノウを迎えに来たんだけど、しばらくはフェイトに預けておくよ」


 ライブラは苦笑いしながら、俺に言う。


「もうこのようなところで寄り道はしてはダメだよ。早くハウゼンへ」

「言われなくても」

「いい子だ。しかし、どのようなことがあっても、必ず彼の地への扉が開かれるのを止めるんだ。いいね、必ずだよ」

「わかっている」

「なら、安心したよ。もし、君が失敗したら、ハウゼンごと消滅させなければならなくなるからね」


 無茶苦茶なことを言ってのけるライブラ。俺は思わず、詰め寄ろうとしたがスノウによって止められた。


「ダメ、危険!」

「スノウはよくわかっているね。さあ、僕とこれ以上話していないで、ハウゼンへ向かいなさい」


 そして、話は終わったとばかりに歩き始めた。

 俺とすれ違ったときに、小声でそっと言ってくる。


「もっと強くなるんだフェイト。僕のためにね」


 意味深な言葉を残して、ライブラが立ち去っていく。

 最後に残ったのは、完全に死んでしまった街だけだった。


 エリスが俺の側までやってきて、寄り添ってくる。


「やっぱり……まだボクにはこれくらいが精一杯みたい」


 彼女の体は冷たくなっており、震えていた。ライブラとのトラウマを抱えていた状態で、よくやったと思う。本当に怖いものが目の前にいたときに、人は声すらも出すことが難しい。


「エリスは十分頑張ったよ」

「……ありがとう」


 さて、俺ができることは、ライブラと戦うことじゃない。

 街の被害は大きいけど、幸いにして住人たちは生き残っている。


 合流したロキシーとメミルと共に、再度住人たちに会って、この街に潜んでいた魔物について説明した。そして、ここはもう人が住める土地ではなくなったことを納得してもらうことだった。

 

 魔導バイクに乗り込む俺にロキシーが言う。


「良かったですね。あの人たちがここを離れることに納得してくれて」

「ああ……皮肉な話だよ。良くも悪くも地面から這い出した魔物が決め手になるんてさ」

「人は口であれこれと言っていても、実際に起こったことには目を背けることはできませんから」

「身を持って命の危険を感じれば、考え方も変わってしまうか……」


 現金な人たちだと一蹴することもできる。


 でも、彼らは持たざる者として、居場所がなく彷徨い続けて、あの場所へやってきた経緯がある。

 やっと見つけた楽園だ。離れることに恐れがあったのだろう。


 そして、それを超える恐怖を味わったので、ここを離れることを決めたのだ。


「人はそれほど強くはないんです。私だって、そうです。聖騎士ですが、それはスキルによるものですから。でも、フェイトは強いです!」

「そうかな……俺はそんなふうに思ったことはないし」

「ガリアで天竜と戦っていた時のフェイトは私の中ではすごかったです。負けてたまるかって感じで、追い詰められても諦めないところとか。王都でもそうでした」

「あははっ、ただ単に諦めが悪いだけだよ」


 笑っていうが、それを聞いたロキシーは不満げだった。

 拗ねるように言ってくる。


「いつもそうなんですから、まったく……」

「俺の話はそれくらいにして、あの街にいる人もリシュアの領地で預かってくれるみたいだからさ。一安心だ。でも一時的って話だから、ゆくゆくはハウゼンに受け入れられたらと思っている」

「ですね。なら、まずは!」

「ああ、マインの行方をハウゼンで調べる。そして彼の地への扉が開かれるのを止める。そうしたら、ハウゼンは安全になるからな」


 魔導バイクを走らせる。待っていましたとばかり、スノウがノリノリではしゃぎ始める。


「早い! 楽しぃ!」

「掴まっていないと、落ちちゃうぞ」

「大丈夫!」


 うん、たしかに大丈夫だろう。だって、彼女はEの領地のステータスを持っているし。


「じゃあ、もっとスピードを上げるぞ」

「わ~い!」

「コラッ、フェイ! 調子に乗らない。エリス様からも言ってください」


 隣を並走するエリスとメミル。今回の運転はエリスだ。

 彼女は、何も言わずに微笑むばかりだった。


「エリス様! どうしたんですか?」

「いやいや、今日は気分がいいんだよね。だから、フェイトの子供じみた行いなんて、目を瞑るよ」

「子供じみたってどういうことだ!」


 そう聞いても、ニコニコするばかりだ。おそらく、ライブラとの一件が絡んでいるのだろう。

 彼を恐れて、今まで何も言えなかったエリスが初めて物言いができたのだ。彼女としては大きな一歩だったみたいだ。


 ライブラは彼の地への扉が開かれるのを防げるなら、ハウゼンの消滅もいとわないと言っていた。


 今すぐそれをしないのは、彼なりのルールがあるのだろう。今回の都市食いの魔物の一件から推測するに、ちゃんと猶予を与えるのだろう。


 その期限に達すると有無も言わせずに、事を実行する。そこに生きた人が居たとしても関係ない。

 人の命よりも、目的を優先する。


「なあ、エリス。ライブラのことを訊いても大丈夫か?」

「いいよ。そんなことでボクに気を使う必要はないさ」

「そっか……。なら、教えてくれ。ライブラが都市食いの魔物を枯らした力はどういったものなんだ?」

「あいつの力か……。ボクもはっきりとは知らないんだけど、命を操るらしい」


 命を!? たしか……あの魔物は、命が吸われるように枯れていった。

 もし操れるなら無敵に近いような能力だ。

 そう思っていると、エリスに笑われてしまう。


「怖がっているのかい?」

「そんなことはないさ。それよりも、命を操る奴にどうやったら戦えるのかなって考えていただけさ」

「あはははっ、フェイトらしいね」


 さらに大笑いされているのが癪に障るけど、エリスが元気になれるなら良しとしよう。


「笑いたければ、笑えばいいさ」

「あはははははははっ!」

「笑いすぎだ!」


 やっぱり気に入らなくなって、エリスに文句を言ってやる。そんなことをしていると、とうとう俺たちの目的の地が見えてきた。


 小高い丘に築かれた古城。その周りにうず高い壁。


 長年、放置されていたことで、自然の力によって侵食されていた都市も今はしっかりと再建されている。


 新生ハウゼンである。


「へぇ、これは綺麗になったものだね」

「うあぁ……以前に訪れたときとは見違えるようです」

「ここがバルバトス領ですか! まだまだ復興中と聞いていましたけど、見た感じでは完璧ですね」

「外壁は魔物の進行を抑えるために必要だから、優先的に直したんだよ。城はまだいいって言ったんだけどさ。みんなが、都市のシンボルだからってきかなくてさ」


 塀の向こうにある街はこれからだ。建設中の住まいや、商店がたくさんある。


「フェイト! 早く!」


 スノウも楽しみにしてくれているようだ。

 再建に関わってきた一人として、嬉しい限りだ。


 魔導バイクを走らせて、外門へ近づいていく。すぐそばまで来たところで、大きな音を立てて門が開き始めた。

 おそらく、兵士たちが外を監視していて、俺たちに気がついてくれたのだろう。


 そして門の中から兵士たちを伴って現れた男は、こちらへ向けて大きく手を振っていた。


「フェイト! 皆さん! ようこそ、ハウゼンへ」

「セト! 久しぶりだな。調子はどうだ!」

「王都からの支援も受けられるようになったから、見ての通り順調さ」


 そう言いながら、セトは自信満々に言う。彼とは故郷の一件から別れた後、再会を果たしてハウゼンの復興に協力をしてもらっている。

 過去にはいろいろとわだかまりもあった。でも今は和解をしており、良き友人として俺の力になってくれていた。


 再会の握手を交わしながら、今回の旅に同行してくれている仲間を紹介していく。


 セトはまずロキシーがいることに大いに驚いていた。そして予め手紙を送っていたが、メイド姿のメミルに目を丸くしていた。どうやら、元聖騎士様のメイド姿はかなり珍しいようだ。


 そして、女王様であるエリスには飛び上がった後に跪いていた。


「エリス様! このような汚い場所にお出でいただき、光栄の至りです」

「おい! こらっ! ハウゼンをそういうふうに言うなよ」

「何を言うんだ、フェイト! 女王様だぞ。そのような高貴なお方に見せるのは、まだ早すぎるって!」

「落ち着けって、大丈夫だって。エリスは見た感じ高貴そうだけど、中身はそれほどじゃないから」

「フェイト! 酷いことを言うねっ」


 痛たたっ! エリスに聞こえていたようで耳をつまれてしまった。


「フェイトの言い方は、問題ありだけど、気にすることはないよ。ボクとしても、ハウゼンが王都の技術提供でどれほどになっているかが気になるし」

「そう言っていただき、助かります」


 セトはエリスに許可をもらって安心したようだった。

 そして最後にスノウをじっと見ていた。しばらくして何かに思い当たったような顔をする。


「まさか! フェイトの子供か!? お相手は……」


 ロキシー、メミル、エリスを次々に見回していく。


「えっ!?」

「まぁ!」

「おおっ!」


 お前……なんてことを言うんだ。それに、セトがおかしなこと聞いているのに、どうしてみんな……すぐに否定しないんだ。


 セトは俺たちの様子を見ながら、楽しそうに頷いていた。


「うんうん、なるほど……」

「もう、いい加減にしろ。この子はスノウ。リシュアが治めている領地でわけあって、連れて来ることになったんだ。理由はここで話せない」

「訳ありか……。なら、城で話した方が良さそうだね。ちょうどこの前、内装を綺麗にしたんだよ。フェイトにも見てもらおうって、みんなで言っていたところさ」


 一応……俺はバルバトス領の当主なんだけど。

 まあ、セトたちには立場を抜きにして、接してほしいと言っているからな。彼なりの俺に対する冗談交じりの好意なのだろう。


「では、こちらへ。それと、フェイト。マインの件で、こちらでわかっていることについても話したい。その後でいいか?」

「ああ、問題ない」


 頷くとセトは前を歩き始める。彼の案内で、外門を通って、ハウゼンの中へ入っていく。


 マインは、この地で目撃されたという。彼の地への扉を開くために必要な何かが、ハウゼンにあるのだろうか。


 止めるためには、彼女との戦いは決して避けられない予感がした。

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