第151話 没落した街

 荷馬車の一行と別れて、魔導バイクを走らせる。しばらくして、見えてきた緑の大地。

 枯れた大地の中でポツンとある様相は、とても異質だった。


 そこへ入っていくと、ほのかに甘い香りが漂い出した。これは以前に訪れたときと同じだ。

 ただ違うのは……。


「もうここに住んでいる人たちは、ほとんど居ないようですね」


 バイクの後ろに座っているロキシーが、辺りの家々を眺めていた。

 彼女の言う通りだ。先程の避難していた人たちが出ていったことで、ここにもう賑やかさは無くなっていた。


 前回来た時は、豊かな大地の恩恵を生かして、様々な農作物が育てられていた。またそれらを飼料として利用されており、たくさんの家畜も見かけていた。


 しかし、バイクから降りて眺めると、大きく違っていた。


 農地は荒れ果ており、しっかり育つのを待たずに無理やり収穫されている。家畜は一頭も見当たらない。それらが逃げ出さないように囲っていた柵は至るところで壊れていたりする。


「こないだ来たときと違って、見る影もないな」

「慌てて逃げ出した感じですね」

「そんな感じだな……」


 ロキシーと街の情報を話し合っていると、バイクを止めたエリスとメミルもこちらへ歩いてきた。

 彼女たちも俺たちと同じ感想だった。


「へぇ~、このような街があるなんて知らなかったよ。かなり最近できたんだろうね。今は街と言えるのかは、微妙だけどね」

「ですね。先程会った人たちが最後の避難者だったんでしょうね」


 見た目の建物は新しい。廃墟ではないけど、人の営みを感じられない。

 俺たちが見ている街には異様な静かさが広がっていた。


「どうしますか? 街にまだ残っている人を探して、話を聞いてみますか?」

「ああ、そうしよう。メミルとロキシー、頼めるかな?」

「「はい」」


 彼女たち二人に任せて、俺は足にしがみついているスノウに視線を向ける。


 なぜか、彼女は街に入ってから怖がり始めたのだ。よく俺にくっついてくるので、いつものことだろうと思っていた。だが、スノウの震えが俺に伝わってきてことで、どうやら様子がおかしいと気がついた。


 顔は至ってなんでもない表情をしているので、見た目はわからない。

 ロキシーたちにいらない心配をかけたくなかったので、まだこのことは話していなかった。


 しかし、スノウの変調に気がついた人がいた。


「ねぇ、フェイト。彼女もボクと同じようだね」

「なかなかの洞察力だな」


 力無く微笑んで答えたのはエリスだった。ライブラという名前を聞いてから、元気がなくなっていった。


 このことは、ロキシーやメミルもわかっていた。だから、街の人へ聞き込みの人選について、特になにか言うことはなかった。


「無理をするなよ。ライブラと会うのが辛いなら、ここに居てもいい」

「大丈夫……それより、スノウが気になるね」

「記憶は失っているはずなのに」


 本能的に何かを感じとっているのかもしれない。


「でも、この様子ならこの子も、ライブラとの因縁がありそうだね」

「まあ、それがあったとしても……こんな状態だ。今は過去に何があったことすら、本人はわかっていないみたいだ」


 俺に抱きついて強張っているスノウを撫でながら言う。しばらくしていると、彼女は落ち着いてきたようだった。


「よしっ、いい子だ。ロキシーたちのところへ行きたいんだけど、いいかな?」

「うん。怖いのがいる。気をつけて」

「ありがとう」


 スノウと手を繋いで、うなずく。ロキシーたちのところへ行こう。

 そう思っていると、


「フェイト様!」


 住民を探しに行ってたメミルだ。あのドヤ顔を見るにどうやらいい話のようだ。


「数人を見つけました。」

「どこに?」

「この先にある大きな屋敷です。この街を取り仕切っている……というか取り仕切っていた家族です」

「わかった。案内してくれ」


 メミルの後について、俺たちは進んでいく。その屋敷は街の中心付近にあるようだった。

 途中、街路樹に囲まれた大通りを通った。ふと目に入った数本の木は枯れかけていた。


 住民たちが居なくなってしまったことで、手入れしてもらえなくなったからだろうか。それにしても、枯れかけるのは早すぎるような気がする。


「どうしたんだい? フェイト?」

「いや、なんでもない」


 横を歩くエリスが、声をかけてくれた。しかし、他愛もないことだと思ったので、彼女に言うことではないだろう。


「フェイト様、エリス様、早く!」

「ああ、わかった」

「今いくよ」


 それよりも、この街の代表だった者へ話を聞くほうが先決だろう。俺はスノウの手を引いて、メミルを追いかける。

 そして、街の中心近くまでやってきた。


「あれっ、ここは……」

「どうしたんだい?」

「この前に来たときにあったはずの湖が無くなっている」


 俺が指差した方角には、干上がった湖があった。地面はひび割れており、水を一滴も含んでいないだろう。 


「あそこには、大きな湖が広がっていたんだ」


 その水は、特別なものだった。


 飲めば、体の傷や疲労などを癒やす力を持っていた。さらには、作物に与えれば通常よりも早く育って、実りも良くなる。

 いい事ずくめの水だった。


「なるほどね。そんな湖がなくなれば、この土地に住む利点も無くなってしまうね」


 エリスは頷きながら、しばらく枯れた湖を眺めていた。

 屋敷からロキシーが出てきたところで、湖の話はひとまず終りとなる。


「皆さん、こちらです。この家の人たちの様子が急におかしくなってしまって」

「えっ!?」


 この屋敷に住んでいるのは、三人家族だという。

 中へ入ってみると、広々とした玄関だ。


 これだけの屋敷なら使用人たちを雇わないと、管理できないだろう。

 ロキシーが聞いた話では、ここで働いていた者たちは今回の件でやめてしまったそうだ。


 長い廊下を歩いていく。その先の部屋に若い男が待っていた。

 顔色が悪く、何らかの病気を患っていそうだった。


「僕はテッドといいます。この街の代表の息子です。まずは聖騎士様……このような場所にいらしていただき、ありがとうございます。見ての通り、もうここは街として機能していません。ですので、満足なおもてなしもできず、申し訳ありません」

「いや、それはいいよ」


 それよりも俺たちは訊きたいことを話した。


「まずは、えっと君の両親は?」

「さきほど倒れてしまいまして、寝室で寝かせております。ロキシー様に手伝っていただき、本当に助かりました」


 ロキシーに目を向けると笑顔で返してくれる。


「私が見るに、段々と弱っていっているようです。この土地が原因かもしれません。都市食いの魔物が何かをしているのか、それともライブラという男によって何かが起ころうとしているのか。わかりませんが嫌な感じがします」

「たしかに……」


 テッドという男の体調は今も少しずつ悪くなっているようだ。額に汗が滲んできている。

 話を手短に済ませて、休ませたほうがいいだろう。


「単刀直入に聞く。この街へやってきたという男、ライブラはいつ頃やってきたんだ?」

「一ヶ月ほど前です。それから段々と湖の水が減っていきました。彼は僕たちに悪しき物――魔物が地下深くにいる。早くこの街から出るように言いました。僕たちはその話を聞かずに、彼を追い払いました」

「えっと、一度はここから出ていったんだな」

「はい、その間も湖の水位は減っていきました。街の外は荒野です。あの水の不思議な力によって、生活を支えられていた住民たちは、見切りをつけて次々と出ていきました。そして、あの男――ライブラが戻ってきてから、湖の状況は一層深刻になってしまい」

「街のほとんどの住人がでていったわけか?」

「はい。この街は僕ら以外に……あと十人くらいしかいません」


 湖が枯れてしまって、もう作物も育てられないらしい。飲水は今貯めているものでどうにか凌いでいるという。


 俺たちの困惑していた表情から言いたいことがわかってしまったのだろう。

 理由を聞く前にテッドから答えが返ってくる。


「そこまでして残る理由を知りたいという顔ですね。ここに残っている僕を含めた人たちは、この荒れ地のオアシスを初めに見つけた者たちなのです。元々、行き場がなく疲れ果てていた僕たちで、この場所を見つけて、心底嬉しかった。そのときに僕たちは誓ったのです。どのようなことがあっても、この楽園から離れないと……」

「もう楽園ではなくなっているけど、それでも?」

「はい、言ったはずです。どのようなことがあっても離れるつもりはないです」


 体に変調をきたしていてもらしい。

 それでも、ここから離れるべきだと言おうとしたら、エリスが俺の肩に手を置いた。


「フェイト、これ以上は話しても無駄だよ」

「しかし……」

「君がしたいことは正しいよ。だけど、彼らにとってはありがた迷惑ってやつさ」


 エリスはテッドをまっすぐ見つめながら言う。


「いいんだね」


 訊かれた彼は迷うことのない……変わることのない返事をした。

 ため息を付きながら、窓の外を眺めている。外の木々の色が変わっていくではないか。


 青々とした葉が、生気を失ってみるみるうちに枯れていく。

 まるで時間を早送りにしたような感覚を覚えてしまう。


「地面を見ろ」

「これは……」


 俺たちは急いで外へ出ると、干上がった湖に大きな亀裂が無数に走っていく。

 それともに大きな地震が起こった。


 木々は倒れ、建物にヒビが入ってしまうほどだ。


「まさか、この魔力は……」

「誰かが地下で戦っているみたいだな」


 一気に膨れ上がったプレッシャーを足元から感じる。


 この街にライブラの姿や気配は感じられなかった。間違いない。この魔力の感じはテトラであったときのライブラと同じものだ。


 俺と手を繋いでいるスノウが強張っている。そして、彼女は地面を見ながら呟く。


「フェイト、来るよ」

「なっ!? みんな! ここから離れろ!」

「フェイッ」

「フェイト様」

「これはなかなかだね」


 飛び去った地面の下から、巨大な植物の根が飛び出してきたのだ。

 あまりにも分厚すぎて、視界がそれで一杯になってしまうほどだ。


「メミル! スノウを頼む!」

「はい」

「ロキシーは退路を確保してくれ」

「わかりました」


 俺とエリスは、武器を手にして目の前の根を斬り払う。


『フェイト、斬りがいがある太さじゃないか』

「そんなことを言っている場合かよ。これって、都市食いの魔物なのか?」


 この根は街中の至るところで、顔を出していた。

 数えるなんて無駄に思えるほどの数だった。


 黒剣で斬り払っても次から次へと根が伸びてきてきりがない。それに斬り口からたくさんの根が溢れてくるし。


『ああ、そうだ。これでも幼体だからまだ小さいがな。おそらく、ライブラが何かをして、暴れているんだろうな。それと、斬り払うのはまずそうだな』

「何で……おいおい、嘘だろ」


 斬り飛ばした根が蠢いており、そこから新たな根を出していたのだ。

 再生能力っていう次元じゃないぞ。


「こうなったら!」


 俺は黒剣に炎弾魔法を流し込んでやる。

 炎剣で再度攻撃を加えるが、


「まじかよ」

「木のくせに炎耐性をもっているみたいだね」

「燃えない木ってありかよ」


 どうやら敵はEの領域ではないため、ロキシーやメミルでも攻撃はできる。


 だが、圧倒的な再生能力を超えた分裂能力のようなものまで持っていては下手に戦えない。増えてしまって事態を悪化させてしまうからだ。


「これはちょっとまずいね。一旦、街の外へ退避する?」

「そうは行きそうにないかもな」



 枝分かれした根が檻のように俺たちを取り囲んでいた。攻撃は格下なのでダメージを受けない。


 だからといって、下手に攻撃できないのでは防戦一方となってしまう。


 都市食いの魔物についての情報が少なすぎる。グリードに確認しても、倒し方までは知らないようだった。


「攻撃を加えるしかないか……」


 黒剣を握り締める。そして俺たちの前まで迫る根に向けて、振り下ろそうとしたとき、


『待て、フェイト』

「どうした?」

『様子がおかしい』


 そう言われてすぐにはわからなかった。でも根の勢いが見る見るうちに無くなっていった。


「枯れていく……違う。朽ちていく」

「フェイト」


 あれほど、活発に地面から這い出していた根。


 それが、砂のようにボロボロと崩れ降りていくのだった。エリスはその力に恐れ慄いている。


 つまり、これをやった奴は……。

 崩壊していく根たちの間から、一人の男が悠然とこちらへ歩いてくるのだった。

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