第150話 都市喰いの魔物へ
エリスと会話して、俺はすっかり目が冴えてしまった。眠る気にもなれなかったので、ロキシーやメミルたちを置いて、滅びの砂漠に再度向かうことにした。
一緒にダークネスの残党を倒すと約束していた。それを破って申し訳ないと思う。
だけど目を覚ましても、聖獣との戦いによって高揚していた心はそのままだった。
要するに今すぐにでも一暴れしたかったのだ。
それはエリスも同じだった。戦いで不甲斐ない自分を見せたことに苛立ちがあっただろう。
というわけで、俺はエリスと一緒に砂漠のど真ん中に立っている。
「さあ、頑張ってみようか!」
「本当にやるのか……」
「だって、その方が早いよ」
俺は顔を引きつらせていた。理由は簡単だ。
エリスの大罪スキル――色欲スキルを使って、ダークネスを引き寄せるというものだった。
そしてフルパワーというのが、問題だった。
彼女が言うには、広大な滅びの砂漠にいるすべての魔物を呼び寄せるらしい。
残ったダークネス、そしてただの魔物……もしかしたら冠魔物もやってくるかもしれない。
それが俺たちを取り囲むように押し寄せるというのだ。
「じゃあ、行くよ。やってきた魔物やダークネスは君が喰らうんだよ。暴食スキルの力の見せ所だね」
「心の準備をするから、少し待ってくれ」
深呼吸して心を落ち着けている。
だが、その最中に地平線の向こうから砂煙が立ち上り始めた。
「エリス……お前、やりやがったな」
「うん! さぁ、頑張ってみようか! ボクが手厚く支援射撃してあげるから」
エリスとしては、久しぶりに支援の感覚を取り戻したいようだった。そのための大量の魔物である。
俺たちを取り囲むように近づいてくる魔物たち。これはもう、ガリアのスタンピードに匹敵するぞ。
成り行きを見守っていたグリ
ードも、気分は乗ってきている感じだ。弾むような声で俺に言ってくる。
『これほどの魔物の量は久しぶりだな。腕が鳴るな、フェイト!』
「自分は戦わないからって、いいご身分だな」
『ハハハッ、俺様は武器だからな。まあ、喰い過ぎ注意だな』
「わかっているって」
エリスが先手を取る。射撃を繰り返して、魔物を撃ち殺してチャージを貯めていく。
「バニシングバレッドで君の気配を消すから、思う存分やってね」
すぐさま姿と気配を消す魔弾が打ち込まれる。
それと同時に走り出す。ダークネスや魔物を次々と斬り伏せる。
いつものように無機質な声が、ステータス上昇とスキルゲットを知らせてくれた。聞き慣れた声は終わること無く、繰り返し耳に届く。
そして、得たばかりの《風切魔法》スキルを発動させる。
Eの領域によって、魔法は通常よりもかなり底上げされるようだ。
ダークネスが使うと、かまいたちくらいの小規模攻撃だ。しかし、俺の場合は大竜巻くらいになってしまう。
その中に飲み込まれたダークネスや魔物は、あっという間に中で渦巻く風の刃で切り刻まれていく。
「こっちのほうが効率がいいな」
『はしゃぐのはいいが、暴食スキルの方が大丈夫か?』
「グリードは心配性だな。相手はEの領域じゃないから、まだいける」
『なら……いいが』
なぜか、聖獣から連戦だというのに、調子がいいのだ。
暴食スキルの力を引き出して無理やり鎮めたのにもかかわらずにだ。いつもなら、メミルにすぐ血を吸ってもらって、大罪スキルの影響を相殺してもらうのだが……。
ここのところ、調子が良くなかったから、とても気分がいい。もしかしたら、ルナが俺の中で更に力を貸してくれているのかもしれない。そうなら今度夢の中で会ったときに、お礼を言おう。
思うような戦いができて、次第にテンションも上がる。
格下相手に無双するのは、なんとも弱い者いじめをしているような感じもする。しかし、敵は人間に被害を与える者たちだ。
手を抜いても、いいことはない。
更にダークネスと魔物の群れに突っ込んでいく。そのとき、後ろから魔弾の支援を受けた。
ファランクスバレッドかなとも思った。でも相手はEの領域に満たない。ステータス格差によって、攻撃は受け付けないから意味がない。
なぜ、エリスは魔弾を放ったのかと思いながら、ダークネスたちに斬り込む。
「なっ!? これは!!」
目の前にいる敵だけではなく、その後ろにいる何匹ものダークネスをまとめて屠ってしまった。
「攻撃威力と、範囲が拡大している!?」
「フフフッ、これがレイジングバレッドの能力だよ」
後ろを見ると、倒したダークネスの死骸の山の上にドヤ顔のエリスが立っていた。
「ボクのエンヴィーは支援を繰り返すことによって、熟練度が上がって新しい魔弾を覚えるんだ」
「なら、どんどん支援してくれ」
「いいよ。こう見えてボクは尽くす女だからね」
それを自分で言うのかよ。でもエリスらしい。
彼女も聖獣戦から立ち直ろうとしているようだった。
このレイジングバレッドは、有能な支援魔弾だ。俺の精神統一スキルと合わせて使ったら、どうなることやら。更に暴食スキルの力を重ねると……考えただけでもワクワクしてしまう。
さすがに、この戦いでこれ以上の底上げはいらない。
元々、圧倒的な蹂躙をしている状態で、レイジングバレッドだ。
ダークネスや魔物が空気でも斬っているかのように容易く倒せている。
戦いが終わった頃には、色欲スキルで呼んだ敵は居なくなっていた。これなら当分の間魔物が湧くことはないだろう。もちろん、彼の地への扉によって、エリスが倒した敵以外は復活することは無い。
なぜなら、俺の暴食スキルがそのものたちの魂を喰らったからだ。
暴食スキルの牢獄によって、魂は永遠に囚われ続ける。そこは彼の地への扉の影響は受けないらしい。これはグリードから教えてもらったことでもあり、俺もそうだと感じている。
ダークネスや魔物の返り血を浴びて、ドロドロになってしまった。エリスも後半は黒銃剣で接近戦の感覚を思い出そうとしていた。よって、俺と同じだ。
二人して、血だらけで本当に酷い姿だった。
「平和になったね」
にっこり笑うエリスは少しだけしおらしかった。その後ろでは地平線の向こうから朝日が顔を出し始めていく。
その光景が、とても美しかった。これは……色欲スキルの影響なのだろうか。
血塗られた狂気に満ちた姿をしているのに表情とのアンバランスが、儚く見えてしまった。
エリスもマインと同じように、途方も無い時間を生きてきた。
ひよっこの俺としては、彼女たちと肩を並べるのはまだまだ早いのかもしれない。それでも、俺の知らなかったエリスの一面を見れてよかったと思ったんだ。
「よしっ、任務完了! 帰ろうっか、フェイト」
そう言ってエリスは抱きついてきた。
「うあっ、服の血が飛び散って目に入った!」
「気にしない、気にしない」
いつものエリスに戻ってしまったようで、困ったものだ。先程みたいな感じだと、俺としてはドキドキしてしまうので、やっぱりこの方がいいか。
内心で思っていると、彼女は見透かすように言ってくる。
「おやおや、フェイトくん。鼓動が早いけど、どうしたのかな?」
「そっそれは、ついさっきまで戦っていたからさ」
「本当かな? 顔が赤いよ」
「くっ」
「あああぁ、もしかしてぇ?」
指摘されて顔を背ける。しかし、エリスは逃さないとばかりに詰め寄ってきた。
ニタニタした顔が少々腹立たしい。
「なるほど、なるほど。うんうん」
「何がだよ」
堪らずにそう言うと、彼女は一層嬉しそうに微笑むのだった。
もう好きにしてくれ……。
血塗られた服には舞い上がる砂がよく貼り付く。このままだと、俺たちは砂を纏って、サンドマンになりかねない。
そうなる前に都市へ向けて、歩き出す。道中、エリスは上機嫌だった。
「二人っきりで討伐は初めてだよね。張り切っちゃったよ。そのおかげで砂だらけのサンドマンだよ。でも、新しい支援魔弾をいくつか使えるようになったし、いい感じ!」
「えっ! レイジングバレッド以外にも使えるようになったの? どんなの?」
「それは、秘密! 乞うご期待のお楽しみだよ」
教えてくれてもいいじゃないかと思うけど、いいとしよう。
扱うのはエリスだ。効果的な場面で的確に、新しい支援魔弾を使ってくれるだろう。
聖獣との戦いや、先程のダークネスの残党狩りでも、ここぞというところでしっかりと支援してくれていた。俺が彼女の戦い方にあれこれ言う必要はない。パーティーなんだから、信じて戦うのみだ。
「ねぇ、フェイト」
「どうした?」
「ボクもちゃんと強くなろうと思う。まずは全盛期の頃に戻ることが先決だけどね。そして、あいつとの決着をつけるんだ」
エリスは聖獣人ライブラと決着をつけたいという。
俺にとってもそれは他人事ではない。父さんはライブラと関わり合いがあるらしい。
それにテトラでライブラと会ったときに、俺には友好な態度を取っていた。だが、理由がちゃんとあって、優先順位の高い目的が同じだからだ。つまり彼の地への扉が開かれるのを防ぐまでということになる。
だから、もし解決したとしても今度はライブラが俺たち大罪スキル保持者に襲いかかってくるかもしれない。
「その時が来たら、いつでも力を貸すよ」
「ありがとうね、フェイト」
リシュアが管理する都市に戻った頃には、俺たちは大量の砂を纏ってしまっていた。
門番の兵士たちにサンドマンに間違われてしまった。二人して大笑いして、ロキシーたちには内緒にしようと決めた。
屋敷に戻った俺たちは、風呂に入ってさっぱりしたところで、魔導バイクへ乗り込んだ。
メミルやロキシーに話もせずに討伐したことを少しだけ叱られてしまった。結果的に、都市に住まう民が救われることになったので、最後は褒められた。
もちろん、当主のリシュアからは聖獣の件も含めて大変感謝された。そして、どこかで恩返ししたいとまで言われてしまった。
俺は特に何もしなくてもいいと断った。しかし、鼻息を荒くして興奮気味に言っていたので俺の話を聞いていたかは定かではない。
魔導バイクをまたひらたすら、南に走らせる。スノウが加わったことで、俺のバイクは三人乗りになっている。
俺の前にスノウが座り、俺の後ろにロキシーだ。俺を挟むことで、スノウは落ち着いてバイクに乗れるみたいだった。スノウはまだロキシーに慣れていないようだ。そのことにロキシーは静かに肩を落としていた。
メミルが運転する魔導バイクと並走しながら進んでいくと、たくさんの荷物を積んだ馬車とすれ違う。
「フェイ、なんでしょう?」
「普通じゃないな」
それもそのはず、北上する荷馬車の数が五台や十台という数ではない。何十台という数なのだ。
バイクを止めて、荷馬車の男に話を聞いてみる。
すると、彼は困った顔をしてこう言うのだ。
「この先にある荒れ地のオアシスに住んでいたんですが……ある若い男がやってきて街に大穴を空け始めたんです」
話の男はとてつもない力を持っているようで、大地を抉って水源であるオアシスを干上がらせたらしい。飲水が無くなっては住めない過酷な土地だった。
だから、こうやって新たな安住の地を探して北上しているという。
「エリス、彼らをリシュアの領地で保護できないかな」
「そうだね。一番近いのはそこしかないね。魔物の影響も無くなったことだし、じきに物流も回復するだろうし。いいんじゃないかな」
エリスは胸元から紙を一枚取り出すと、一筆書いて男に渡した。
「これをこの先にある当主に渡すといい。しばらくの間は、君たち全員を保護してもらえる」
「ありがとうございます! 聖騎士様」
「うむ、ボクは違うんだけど、面倒だからいいかな」
女王様です。なんて言ったら、腰を抜かすかもしれない。
エリスの言う通り、大騒ぎになっては困る。ここは勘違いしたままでいいだろう。
荷馬車の一行を見送りながら、俺たちは荒れ地のオアシスへ寄り道するかを話し合った。
グリードやエリスが言うには、彼の地への扉が開くまで時間はまだ十分あるという。
ロキシーとメミルからは困っている民を助けたいという意見。そして、荷馬車の男が言っていたオアシスを干上がらせた者の名を知ったとき、見過ごすわけにはいかなくなった。
ライブラ……エリスの因縁の相手であり、スノウと同じ聖獣人。
彼がなぜそのような行為をしているのかを知る必要があるだろう。
ふと荒れ地のオアシスという言葉で、思い出す場所があった。以前、ガリアに向けて旅をしていたときに、為す術もなくそのままにするしかなかった街のことだ。
そこは、都市喰いの魔物が潜むところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます