第157話 目覚めの朝

「おはよう、フェイ!」


 優しい声がとても心地よい。あの精神世界での戦いによって傷んだ心が癒やされるようだった。

 ゆっくりと目を開けると、朝日を浴びながら微笑むロキシーの顔が飛び込んできた。


「おはよう」

「ぐっすりと寝ていましたね。頬を何度つついても起きなかったし。もしかして、夜の勉強のせいだったりします?」

「半分当たりかな」

「コラッ」


 あのマンツーマンの勉強……そのなかでロキシー先生の厳しい指導を思い返してみれば、当然に帰結だろう。


 素直に言ってみたのだが、お気に召さないようで額にデコピンを頂いてしまった。

 痛くはなく、彼女らしい優しいものだった。


「ごめん」

「謝ることはないです。昨日は私も少々張り切りすぎたかなと思いますし。フェイは飲み込みが早いので教え甲斐があります。この調子なら、お城で重要な役を授かるのもすぐでしょう!」

「あははっ……俺にそういうのは似合わないかな」

「何を言っているのです。フェイはバルバトス家の当主ですよ。五大名家としての自覚をもっと持ちなさい。それに心配することはありません。私が手取り足取り教えますから!」

「……お手柔らかにお願いします」


 朝からハイテンションなロキシー。握った拳を天へ突き上げて宣言していた。

 こうなった彼女を止められる者はいない。どうやら今日の勉強は昨日よりも大変になりそうだ。


 また疲れ果て机で寝てしまうかもしれない。あっそうだ!


「昨日はありがとう」

「ん? どうしたのですか?」

「ほら、机で寝てしまったみたいなのに、こうしてベッドで寝ているからさ。ロキシーが俺を運んでくれたんだろ?」

「そのことですか。私はこう見えても力持ちですから」


 知ってる。ロキシーは聖騎士だからな。


 ハート家の使用人をしていた頃を思い出す。たしか……城下町の視察に同行した際に日頃のお礼としてプレゼントした宝石の原石を素手で割っていたし。もちろん、強い魔物との戦闘も単独で遂行できるほどだ。


 俺の体重くらい片手で簡単に運んでしまえるだろう。


 ロキシーにそんなことをさせてしまっている姿を想像して苦笑いしてしまう。


「そういえば、ロキシーって昨日はどこで寝たの?」

「もちろん! ここです!」

「えええええっ!! 本当に!?」

「そうですよ。大変だったんですから!」

「えっと……まさか」


 俺の頭の中で、エリスとメミルの顔がすぐに浮かんだ。しかも二人共も不敵な笑みをしている。


「フェイの予想通りです。深夜の戦いは熾烈を極めました」


 よく見れば俺の部屋は散らかっていた。それを見回していると、ロキシーが慌てて片付け出したのだ。


「すみません。フェイの部屋を荒らすつもりはなかったのですが……」


 それに俺も加わって床に落ちてしまった物を棚や机に戻していると、中からよく知った尻尾が現れた。この……サソリの尻尾は……まさか!?


 掴んで引っ張り上げると、現れたのはスノウだった。

 彼女は眠そうに目を開けると、あくびを一つ。


「おはよう!」

「お前……なんでここにいるんだ」

「みんな楽しそうに遊んでいたから、混ざった」

「あれは遊びではないです!」


 ロキシー曰く、途中から三つ巴の戦いになって大変だったようだ。その中でスノウがこっそりと部屋に紛れ込んだらしい。


「でも、フェイトは寝ているし、みんなかまってくれなかったのでここで寝ることにした」

「それで埋もれてしまったわけか。よく起きなかったな……」


 スノウのほっぺをつまみながら呆れていると、ロキシーが何かを言いたそうに見ていた。


「えっと、何か?」

「それを言うなら、フェイも同じですよ。疲れていたと言っても、あれだけ大騒ぎしている中で全く起きなかったのですから」

「たしかに……そうだね。アハハハ……」


 精神世界に閉じ込められてしまい、影と戦っていたのだ。起きれるはずもなかった。


「ん? どうしたのですか?」

「いや……本当に疲れていたんだなって思ってさ」


 彼女は今悩みを抱えている。そのため、俺のことで負担をかけたくなかった。

 だから、咄嗟にごまかしてしまった。


「ハウゼンに来るまでいろいろとありましたし、仕方ありませんね。特にフェイは父上のこともありますし」

「父さんか……生き返ったことを本来なら喜ぶべきなんだろうけど」

「その気持ちは少しわかります。私も父上が生き返りましたから……嬉しいですけど、本当にこれは良いことなのかをふいに思ってしまいます。フェイの父上には、行動に謎な部分がたくさんありますし」

「ライネ誘拐に、賢者の石を強奪か……やりたい放題だな」


 そんな俺にロキシーは指を左右に振りながら言う。


「でも、砂漠で私たちを助けてくれました」

「……うん」


 あのときは、子供の頃から知っている父さんだった。だけど、彼の地への扉を開こうとしているのだから、俺たちにとっては敵になってしまう。


「マインと同じ目的だから、ハウゼンへ父さんも来ているかもしれない」

「そうですね……それにオアシスで出会ったライブラも気になりますし」


 昨日のセトとの話し合いで、父さんやライブラに似た人が見つかったら報告してほしいとお願いはしている。といっても、順調に復興を終えて、発展し始めたハウゼンにはたくさんの人が訪れるようになっていた。


 ゆえに、人手不足も重なって検問が手薄になっているのだ。

 マインに似た人物の姿を見たという報告は、運が良かったに過ぎない。


 スノウをベッドの上に座らせて、片付けの続きをしていく。


「これで、きれいになったかな」

「いい感じです。では、私たちは着替えてきますので、フェイも身支度が終わったら朝食にしましょう」

「ああ……ん? もしかして、ロキシーが作ってくれるの?」

「もちろんです。フフフッ……」


 スノウを脇に抱えて、ウインクしてくるロキシー。

 これは相当な自信の表れだろう。これは気合を入れて、朝食を食べなければいけない。


「フェイ、では後で」

「バイバイ、フェイト!」

「朝食でな」


 ロキシーに抱えられながら、スノウは元気いっぱいに手を振っていた。ハウゼンに来るまでにどうやらロキシーに慣れてくれたようだ。


 あとはエリスと仲良くしてほしいのだが……。やっぱり難しいのかもしれないと部屋を出ていく彼女たちを見送った。


 スノウは聖獣人という特別な種族らしい。エリスはそんな聖獣人たちに酷い仕打ちをされてきた過去がある。特にライブラとの因縁が大きかった。同族であるスノウを通してどうしても彼を思い出してしまうようだ。


 昨日の夕食ときのことだ。スノウに飛びつかれたエリスは表面上ではにこやかだったが、顔からものすごい冷や汗をかいていた。おそらくあれはトラウマが発動していたのだろう。


 飄々とした顔をいつもしているエリスの珍しい表情が頭に浮かぶ。未だにあの調子でライブラと戦えるのか、不安が残った。

 手早く着替えを済ませて部屋を出た。手に持った黒剣グリードもちゃんと握っている。


『昨日は大変だったな』

「一時はどうなるかと思ったけどさ」

『ルナが今以上に守りを強固するって言っていることだし、今日明日また襲ってくるってことはないだろう』

「それを聞いて安心したよ。毎日は辛そうだし」


 さて、朝食を終えたら、街へ出るとするか。


 マインらしき人物を目撃したという場所へ行ってみるつもりだ。一緒に都市の発展状況も見ておきたいと思う。

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