第146話 ディーンとフェイト

「いい子だ」


 父さんは少しだけ嬉しそうに、俺の頭を撫でようとする。

 その手を躱して、戦いの最中だというのに呑気な父さんに文句を言ってやる。


「俺はもうそんな……子供じゃない」

「ハハハッ。そう思われたくなかったら、あの聖獣を一人で倒してもらいたいものだ」

「クッ……父さん!」


 子供扱いされて、無性に腹が立ってしまう。父さんが死んでから五年間、俺だって必死になって生きてきたんだ。


 突然戻ってきて、空白の時間を何も知らないくせに……。昔と同じように接してくるなんて、ズルいと思ってしまった。


 その気持ちすらも、父さんに見透かされてしまう。


「おいおい、そんな顔をするな。これから一緒に聖獣と戦おうとしているのに、これじゃ連携も取れないぞ」

「これでも強くなったんだ。父さんが思っている以上に」

「たしかに高いステータスだ。それは暴食スキルの力で得たものだろう? そのスキルはお前の思っているようなものではない」

「それは……」

「倒した敵のステータスとスキルを得ることができる。見かけは非常に強力なスキルだ。しかし、その代償も要求される。フェイトは大罪スキルが何のために……誰のために存在しているのかは知っているか?」


 父さんの問いに答えることができなかった。それに対して、「そうか……」と父さんの小さな声が聞こえた。


 その後は、会話をしている余裕がなくなってしまった。

 聖獣が俺たちに向かって動き出したからだ。


 俺は父さんとの初めての共闘に少しだけ緊張していた。聖獣の鋏による攻撃にうまく反応することができずに遅れてしまう。せっかく、脇腹の傷が回復したにもかかわらず、また同じ場所に当たる。


「フェイト!」


 父さんは黒槍を地面に突き刺して、巨大な氷の刃を発生させる。それに聖獣は飲み込まれていく。


 間一髪で、俺に攻撃は届くことはなかった。


「どうした? 向こうで彼女たちと一緒に休んでおくか?」

「クッ……」


 黒剣を構え直して、氷の中から飛び出してきた聖獣に斬りかかる。

 また使えるようになった《精神統一》スキルを発動。黒剣を炎剣に変えるために魔法を流し込む。


『また、炎弾魔法か? 芸がないな』

「違う。変異させる」

『暴食スキルの力を使いすぎるなよ』


 炎弾魔法を変異させて、豪炎魔法へ昇華させる。


 黒剣が纏う炎は、輝きを増して更に黄金色へ近づいていく。それと同時に、瞳が赤くなった右目から、一筋の血が流れて出した。


 ラーファルとの戦いから、暴食スキルの力を使うと、目に見えて体に変調が起きるようになった。今は目から血が流れるだけだ。でも……その次にどうなってしまうかは知らない。


 それをライネに調べてもらっていた。だが、父さんと行動を共にしているため、診察は中断していた。


 威力を更に底上げした炎剣と聖獣の鋏がぶつかる。

 まだ斬れないか……。でも、この熱量で燃やしてやる。


 炎は巨大な聖獣のすべてを包み込む。未熟な斬撃では届かなかった。しかし、精神統一スキル、暴食スキルの変異によって強化された魔法からはダメージが入ったようだった。


 大きく身を左右に揺らして、炎を消そうとする聖獣。それでは効果がないと、本能的に理解した途端、砂の中へと潜り出した。


「そうはさせない」


 父さんが続いて、黒槍を振るう。どうやら、俺が攻撃している間に力を溜めていたようだった。


 凍てつくような光を放ちながら、槍先は聖獣へ向けられる。


「凍れ」


 無色透明な氷が聖獣を拘束するように一瞬で現れた。

 これだけ大量の氷は、いくらなんでも大気から得られるものではない。氷を召喚したと言えるだろう。


 俺はこの高い魔力を帯びた氷を知っている。黒剣でただ斬るだけでは、破壊不可だったものだ。


 高温で熱されて、瞬時に凍る。その急激な温度変化によって、聖獣の外骨格に無数の亀裂が生じたのだ。


『やるじゃないか、フェイト! 狙っていたのか?』

「うっ……まあな」


 あまり褒めないグリードに言われて、とりあえずそういうことにしておく。

 なるほどな……そんなこともあるんだな。勉強になった。


 動けなくなった聖獣へ向けて、俺と父さんは追撃する。


「フェイト、尾の針に気をつけろ」

「言われなくても」

「鋏や尾に構うな。あれはいくらでも再生する。トカゲの尻尾みたいなものだ」


 俺とエリス、ロキシーで戦った戦法とは全く真逆だった。俺たちは邪魔な鋏と尾から攻撃をしていたからだ。結局、ダークネスを吸収することでいとも簡単に治ってしまうのがわかった。


 父さんは聖獣に詳しい……。


「尾の毒だけは気をつけろ。あの毒は僅かな量で俺すらも屠る」

「ああ、わかった」


 まるで自分が毒をもらったことがあるような、苦々しい口ぶりだった。

 俺が炎剣をひび割れた胴体に突き刺す。

 手応えを感じる。


 途端に聖獣が身を捩ろうとする。しかし氷の拘束によって、逃げることが許されない。


「無様だな、スノウよ。あのときの借りはここで返す」


 父さんはそう口ずさむと、魔力を込めた黒槍を胴体に突き立てる。

 その威力は俺の攻撃と比べるまでもなく、見るからに歴然としていた。


 あれだけ巨大だった聖獣の胴体がくの字に大きく曲がってしまったからだ。しかもその衝撃で、氷の拘束すらも壊れてしまった。


 無残にも聖獣の鋏と尾は千切れていた。父さんが放った攻撃と氷の拘束によって引っ張られたからだった。


 強い……。しかも父さんは本気で戦っているようにみえなかった。


 聖獣は深手を負っているようで、まともに動くこともできない。次第に動かなくなっていく。

 それでも父さんは止まらない。黒槍を構えて、鋭く聖獣の横腹へ叩き込む。


「こんなものか……スノウ」


 轟音を立てながら、砂の上を転がっていく。

 あの様子なら、もう聖獣に戦う力は残っていないだろう。

 俺も父さんに続いて、聖獣を追っていると、異変が起こる。巨大な聖獣が忽然と消えたのだ。


「えっ」


 驚く俺を置いて、父さんは悠々と歩いていく。

 そして、立ち止まった先には赤い髪をした少女が一人倒れていた。体中に無数の傷があり、所々で出血していた。


 まさか、聖獣が人間?だとは思わなかった。


 父さんはその少女の側まで行き、黒槍を振り上げる。


「その幼い姿……やはり相当な力を失っているようだ。もう一度、向こう側に行っていろ」


 狙いは心臓。確実に殺す気だ。無表情で振り下ろされた黒槍。

 次の瞬間……俺はそれを黒剣で止めてしまっていた。


「フェイト、何のつもりだ?」

「父さん……」


 火花を上げながら、せめぎ合う黒槍と黒剣。


 父さんに向けて、首を横に振る。俺にはどうしても、少女の顔を見てしまった以上、戦うことができなかったからだ。


「泣いている子を殺すことなんてできない。見過ごすこともできない」


 彼女は瞑った目の間から、涙を流していた。それは命乞いではない。

 理性を失い暴れて、戦いによって意識も失っている者が、そのような涙を流せるのだろうか。


 しばらくの間、父さんとのにらみ合いが続いた。


「好きにしろ」


 諦めた声と共に黒剣の重みが消えた。

 父さんは後ろに振り向きながら、俺に言う。


「お前のそういうところは、本当に母さん譲りだな。そいつの名前はスノウ。彼の地のへ扉の影響で、俺と同じように復活できたみたいだな。どうやら戦った感触では大半の力を失っているようだ。その影響か、おそらく暴走してしまったのだろう。だが、これだけは言っておくぞ。フェイト……聖獣はお前にとって敵だ。それだけは肝に銘じておけ」


 父さんは俺の言葉を待たずに立ち去っていく。途中、エリスを介抱しているロキシーの側に寄って、何かを話していた。


 そして、しばらくして父さんは砂漠から姿を消した。


 俺はスノウという赤髪の少女の横に腰を下ろす。戦いの疲れもあり、熱くなった体を冷たい夜風に当てて休ませる。聖獣との戦いが終わったことによって、あれほどたくさんいたダークネスたちも、居なくなっていた。


 聞こえるのは砂が風によって流される音だけだ。呼吸が落ち着いたところで、ロキシーが俺のところにエリスを連れてやってきた。


「フェイ、大丈夫ですか?」

「ああ、このとおり元気だよ。エリスは?」

「落ち着いていますが……あまりいいとは」

「そっか」


 ロキシーは目線を俺から、赤髪の少女へと向ける。聞きたいことはおよそわかるので、俺の方から説明する。


「この子はスノウという名前らしい。さっき戦っていた聖獣。そしてどうやら父さんの知り合いみたいなんだ」

「私も遠目から見ていました。まさか……人間だったなんて。しかもこのように幼い子が……」

「見た目が幼いだけで、中身はどうかはわからないよ。マインだってああ見えて、年長者だし」


 俺はロキシーにエリスを連れて先に、リシュアの屋敷に戻るように言った。

 さすがに意識を失っているスノウを連れて戻るわけにはいかなかったからだ。目覚めて、また聖獣にでも成られたら都市は壊滅するだろう。


「ここで一晩明かして、スノウが目覚めるのを待つよ。もし、言葉が通じて友好的なら都市に連れ帰る」

「もし、友好的ではなかったら」

「それは……でもなんとかなるような気がするんだ」


 あの戦いの聖獣は、生存本能のようなものだった。そこに悪意を感じることはなかった。

 気を失いながらも流していた涙からは、ロキシーが心配しているような危険性を連想できなかった。


 どちらにせよ、父さんからスノウをかばった時点で決まっていた。

 俺が責任を持って、彼女の面倒を見ないといけないってことだ。


 グリードが《読心》スキルを介して、呆れながら言ってくる。


『お前の物好きにも困ったものだ。相手は聖獣だぞ!』

「責任は取るさ」

『その意味はわかっていっているんだろうな』

「ああ……十分理解している」


 父さんもそれが伝わったから、スノウを見逃してくれたのだろう。

 どうにもならないときが来たら、俺がちゃんとけじめを付ける。


 強大な力を持った聖獣だからこそ、口先だけでは許されない。


 ロキシーたちが立ち去った砂漠で、静かにスノウが目覚めるのを待つ。


 そういえば、聞きそびれてしまった。ロキシーが父さんと何を話したのか。いつもなら、こういったことは俺が聞くまでもなく、彼女の方から教えてくれる。


 だけど今回ばかりは、はぐらかされてしまったような気がした。

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