第147話 忘却のスノウ

 燃えるような赤髪の少女。

 次第に体中にあった傷が治っていく。これはまるで自動回復スキルのようにも見えた。


 戦いの時は鑑定スキルによって、ステータスを確認できたけど、スキルまではわからなかった。人間の姿の今ならどうだろうか?


 物は試しだ。《鑑定》スキルを発動させて調べてみる。


 はぁ~……。


 見かねたグリードから声がかかる。


『どうした。ため息をついて』

「マインのときと一緒だ。鑑定スキルが全く通用しない」


 アーロンに教わった鑑定スキルの無効化技ではない。あれは、スキル発動と同時に強い魔力を放って妨害するものだった。


 これは単純に見ることができないのだ。


 鑑定スキルとは相手のステータスを見ることができる。今回は隠蔽スキルで隠していない。なぜなら、あれはスキルのみを隠せるもので、更に言えば意識を失っていたら継続的に発動し続けられないからだ。


「これはもう……」

『鑑定スキルが通用しない生き物ってわけだな』

「生き物って言うな。グリードだって無機物って言われたら嫌だろ」

『ハハハッ! 珍しいな俺様の心配をしてくれるとはな。ならいいことを教えてやろう。俺様たちはこいつらを聖獣人と呼んでいた。大罪スキル保持者と聖獣人は、気が遠くなる昔から因縁がある。あいつらにとって、俺様たちは家畜のようなものだったからな。その家畜に噛み付かれて、聖獣人たちはさぞ、慄いたことだろうさ』

「もしかして、俺の前にいた暴食スキル保持者も、聖獣人たちと戦ったのか?」

『当たり前だ。あいつが始めた戦いだった』


 グリードは遠い昔を思い出すように、少しだけ嬉しそうだった。


 見上げた月から東に離れたところに、ふと見覚えがある星が目に入る。最近になって一段と光を強めてきたラプラスという名前の星だった。


 グリードとこの星を見たのは……たしか、ガリアの緑の大渓谷に行こうとしていたときだ。あの星を見たら、何故か暴食スキルが蠢いたのをよく覚えている。


 そして、ラプラスの星を眺めていたら、やはり暴食スキルに動きが感じられて、何らかの影響があるように思えた。


 グリードは聖獣人との戦いは、俺の前にいた暴食スキル保持者が始めたと言っていた。


 もしかしたら、ラプラスの星を見ると、自分がこんなふうになってしまう理由の一端がわかるかもしれないし。それに戦いの決着を知りたかったのもある。


「なあ、聖獣人との戦いはどうなったんだ?」

『この通りだ』

「はっ!? どういうことだよ」


 グリードは横たわる聖獣人スノウのことを言っているのだろう。

 でも、それだけではよくわからない。


『やれやれだ』

「なんだよ。困った子供のように扱うな!」

『おや? 先程、父親のディーンに子供扱いされたのをまだに気にしているのか』

「そんなじゃない」

『ムキになると、自分でそうでしたと言っているようなものだぞ』


 このぉ!! 人が大事な話を聞いているっていうのに……。


『拗ねるな、拗ねるな。戦いの結果は痛み分けというところだ。向こう側も多くを失ったし、こちら側も同じくらい失ったわけだ。あの戦いでは現状保留に成功したというところだろう』

「なぜ、スノウを見てこの通りと言ったんだ?」

『あの後、聖獣人たちで仲違いが起きたようだ。スノウは俺様たちが倒していない。それなのに彼の地への扉の力で蘇ってきた。この結果から見れば、そうなのだろう』


 なるほどな……っていうか! これだけのことを『この通りだ』でまとめるやつがあるか!?


 省略し過ぎで呆れた。


 それにしても、聖獣人にとって俺たちは家畜か……。グリードの言うことが本当なら、大罪スキル保持者たちは、聖獣人たちの圧政から開放されるために戦ったらしい。


 どうやら、その戦いの決着はついていないようだ。


 今の問題は……この聖獣人たちの間で仲違いしたらしいというスノウだ。どういう風に仲違いしていたんだ。

 大罪スキル保持者と敵対する思想を持っていたら、かなり問題だ。目覚めたところで、再び戦いとは成らないことを望みたいところだが。


 黒剣を握っていつでも戦えるように、気をつける。


 敵か? 味方か? との問いは、スノウが目を覚ましたところで全て裏切られてしまう。

 彼女はゆっくりと目を開けると、上向きに寝たままでずっと夜空を見続けていた。


 そして開口一番で出てきた言葉は、


「ここ……どこ?」


 敵意があるように見えなかった。瞳はまだ夢見心地のようでどこか視点が定まらない。側にいた俺に向けて訊いているようだ。


「聖騎士リシュアが収めている領地内の滅びの砂漠と呼ばれるところだ」

「滅びの砂漠……あなたは?」

「俺はフェイト・バルバトス。君はスノウっていうんだろ?」

「スノウ?」


 自分の名前を呼ばれて、彼女は首を傾げる。

 えっ!? どういうことだ? ものすごく悩んでいるぞ。


「私がスノウ? う~ん……」

「もしかして、自分の名前がわからないのか?」

「……うん。何もわからない」

「名前以外の記憶も無いのか」

「うん! なんにも覚えてない!」


 無邪気な笑顔で言われても困るんだけどな。

 ええぇっと、どうするんだ。

 無理かもしれないが、スノウに触って《読心》スキルを発動させる。心を読まれる彼女は何をされるのかわかっていないようで、されるがままだった。


 やっぱり鑑定スキルと同じでスノウに効果がない。

 困った俺はグリードに相談してみる。


「どう思う?」

『俺様の見立てでも、スノウが嘘をついているように見えないな。試しに触れさせて、スノウに受け答えさせてみろ。心拍の変化で嘘をついているのかを判断してやる』

「わかった」


 素直な少女――スノウは俺の言う通りにグリードの柄の部分を少しだけ触って、俺の質問に答えていった。


 結果をグリードに訊いてみたが、嘘偽りないという返事だった。


『全く変化がなかった』

「嘘はついていないというわけか……記憶喪失ってことだろ?」

『おそらく、そうらしいな。しかし、そういうことなら暴走状態だったのも説明が付く』


 父さんは言っていた。不完全な状態で復活してしまったと。


 そのせいで記憶を失って、力の制御ができずに暴走してしまったのかもしれない。

 記憶喪失か……。この状態では敵か、味方か、安全か、危険か……なんて判断できそうにない。


『どうする? 置いていくか?』

「それはできない。父さんとの約束もある。連れて帰るよ」

『言うと思ったぜ。なら、帰るか! 俺様の手入れをしないといけないしな』

「グリードって見かけによらず、綺麗好きだよな」

『最高な剣には然るべき待遇が必要なのだ!』


 出会ったときには薄汚れていたくせに、よく言うな。

 俺は今だに横たわるスノウを抱き上げた。彼女は抵抗することなく、されるがままだ。


 この子もグリード以上に汚れているな。帰ったら、リシュアに頼んで風呂を用意してもらったほうが良さそうだ。


 静かになった砂漠を歩いていく。


 スノウは腕の中で、無言で風で流れる砂を見つめていた。表面上の傷は治ったみたいだが、体を元気に動かすまでには至っていないみたいだった。


 それに、父さんと一緒に聖獣の姿をした彼女をボコボコにしたのだ。


 砂漠を荒らしていたところを差し引きしても、少々後ろめたさが頭を過ってしまう。そういったこともあって、スノウに自分の足で歩くようになんて言えなかった。


 やっと都市が見えてきた。さらに進んでいくと外門に人の姿があった。

 どうやらロキシーが出迎えるために外門で待ってくれていたようだった。


「よかった。うまくいったようですね」

「なんとかね」


 ロキシーはスノウを見ながら、ニッコリと笑った。

 そしてバツの悪そうな顔をしながら言う。


「実はここから、もし戦闘が起きたときのために見張っていたんです」

「気を使わせてしまってごめん。この通り、彼女には敵意はないよ。今のところね」

「今のところとは?」


 俺はスノウが記憶喪失だということを話した。

 それによって本来の彼女の思考を失われている。そのために、どう判断していいのかは保留しているといった感じだ。


「わかりました。フェイとグリードさんを信じます。それで……よければスノウちゃんに紹介していただきたいのですが……」

「いいよ。スノウ、俺の仲間のロキシーだ」

「よろしくお願いしますね。記憶喪失ということで大変だと思いますが、困ったことがありましたら言ってくださいね」


 俺は知っている。ロキシーは子供好きなのだ。好かれるかは別問題なのだが、とにかく困った状況下に置かれている子供を見ると……特に彼女の中の何かを刺激するのだろう。


 以前、王都で迷子を見つけたときだ。何とかしようと、気迫に満ちた顔で迫っていたら、子供を泣かせていた。


 そう……今もその時と同じ顔をしている。


 まあ、それに対するスノウの反応は予測できてしまう。


「怖い! フェイト、助けて!」


 ほら、きた! 再びである。この後のロキシーの反応もまたわかってしまう。


「えええっ!? 私が怖い……ですか」


 酷くショックを受けて、ショボーンとするのだ。

 これは……落ち込んでいるな。聖獣戦で疲れているというのに、さらに追い込まれている感じだ。


「どうして……私は子供に恐れられるのでしょうか?」

「俺に訊かれても」

「フェイはズルいです。いつもいつも子供にすぐに好かれるんですから、本当にズルいです」


 恨めしそうに俺を見つめてくるロキシー。

 その姿が余計に怖さを助長しているようにも見えなくはない。


 仕方ない。ここは俺からスノウにロキシーに歩み寄ってもらえるようにするしかないか。これから旅を一緒にすることになりそうだし。


「スノウ。よく聞くんだ」

「なにを?」

「ロキシーは怖い人じゃない。今はちょっと怖いかもしれないけど、本当は優しい人なんだぞ」

「そうなの?」


 俺に抱きついたまま、怖がっていたスノウ。

 なんとか、話を聞いてくれそうな感じだ。彼女はそっとロキシーの様子を眺めた。


「やっぱり怖い!」

「なっ……。フェイ……」

「俺は悪くないだろ」


 希望の兆しを見せておいての再び拒否。これはきついな。

 上げて落とすのはよくない。心のダメージが通常の二倍以上になってしまうからな。


 スノウはロキシーから隠れるようにギュッと俺に抱きつく。仲良くなるまで案外時間がかかってしまうかもしれないぞ。


 困り果てる俺。


 ロキシーからは、ジ~っと無言の圧力を感じていた。

 この調子なら、エリスやメミルと会わせたらどうなることやら……。う~ん、不安しかないぞ。

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