第145話 聖獣の威圧

 俺の攻撃がすべて当たった。そのことで、聖獣が自身のステータスを活かしきれていないと感じられた。俺に対する動きは、理性的な対応ではない。


 戦ってみたところでは、攻撃に対する本能的な反射行動のみだ。予測した反応は見受けられなかった。


 単純な行動なら、こちらとしては非常にやりやすい。たとえ外皮が固くグリードの刃が通りにくくても、一箇所を重点的に攻め続ければ、そのうち切り落とせるだろう。


 精神統一スキルの有効時間がある間に、少なくともあの巨大な鋏の一つくらいは斬り取っておきたい。


「行くぞ、グリード!」

『狙うのはいいが、あの鋏に挟まれるなよ。捕まれば真っ二だ!』


 わかっているさ。俺の黒剣は一本、聖獣の鋏は二つ。

 だから一つの鋏だけを相手していると、もう一つからチョキンとされてしまうんだろ?


 それに、尾の針にも危険だ。あれは頭上から襲ってくる。


 一体の聖獣を相手しているというよりは、三体と戦っているようなものだ。

 エリスの援護射撃に期待したいところだ。信じているぞ、色欲さん。尾の針は任せたぞ。


 燃え盛る炎剣を振りかざす。狙うはもちろん聖獣の右鋏だ。


 左から振り下ろされた攻撃を躱しては、攻撃を加えていく。小さな傷が少しずつ広がって時間は掛かりそうだが、確かな手応えを感じる。


 そして、信頼していたとおりエリスが聖獣の尾からの攻撃を銃弾で止めてくれるので、とても助かる。


 順調! 順調! 慢心は危険なことだが、いい感じだ。


 戦いにおける流れを中衛のエリスに任せている。それによって、一人で戦うよりも負担が格段に減っている。武人たちがパーティーを組んで魔物と戦う理由がよくわかった。


 彼女の援護は、攻撃だけじゃない。一つの青い魔力を帯びた銃弾が俺に当たった。

 たちまち姿と気配が消える。これは……バニシングバレッドか!?


 本能的な攻撃しかできない聖獣にはもってこいだ。俺の姿が消えたことであれだけ振り回していた鋏の動きが止まった。

 このチャンスを見逃さずに、攻撃していく。


 尾の動きも標的が見えないために、迷い迷って右に左に動いているだけだ。

 エリスはそれを見るや、狙いを左鋏に変える。俺はただひたすらに右鋏を攻撃すればいいようにしてくれたのだ。


 ナイスだ。


 それにロキシーもエリスが俺の援護しやすいようにちゃんとダークネスを倒してくれている。気のせいか……彼女の動きが良くなっているような感じだ。もしかしたら、ダークネスを倒していくことでスフィア(経験値)を得て、レベルアップしているのかもしれない。


 順調な戦いを進めることができている。精神統一スキルの効果がもうすぐ切れそうだ。

 炎剣と化したグリードを振るって猛ラッシュで決めていく。


 ビシッ。


 砂漠の一帯に響き渡るほどの破砕音が聞こえた。


 途端に右鋏が砂地に沈む。あれだけ姿の視えない俺へ向けて、無我夢中に振り回していた鋏。今は垂れ下がって動かすことができないようだった。


『フェイト、完全に斬り落とせ! 再生されたら面倒だ!』

「わかってるって」


 見かけによらず心配性のグリードが助言をしてくる。相変わらずだな。

 しかし、それは彼からしたら俺はまだまだ頼りないからだろう。


 聖獣の右鋏を斬り落とせば、少しは頼もしさがでるはずだ。

 満足に動かせなくなったことによって、関節部分が狙いやすくなった。刃を食い込ませるようにすれば、そこから断ち切れそうだ。


 振り上げた黒剣。渾身の力を持って、右腕の関節部分に斬撃する。


 刃が食い込んだ瞬間、俺はとてつもない衝撃を受けた。それは凄まじく中衛にいるエリスを飛び越えて、ロキシーがいる後衛まで吹き飛ばされるほどだった。


「フェイ!」


 彼女は俺の名を呼びながら、受け止めてくれる。思ったよりも勢いが強かったのだろう。

 俺を受け止めたときの衝撃に耐える声がもれていた。


「ありがとう。大丈夫?」

「はい。それよりもフェイは?」

「俺はロキシーのおかげで、このとおりさ」


 元気なところを見せて彼女を安心させる。そして、問題の聖獣を見据えた。

 赤い外骨格に、黒い紋様が浮かび上がっている。それは父さんの顔に浮き上がっていたものと似ていた。


「なんだ……」

「フェイ、見てください! ダークネスたちが!?」


 ロキシーが屠っていた無数のダークネスたちが、一斉に聖獣へ向かい始めていたからだ。

 何が起こっているのか? 何が起ころうとしているのか? 全くわからない俺たちは事態を見守るばかりだった。


 その中でエリスだけが、声を上げる。


「これは……まずいよ。まさか……自我を失っているくせに……。フェイトとロキシー、ダークネスをすべて倒すんだ。聖獣に近づけてはいけない」

「どういうことだ?」


 俺たちは手当り次第、ダークネスを倒しながらエリスに合流する。

 暴食スキルの魂捕食を知らせる無機質な声を聞きながら、もう一度と彼女に確認する。


「聖獣がダークネスを喰らおうとしているんだよ」

「はっ!? まるで暴食スキルみたいじゃないか?」

「君とのは違うよ。あれは単なる食事みたいなものさ」

「それって……」


 話しながらもダークネスを倒していく。しかし、いくら倒しても砂の中からいくらでも湧いてくるのだ。俺たちがこの砂漠へ訪れるまでの間に、信じられないほどのサンドマンを仲間へ引き入れたようだった。


 クッ……。


 ステータスがEの領域に達していないダークネスでも、数百匹ほど倒していけば塵も積もれば山となる。俺の中にいる暴食スキルを断続的に刺激してしまう。


 案の定、抑え込んでいた暴食スキルが蠢き出す。俺の心を守ってくれているルナも、これ以上はやめて方がよいと言っているような気がした。


 折り重なるようにダークネスたちが聖獣へ溶け込んでいく。まるで水が綿に染み込むようだった。


「食事というか、取り込んでいる感じですね」

「ああ……」


 津波のようなダークネスの進行が止まったときには、完全に回復した聖獣が鎮座していた。


 それも、先程までとは打って変わって、凄まじいプレッシャーを放っている。

 赤い外骨格にははっきりとした紋様が現れている。


 そして、聖獣ゾディアック・スコーピオンの巨大な体の上には、神々しい光の輪が浮かんでいた。

 あまりに神聖な輝きに、神様かと見間違えてしまうほどだった。


「これは……かなりまずいね。あははっ……」


 そう言って力なく笑ったのはエリスだった。姿を変えた聖獣が放ったプレッシャー。それによって、エリスの顔色が見る見るうちに悪くなっていた。


 彼女は俺達の前では戦う気満々な様子で見せていた。だけど、戦いの前から調子が悪そうだった。


 寄り添ってエリスを支える。これでは戦える状態ではないだろう。

 見かねたグリードが苦虫を噛むような声で言ってくる。


『どうやらトラウマ発動だな。元々この女はライブラとなにかがあったようだから、聖獣とも嫌な思い出の一つや二つあるのだろうさ。俺様から言えば、そんな状況でよく戦ったというところか』

「そっか……。中衛が崩れたらもう」

『戦えないな。今回の戦いの流れを作っていたのはエリスだ。ここは一旦退避しろ』

「退避って」


 逃げるにしてもどこへ行けばいい? あの聖獣は完全に俺たちを倒す気だ。


 そのために大量のダークネスを取り込んだのから。それに聖獣の瞳をしっかりとこちらを見据えている。


 逃げれば必ず追ってくるだろう。そうなるとリシュアたちがいる街へは帰れない。

 この広い砂漠を彷徨いながら、逃げ続けることになってしまう。その間にエリスが持ち直してくれるのを祈るしかない。


 聖獣の出方も伺いながら、これからを考えていると……。じっと俺を見つめるロキシーの視線に気がついた。


「どうしたの?」

「いえ……そのごめんなさい。私にもっと力があれば……」


 俺はそのようなことで心配させないように微笑みながら、頭を横に振ってみせる。


「ロキシーは約束通りのことをしっかりとしてくれたよ。それなのにそれ以上のことを言うなんてさ。そっちのほうがおかしいよ」

「でも」

「ここは聖獣からなるべく遠くへ離れよう。体制を立て直してから戦えばいいさ。行こう!」


 エリスを抱き上げて、ふと後ろを振り返る。

 えっ!?


 動き出した気配を全く感じなかったからだ。今も静かにあの場所にいると思っていた。

 最初に索敵したのは相棒のグリードだった。


『フェイト、下だ!』

「くっ!! なに!?」


 砂の下から無音で巨大な鋏が現れた。まさか音もなしにそんな芸当ができるなんて予想できていなかったから、反応が完全に遅れてしまった。


 回避は難しそうだ。俺はエリスとロキシーを後方へ突き飛ばす。


 そうしている間にも聖獣の鋏は俺を確実に真っ二つにしようとしている。飛び上がりながら黒剣で鋏を斬り付けて身を反らす。やはり回避は難しく、横腹をえぐられてしまう。


 内臓までは持っていかれていないのがせめてもの救いだ。俺には自動回復スキルと自動回復ブーストスキルの二つがある。これくらいの傷なら数十秒で完治する。

 だが、砂から飛び出したもう一つの鋏は待ってくれないようだった。


「フェイッ!」

「来るなっ」


 ロキシーが俺の加勢をしよう立ち上がる。だけど、彼女のステータスではEの領域にいる聖獣とは戦えない。


 優しいロキシーの性格なら、それがわかっていても無茶をしかねなかったので、強めの口調で言ってしまった。まあ、その件については謝ればいいさ。


 これをどうにかできた後で……。


 迫りくる鋏を見ながら思う。

 回復が間に合わない。ギリギリで正面から鋏を受けるしかない。

 今だ踏ん張りが効かないが、持てる力を持って黒剣を強く握りしめる。


「えっ……」


 迫りくる鋏は、俺に届くことはなかった。

 俺と聖獣との間に、誰かが割って入ってきたのだ。


 その人は黒槍で、Eの領域にある聖獣を容易く受け止めて見せていた。

 幼い頃から見慣れた大きな背中。俺にとって憧れだった。


「父さん!?」

「まったく、あの時からフェイトは変わっていないな。ダメだと言っても、言うことはききやしない。そういうところは……母さん譲りだな」


 聖獣の鋏を振り払うと、横顔を俺にも向けて困ったように笑ってみせる。


「世話の焼ける子供だ。まだ戦えるなら、俺に付いてこい」

「……」


 何も言えずにいる俺を無視して、父さんは話を続ける。


「どうする? フェイト」


 挑発するような口ぶりだ。懐かしい……。


 父さんはいつもそう言って、俺の対抗心を煽るようなことをしてきた。だから、父さんのように成りたくて、木の棒を片手に武人の真似事をよくしていた。

 幼かった頃はただ父さんの背中を見ているだけだった俺も今は違う。武人として、ここまで戦ってきたのだ。


 そう言われては、昔を思い出してしまい忘れていた対抗心が蘇ってくる。


 父さんの行動理念がわからない。敵かもしれない。

 だけど、今だけはあの昔と同じ……この背中を信じたい。


「わかった……やるさ」


 俺は父さんの横に立つ。そして黒剣を構えると父さんは満足そうに笑う。


 砂から這い出してきた聖獣は、父さんの登場にどことなく驚いているように見えた。

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