第140話 聖騎士リシュア
リシュアに連れられて、街の敷地内へと入っていく。
前回訪れたときは、この中ではなく離れた位置に併設された宿泊施設に滞在した。
理由は、前領主であるルドルフ・ランチェスターが厳格な身分制度を行っていたからだ。領民しか中に入ることが許されず、外部の人間は決して立ち入ることはできなかった。
昔、この街はルドルフが決めたルールに則って運営されていた。
しかし、今は全く違う。街の陰気な感じも薄まっている。すれ違う人々の顔つきはどこか開放的だった。それもあるから余計にだろうか……。
「やはり、領民は不安そうにしているな」
「はい、私の力が至らないばかりに。備蓄はまだかなりありますから、当面は問題ないのですが……」
「砂漠の魔物というわけか。最近、王都でも同じようなことがあったから、よくわかるよ」
「王都の話も定時連絡で聞きました……この世界はどうなってしまうんでしょうか」
「まあ、その厄災を断つために俺たちは動いている」
俺の手を引いていたが、リシュアは申し訳なさそうに振り向いた。
「私が未熟なばかりに、フェイト様たちのお手を煩わしてしまって……」
「さっきも言ったように、俺たちを気にすることはないさ。もし、厄災を断てたとしても、守るべきものを失ってしまった後では意味がないからさ。もちろん、リシュアも含めてこの都市に暮らす人たちもな」
「フェイト様……」
俺はそう言いながら、後ろに歩いているロキシー、エリス、メミルを見る。
彼女たちも一様に頷いていた。
「皆様……ありがとうございます」
ちょうど、屋敷が見えてきたところだった。ここはランチェスター家が使っていたものだが、今はリシュアとその部下たちの宿舎のようになっている。
かなり大きな屋敷だ。思わず、お城かと見間違えるほどだった。
「私には分不相応な屋敷ですね。さあ、中へ」
リシュアに伴われて、中へ入っていく。案内されたのは大きな客間だった。
メイドたちは予め準備をしていたのだろう。飲み物と軽食を各自の机の上に置いてくれる。
それに礼を言っているとリシュアに笑われてしまった。
「フェイト様も聖騎士なのに、それも五大名家の一つであるバルバトス家のご当主。謙遜な方なのですね」
「俺はアーロンの養子だから、元々平民なんだ。それにロキシーの方が俺よりも、こういったことはしっかりしているよ」
左隣りに座っているロキシーに目を向ける。
「いえいえ、それほどのものではないですよ」
「そうかな。俺は平民だった頃から別け隔てなく接してくれるロキシーに憧れていたよ」
「フェイっ、このような場でいきなりそのようなことを言われると……」
顔を赤くしながら、ポンポンと俺の肩を叩き始めるロキシー。
心地良い感じなのでされるがままにしていると、右隣のエリスから肘鉄を食らってしまう。
「ガハッ!? 何するんだよ!」
「ま~た、始めちゃうからからよ。そういうことは誰もいないところでやってほしいんだよね。今は大事な話をしているところなんだけど、わかっているかな~。お二人さん?」
「「すみません」」
「エリス様の言うとおりです! 最近のフェイト様とロキシー様は私から見ても目に余ります!」
メミルからも言われてしまっては立つ瀬がない。
俺にはそのようなことをしている自覚がないので、困ってしまう。それはロキシーも同じようでお互いにバツの悪そうな顔していた。
とりあえず、俺たちができることといえば、
「「ごめんなさい」」
「わかってもらえればいいんです!」
わざとらしくプンプンと怒ってみせるメミル。横に座るエリスは偉そうに頷いていた。
この二人は……調子に乗せておくと大変だ! ロキシーと顔を見合わせてため息をついていると、リシュアの笑い声が聞こえてきた。
「フフフフッ、すみません」
「いや、いいんだ。いつもこんな感じだからさ」
「そうなのですか……でも良かった」
「どうした?」
彼女は改まった顔をして、俺たちを見ていく。
「エリス様は……もっと怖い方だと思っていました。この王国の女王様でもありましたし……」
「いやいや、ボクは優しいよ。平和主義者だし」
本当か!? ここへ来るまで俺のことをバンバンと銃撃してきたぞ。
エリスのあっけらかんとした顔を見つめながら、訝しんでいると椅子の下で足を踏まれてしまう。
「痛っ!」
「どうしたのですか? フェイト様」
「大丈夫、大丈夫、気にしないで。さあ、続けて」
「はっはい!」
やはりエリスと話すのは緊張してしまうのだろう。しどろもどろになりながらも、リシュアはエリスのことを褒めていた。すると、彼女はすぐに上機嫌になってしまう。
ちょろい人だ。と思っていたら、またしても足を踏まれてしまった。
まさか……エリスは読心スキルを持っているのではないのかと疑ってしまうほどだった。
「ロキシー様はお聞きしていたとおりです。一度だけお城でお会いしたことがあるんです」
「まあ、そうなのですか」
「ええ……お恥ずかしながら聖騎士に成り立ての頃に、お城で迷子になってしまいまして……その……」
「あああっ、あの時の!? 見違えましたよ」
「道を教えていただき、ありがとうございました。恥ずかしくて逃げるように立ち去ってしまって、申し訳ありませんでした」
「いいのですよ。あの子が……こんなにも大きくなって……」
そう言いながら、ロキシーの目がリシュアの胸のあたりをじっと見ていたのがとても気になった。
ん!? どうしたのだろうか?
ロキシーは俺の視線に気がついたようで、すぐさま違う方向を見ながら顔を赤くしていた。
これは……もしかして。いや、追求はやめておこう。
さすがの俺でも、どういう意味かはわかってしまった。アイシャ様の血を引いている彼女なら、大丈夫なはずだ。
うん、うん。一人で納得していると、ロキシーに脇腹を抓られてしまう。
「痛っ! ロキシー?」
「むぅ~っ!」
めちゃくちゃ睨まれているっ!?
「フェイ、後で話がありますから。いいですね」
「はっはい……」
この後、一体何を言われてしまうのだろうか。いつも優しく微笑むロキシーしか知らないため、このような大事な場だというのにドキドキしてきた。
そんなことをしていたら、またしてもリシュアに笑われてしまった。
「お二人はとても仲がいいですね」
「「あははっ」」
俺とロキシーはお互いに顔を見合わせて、笑うしかなかった。
反省していると、リシュアは俺を見つめながら確認をしてきた。
「フェイト様に一つ聞いてもいいですか?」
「いいけど、何を?」
「たったお一人で天竜を倒したというのは、本当なのですか?」
「う~ん、そうだな。半分当たっていて、半分外れているかな」
「それはどういう?」
リシュアが首を傾げながら答えを求めてくる。俺はそれに応えるように黒剣を手にとってテーブルの置いて言う。
「俺の力だけじゃないさ。この武器グリードの力を借りなかったら倒せなかったし。それに天竜を倒して後もいろいろと事情があって大変だったんだ。その時はロキシーに助けてもらったし……。だから胸を張って、俺が天竜を倒したとは言えない感じかな」
「そうなのですか。でも倒したのはフェイト様ですよね」
「まあね」
「フフフッ、謙虚な方なのですね」
「そう言ってもらえるなら、ありがたいかな」
あまり褒められることのない俺からすると、リシュアの言葉は素直に嬉しかった。
そして彼女は一呼吸を置いて本題を話し始める。
「皆様に協力いただきたい、東の砂漠に現れた魔物について説明いたします。現れたのは半月ほど前になります。その魔物はとても大きな鋏を振り回し、更にはこちらの攻撃を無効化します。おそらく……天竜と同じ領域にいると思われます。そして、不思議なことにその魔物が現れたことによって、以前からいるサンドマンが姿を変えて凶暴化しています」
困り果てるように眉を下げながら、ため息をついた。
またしてもEの領域か……。もし甦った古代の魔物なら、その力を持っていてもおかしくはない。
そうなってくれば、倒せるのは同じ領域にいる俺かエリスだけになってくるだろう。
「あの魔物が現れるのは何時頃なんだ?」
「深夜です。日中はずっと砂の中に潜んでいるようで、日が暮れて砂漠の気温が下がってきたら姿を現します。かなり巨大でこの都市からでも確認することができるほどです」
「まだ時間はあるな」
応接間の窓から外を覗くと、日が暮れ始めたところだった。
深夜までかなり準備の時間がある。
エリスも俺と同じように外を見ながら言う。
「それなら、ボクは一眠りさせてもらおうかな。戦いの前の休息は大事だからね」
「マインと同じことを言うんだな」
「まあね。これは戦いの基本だからね。フェイトも休んだらどうだい?」
「俺は街の散策して気を紛らすほうが、いいな」
「まあ、やり方は人それぞれだね。じゃあ、時間になったら呼んでね。メミルも行こうか」
「はい」
メミルは今回の討伐に加わることはないだろう。聖騎士としての資格を取り上げられた彼女は、名目上戦うことを禁じられているのだ。聖剣を手にできるのは、主である俺に危機が訪れたときくらいだろう。
王都に現れた古代の魔物ゴブリン・シャーマン戦で、俺が追い詰められた時に彼女は決まりを破ってまで、手を貸してくれた。だが、大なり小なりペナルティを受けてしまったメミルは、白騎士たちにこってりと絞られてしまったようだ。
あのときはそれで済んだようだけど、これからも頻繁に聖騎士としての力を使っていたら、それだけでは済まないだろう。俺としてもメミルには、あれが最初で最後にしてほしいと思っている。
残された俺は、同じく留まっているロキシーに目を向ける。
「どうする? 一緒に街を見る?」
「いいえ、大事な戦いの前なので、しばらく一人にさせてください」
「わかったよ」
Eの領域の戦いにロキシーが挑もうとしている。俺には踏み出そうとしている彼女を止める言葉は見つからず、静かにその場から離れることしかできなかった。
俺は応接間を出ていく時に、リシュアにだけ聞こえるように声を掛ける。
「ロキシーのことを頼んでいいかな?」
「はっはい。私では頼りないかもしれませんが……頑張ります!」
ロキシーは言っていた。この戦いでステータスの低い自分が足を引っ張ってしまうんじゃないかと。
俺はそのようなことを思ってはいないのだけど……。でも暴食スキルの真の力に目覚めていなかった頃の自分を思い出してしまう。
俺のステータスはあまりにも低すぎて、聖騎士であるロキシーは雲の上の人だった。どんなに努力しても決して届くことないような隔たりを感じたものだ。
たぶん、今のロキシーはあの頃の俺に似たような思いを抱いているのかもしれない。
なら、その原因となっている俺があれこれと言ったところで彼女を余計に追い詰めてしまったらいけない。ここは同じ聖騎士であるリシュアに見守っていてもらったほうがいいと考えたのだ。
「ありがとう、リシュア」
俺は屋敷を出て、夜の明かりが灯った街へ向けて歩き出した。
そんな俺に《読心》スキルを通して、グリードが声を掛けてくる。
『お前のことだから、ロキシーがああ言っても側にいると思ったぞ』
「それはできないよ。彼女は芯の強い人だから……。あの場で一人になりたいと言ったら、それを曲げることはないさ」
『でも心配でリシュアという若い小娘に頼んだわけだな』
「まあ……そんなところかな」
グリードとは長い付き合いだ。俺のことをよくわかっているようだ。
「俺は深夜の戦いまで、街の散策だ。美味しい料理を出してくれる露店とかないかな。この前に来た時は、街の中へは入れなかったから、結構楽しみなんだ」
『希望に胸を膨らませているところ悪いが、お前は忘れていないか?』
「何をさ」
『今はお前たちが倒そうとしている魔物のせいで、都市への物資が滞っていることをだ』
「あっ……あああぁぁ」
『まだまだだな。まだフェイトには俺様が必要そうだ』
「ちょっと忘れていただけだって」
『はいはい』
「おいっ、聞けよ!」
まったく……相変わらずのグリードさんだな。
ロキシーのことを今から心配していたら、なんで連れてきてしまったのかがわからなくなってしまう。俺にできることは、砂漠の魔物との戦いで、ロキシーがなにかを得られるきっかけが作れるように協力するだけだ。
だけど……彼女がEの領域に踏み込むことに躊躇してしまう自分もいる。
グリードは言った。そこから先は人外の領域だと。
だからなのだろうか。俺とロキシーとの間に、アーロンと結んだような絆が生まれないのは……。
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