第139話 旧ランチェスター領

 俺たちはバイクを走らせて、高い壁が間近に迫ったところで止めた。

 ロキシーは見上げながら言う。


「確か、ここを治めていた聖騎士はある一件で亡くなったそうですね」

「ああ……」


 その一端に関係した俺は、歯切れの悪い返事をする。


 当主だったルドルフ・ランチェスターは玉座の前で俺に対して、執拗に横槍を入れてきた。挙句の果てには、聖剣を引き抜いて、女王様(エリス)の御前で戦いを挑んできた愚か者だった。


 結局は、エリスの側近である白騎士たちによって、処罰された。


「領民たちにひどい階級制度を適用していてさ。エリスによってランチェスター家も取り潰しになったんだよな。今は、臨時で聖騎士が王都から派遣させて、統治しているらしいけど……」

「そうですね。エリス様はうまくいっているかを視察したいと言われていましたし」


 当のエリスは、まだメミルが運転するバイクに乗ってこっちに向かっているところだろう。

 かなりの猛スピードで突き放してしまったからな。


「それにしても、静かだな。行商人たちが行き来しているような感じもしないし」

「この感じは王都で起こったことに似ていますね」

「言われてみれば……同じかも」


 行商人たちは、身の危険にとても敏感だ。お金儲けはこの上ないくらい好きだけど、それ以上に己の命を大事にするのだ。当たり前の話、いくらお金を持っていても死んでしまってはそれまでだからだ。


「なにか、あったのかな?」

「う~ん……中で派遣された聖騎士に事情を訊いてみないことには……でも」

「言い出したエリス待ちか」

「はい」


 色気ばかりを撒き散らすエリスだが、あれでも王国を治めている女王様なのだ。

 俺やロキシーは彼女の家臣でもあり、一応顔を立てなければいけない。俺は同じ大罪スキル保持者ということで無礼講みたいなものだ。


 しかし、ロキシーはそうはいかない。例え、エリスがそのようなことはしないでいいと言っても、真面目な性格の彼女だ。きっと、いかなる場合も敬意を払うだろう。


「遅いな、エリス。先に中に入ろう」

「ダメです。あれでも女王様ですから」

「あれでも!?」

「えっと……失言でした。エリス様には黙っておいてくださいね」

「どうしようかな~」

「もうっ、フェイ!」


 慌てて失言を撤回しようとするロキシー。どうやら、内心ではエリスの掴みどころのない性格がお気に召さないようだ。王都のお城で、エリスの下で仕事をしていたときにはかなり振り回されていたらしいし。


「ちょっと聞いているのですか! フェイっ!」


 働き者のロキシーは大変だなと思い返していたら、「じー」と見られていた。

 とても不服そうな顔をしているけど、それはそれで可愛いので問題ない。


「フェイ!」

「イタタッ……聞いているから」


 返事を忘れてしまっていたので、耳をつままれる俺。こういう時の彼女は容赦ないのだ。


 ヒリヒリする耳をさすりながら、二人して旧ランチェスター領を取り囲む高い壁を見上げる。ロキシーは、まだこの中へ入ったことがないという。


 それは、この前に俺と一緒に訪れたマインが、前当主であるルドルフをこてんぱんにのしてしまったことが原因らしい。そのことでしばらく武人の出入りが厳重に管理されるようになった。


 更にハート家はランチェスター家とあまり友好な関係でなかった。そのことも含めて、ガリア遠征時に協力を求めた際に僅かな物資を提供されたのみで、壁の中へ立ち入ることを禁止されてしまった。


「あのときは本当に酷い扱いだったんですよ」

「その一端を作ってしまったのは謝るよ。……ごめん。マインにも言っとかないとな」

「フェイたちが悪いわけではないです。元々、ルドルフのやり方は問題だらけでしたから。きっと、フェイたちも謂れ無い何かをされそうになったんでしょ?」

「ああ、そんなところかな」


 たしか……あのときはルドルフがマインのことを子供扱いしていたな。そこまではいいのだが、彼女がとても気にしている身体的特徴(胸が控えめ)を馬鹿にしていた。これが決定だった。


 彼はマインの黒斧によって、空高く打ち上げられたのだった。

 側にいた俺は口をあんぐりと空けて、唖然としていたのをよく覚えている。我に返った後に、マインの手を引いてその場から逃げるのは大変だった。


「ため息をついているところを見るに、大変だったようですね」

「マインが売られた喧嘩は必ず買う性格だから。ここだけではなく、いろいろな場所で騒動に巻き込まれたんだ……」

「その話を聞いていると、本当に怒りっぽい人ですよね」

「当たり前さ、なんたって憤怒スキル保持者だから。そうは言っても、俺は憤怒スキルの力についてはあまり知らないんだ」

「えっ!? そうなんですか?」


 ロキシーは意外そうに俺の顔を覗き込んできた。

 そんな表情をされても困る。


「なんというか……みんな自分の能力とか過去とは話さない人たちなんだ」

「ふ~ん。特別なスキルですし、話しにくいんでしょう。過去は……誰だって話しづらいですし。それが辛いものなら特に……」

「まあね」


 そう言いながらも、俺は昨日の夜に精神世界でルナからマインについて、いろいろと教えてもらっていた。


 彼女もロキシーと同じようなことを言っていた。

 マインは長い時を生きていたためか特に強情なので、私から教えておくねといった感じだった。


「次にマインにあったら、教えてもらえるように頑張ってみるよ」

「うん、その意気です! よしよし」


 ロキシーはニコニコしながら、俺の頭をなでてきた。


「なんだか……子供扱いされているような」

「ふふ~ん! これでも一応は私のほうがお姉さんですからね」

「一歳だけだし」

「それでもですよ」


 とても上機嫌そうに言うロキシー。手のかかる弟みたいに思われているのだろうか。


 詳しく聞いてみようとするが、後方から魔導バイクの駆動音が聞こえてきた。

 どうやら、俺よりも遥かに年上のエリスと、一歳だけ年下のメミルが追いついてきたようだった。


「フェイト様! 置いてけぼりにしないでください!」

「そうだ、そうだ! あんなにスピードを出すからメミルが魔力切れ寸前になっちゃったじゃないかい」


 二人して先に行ったことをプンプンと怒って見せているが、


「それは当たり前だろっ! 銃弾が俺をめがけて何発も飛んできたら逃げるって!」

「愛の銃弾なんだから、ちゃんと受け止めるんだよ」

「死ぬわっ!!」


 その愛とやら威力が強すぎて、穴だらけになってしまうって!

 不敵な笑みをこぼしているエリス。あの言葉があまり冗談のように聞こえなかった。


 前の運転席に座っているメミルまで同じような顔をしていた。これは……俺の血を求めてやってくる夜が怖いぜ。

 一触即発な空気の中、ロキシーが間に入ってくれて、エリスたちに頭を下げる。


「すみませんでした。私が運転に不慣れだったばかりに……」

「ロキシーは悪くないよ。悪いのは全部フェイトだから。ねぇ~、メミル」

「はい、そのとおりです! エリス様!」


 なんだか……置いてけぼりにしていたうちに、二人には連帯感が生まれたようだった。

 癖の強いエリスとメミルがタッグを組んだら、俺はどうなってしまうんだろう。考えてしまうと恐ろしいから、今は見て見ぬふりをしてこう。


 まあ、今夜からはロキシーが同室で一緒に寝てくれるらしい。これはこれで、緊張してしまうけど二人から守ってもらえるという安心感が半端ない。


「二人共、もうこれくらいにしましょう。せっかく、お昼前に旧ランチェスター領へ着いたのにこれ以上の時間を消費してはいけません」

「「むぅ……正論」」


 おとなしくなってくれた二人を見ながら俺はバイクを押して、見上げるほど高い壁にある大門へ向かった。

 その後ろでバイクを俺と同じように押すメミル。そして、エリスとロキシーが続く。


 二人はロキシーに頻繁に話しかけては盛り上がっている。内容まではよく聞こえないけど、そのたびにロキシーが赤面していた。

 気になってしまうが、先を急ぐ。


 大門には兵士たちが警備しており、声をかけて聖騎士である紋章とバイクに描かれた王国の紋章を見せる。兵士たちはかしこまって、すんなり中へ入れてくれた。

 事前に女王であるエリスの視察する話が、兵士たちの耳まで入っていたようだった。


「お待ちしておりました。すぐに領主のリシュア様をお呼びします!」

「ああ」

「これが魔導バイクですか……お話は聞いております。こちらへお止めください」


 一人の兵士が笛を鳴らして、中の兵士たちに声をかける。そして、バイクを止める場所へ案内してくれることになった。


 とりあえず、ロキシーとエリスにはその場で待ってもらう。メミルと俺がバイクを運んで戻ってきたところで、新たな領主が現れた。息も絶え絶えといった感じで、ショートカットの髪型が少しだけ乱れている。


 見た目が幼いためか、なんとなく頼りなさそうな感じがする女性だった。


「お出迎えできずにすみません! 新たにこの地域を管理することになったリシュア・ベリサリオです。気配で皆様がこちらへ来られていることはわかってはいたのですが……」


 しょんぼりとして明らかに困った様子をするリシュア。一通りの自己紹介を済ませたところで、見かねて声をかける。


「どうしたんだ? 今の街の状況を見ても何かがあったことはわかっていたけど」


 いつもは商人たちが往来しているはずの大門。ここには兵士たちと俺たち、そしてリシュアしかいないのだ。

 この閑散とした感じはただごとではない。


「それが……街から東のある砂漠に現れた魔物のせいで……」

「魔物!? サンドマンが大量発生したとか?」

「いいえ」

「もしかして、サンドゴーレムがまた?」

「違います。それくらいの魔物なら私一人でも倒せます。これでも聖騎士ですから」


 サンドゴーレムは、前領主が手を焼いていた魔物だった。ずる賢くて、倒されそうになったら砂の中へ逃げ込んでしまうという習性があった。それがまた発生して、悪さをしているのかと思ったけど当てが外れてしまった。


 リシュアが頼りなさそうな見た目だったので、彼女の能力を低く見てしまっていたようだ。「倒せます」とはっきりいった口ぶりには、ちゃんと自信が込められていた。


「ごめん。それでは、どのような魔物が?」

「大きなハサミを持ち、砂漠を信じられないほどのスピードで動き回ります。しかも、体がとても硬くて聖剣の刃を全く寄せ付けないんです。なにか弱点はないのか、ずっと調べていたのですが……どの文献にも載っていない魔物のようで」

「なるほど」


 おそらく、古代に絶滅した魔物かもしれない。彼の地への扉の影響で蘇ってしまったと考えるほうが妥当だろう。

 ロキシーたちに目線を向けると俺と同じ考えのようだった。


「わかった。その魔物は俺たちが引き受けよう。君はこの領を任されてまだ日が浅いから、何かと大変だろう」

「本当ですか!?」

「ああ、任せてくれ!」

「うああぁぁ、ありがとうございます。ずっと不安だったんです」


 俺の手を握ってブンブンと振るい出すリシュア。そのまま勢いに乗って、抱きついてきたほどだ。


 余程、思いつめていたようだった。


 彼の地への扉に関係するなら、手伝わない訳にはいかない。そう思っていると、女性陣三人のどこか冷たい目線が突き刺さる。


 メミルはわざとらしく尖った犬歯を見せつけているし、エリスは黒銃剣を構えようとしているし……。


 そして、ロキシーまでも……口では微笑んでいるようだが……目は全く笑っていなかった。

 夜も来ていないのに、やけに寒い空間の中で、グリードだけが高笑いする。


『ハハハッ、もてる男は大変だな』

「そんなつもりはないって」

『あれだ、あれ! アーロンから剣聖の称号を譲ってもらっただろう。おそらく、あれにモテ効果が付加されていたんだ』

「いくらなんでも冗談だろ」

『さあな。しかし、愉快だ! いつか後ろから刺されないように気をつけるんだな』


 確かにアーロンは爺さんになっても、いろいろな女性から好意を寄せられていた。さすがにその原因が剣聖の称号ではないだろう。

 まさかな……。そんな俺の手をとって、リシュアは屋敷へと案内してくれる。


「さあ、こちらへフェイト様!」

「そんなに引っ張らなくても」

「やはり頼れる殿方がいてくれるのはいいことです」


 半ば強制的に連れて行かれてしまう。まあ、魔物の情報をもう少し詳しく聞きたいから、ゆっくりできる屋敷の中が一番いいだろう。


 元気になったリシュアを見ながら、ふと後ろを見ると……。


「フェイ……」

「また撃たれたいのかな、フェイト?」

「フェイト様、今日の夜も覚悟してくださいね」


 ヒィィィ!? 目の錯覚かもしれないが、背後に黒いオーラみたいのを背負っていた。


 俺はそれ以上後ろを見るのはやめて、リシュアの案内に身を任せるのだった。

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