第138話 嫉妬の銃弾
「やっほーい! これ、楽しいですね!!」
ノリノリで俺たちの前を走るバイク。メミルはあっという間に乗りこなしてしまったようだ。
無駄な蛇行運転をしながら、時には盛り上がった地面を使ってジャンプまでしている。
それに比べて、ロキシーは……。
「あわわわっ、フェイ! 大変です!」
「落ち着いて! まずはそこからだよ。うあああぁぁっ!!」
運転は控えめに言っても、下手だった。しかし、まだ初心者。
これから練習していけば、きっとうまくなるはずだ。彼女は運動神経抜群だし、慣れないバイクで感覚をつかめないだけだと思う。
俺としては、バイクよりも馬に乗るほうが難しい。それをいとも簡単にこなしているロキシーなら、すぐにメミル並になるはずだ。
「フェイ、フェイ! 前に大岩があります!」
「うそっ! 落ち着いて、躱すんだ」
「はい」
躱すどころか、近づいているぞ!
吸い寄せられるようにロキシーが運転するバイクは大岩へ接近していく。後ろで乗っている俺は思わず、ハンドルに手を伸ばす。
「あっ……フェイ」
「これで大丈夫。しばらくは一緒に」
「うん……」
いつもの返事と違う声色にドキッとなりつつも、ロキシーの手に重ねながらハンドルを切った。
ぶつかりそうになっていた大岩から逸れて、先を進むメミルたちが後ろへ。
「ふぅ~、危なかった」
「助かりました。でも、その……」
口籠もってしまうロキシーに、今の状況を察した俺は顔が熱くなっていくのを感じた。
それは彼女に覆いかぶさるように密着していたからだ。体温や心臓の鼓動までもが伝わってきてしまうほどだった。
「あっ……ごめん」
「そういうことではないんです。嫌じゃないです……」
物事をはっきりという彼女が、しおらしい態度をとるのでドギマギしてしまう。
それでも重ねた手を離すわけにはいかない。運転ができないのでそのままだ。
何を話していいのかさえ、わからなくなってしまって、お互い無言のまま、しばらくバイクの駆動音を聞いていた。
ふと前を走るメミルたちに視線を向けてると……。
エリスと一緒になって、目を細めてこちらを見ていた。ものすごく何を言いたそうにしている。
「なんだよっ」
たまらずにバイクを並走させて声をかける。
すると、エリスが頬を膨らませながら、黒銃剣を俺に向けたのだ!
「ほう……とりあえず、一発喰らいなよ。暴食スキルが腹をすかせているだろうし」
「おいっ、ちょっと待ってよ!」
「エリス様! やっちゃってください」
運転しているメミルまで、賛同してそのようなことを言い出した。
二人共が本気の目をしている。これはまずい!
「ロキシーっ! 逃げるぞ」
「えっ!? どうしたのですか?」
彼女は運転に一杯一杯でそれどころではなかったようだ。エリスが銃口をこっちに向けていることすらも気がついていないようだった。
このままでは……俺はエリスによって撃ち抜かれてしまう。もう指を引き金にかけていつでも発砲できる感じだしな。
「いいから、いくぞ!」
「ちょっと、待ってください。キャアアアアァァ」
緊急事態だ。俺はバイクの性能を信じて、加速していく。そして、目前に迫った崖を迂回することなく、真っ直ぐに突っ込んだ。
まず、馬ならそのような進路を取らない。だからだろうか、ロキシーは大いに声を上げたのだ。
「フェイ!」
「よっと」
この魔導バイクに姿勢制御機能が搭載されているから、馬が降りられない急な斜面でも問題なく降りることができる。
「大丈夫、少しだけ運転が大変なだけさ」
「私はまだ初心者なんですよ! もうっ」
「ごめん、ごめん」
俺は謝りながら、後ろの追手を確認する。ロキシーと同じく運転初心者なメミルには、まだ崖は早いだろう……なんて思っていたが。
「追って来ている!? うますぎるだろ」
「フェイト様! 逃がしませんよ」
「準備はいいかな?」
エリスはニヤリと笑って、銃口を俺に向けている。これは撃つ気だ。
やばいぞ! 俺はハンドルから手を離して、黒剣を引き抜いた。
途端に、ロキシーだけでバイクを操作して崖を降りなくてはいけなくなり、悲鳴に似た声が上がる。
「フェイ! 無理無理です」
「後ろからエリスが狙っているんだ」
「うそっ!?」
「本当だよ、ほら」
「えええぇぇっ! エリス様、どうして!?」
ロキシーの声と同時に発砲! 混じりっけなしの本気だぜ!
すでに予測していた俺は黒剣で弾いて防ぐ。
それを見たエリスは満足そうに微笑みながら言ってくる。
「やるじゃないかい。なら、ドンドンいっちゃうよ」
「やめてくれって」
「それはダメだね。僕たちはもう……我慢の限界なんだよ」
「うんうん、フェイト様……ご覚悟」
メミルもかよ。一応、俺はまだ彼女の主でもあるはずなのに。これでは反乱だ。
「ロキシー、いけるか?」
「は、はい。やっぱり無理かもです。フェイ!」
「きたっ! ちょっと、頑張って!」
エリスが問答無用で立て続けに発砲してきた。
「くっそ! やり過ぎだ。このトリガーハッピーがっ!」
「あははっ、それは僕にとって褒め言葉だね。なら、撃ちまくっちゃうよ」
「やめろ!!」
「ゴーゴー、エリス様!」
「メミルもいい加減にしろって」
「こうなった原因を胸に手を当てて、考えるべきです。もちろん、エリス様に撃たれた後にですけど」
「おいっ」
まったく聞いてくれない。エリスは俺に弾丸を撃ちまくり、メミルは巧みな運転で、追いかけてくるし。
こっちは、それを防ぐので精一杯。グリードが《読心》スキルを介して笑いながら言ってくる。
『モテるじゃないか、羨ましいな』
「本気で言っているのか? 後ろを見ろ、エリスが発砲しているぞ。殺されかねないぞ」
『愛が重い女だからな』
「……引き金は軽すぎだろ」
『ハハハハッ』
「笑っている場合か!」
そして、今も崖を下るロキシーは運転だけで精一杯だった。
「フェイ、フェイ! もう限界です。横転します」
「姿勢制御があるから、それはないから」
「でも……」
「こうなったら」
黒剣を鞘に納めて、再びロキシーの手に重ねる。
「一気に逃げるぞ。ロキシーも魔力を込めてくれ」
「はい!」
二人で同時に魔導バイクへ魔力を送って、性能限界まで引き出していく。真っ黒いバイクの隙間から、青白く光が輝き出す。
後ろで運転しているのはメミルだ。魔力は俺たちの方が上だ。
おそらく、エリスが手助けをして追いかけようとしても、そのときには俺たちは地平線の向こうに行っているはずだ。
崖をあっという間に下って、その下に広がる平野を駆け抜ける。
「これは速い!」
「乗り物とは思えませんね」
あまりのスピードに土煙を巻き上げながら爆走するほどだ。
後ろにいるメミルとエリスはまたたく間に点になってしまう。そして、見えなくなった。
「ふぅ~、蛮族共は引き離したようだな」
「ええ、そうみたいですね。ですが、エリス様とメミルをそのような名で呼ぶのはよくありません」
「だって、黒銃剣で撃ってきたし」
「確かに……そうですが。でも、やっぱりダメですよ。彼女たちはフェイに付いてきてくれたんですよ」
「わかったよ。なら、ここで待っておく?」
「いいえ、この先にある旧ランチェスター領まで行くようになっています。そこで合流したらいいと思います」
ロキシーはこちらに横顔を向けて、少しだけ舌を出してみせる。
真面目そうにみえて、案外やる時にやる人なのだ。ハート家で使用人をしていた頃にも、そんな彼女の一面を知っていた。町娘の服を着て、こっそりと屋敷を抜け出していた。
あっけらかんと言ってのける彼女に思わず、笑ってしまう。
「もうっ、どうしてそんなに笑うのですか?」
「ロキシーは、ロキシーだなって思っただけ」
「な、なんですか。それは!?」
「別に悪い意味じゃないさ。ホッとしただけ」
「う~ん、ならいいです」
アッサリと納得してくれたロキシーは、運転に慣れようと集中していた。どうやら、あのスパルタ崖下りが功を奏したようで、最初と比べものにならないくらい上達している感じだ。
これなら、ハンドルから手を離してもいいかもしれない。
だが、そうしようとしたら、ロキシーからまだそのままでと言われてしまった。
「旧ランチェスター領までいいじゃないですか」
「そういうなら」
しばらく、流れていく草原を見ながら二人で運転をしていた。まだ、後ろからエリスとメミルが追いかけてくる様子はない。かなり突き放したようだった。
後ろの様子を眺めていると、ロキシーが少しだけ笑って言ってきた。
「一緒に来てよかったです」
「ん?」
「突然、すいません。でも、よかった。フェイと旅を一緒にできて嬉しいし。それに……」
目線はずっと先を見ながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「私だけ仲間はずれはもう嫌です。フェイたちが戦っているのに、安全な王都で待っているなんてもうごめんです。待つばっかりは、嫌なんです」
「ロキシー……」
「フェイに比べたら、私は非力です。ガリアで天竜から救ってくれた時に、とても嬉しかったし感謝しました。
でも、それと同じくらいフェイとの距離を遠くに感じてしまったんです。今の私には到底、天竜に立ち向かう力すらないんです」
魔導バイクの速度が更に速くなっていく。ロキシーが先程よりも多くの魔力を送ったからだろう。
「でも、そんなことを思っていたら、王都から出ていくことなんてできない。せっかくのフェイを送り出すためのパーティーにあのような姿を見せてしまって、すみませんでした」
「いいんだ。ロキシーが悩んでいたことはわかっていたのに何もできなかったから……」
「フェイに付いていっていいかなんてこと……それは私が自分で答えを出すべき問題だったんです」
「俺は……」
「そうですね。私は嬉しかったです。非力な私でも笑顔で迎え入れてくれたフェイに」
俺はハンドルから片手を離して、彼女の肩に手を置いた。
「非力なんてことはないさ。俺は、ロキシーに何度も救われているから。感謝しているのは俺の方さ。ロキシーが来てくれて、とても心強いよ。それに……」
「それに?」
「俺もロキシーと一緒に旅ができて、嬉しいんだ」
「フェイ……」
彼女は顔を傾けて、肩に置いていた俺の手に頬を乗せた。優しい温かみを感じた。
ずっとこうしていたい気分だったけど、地平線の向こうから旧ランチェスター領のうず高い壁が見えてきた。
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