第137話 一挙手一投足

 朝食ではたっぷりとグリードとルナの関係について、ロキシーたちに話して大いに盛り上がった。

 エリス曰く、あの二人はただならぬ仲らしい。


「それってどのような仲なのですか?」

「私も知りたいです!」


 このときばかりはロキシーとメミルの息はしっかりと合っており、キラキラした目でエリスから教えてもらおうとしていた。視線の先にいるエリスは、やけに得意げな顔をしている。


 自分のことでもないのによくもまあ……あんな顔ができるものだ。


 俺はパンをかじりながら、テーブルの上に置かれた黒剣を眺める。手から離れているため、読心スキルが発動することなく、彼が何を思っているのかはわからない。


 いや、グリードとの付き合いの長い俺としては、手に取るようにわかってしまうな。


(フェイト! 覚えていろよ! この屈辱……許さんぞ!!)


 なんて、言っているに違いない。次の位階を開放すれば、グリードの失われていた力が取り戻せるらしい。その時は読心スキルなしに、俺たちと会話できるようになると言っていた。


 その時は、きっと彼女たちによる一方的な会話にはならないだろう。女性陣三人対無機物一本のやり取りも見てみたいので、グリードが自由に話せる日が楽しみだ。


 思わず笑っていると、隣りのロキシーが笑みをこぼしながら覗き込んできた。


「楽しそうですね」

「こんな賑やかな旅は初めてだからさ」

「たしか……フェイはマインさんと旅をすることが多かったんですよね」

「うん、彼女は必要以上に喋る人ではなかったし、グリードは読心スキルを介さないと話せないし。旅は結構静かだったな」

「私って、まだマインさんとお話できずじまいなんですよね。ハウゼンに着いたら、できるといいな……」


 ロキシーはそう言ってくれるけど、果たして会話ができるのだろうか。短い間の中でマインの性格をある程度知っている俺としては、少しばかり希望薄である。


 なんせ、マインは頑固で強情でお金大好きっ子だからだ。最後の部分は関係ないけど、他人があれこれ言ったとしても、聞くような人ではない。


 途方もない時間を生きてきた彼女にとって、俺のような若輩者の言葉など届かないのかもしれない。だけど……。


「フェイトはマインに会って、何を話したいですか?」


 俺の予感を振り払うようなロキシーの微笑みが、窓から差し込む陽の光と相まってとても眩しかった。

 それと共に、その言葉の意味からロキシーらしさを感じる。


「なんですか、また笑って!」


 彼女は俺に笑われたことが不服だったようで頬を膨らませてみせた。


「いや、ロキシーはすごいなって思っただけさ」

「なっ!? 急になんですか……」


 俺の思いを置いて、表情をコロコロと変えるロキシー。それだけでもう十分だった。

 彼女の言うように、案外簡単なことなのかもしれない。俺はロキシーから教わったんだ。武器を手に持って交えることだけが、戦いではないって。


「ありがとう、ロキシー」

「フェイ?」

「マインに会ったときは……そうだな。何を話そうかな。あっ、そうだ!」

「なに、なんですか?」

「えっと……」


 本人を前にして、言いづらい。

 そんなことなどお構いなしに、ロキシーは俺に更に身を寄せて訊いてくる。


「教えてくださいよ。ここまできて秘密はずるいです!」

「……それは」

「それは?」

「マインともこうやって、ロキシーと話しているみたいになれるように、頑張ってみるよ。そうなるためには、どんなことがあってもマインを信じるだけさ」

「フェイ」

「これもロキシーのおかげ。あれだけ遠回りしてきた俺を受け入れてくれたから。……俺もロキシーみたいになれたらいいなと思ってさ」


 なんだか照れくさくなってしまって、目線を彼女から外して残ったパンを口に放り込む。

 すると、手が俺の頭の上まで伸びてきた。そして、優しく撫で始めるのだった。


「よしよし、よくできました」

「ちょっと!?」

「私のほうがお姉さんですからね。年下のフェイの成長を褒めてあげないとです」

「恥ずかしいんだけど……」

「私は気にしないので大丈夫です」

「そう言われても、視線が……」


 うん、そうなのだ。


 ずっと、テーブルの反対側に座っている二人からの視線が一段と鋭くなっている感じだ。


 グリードとルナとの関係の話だったのに、いつの間にか二人だけ違う話を始めてしまっていた。得意げに話していたエリスが、自分の首元にナイフを当てながら不敵な笑みをこぼしているし。メミルは瞳の光を失ったような感じで、何も言わず俺を見続けている。


 ロキシーもそれに気がついて、さっと俺から手を引いて俯いてしまう。


「ううぅ……」


 段々と顔を赤くしていく彼女を見ていたら、俺まで照れしまう。

 エリスはそんな俺たちに手に持っていたナイフを向けて言う。


「朝から見せつけてくれるね。もしかして、ボクたちがフェイトと一緒に寝ていたことが関係しているのかな?」

「そのようなことはないです!」

「ふ〜ん、どうだろうな。メミルはどう思う?」

「はい、当てつけですね」

「メミル! それは言いすぎですって。違いますって!」

「それはどうだろうね」

「エリス様……意地悪です。うううぅぅ」


 相手は二人だから、ロキシーの分が悪いようだった。俺から助け舟を出したいところだけど、火に油を注ぎかねないので、見守るしかなかった。


 その状況にロキシーがちらりと恨めしそうな目線を送ってきた。俺には微笑み返すくらいしかできなかった。


 だって、俺はロキシーと一緒に旅をすることだけで、いっぱいいっぱいだからさ。

 自由奔放な二人をどうにかするほどの力はまだなさそうだ。それに、エリスとメミルはあのままでいいとも思っている。


 ということで、俺は一歩退いて様子見を決め込むのだった。


「フェイからもなにか言ってください」

「……うん」

「うんじゃないですって」

「おう」

「コラッ」


 結局、対応を誤ってしまったようだ。ロキシーから叱られてしまう俺だった。


 騒がしい朝食を終えた俺たちは、泊まっていた宿屋を出ていく。腰に下げた黒剣からは、読心スキルを介して文句をたくさん頂戴することになる。


『フェイト、よくもやってくれたな』

「いいじゃないか。だって、教えてくれないグリードが悪い。だから、テーブルの上に置いてみんなで話し合うしかない」

『見世物の間違いだろう。エリスのやつ……ここぞとばかりに俺様をバカにしやがって』

「生き生きとしていたな。昨日、ライブラに会ってから様子がおかしかったから心配していたんだ。グリードの恋愛事情で元気になってよかった」

『何が良かっただ! 俺様がこうやってしか喋れないことをいいことに好き勝手言いやがって。あいつは昔からそうだ。自分のことになると途端に臆病になるくせに、他人のことになるとずがずがと踏み荒らす』


 グリードからエリスに対して意外と思える言葉が出てきた。

 俺は前を歩く彼女を見ながら、グリードに確認する。


「ええっ、そんなことはないだろう。あのエリスだぞ。今日の朝だって……とんでもない姿で寝ていたくらいだし」

『ハハハッ、フェイトの目は節穴だな。あいつのことを全然わかっていない。白騎士も言っていただろう。エリスはお前が思っているほど、強い女ではないのさ』

「信じられないな……」

『それはお前がエリスとそれほど一緒に過ごした時間が長くないからだ。思い出してみろ、あいつは何かにつけて、お前の側から離れていただろう』

「たしかにそうだな」


 グリードは俺にあれこれとなんでも教えるような性格ではない。だけど、口にした言葉にいつも偽りはなかった。皮肉ばかり言うやつだけど、嘘つきではない。


 ならば、エリスには俺の知らない一面がある。昨日の夜、この街の小高い丘で見せた弱々しい姿が、本来の彼女なのだろうか。


『この旅で、それがわかる。ライブラという男が現れたからには、避けられないだろう。フェイト、お前も大変だな。マインのこと、父親のこと、彼の地への扉……それに加えてエリスか。同時にいけるのか?』

「やるしかないさ」

『おっ、言うじゃないか。少し前まではロキシーのこと……そして自分のことでいっぱいいっぱいだったのにな』

「ロキシーのこともそうだったけどさ。もちろん、俺のことだってさ。すべて何もかもうまくはできないさ。できるのは最善を尽くすのみかな」

『体の方はどうだ?』

「ルナのおかげで安定してるよ。メミルにも協力してもらっているし」

『そうか……。フェイト、いざというときのために忠告しておいてやる』

「ん、どうしたんだよ。改まってさ」

『よく覚えておけ。暴食は魂を取り込み、力とするスキルだ。万能云えに、何もできなくなってしまうこともある』

「……どういう意味だよ」

『俺様からのお守りだ。もう話は終わりだ。早く行かないと、三人娘どもから叱られるぞ』


 グリードに急かされて前を向くと、すでにロキシーたちは魔導バイクのところに集まっていた。

 こちらを見て、手を降っている。

 駆け寄って、バイクに乗っているとロキシーに服の袖を引っ張られた。なんだか、いつものロキシーらしくなく、すこしだけモジモジとしているような。


「あの……お願いがあります」

「どうしたの?」


 すると、バイクのハンドルを指差しながら、

 

「私も運転してみてもいいですか?」

「運転?」

「はい! フェイがすごく楽しそうにしているので、是非してみたくて。でも、フェイはまだ運転したいですよね」


 胸元で手を合わせてお願いされては、もう選択肢など一つしかない。


「うん、いいよ。ハウゼンまでまだ距離があるから、交代しながら運転しよう」

「いいんですか!? やった!」

「じゃあ、テトラの外までバイクを移動させるから、そこで乗ってみようか」

「はい!」


 ルンルン気分で俺の後ろへ乗ってくるロキシー。心なしかいつもより抱きつき具合が強めのような気がする。

 やはりというか、エリスとメミルの視線が痛いけど、気にしないでおこう。


「エリス、バイクの運転をロキシーにしてもらうことになったから、一旦テトラを出たら広い場所で交代したいんだ。いいかな?」

「うん、了解。なら、僕たちも交代しようか。メミルにも運転できるようになってもらったほうがいいし。できるかい、メミル?」

「はい、問題ありません。後ろに乗っていて、ずっと興味があったんですよね」


 魔導バイクは大人気のようだ。


 大通りの人々を避けながら、テトラの街を出ていく。ロキシーとメミルは、バイクの運転がよほど楽しみのようで、二人してどちらが早く慣れるかを競争しようと言い始めるほどだった。

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