第136話 ロキシーの宣言

「フェイ! フェイ!!」


 名を呼ばれて、目を開ければ少しだけ頬を膨らませているロキシーが!

 すでに旅の準備は万端といった感じだ。新しく新調した白い旅服を着て、腰には帯剣をしている。これから、すぐにでも次の街へ旅立っても問題ない格好だった。


 それに比べて俺は、寝間着姿でベッドの上にいる。


「ごめん。寝坊したみたいだね」

「それはいいのです。時間的には予定よりも少し遅れている程度ですから。ですが! これはどういうことですか?」

「えっ……」


 ロキシーは俺のちょっと下の両脇を交互に指差す。

 その先を見ると……。


「うあっ、なんで!」


 メミルはたまに血を吸って、そのまま寝ていることがある。もう……これは諦めているのだが、まさかもう一人いるとは思ってもみなかった。


 瑞々しい青色の髪をした女性……思い当たる人は一人しかない。


「エリス!!」


 俺はまさか過ぎる相手がいたことに驚いて、毛布を取ると……。


「えっ……」


 彼女は何を考えているのか、理解不能な格好をしていた。

 衣服を一枚も着ていない。下着すら付けてなかった。つまり生まれたままの姿だった。


 すぐさまロキシーが俺の両目を手で塞いで視界を奪う。


「どういうことですか! フェイ」

「いや……なにがどうなっているのか。俺もわからないんだって」


 俺とロキシーが騒いでいると、その音でメミルがゆっくりと目を覚ました。よほど熟睡していたらしく、口から垂れてしまった涎を啜る音が聞こえてきた。


「ふにゃ……うるさいですね……どうしたのですか?」

「どうしても、こうしたもないだろう。メミルもそろそろ自分の部屋で寝るようにしてくれよ。俺が大変なことになってしまうから!」

「あらら、私も昨日は疲れていたようで、フェイト様の血をいただいた後、眠たくなってしまったのでベッドをお借りしました。すみません。でも、兄妹なので問題ないですね」

「問題あります!」


 ロキシーがすかさず、メミルを叱っていた。だけど、彼女はそれを聞く様子はまったくはい。


「あら、これはロキシー様! おはようございます。朝からフェイト様と仲がよいですね。目隠しをしてどうされたのですか?」

「これは……そこにいるエリス様が、あられもない姿で寝ているからです」

「エリス様? ん? ……えええええっ、フェイト様! どういうことですか! 私が寝ている横で、一体何をしていたんのですか? 詳しくじっくりと聞かせてください」


 ロキシーに目隠しをされて、さらにはメミルに胸ぐらを掴まれてグイグイと引っ張られるという大変さ。

 寝起きから勘弁してください!


 俺は一切やましいことはしていないと言い切れるぞ。

 なぜ、エリスが裸で隣で寝ているのかを俺も訊きたい!


「俺にもわからないんだって。エリス! 起きてくれ、エリス!!」


 何度も名前を叫んでいると、当人がやっと目を覚ましてくれたようだ。

 視界が奪われているため見えないけど、俺にベタベタと触れてきていることだけは伝わってくる。


「おはよう……朝からどうしたのかな。騒がしいな」

「主な原因はお前だ。なんでここで寝ているんだよ。しかも裸で!」

「あら? 自分の部屋で寝ようと思ったら、間違えて君の部屋で寝てしまったみたいだね。ごめんね。それにボクは寝るときは基本的に裸なんだよね。ほら季節が暖かくなったからね。知ってた?」

「知らないよっ!」

「えっ、そうなんだ。でも、今日で知っちゃったね」


 滅茶苦茶嬉しそうに言いながら、俺に抱きついてくるエリス。姿はロキシーの目隠しによって見えないけど、ものすごい柔らかな感触だけは伝わってくる。


「じゃあ、おやすみ!」

「寝るな! どうにかしてくれ!」


 手を当ててるロキシーに力がこもっていくのを感じるし。メミルは腕に噛み付いているようだった。


 王都の屋敷にいた頃、当たり前だった爽やかな朝の目覚めは、どっかに行ってしまった。正反対の騒がしい目覚めだった。メイドのサテラに起こされていた頃が懐かしい。


 それに合わせて、俺は今まで一人旅か、マインとの二人旅だった。女性三人との旅は未経験の俺にとって、難度が高すぎるのかもしれない。


 毎朝がこのような感じだと、本当に体が持たないぞ。


 なんとかエリスから俺に非がないことを説明をしてもらう。

 やっとのことでロキシーとメミルの誤解を解くことに漕ぎ着けた。


「エリス様、いくらなんでもフェイと一緒にそのような姿で寝るのはいけません」

「えっ! ダメェ?」

「当たり前です!」

「なら、今度から服を着るよ。これで解決だね」

「ダメです。エリス様の部屋で寝てください!」

「えええ~、こう見えてボクはさみしがり屋だし。ほらフェイトだって嬉しそうだったよ」

「フェイ、そうなのですか?」


 おいっ! 俺に矛先を向けるのはやめてくれよ。

 必死になって首を振る俺を見て、ロキシーはうなずきながら言う。


「これから、大事なことが待っているというのに、不謹慎です。エリス様は自室で今後寝てください」

「え~」

「メミルもですよ。いくら体質のせいで、フェイの血を摂取しないといけないからといって、一緒に寝ることはありません」

「えええ~」


 ロキシーの意見に、二人共不服そうな声を上げる。


 俺的には、この話をする前にエリスに早く服を着てほしかった。そうしてくれないと、ずっと目隠しされたままだからだ。


 だが、俺よりも先にエリスがロキシーに言ってくる。


「ロキシーはいつもフェイトといるから、ちょっとくらいいいと思うけどな?」

「それは……」

「昨日だって、一緒に彼の故郷へ一緒にいったし」

「そうです、そうです」


 エリスの言葉にメミルも同調して、ロキシーに迫っていく。

 しかし、彼女は声を一段と大きくして言いながら退ける。


「それでもダメです! メミルはエリス様の世話係でしょ。早く服を着ていただくようにしないと! さあ、エリス様も」


 どうやら、エリスとメミルは日頃怒ることのないロキシーに睨まれてしまったようで、退散するように部屋を出ていった。

 このような状況になったときに頼れるのは彼女だけだな。今だに目隠しされながら、頷いていると、


「フェイも、隙だらけだからいけないんです。もうっ、私をあまり困らせるようなことをしないでくださいね」

「申し訳ないです」


 あの二人は行動が破天荒過ぎて、まったく読めない。

 どんなに気をつけていても、向こうからあの手この手で来られたら、躱しようがないのが本音だったりする。


 特に寝込みはキツイ。精神世界でルナやグリードと話したり、鍛錬しているためにちょっとやそっとでは起きられないからだ。


 やっと目隠しから解放された俺にロキシーがニヤリと得意げな笑みを見せる。彼女の側にいたから、この表情になったときは、あまり良からぬことを考えているとわかってしまう。


 こうなったロキシーは、あの二人と似たようなものなのだ。内心でビクビクしていると、彼女はより一層微笑む。 


「こうなってしまっては、次からはフェイと相部屋になるしかないですね」

「へっ?」

「なんですか! その気のない返事は?」


 彼女は顔を近づけてきて、眉をひそめてくる。

 俺としてはありがたく、嬉しい申し出なのだが……。


「なんだか……緊張しそうで」

「そ、それは、私も同じですが。このまま見過ごしておくわけにはいかないのです! このままではことあるごとに、メミルとエリス様がフェイの部屋に押しかけるのが目に見えています」

「たしかにな。毎日がこれだと正直キツイ」

「うんうん、私が見張っておきましょう」」


 得意げな顔をするロキシーの顔はほんのり赤く染まっていた。おそらく、俺も似たようなものだろう。


 なし崩し的という感じで、今後はロキシーと相部屋になってしまった。いいのだろうか、なんて考えるのはもう遅い。


 そんなことを思っていると、また夢の先――精神世界でルナにお小言にいただいてしまう。

 俺としても、ロキシーとの相部屋は夢のような話だ。


「お願いするよ」

「よろしい、では今日の夜からですね」


 ロキシーは未だにベッドの上にいる俺に手を差し伸べた。その手を握って、ベッドから下りる。


「じゃあ、着替えるよ。ロキシーは朝食を食べたの?」

「いいえ、皆さんが起きるのを待っていました。着替えたら、食堂へ来てくださいね」


 そう言って、ロキシーは俺に笑顔を向けた後、部屋を出ていった。

 俺一人になった途端、静まり返った部屋。


 これ以上彼女に朝食を待たせるのは申し訳ないので、手早く着替えをすませる。


 立て掛けていた黒剣を手にとって、準備完了!


 部屋を出ていこうとする俺に、グリードが《読心》スキルを介して話しかけてくる。


『朝からお盛んだな』

「おいっ、なんて言いざまだ。どうせ、昨日の夜からずっと見ていたんだろう」

『まあな、メミルは相変わらずってところか。エリスはおそらくライブラに会って、取り繕ってはいたが、内心ではかなり情緒不安定になっていたからな。ああ見えて、甘えん坊だから怖くなってフェイトと一緒に寝たかったんだろうさ』

「そっか……。ライブラってやつは、エリスにとって因縁浅からぬ相手なんだよな」

『まあ、そういうことだな。珍しく何があったのかは訊かないんだな。ルナにも訊かなかったしな』

「エリスの追い詰められた顔を見ていたら、流石にそれはしたらいけないって思ったからさ」

『ハハハッ、気配りができるようになったじゃないか! 少しは成長できたようだな』

「なんだよ子供扱いするなよ」


 あまりにも馬鹿にするように笑うものだから、今度はグリードのことについて話してやろう。


「ルナが寂しがっていたぞ。今日はグリードが来なかったって」

『ふんっ、俺様にはどうでもいいことだ!』

「本当にそうなのか?」

『あ、当たり前だ』

「言葉に詰まっているぞ」

『俺様は何も言わん』


 へそを曲げてしまったらしく、グリードはだんまりを決め込む。

 ルナの話になったら、いつも頑なに拒むので、逆に興味が湧いてきてしまう。


 グリードについては気配りなど必要もないので、どんどん訊いていきたいところだ。


 俺はなにか良い手はないかと考えながら、食堂へ歩いていく。ロキシーに相談してみるのもありだな。


 彼女はグリードにかなり興味を示している。ルナとの関係について話したら、絶対に盛り上がること間違いなしだ。


 食事中の話がこれで決定だな。


 話題にされて鞘の中でのたうち回るグリードの姿が、今から目に浮かんでしまうぜ。

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