第141話 月夜の再会

 やはり夜の街は静まり返っていた。

 前当主によって、外部の人間が街の中へ立ち入ることができなかった過去があったが……。そこから解放されたはずなのに、今俺が歩いている街の様子はよいとはいえない。


 まだ、リシュアに連れられて屋敷に案内されていた時間帯の方が、領民たちの往来があった。夜が更けて行くたびに、人々は自分の家に籠もって出てこない感じだ。


 わかりきったことだけど、古代の魔物に怯えているからだろう。


 例えるなら、ガリアの天竜と同じ状況だ。Eの領域にいるらしいそれは、倒すことができない。同じ領域に達した者でしか太刀打ちできないからだ。


 それ以外の者は、天竜が暴れてもただ逃げ惑うか、身を隠して縮こまることしかできない。

 この街には天竜に襲われようとして怯えきったときの雰囲気が蔓延しているようだった。


「露店はどこにもないな……」

『この街一番の大通りに無いなら、もうわかるだろう?』

「あ~ぁ、砂漠の都市の名物料理を楽しみしていたんだけどな」

『リシュアにでも頼んでみたらどうだ?』

「それはダメだ。彼女は古代の魔物のことで一杯一杯だし、ロキシーのこともお願いしちゃったしな。さすがに、そんな状況で名物料理を食べさせてほしいだなんて言えないさ」

『いいじゃないか、古代の魔物と戦ってやるんだ。食わせろってな』

「俺はお前みたいに強欲じゃないんだよ」


 黒剣グリードをポンポンと叩いて、邪な心を沈めてやる。

 静かな大通りを歩いていたけど、何故か……右側の細道が気になった。

 覗き込むと、薄暗く奥がどうなっているかは見えなかった。


『どうした、フェイト?』

「いや……なんとなく」


 とても引かれるものがある。確固たる理由など無い。しかし、俺は今ここへ足を踏み込むべきだという、得体の知れない感覚が背中を押してくるのだ。


『そういったものを感じたときは、行くべきではないと思うぞ』

「でも……それでも行くよ」


 長い間生き続けたグリードからの忠告。だけど、俺は街頭もなく、月明かりも届かない路地へ踏み込んだ。


『フェイト、暗視スキルを使っていけ』

「わかっているって。世話焼きだな」

『お前は出会った頃から手がかかって仕方ない。まったく、困ったものだ』

「それは大変だな、ハハハッ」

『他人事のように笑うなっ!』


 お節介なグリードに言われた通りに、《暗視》スキルを発動させて先に進んでいく。


 しばらくして歩くと、黒い服を着た二人組が何やら会話している。体格と装備から武人とわかるが、明らかにただならぬ気配を感じた。そして、その者たちの周囲だけが暗視スキルを持ってしても、薄暗いままだった。


 スキルが効かない!? そのようなことは以前にもあった。


 それはマインと出会った時に鑑定スキルを使って彼女のステータスやスキルを調べようとしたときと似ていた。


 あの二人は只者ではないことは、これだけでもはっきりとしている。


 身を潜めて、会話を聞こうと耳をすませてみる。

 だが、聞こえることはなかった。一応俺も聖騎士として、不審人物を取り締まる権限は王国から与えられている。


 声をかけて何をしているのかを確認しよう。そう思って、近づいていく。


 二人組はおそらく俺が動き出す前に気がついていたようだった。

 薄暗い細い路地裏で、見つかりにくいが逃げにくそうな場所だ。俺がその気になってステータスでゴリ押せば、難なく取り押さえれそうだ。


 一人は俺の方に体を向けて留まり、もう一人はゆっくりと俺とは逆の方向へ歩き始めた。


「おいっ、止まれ!」


 静止の言葉も無視して暗闇に消えていこうとする。たまらず、走ろうとするが残ったもう一人に阻まれる。


「まあ、待て。フェイト」


 その聞き覚えある声。ハッとして彼の前で足を止めて、今だにはっきりと見えない顔を見上げた。

 しばらく、無言の時間が過ぎていく。月にかかった雲が流れていき、目の前にいる男の顔を次第に照らす。


「父さん……」


 王都セイファートで俺の前で、賢者の石とライネを奪って消えた。それからの消息は不明だった。

 まさか……ここで会うとは思っていなかった。


 こみ上げてくる感情を抑え込んで、後ろへ飛び退いて父さんと一定の距離を取る。


「おいおい、なんだ? そんなに離れて、どうした?」

「当たり前だろ。ライネはどうした? 賢者の石は? 何をしていた?」


 黒剣を鞘から引き抜きながら、知りたいことを口早に言う。


「せっかちだな。まだ夜はこれからだぞ」

「父さんっ!」


 父さんは虚空から黒槍を取り出すことはなく、黒剣を片手に詰め寄る俺に余裕を見せる。それがとても落ち着いていて、あまりにも子供扱いされているような気分になってしまう。


「まあ、落ち着け。まず、一つ。ライネはこちらで保護しているから安心しろ」

「何が保護だ! 誘拐したくせに!」

「あのような形で連れ去ったことはすまないと思っているさ。だが、今は違う。彼女も納得した上で、行動を共にしている」

「それはどういう……」

「利害の一致というやつだ」


 ライネは自分の意志で父さんと一緒にいるということか……。

 俺の表情から、ある程度納得を得られたのだろうと察した彼は、話を続ける。


「あとは言えないな。賢者の石も、今何をしていたのかもな」

「父さん!」


 俺の言葉をそれ以上聞くことはないようだった。黒剣を構えているのに、動じることなく近づいてきて、すれ違う。


「フェイト、あれほど言ったのに付いてきてしまったんだな……」

「俺にだってやるべきことはある。王都でじっとはしていられない」

「そうだな……あれから五年……いや、六年になろうといているのか……」


 俺に背中を向ける父さんは薄らと笑っていた。

 そのまま振り返ることはなかったけど、俺だけに向けて大事な話だと言って、


「砂漠の魔物だが、お前は手を出すな」

「なぜ?」

「少々、俺と因縁のあるやつなのさ。それに今のフェイトでは荷が重い」

「そんなことはないさ。俺だって」

「Eの領域か? なら、わかっているはずだな。ここから先はステータス上の数値を重ねても意味がないということ、扱う者の技量や資質に関わってくると」

「それくらいは……」

「ならいい。だが、暴食スキルは倒した対象の魂を喰らい、すべてを己のものとする。これから先はEの領域上での戦闘が繰り返される。お前は想像を超えた苦痛を伴うだろう。スキルにより干渉もあるが、制御不能なステータスにも気をつけろ」


 俺が一歩踏み込んで、父さんに背中に近付こうとする。だけど、その分父さんには一歩だけ進んで距離を取った。


「フェイト、戦いたいなら言っておく。お前がこれから戦おうとしているのは、聖獣と呼ばれる特別な生き物だ。聖なる加護によって、たとえ……お前が持っている大罪武器でも、正面からでは無意味だろう。どうだ? それでも戦うか?」

「戦うさ。もう決めたことだから」

「そうか……そうだな。ライネから聞いたぞ。あの呪われたガリアの地で、天竜を倒してしまったらしいな。そんな無茶をするお前なら、俺が言ったところで止まらないか……。だが、無理は禁物だ。体が変質しかかっているのだろう?」

「……それもライネから聞いてのか?」

「彼女はフェイトを心配していたぞ。そして俺も心配している」


 ゆっくりと歩き出す父さん。

 俺はそのまま行かすつもりはない。力づくでも止める。そう考えていると、


「俺としては子供は子供らしくしておいてほしいと思っているがな」

「父さん!」


 虚空から冷たい冷気をまとった黒槍を取り出した。

 しかし、今だに背を向けたまま構える素振りすらしない。


「この街で俺たちが本気になって戦えば、どうなるかなど……わかりきったことだろう」

「……」

「それでも俺を止めれると?」

「…………くっ」

「いい子だ」


 この街を人質のように取られてしまっては為す術がなかった。


 王都で父さんがライネと賢者の石を奪った時、多くの人々を凍りづけにした。だけど、命までは取ることはなかった。凍らされた人たちは、父さんが去った後に無傷で解放されたからだ。


 そんな人が、今ここで俺と戦闘になったとしても、他人を巻き込むようなことはしないような気がした。


 多分、父さんを行かせてしまったのは、赤く光りだした顔の入れ墨が……俺の考えを鈍らせるほどのプレッシャーを与えてきたからだ。


「さて、時間切れのようだ。またな、フェイト」


 暗視スキルでも見えない暗闇の中へと、父さんは消えていった。

 残された俺は、しばらくそこから動けずにいた。少しだけ速くなっていた鼓動を落ち着かせるために深い呼吸で整える。


『まさか……父親だったとはな。お前の勘は良いのか、悪いのか』

「ああ、俺もビックリだよ。でも、会えて良かったと思っている。それに砂漠にいる魔物が聖獣らしいということもわかったことだし」

『聖獣ね……これまた大層な物が……』

「父さんが、グリードでも聖獣に太刀打ちできないって言っていたけど、大丈夫か?」

『はっ!? 俺様が!? ……だが、ただの武器でしかない俺様は、結局は使い手による。つまりは……』

「俺次第ってことか?」

『そういうことだ。精進することだな。まあ、これからは俺様のスペシャルな性能だけでは、乗り越えられないこともあるって話だ。今回の聖獣戦はどちらに転んでもフェイトにとって何かを掴むきっかけになるだろうさ』

「あのさ。負ける気はないぞ。負ければ、ここの領民たちが路頭に迷うことになってしまうからな」

『わかっている。もしものことも考えておけと言っているだけだ。引き際を見誤ると、大事な人すらも失いかねないぞ。忘れるな、今はお前だけで戦っているわけではないということをな』

「ああ……」


 空を見上げれば、あれほどあった分厚い雲はどこかに流れてしまっている。

 まんまるとした月が顔を出して、薄暗かった路地裏さえもしっかりと照らしていた。


 深夜まではまだ時間がある。元々気を紛らすための散歩だったし、このまましばらく静かな街を散策させてもらおう。


『いろいろあったことだし。酒でも飲んで、パァーッといくか?』

「ダメだろ。この後、聖獣といろいろと戦うんだぞ。ほろ酔い気分で倒せる相手じゃない。それにそんなことをしてみろ」

『まあ、エリスに怒られて、ロキシーに叱られるだろうな。そしてメミルに血を吸われるな。ハハハッ』

「笑い事じゃない!」


 まったく緊張感ってものがないのかよ。でもグリードは武器だからしかたないか。


 要は使い手である俺次第だからな。

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