第131話 商業都市テトラ

 王都から南下してすぐ商業都市テトラがみえてきた。このバイクという乗り物は、実に速い。


 グリードが馬よりも100倍優れていると言っていたことは本当だった。

 馬なら2日はかかる道のり、それを半日も経たずに来れてしまった。


 昼時もあり、ここ食事を摂ろうという話になった。バイクから降りて街並みを見渡す。


「相変わらず、すごい人だ」

「そうですね。ここは南方の流通拠点ですから、ほら見てください! 可愛いっ」

「おおっ」


 活気のある露店に並べられた装飾品。ロキシーはこういったものが大好きだ。

 聖騎士だった頃は、彼女なりの考えがあってアクセサリーをほとんど身に着けていなかった。だから、露店を回ってアクセサリーを眺めるだけに控えていた。


 でも、今は旅の剣士だ。それはハート家の家督を父親であるメイソン様に返上したからだ。


 まさか、俺に付いてきてくれるためにそこまでするとは思ってもみなかった。それと同時にすごく嬉しい。


「どうしたのですか、フェイ? ニヤニヤして」

「な、なんでもない」


 どうやら顔に出てしまっていたようだ。黒剣グリードからも気が緩んでいるぞとお小言をもらってしまうけど、無視しておこう。


 首を傾げながら、俺に近づいてくるロキシー。最近の彼女は今まで以上に俺への距離感がすごく近いような気がする。


「せっかくだから、何か買う?」


 使用人だった頃よりも、お金に余裕があるので、ここにあるものならどれでも買うことはできる。

 すると、ロキシーは首を横に振る。


「これだけで十分です」


 そう言って服の下に隠れていたペンダントを見せてくれる。昔、俺がロキシーにプレゼントして宝石を飾ったものだった。


「こうやって見るのは好きですけど、たくさん欲しいというわけではないんです」

「そっか」


 ロキシーと見つめ合っていると、後ろからピリピリとした冷たい視線を感じた。彼女もそれに気が付いたようで二人でその方向を見ると、


「お楽しみのところ、すみません。昼食はどうしましょうか?」

「うんうん、ボクもお腹が空いたところなんだ。そういうことは後にしてもらえるかな」


 虹彩の消えた瞳と感情がまるでこもっていない声で、メミルとエリスが言ってきた。


 そして、彼女たちは続ける。


「一緒に旅をしているのにまるで二人旅のようになっている感じだね」

「エリス様のいう通りです。反省したほうが良いと思います!」

「「すみません……」」


 俺とロキシーは一緒に謝るのだった。

 気を取り直して、俺はエリスに声を掛ける。


「ところで、バイクは大通りに置いて大丈夫なのか? 盗難とかさ?」

「アハハハハッ……心配無用だよ。だって、あれを動かすには魔力が少なくとも100万以上必要だし。それにバイクには王家の紋章をあしらっている。もし盗もうものなら、極刑だね」

「ニコニコしながら、怖ろしいことをさらっと言うのはやめてくれよ」

「ごめん、ごめん。前にも言ったけど、長い年月を生きていると、段々といろいろなことに鈍感になっていくんだよ」


 同じことをマインも言っていたことを思い出す。彼女はエリスよりも長く生きている。


 そのためなのだろうか。


 マインには味覚が失われているという。何を食べても、同じだと言っていた。

 今、彼女は俺たちのもとを離れてしまっている。理由は彼の地への扉という得体の知れない物のためだ。


 それは、マインにとって生きている意味であり、譲れないものでもある。


 彼の地への扉……今わかっていることは、死んだ者をこの世に呼び戻せる。それによってガリアで亡くなったロキシーの父親や兵士たちが王都へ戻ってきた。


 そして、俺の父さんも甦ってしまった。しかも、何らかの契約によって生きていた頃よりも、強くなっていた。


 対象は人間だけにとどまらない。太古の昔に絶命したはずの魔物までも生き返ってしまった。

 それらは、今の時代の武人ではまったく歯が立たないほどのステータスを持っていた。つまり、Eの領域だ。

  

 その領域では、同じステータスを保持していないければ、傷を付けることさえかなわない。天竜が生きた天災と呼ばれていた所以でもある。そんな古代の魔物たちが甦って暴れ出せば、人々はパニックに陥ってしまうだろう。

 

 俺たちはこれから起こる厄災を止めるべく、彼の地への扉を開こうとしているシンを追っているのだ。


 奴はバルバトス家のハウゼン付近に潜んでいるらしい。エリスがシンの分体から、気配を辿ってわかったことだ。


 シンがそこにいるなら、同じく彼の地への扉を求めているマインもいるはずだ。

 そして見つけて止める。言葉にすれば、簡単だけどマインを止められるかと訊かれたら、生半可の覚悟では無理だろう。


 天賦の才を持つ彼女は、別次元の強さだからだ。戦えば、必ず代償を支払わなければいけない。


 そう考えてしまうと、ハウゼンまで距離があるというのに少しづつ緊張してくるのを感じた。俺の緊張感が伝わってしまったのか、ロキシーが俺の手を握ってきた。


「さあ、昼食に行きましょう! フェイのことですから、どうせお肉ですね」

「おっ、おう! それなら分厚い肉が食べたいな」

「ではこちらへ。この大通りを少し歩いたところに酒場があって、そこのお肉は柔らかくて美味しいですよ」

「そうなんだ」

「はい、ガリアに向けて遠征しているときに、ムガンに教わって行ってみたんです。そしたら、当たりでした」

「あの人はいろいろと詳しそうだからな」

「うんうん、年の功ですね」


 二人で先に進もうとしたら、またしても冷たい視線が!?

 彼女と一緒に横を向くと、そこには目を細めるエリスとメミルがいた。


「ボクが言ったことをもう忘れてしまったのかな?」

「アウトです!」


 この二人……手厳しい。ちょっとロキシーと昼食に食べに行こうとしただけなのに……それがダメなのですね。


「「ごめんなさい」」

「まったく……ところで、昼食はお肉料理にするのかい?」

「はい、エリス様。そのつもりです。ですが、あの酒場には美味しい魚料理もあります。メニューは他にもたくさんありました。南の物流拠点だけあって、食材も豊富みたいですし」

「良いお酒はあるんだろうね」

「もちろんです!」

「なら良し!」


 エリスはお酒が大好きなのだ。そして酒豪でもある。

 樽一杯のワインを飲むなんて朝飯前。王都の行きつけの酒場で一緒に飲んだ時は、それを見せつけられて目が点になってしまったくらいだ。


「ほどほどにしておいてくれよ。バイクの運転ができなくなるからさ」

「問題ないね。なぜなら、メミルちゃんがいるから」


 こういう時だけ、可愛らしく言われたメミルは戸惑っていた。しかし、女王様からの言いつけだ。

 チラリと俺を見て、バツの悪そうな顔をするが、


「かしこまりました。この後の運転は私ががんばりますので、ごゆるりとお酒を楽しんでください」

「いい子だね! うんうん」


 従順なメイドのように、エリスを楽しませることを優先してみせた。それには女王様も大満足。


 ニコニコしながらメミルの頭を撫でていた。


 そんな中、ずっと彼女は俺を見て何かを訴えかけている。そう言えばテトラに着くまでずっとエリスの面倒を見ていたのはメミルだ。

 わがまま女王様のあれやこれやという話をバイクの後ろで聞かされていたかもしれない。


 すると、メミルは吸血するための犬歯を俺にだけ見せてきた。


 ん!? つまり、今日の夜は血を吸わせろということらしい。


 この間に吸ったばかりだというにまた俺の血を飲みたいようだ。それでエリスのご機嫌取りを引き受けてくれるなら安いものだ。

 俺が頷くと、メミルはパッと明るい表情に変わった。


「じゃあ、決まりだな。肉をもりもり食べるぞ!」

「「「おう!」」」


 うん、今夜は大量の血を失う。肉をしっかり食べて備えておこう。

 ロキシーの案内で入った酒場は、客が一杯で大繁盛していた。座るテーブル席がない状態だ。


 困っていると、エリスがいつものあれを使いだした。


 色欲スキルの魅了だ。席に座っていたガラの悪そうな冒険者たちが吸い寄せられるように彼女の下にやってくる。


「席を譲ってもらえるかな?」

「はい! 喜んで!」

「いい子ね。あなたたちはボクの食事が終わるまでそこに正座して待ってなさい。ボクの食事姿を見せてあげる」

「ありがとうございます!」


 お店も態度の悪い彼らには困っていたみたいで、簡単に手懐けてみせたエリスに拍手を送っていた。


「じゃあ、席が空いたことだし座ろう!」

「いつ見ても怖ろしいスキルだな」

「そうだよ。なんなら、試してみる? ボクはいつでも準備はできているよ」

「今はやめてくれ! 食事するんだ……鼻血を出したくない……」

「残念……夜も空いているから、いつでも声をかけてね」


 ウインクをしてくるエリスに震え上がりそうになる。ガリアで、彼女の魅了を使って地獄の精神鍛錬をした記憶が呼び起こされてしまう。


 あれは今思い出してもよく耐えきれたと思えるものだった。


 冷や汗をかいていると、注文した料理がやってきた。エリスだけ魚料理で、後はみんな肉料理だ。


 俺は王道の牛ステーキだ。ロキシーとメミルは、香草を食べさせて育てた鶏肉と、ふんだんに牛乳を使ったシチュー。

 そして、異彩を放つ。エリスの前に置かれた巨大な焼き魚。


「全部、食べられるのかよ」

「うん、問題なし。後はこの店で一番美味しいワインたちを召喚だよ!」


 パンパンと手を叩くと、ウエイトレスたちがワイン瓶を手に持ってやってくる。それを魚料理の周りに置き始めた。

 これから宴会でもする気なのかと思うほどだ。


「素晴らしい! フェイトも飲むかい?」

「俺はやめておくよ。この後用事があるから、飲めないかな」

「ん? どこへ行くんだい?」

「墓参りさ。それにちょっと調べたいことがあるし。今日の夜には戻ってくるから」

「そっか……残念。ひとり酒か……ロキシーとメミルはお酒を飲まないし……寂しい」


 そう言いながら、ワインをガブガブと飲んでいる。もうひとり宴が始まっているようだ。


 ロキシーとメミルも、久しぶりの王都以外での外食とあって、テンションが高い。添えてあったパンを小さくちぎっては口に運ぶ。そしてシチューをスプーンで掬っていた。


 お互いに美味しいねと言い合いながら、次は何を食べようかと相談している。


 ここのところ、二人は仲が良いようだった。昔はハート家とブレリック家という対立関係だったけど、互いに家のしがらみから離れたことでうまくいっているようだ。


 さて、熱々のステーキが冷めない内にいただくとしよう。ナイフで大きく切り取って、フォークで刺して口に頬張る。


「んんんん!!」


 焼き加減は絶妙! 肉汁たっぷり!


 あまりの美味しさに、気分も最高だ!!


 大酒飲みの横で、ルンルン気分になってステーキを食べていると、酒場に冒険者パーティーが入ってきた。

 見るからに強そうな感じ。装備もかなりいいものなので、上級の冒険者たちだろう。


 その男たちは席が一杯であることを知ると、わざわざ俺たちのところまでやってくる。


「おいっ、そこのお前。いい御身分だな。若造のくせに、綺麗どころを侍らせて! 俺たちは腹が空いている。そこを譲ってはくれないか?」

「ハハハハハッ、そうだ。リーダーのいう通りだ」

「退けろよ、三下野郎」


 どうやら、俺を追い出して、彼女たちと一緒に食事を摂りたいようだ。なんて命知らずな人たちだ。


 無知とは、時にとんでもない過ちを犯してしまうんだな。


 俺は忠告とばかりに言ってやる。


「やめておけ。これ以上の口を開かないほうがいいぞ」

「なんだ!? その口の聞き方は俺たちが誰だとわかって言っているのか?」

「それはそのまま返すよ。もう知らないぞ」

「ハハッ、やれるものならやってみろよ」


 その言葉を聞いて、俺以外の女性陣が一斉に立ち上がった。


 ロキシーはこのような非道なことは許さない。メミルは、ずっとエリスの面倒を見て鬱憤が溜まっている。

 そして、女王エリスは楽しくお酒を飲んでいたのに、邪魔をされてかなり怒っていた。


 正直に言って……俺は彼女たちを止める術を知らない。


 代表してエリスがニッコリと笑いながら彼らを誘う。


「そこまで言うならボクたちがお相手しようか?」

「おおっ、本当かよ。やったな」

「じゃあ、店の邪魔になるから、こっちに」

「いくぞ、お前ら! じゃあな、若造。一人で寂しくステーキを食っていろ!」


 冒険者たちはエリスたちに誘われるまま、意気揚々と酒場から出ていった。そして一分も経つか経たない内に彼女たちだけ戻って来た。


「ふぅ~、困った人たちだったね」

「そうですね。まだまだ武人にはあのような人たちがいるのですね」

「スッキリしました。食事の続きです!」

「「うん!」」


 何事もなかったかのように俺の周りに座る彼女たち。なんというか……せっかくのステーキ味が感じられなくなってしまいそうだ。


 だから、言ったのだ。彼女たちの食事を邪魔するなと、危険過ぎると。


 マインも同じように、怒っていたことを思い出す。……俺の周りにいる女性陣のパワフルさには困ったものだ。

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