第130話 ロキシーの決意
斬り飛ばした聖剣は空高く舞い上がる。そして、地面に深々と突き刺さった。
その頃には俺とアーロンは息を切らせて地面に倒れ込んでいた。俺は解放した半飢餓状態を無理やり抑え込んだ反動によるものだ。
アーロンは変異アーツ《グランドクロス・リターナブル》を発動し続けたことによる魔力切れだった。
大観衆が見守る中での手合わせはここに決着がついた。
観覧席に座っていたエリスはいつの間にか、身を起こして俺たちに拍手をしていた。ずっと固唾を飲んで見守ってくれていた……ロキシーたちも同じように讃えてくれている。
王都民たちの歓声に包まれながら、俺たちは立ち上がる。
そして、アーロンは俺の右腕を掴んで上げてみせた。
「……降参だ」
その宣言に観戦した人々が、より一層の盛り上がりをみせる。
手合わせの感謝を言おうとしたが、アーロンは座り込んでしまった。
かなり無茶をしていたようだった。やはり、変異アーツは体への負担が大きかったのだろう。まさか、彼が鍛錬の末にそのようなアーツまで習得しているとは思ってもみなかった。
俺は右目から流れる血を服で拭いながら、もう片方の手を差し出す。
「アーロン、掴まってください」
「すまないな」
立ち上がったアーロンはニッコリと笑って、俺の頭がわっしゃわっしゃと撫でてきた。
「強くなったな……いや、出会ったころから強かったか。それに心も伴ってきて更に強くなったな。儂ではもうどうやっても歯が立たないだろう」
「いえ、そんなことはないです。俺はアーロンほど経験豊かではないです」
「たかが経験だ。歳を重ねれば、否応なしに得られるものだ。しかし、それだけでは先には行けない。歳を取れば……その経験があるがゆえに、踏み出せないことばかりだ。経験とは価値があるようにみえて、それほどの価値はないのだ」
彼は今も歓声を上げている王都民たちを見ながら言う。
「ここに新たな剣聖として、称号をお主に譲ろう。儂に見事に勝ったのだ。これほどの立会人がいれば、文句を言う者はいまい。これから先は前途あるフェイトに任せよう」
「アーロン……俺には……」
もう残された時間があまりないんだ。前途なんてものはないんだ。暴食スキルによって、体の中で変質が始まっている。
止める方法がなく、そう遠くない未来に俺でなくなってしまうだろう。
ここにもう戻って来れそうにもない。それを口にしようとしたら、アーロンが声を張り上げる。
「それでも……帰ってくるのだっ!!」
俺は言葉をなくしてしまった。
真っ直ぐ見つめてくる目は、どこまでも澄み切っており真剣だったからだ。
「たとえ歩む先が困難で、不可能だとしても、必ず戻ってくるのだ!! 儂はフェイトを信じてここで待とう」
「……」
「忘れることも許さん。ここが、お主の帰る場所なのだ」
帰る場所を無くしてしまった過去があるアーロンの言葉は重く響いた。
どれほど遠くへ行っても、帰るべき場所さえ……その方角さえ、見失なわかったとしたら、きっと俺はここへ帰って来られるはずだ。
彼はいつだって、俺に勇気を分けてくれるんだ。
アーロンの思いに触れて、自然と答えは出てしまっていた。
「相変わらず、無茶ばかりですね。このような手合わせをして……」
「これくらいしなければ、お主は決めたことを簡単に変えてはくれないからな。困った息子を持ったものだ。さあ、フェイトの答えを聞かせてもらえるか?」
「……帰ってきます。ここへ……必ず帰ってきます!」
「そうだ。それでいいのだ。それでこそ、儂の息子だ」
送り出してくれる彼は、少しだけ泣いていた。男は涙を見せるものではないと言っていたくせに。
だけど、俺も涙が溢れてくるんだ。
この別れの言葉に飾りなどいらない。今できるいっぱいの気持ちを込めて、彼に言いたい。
「いままで……ありがとうございました」
「行ってこい。新たな剣聖フェイト・バルバトスよ」
しっかりと握手を交わして見つめ合い……最後は頷き合った。
もうそれだけで十分だ。なぜなら、言いたいことはすべて剣で語ったのだから。
未だに収まることのない歓声の中で、アーロン・バルバトスとの手合わせが終わりを告げた。
◇ ◆ ◇ ◆
早朝、東の地平線から陽が顔を出し初めている。エリスと約束した出立の日だ。
待ち合わせ場所であるゴブリン草原に向けて歩いている俺の横には、メミルがいた。
「本当に付いてくるのか?」
「当たり前です。言ったじゃないですか、フェイト様の最後を見届けるって」
「最後とか言うなよ……縁起が悪いだろ」
「アハハハッ、そういえばそうですね。アーロン様からの言いつけでもありますし」
そうなのだ。アーロンは自分の代わりにと、メミルを推薦した。
彼女は嬉しそうにしているけど、これから戦いが待っているんだけどな。わかっているんだろうかと心配になってしまう。
「旅の道中のお世話をするためでもあるんです。ほら、エリス様だって私がいれば、いろいろと便利だと思いますし」
「まあ……エリスもそれで許可したんだろうな」
ハウゼンに行くまでと、着いてからのお世話をすることが、メミルの仕事となる。シンを追う危険な旅になるかもしれない。
それに同行できる世話役にも、戦う力があったほうが良いと判断されたのだ。
「楽しみですね。旅行!」
「おいっ、観光に行くんじゃないんだぞ」
「わかってますよ。バルバトス領のハウゼンって行ったことがまだないんですよね。魔科学を用いた都市開発のモデルケースって聞きましたよ」
「まあな。ガリアの技術を使ってスキルに頼らない生活を目指しているんだ」
「なるほど、なるほど。旅行、楽しみですね!」
「結局、同じかよ……」
俺は頭を抱えながら、歩いていく。
ここへ来るまでに、世話になった人たちと言葉を交わしてきた。
アーロンはもう多く語ることはなかった。あの人らしいと思う。隣にいたサハラのほうが、泣きじゃくりながら行かないでと抱きついてきて大変だった。
それでもアーロンに行かせてやれと言われて、掴んでいた手を離してくれた。俺は彼女の頭をいつものように撫でて、バルバトスの屋敷を出た。
その足で、ハート家にも出向いたのだけど、ロキシーはいなかった。メイソン様とアイシャ様と別れを惜しみつつ、彼女を探していた。
二人に訊いても、昨日の夜から姿を見ていないという。その夜は、旅立つ俺のためにささやかなパーティーを開いてくれた。
場所は、お決まりの酒場。暴食スキルが目覚める前から、ずっとお世話になっているマスターの計らいで、急遽開催することになった。
ムガンやミリア……ガリアで共に戦った兵士たちも加わってとても賑やかだった。
そんな中で、ロキシーだけが思いつめた顔をしていた気がする。俺が傍に行って声をかけようとしたら、席から立ち上がってどこかに行ってしまったのを覚えている。
おそらく、その時から屋敷に戻ってきていないのだろうか。心配になってきたぞ。
エリスには悪いけど、出発を少し遅らせてもらおう。そう思っていた時、商業区の外門に佇む金髪の女性が目に入った。
彼女も俺に気がつくと、ゆっくりと歩いてくる。
「ロキシー……その姿は……」
「どうですか? 似合っていますか?」
とても綺麗だった。いつも着ている聖騎士の軽甲冑ではなく、どこか旅の剣士を思わせる風貌。
白を基調として、アクセントとして青を散りばめたその服は、僅かに聖騎士だった名残を感じさせた。
「うん、よく似合っていると思う」
「ありがとうございます! ……よかった」
そして、ロキシーはゴブリン草原へ向けて歩き始める。
えっ、どういうことだろうか。状況が飲み込めていない俺が立ち止まっていると、彼女は決意に満ちた顔で言うのだ。
「ハート家の家督は、父上に返上しました。私はフェイについて行きます。聖騎士としてではなく、ただのロキシーとして」
俺は、彼女によかったのか? 危険過ぎる……なんてことは今更言えなかった。
それほどまでに、本気だと感じてしまったからだ。かなわないな……彼女には。
「さあ、行きますよ! フェイ」
「ああ……一緒に行こう」
「はい」
見守っていたメミルは何も言わずににっこりと微笑んで、俺たちに付いてくる。
この決断は俺に自分の口で伝えたいと言って、メイソン様とアイシャ様には秘密にしてもらっていたそうだ。
だからか……二人に会った時にどことなくぎこちなかったのはそれが理由みたいだった。
外門を通って、ゴブリン草原へ向けて三人で歩き出す。おかしな組み合わせになってしまったものだ。
右隣には因縁深いブレリック家の聖騎士だったメミル。左隣にはハート家の家督を返上してしまった元聖騎士のロキシー。
王都セイファートに戻ってきた時に、まさかこのような形で出ていくなど想像もできなかった。
思わず、クスリと笑ってしまうほどだ。
「フェイ、どうしたのですか?」
「いや……なんでもないさ」
ロキシーはしつこく何を考えていたのかを知りたいと聞いてくる。他愛もないことなので、はぐらかしているとメミルがとんでもない発言をする。
「ん? あっ、もしかして、今回の旅は男一人、女三人だから、よからぬことを考えていたのでは!?」
「えっ、そうなのですか!? フェイ……そ、それはどういうことなのですかっ!?」
これから戦いが待っているのにさすがに不謹慎だろう。メミルの突飛な想像力には困ったものだ。
でもそう言われてみると、たしかに女性の比率が高いな……。
肩身が狭いぜ。なんて思っていると、グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。
『俺様がいるだろう』
「お前は剣だろ。無機物だろ」
『まあな』
なぜに得意気なんだよ……まったく。後ろでは、ロキシーとメミルがまださっきの話題で盛り上がっているし。
またしても頭を抱えていると、ゴブリン草原の入り口でエリスを発見した。
おや……なんだあれは……。彼女の傍には二台の黒い物が置いてある。
どこかで見たことがあるぞ。記憶を辿っていくと、以前に軍事区で見たバイクだ!
ガリアで使われていたという乗り物で大きなタイヤが2つあり、乗り手の魔力でそれを回転させて動かす。
グリード曰く、馬よりも数百倍は優れた乗り物らしい。
おおおおおおおっ! テンションが上がってきた!
乗りたいなって思っていて、なかなかそのチャンスがなかったのだ。まさか、このタイミングで乗れるとは思ってもみなかった。
ワクワクしていると、エリスが嬉しそうに言ってくる。
「どうやら気に入ってもらえたようだね。用意したかいがあったよ。うんうん」
「これって二人乗りなのか?」
「そうだよ。シートを広めに改造してもらっている。この四人の魔力なら、誰でも運転できるだろう。姿勢制御があるから、転ぶこともないし」
「俺が運転してもいいかな?」
「どうぞ、そんなキラキラした目で見られたらダメだとは言えないからね」
「やった!」
運転は俺とエリスがすることになった。ロキシーは俺の後ろ。残ったメミルはエリスの後ろだ。
「失礼しますね。よっと」
ロキシーが乗り込み、俺の腰に手を回した。このバイクの二人乗りってかなり密着するんだな。
いかんいかん。今は運転に集中だ。
準備が整ったところで、エリスが俺たちに声を掛ける。
「じゃあ、出発しようか。ハウゼンへ」
「ああ、行こう」
「はい」
ハンドルから魔力を伝えると、バイクのタイヤが動き出す。初めは控えめだったけど、段々と慣れてきたので送る魔力を増やしてみる。
「うああああぁぁ、すごい速さだ」
「風が気持ちいいですね」
俺たちは、シンの気配を感じたというバルバトス領のハウゼンへ向かう。
そこにマインもいるはずだ。もし、彼女が彼の地への扉を開こうとしているのなら、止めなければいけない。
世界に異変が起き始めている今ならまだ間に合うと、俺の中のルナも言っていた。
たとえマインと戦うことになったとしても、彼の地への扉は閉じなければいけない。それが一体、何をするものなのかは俺にはまだわからない。
だけど、真実を知ってしまってからでは、何もかもが遅すぎるような気がしたんだ。
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