第132話 失った故郷

 酒場の酒を飲みまくったエリスは宿屋で休憩することに……。彼女のおかげで楽しい昼食が、後半には絡まれてばかりになってしまった。


 特に酔ったエリスは、俺の傍にいたがるから大変だった。無理やり俺とロキシーの間に入ってきて食事の邪魔をしてくる感じだ。


 彼女を宿屋に連れて行くのは、メミルだ。この旅でお世話係を任せられているためだ。


「エリスを頼んだぞ」

「うううぅぅ、私だけでどうにかできるでしょうか……すごく不安です」

「大丈夫だ」

「信頼してくれて嬉しいですけど……その根拠のない自信で言われても。フェイト様も一緒に来てくださいよ」

「食事中にも言ったけど、行くところがある。だから、それまでエリスと一緒に待っていてくれ」

「えっ、お留守番ですか!?」

「……そういうことだ」


 なんだかんだいってメミルは付いてくる気だったようだ。残念だが、諦めてもらう。

 恨めしい目で俺を見ているので……帰ったら、思いっきり血を吸われてしまいそうな気がする。


 メミルに肩を借りて、良い気分で歌っているエリスに声を掛ける。


「エリス! ちょっと行ってくる。戻ってくるまでに酔いを覚ましておいてくれよ」

「ふぁ~い!! 了解しましたぁ!!」


 メミルに抱きつきながら、俺に返事をしてきた。完全にできあがっている。


「待っているね。それまでの間はメミルちゃんに相手をしてもらおう。フェイトはあれだけ仕掛けたのに、見向きもしなかったし。グスン……この寂しさをぶつけないと! ねぇ~、メミルちゃん!」

「ヒッ!? えええっ、それは困ります!」

「良いではないか、良いではないか!」

「どこを触っているんですかっ!! フェイト様、大変ですよ! 妹のピンチです!」

「えっと……頑張ってくれ……」


 俺はそれだけ言うと背を向けて、歩き出す。

 後ろからは、メミルの声が聞こえてくるが……。


 ずっと黙っていたロキシーがそんな俺を横目で見ながら、言ってくる。


「いいのですか? メミルがとても困っていましたよ」

「他にエリスの面倒を見れる人がいないし……ここは我慢してもらおう」


 メミルは、シンの分体を宿している。そのため、エリスの色欲スキルによる魅了が効かない。


 酔ったエリスはまさに魅了の悪魔と化してしまう時がある。これは、俺でも堪えるほどの魅了だったりする。


 だから、こういった時は完全耐性を持っているメミルにお願いするのが一番だ。

 彼女に押し付けたことに不服そうなロキシーに言う。


「なら、ロキシーがエリスの面倒を見てくれると嬉しいんだけど」

「それは……」


 すると、彼女は戸惑った顔をする。いつものロキシーらしくない歯切れの悪さだ。

 大通りに停めておいた魔導バイクに乗りながら、訊いてみる。


「ん? どうしたの?」

「エリス様は……私のことをすごい目で見たりするので……」

「えっ、そうなの?」

「フェイはそういうところは鈍感だと諦めています。どのような時かというとですね……フェイと一緒にいる時、たまに私をじっと見つめているんです」

「怒っているってこと」

「そういう感じではないのですが……」


 なんとも言い表せない感じなのだという。エリスの過去も謎だらけだ。

 俺が知っているのは、前にいたという暴食スキル保持者に助けられたということだけだ。それは彼女の口ではなく、側近の白騎士によって教えてもらった。


 エリスはあまり、自分の過去を話したがらない。おそらく……あまり聴きごたえのある内容ではないからかもしれない。

 俺も似たようなものだから、もし同じならその気持ちはよくわかる。


 今度……酒を一緒に飲むときにはちゃんと彼女に話してみよう。


 ロキシーが後ろに乗り込み、魔導バイクに魔力を流していく。人を躱しながら、スピードを抑えながらゆっくりと進んでいく。


 道行く人々の視線が俺たちに集中していた。この世界では失われていた4000年前の遺産だ。


 誰も見たこともない乗り物に興味津々といった具合だ。そして、商人の都市でもあり、こういった金になりそうな技術には注目が集まってもしかたないのだろう。


 しかし、魔導バイクに刻まれた王の紋章に気がつくと、すぐにかしこまって頭を下げる。または跪く者までいた。


 エリスが言っていた通り、王様は絶対の存在なんだと痛感させられる。俺としては、魅了で日々誘惑してくる困った人なのだが……。


「なんだか……たくさんの人たちのこの反応には困ってしまいます」

「このバイクはまだまだ珍しいし、王の紋章のパワーだからな。すべてにおいて、インパクトが大きすぎるんだ」

「慣れるしかないってことですね」

「そういうこと。人混みが減ってきた。スピードを上げるから、しっかりと掴まって!」

「はい」


 居心地の悪い場所には、さっさとおさらばするに限る。

 俺たちはバイクを走らせて、商人たちの都市テトラを出ていく。目指すはここから西にある俺の故郷だ。


 どうしても、確かめておかなければいけないことがあった。


 ロキシーが腰に回していた腕に力をわずかに入れながら、訊いてくる。


「フェイの故郷はガーゴイルによって、燃やされてしまったんですよね」

「ああ、以前ガリアへ向かう時さ。立ち寄って、いろいろあって……」

「そうなのですか……よろしければ教えてもらえますか?」

「あまりいい話ではないよ」

「構いません」


 そこまで言われては、話さない理由もない。故郷に着くまで、この思い出話を話そう。

 ため息を一つ付いて、俺はロキシーに故郷であったことを教えていった。


 事の始まりは、テトラで村長の息子――セトに出会ったことだ。彼は村を襲っているという魔物の討伐をしてくれる武人を探していた。


 だが、テトラでは他の魔物討伐依頼が多く、セトの持っているお金では武人を雇えないようだった。挙句の果てに、居合わせた俺の目の前で酷い暴力を振るわれそうになっていたくらいだ。


 彼とは昔、村を追放された時のわだかまりがあった。だけど、五年ぶりに両親の墓参りをしたかった。


 それもあって、村を襲っているという魔物の討伐を俺は請け負った。


 しかし、たどり着いた故郷で待っていたのは、昔と変わらない迫害だった。まあ、当たり前だろう。


 村で俺の価値はそのまま。得体の知れない暴食スキル持ちという無能者の烙印を一度押されたら覆せない。そういう閉鎖的な村のままだった。


 突きつけられた農具を見ながら、呆れてしまったのをよく覚えている。


 そして俺を魔物の生贄にすると言い出した村長。さすがに頭にきて一暴れしてやろうかと思った。しかし、セトが必死に止めてきたので、握った拳を緩めて堪えた。


 その日はセトの家に泊まることになった。彼には幼い娘がいて、妻は例の魔物によって殺されてしまっていた。


「セトは、妻を失い。幼い娘と一緒に暮らしていた。そのことや、討伐依頼などで村の外を見る機会があって、昔の彼とは変わっていたんだ」

「なるほど。セトって確か……ハウゼンで復興に協力してくれた人ですよね」

「うん、今ではハウゼンを取りまとめる一人だよ」


 結局、俺が故郷に戻った夜に、ガーゴイルたちの奇襲があった。気が付いたときには、村人のほとんどは襲われていた。


 その中で、俺はセトと娘を守ることを選んだ。


 戦いが終わった頃には、村は壊滅状態で、ガーゴイルの炎弾魔法によって焼かれてしまった。


「村は……残念でしたね。でもセトとは仲直りしたんですね」

「ああ、あいつから過去のわだかまりのすべては精算できないだろうけど、一発殴ってくれって言われてさ」

「ええっ、殴ったのですか?」

「思っきりはしてないって、そんなことをしたら大変なことになるし。軽く一発、やったんだ。そしたら、セトのやつ……いい顔で笑ったんだよな」


 その姿に俺は父さんを重ねてしまった。あの人は、幼かった俺を元気付けるためによく笑っていた。

 先に進んでいくセトの笑顔を見ていたら、もう過去のことはどうでも良くなっていたんだ。


「よかったですね。フェイにとっても」

「そうだと思う。あの時にセトと仲直りできていなかったら、ハウゼンはまだ復興できていなかった。思い知らされたよ。つながりの強さを……別れてもあの時の気持ちはちゃんと繋がっていたんだってさ」

「そうですよ。私だって、フェイのことを思っていましたし」

「ロキシー……ありがとう」

「どういたしまして」


 さらに加速していくバイクに振り落とされないように、ロキシーは俺をさっきより強く抱きしめてきた。

 いきなりでドキッとしてしまう。だけど、彼女と繋がっている感じがして嬉しかった。


 しばらく進んでいくと、焼けた村が見えてきた。もうここには誰も住んではいない。もっと時間が経てば、ここへ来る道も草木が生えて簡単には来られなくなってしまうだろう。


 バイクから降りて、辺りを見回す。


「ガーゴイルに襲われてから、時が止まっているような感じだな」

「……フェイの故郷を見てみたいと思ってついては来ましたが……これほどとは思ってもみませんでした」


 ロキシーが申し訳なそうな顔して隣に立っていた。俺ができるのは彼女の手を握るくらいだった。


「あの場所へ行くのでしょ? フェイは大丈夫ですか?」

「行くさ。そのためにここへ戻ってきたんだ」


 二人で、村外れにある俺の家へと歩いていく。またしても、手付かずになっているために、春の陽気に誘われて草が芽吹き始めている。


 もっと暖かくなれば、これらは腰辺りまで背を伸ばすことだろう。


 家もまた焼け落ちていた。しかし、これはガーゴイルの仕業ではない。

 ずっと昔に俺を村から追放して、二度と帰ってこないために、村人たちによって焼かれたものだった。

 他とは違った家の様子から、ロキシーは何かを察したようだった。


「フェイ……」

「もう終わったことさ」


 俺たちは、家の裏側へと進んでいった。


 その先にはここへ来た目的がある。俺の両親のお墓がどうなっているのかを確認するために来たのだ。


 ゆっくりと近づいていく俺の目に入ってきたのは……。


「くっ……くそっ……本物だったんだ」

「私のお父様と一緒ですね。フェイのお父さんは……」

「ああ、甦っている。シンの分体を奪い、ライネを誘拐したのは、間違いない俺の父さんだ」


 二つのお墓の内、一つだけが土の中から何かが這い出てきたような痕跡があった。

 死んだはずの者が蘇ってきた。そう確信するには十分なものだった。


 甦ったのは父さんだけ。母さんは今もお墓の下で眠っている。


 理由はよくわからないけど、復活できる者とそうではない者がいるのかもしれない。まあ、これはただの推測でしかない。


 ハウゼンに行けば、自ずと答えに近づけそうな気がする。父さんはどういった目的で動いているのかは知らないけど、これは「契約」だと俺に言った。


 きっとこの言葉には大きな意味があるんだ。


 ここには、それを知る手がかりも探してきた。


 俺は屈んで、父さんのお墓に何かないかと確認していく。すると、ロザリオが土の中から顔を出す。


「これに……刻まれた紋章はなんだろう」

「どこかで見たことがあります。えっと……ああああっ!!」


 ロキシーは思い当たることがあったみたいだ。そして、どこか迷ったように教えてくれる。


「これは教会で昔使われていたラプラス神を表す紋章です。今ではその神を信仰する者はわずかだと聞いています。信仰が廃れつつありますが、フェイのお父さんはラプラス神の信徒だったようですね」

「たしかに……俺が幼かった頃、一緒に毎朝祈りを捧げていた。それがラプラス神だとは知らなかったけど……」

「しかも、ここを見てください。どうやら、信徒の中でも上級テンプル騎士だったみたいです」


 ロザリオはテンプル騎士たちに送られたものだったようだ。父さんにまさか……そのような過去があったとは知りもしなかった。


 これは重要な情報になる。


 俺はポケットにロザリオを大事にしまう。そして、荒れていた二つのお墓をきれいにしていく。

 ロキシーも手伝ってくれたので、思ったよりも早くできた。


「ありがとう、ロキシー」

「これくらい大したことないです。フェイの両親にこうやって挨拶できてよかったです」

「そのうち一人はお墓から出ていて、今は居ないけどさ」

「では直接会って、挨拶しないとですね!」

「ああ、その時は俺もちゃんとするよ」

「はい!」


 ロキシーが付いてきてくれて本当によかった。ここまでの道中、グリードは何かを言ってくることはなかった。


 おそらく、彼なりに気を使ってくれていたのだろう。グリードにも感謝だな。


 アーロンとの手合わせで既に決めていた。そして、現実をこの目で見られたことではっきりした。

 だから、中身のないお墓の前で敢えて言おう。


「父さん、次にあったら……俺はあなたと戦うよ」


 気持ちの整理はついた。 

 俺たちは二つのお墓を後にする。エリスたちが待つ商業都市テトラへと戻るのだった。


 すべてが終わったら、またここへ来るよ……母さん。

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