第125話 血を求める者

 軍事区へはメミルも同行することになった。


 ゴブリン・シャーマンとの戦いで大きな傷を負ってしまったこともあり、ライネに診てもらおうと軍事区へ向かっていたそうだ。

 そのついでにラーファルたちの墓に参ろうとして俺と鉢合わせになった。


 だから、まさか俺がいるとは思ってもみなかったという。


「ライネにはどのくらいの周期で診てもらっているんだ?」

「今は週一くらいの頻度ですね。フェイト様はどのくらいなのですか?」

「俺は週二かな」

「ライネさんが言っていたんですけど、なかなか来ないって。月一くらいかと思っていました。週二も行っていたんですね」

「うん、それに加えて診断の時間もかなり長いぞ」

「そうなのですね。フェイト様は私の体よりもかなり特殊ですからね。ちなみに診断のとき、私は注射器で血を取られるのが苦手です」

「アハハハッ、俺もだよ」


 先ほどメミルといろいろと話せたことによって、他愛もない会話も少しずつできるようになってきたような気がする。

 アーロンに連れられて屋敷にやってきた頃は距離感がつかめずに苦労していたからな。


 こうして話してみると、メミルは根っからの悪い子ではないようだ。今まではブレリック家の教育方針によって、そうなってしまっていたんだと思う。


 そう思っていたのも束の間、やはり俺が知っているメミルの顔も残っていたようだ。

 聖騎士区から軍事区への門で、兵士たちが彼女に身体検査をしようとしたときのことだ。


 他人に体を触られそうになって眉を吊り上げていた。見ず知らずの男の兵士に体をベタベタと触られるのは嫌だよな。


「私はバルバトス家の使用人です。今回は当主様が一緒にいるので、そのようなことは必要ないと思いますが」


 口調は、使用人が使うものではなく、聖騎士そのものだった。

 この冷たい物言いは昔を思い出して、背筋に冷や汗をかいていまうほどだ。屋敷内では至って落ち着いていて優しげな感じだったのにすごい違いだ。


 まあ、バルバトス家とそのまわりには配慮できているから良いとしておこうか。

 すべての人にやさしくなんて、とても難しいことだし。今回は兵士が悪いと思う。

 俺は間に入って、兵士たちに納得してもらうように説明する。


「メミルは使用人の姿をしている。しかし彼女はバルバトス家の養女だ。何かあった場合は俺がすべての責任を持つ。これからは身体検査はしなくてよい」

「ですが……」

「聞こえなかったのか。バルバトス家の当主、フェイト・バルバトスがすべての責任を持つ。それでも不服なら、エリス・セイファートから王命を出してもらってもいいのだが」

「いえ、どうぞ。お通りください」


 ちょっと言い過ぎたかもしれない。心の中で、震え上がっている兵士たちに謝りながら、門を通っていく。


 兵士たちが小さくなり、俺たちの声が届かなくなったところまできた時、メミルが嬉しそうに声を掛けてきた。


「私のためにそのようなことをしてくれるとは思ってもみませんでした」

「メミルは俺の家族だからさ。それに妹でもあるわけだし」

「なるほど……妹が見知らぬ男に体を触られる。それが嫌だったわけですね。なるほど、なるほど」


 滅茶苦茶にニヤニヤしながら俺を見てくるんだが……。

 視線が痛すぎるんだけど……。


 くぅぅっ!

 耐えかねて、メミルに言ってしまう。


「なんだよっ! もうっ!」

「フフフフッ、私でこれなら……ロキシー様なら一体どうなってしまうのだろうと思いまして」


 歩きながらメミルは得意げに言ってくる。

 俺が困っている顔を見るのが大好きです! というような楽しそうな表情だ。


「わかりました。そういうのなら頭の中で、先ほど兵士たちが私に身体検査をしようとした時のことを思い出してください」

「いいけど」


 何をしようとしているのかはわからないけど、研究施設に着くまでの間、暇なので言われたまま想像してみる。


「頭の中で思い浮かべましたか?」

「おう。したけど? ここからどうすればいいんだ」

「簡単です。私をロキシー様に置き換えるだけです」


 それだけ!? ここも言われた通り、してみると!?


「ぐはっ」


 俺はものすごいショックを受けて膝をついてしまった。

 かなりのダメージだ。ここまでとは思ってみなかった。

 なんというか、黒い感情が湧き上がってくるのだ。


「予想以上ですね。私もそこまでとは思ってみませんでした。ちなみに兵士たちをどうしたいですか?」

「復讐だ!!」

「やりすぎです! それはやりすぎですって!!」


 俺が向きを反転して、兵士たちがいるところへ歩き出したら、手を引っ張って止めてきた。


「ちょっと、例えばなのに、なんですぐに実行しようとしているんですかっ!?」


 慌てふためくメミルを見ていたら、これ以上の演技は無理だった。

 おかしくて、お腹を抱えて笑ってしまったからだ。


「アハハハハハッ……」

「あっ!? もしかして私……騙されたんですか!?」


 口を大きく開けて、唖然としていた。俺のことを手玉に取ったとでも思っていたらしい。


 俺はグリード、マイン、エリスという超年長者たちに揉まれまくって、ここまできたのだ。あいつらに比べたら、メミルなどまだまだひよっこだ。


 悔しそうに地団駄踏む彼女に言ってやる。


「俺を手玉に取ろうとは100年早いぜ」

「ぐぬぬ……」

「でも、素直でなによりだ。俺の妹はいい子だな」

「ふんっ! 私はフェイト様が思っているほどいい子ではありません」


 やりすぎてしまったようだ。メミルがご機嫌斜めになってしまう。

 せっかく距離が縮まってきたと思っていたのに、やってしまったぜ。


 なんて思っていると、メミルが爆弾発言をしてきた。


「実は私……以前にフェイト様の血を吸った時のことです。吸い過ぎたのとフェイト様がお疲れだったのが重なって、気が付いたらベッドで眠られていたんです」

「それで……?」

「声をおかけしても突いてもまったく起きなかったので」

「何やったの?」


 ドキドキ……俺は一体何をされてしまったのだろう。大丈夫だ、メミルはいい子だ。いい子になったんだ。

 だが、待てよ。小悪魔メミルが今もちゃんと彼女の中にいるのだ。


 ぐっすりと眠っていたので、まったく気が付かなかった。言われてみれば、血を吸われた時の何度かは途中で寝落ちしてしまった。

 それでも朝起きたら、メミルの姿はなく、特に何かをされている気配はなかったはずだ。


 大丈夫、大丈夫。俺は一人で納得していると、メミルはニヤリと笑った。


「起きなかったので、一緒に寝ていました」

「えええええっ、本当に!?」

「はい、本当ですよ。夜が明ける前には起きていました。私はこれでも忙しいメイドなので」

「…………」

「大丈夫ですよ。だって、私たちは兄妹ですもの。問題ないですね。うんうん」


 とんでもない大暴露をしておいて、さらに一人で納得するメミル。

 立ち尽くす俺を置いて、研究施設へ歩いていく。


「ちょっと待ってくれ。本当は冗談なんだろ」

「あらら、早く行かないと。急ぎましょう、フェイト様」

「もう一度、さっきの話を詳しくしようか。というか……してください!」


 追いかける俺にメミルはとどめを刺してくるのだ。


「安心してください。ロキシー様には内緒にしておきます」

「えっ、ロキシーに!?」

「はい、だっていい歳をして妹と一緒に寝ているなんて、バルバトス家の恥ですからね。わかっておりますとも!」

「そういう問題じゃないだろ!」


 いやいや……ロキシーに内緒とか……。

 後ろめたいことなどないはずだ。メミルが言っていることが嘘という可能性もあるし。

 それと同じくらい、否定することもできない。


 こんなの八方塞がりだ。

 頭を抱える俺にメミルが肩に手を置いて、やさしく言ってくる。


「わかっていたことですけど、フェイト様は女性に対する耐性がなさ過ぎですね。脇が甘いです。うんうん」

「脇が……甘い……」


 仲の良い女性がはっきり言って少ないのはわかっている。この間、グリードに両手も埋まらないのかと笑われてしまったくらいだ。

 耐久性!? そんなものはないに決まっている!!


「だから、私でよろしければご協力しますよ。妹ということで問題ないでしょう」

「うんうん、じゃない! 問題あるって!」

「よかったですね。私が妹で。もしそうではなかったら、大変なこととなっていましたよ。ロキシー様の前でぽろりと出てしまわないように気をつけないと」


 内緒にしてくれると言っておいて、なんとなくロキシーに言うことを匂わせてくる。

 ふっ……なかなかやるじゃないか。


「どうしたのですか? このように汗をかいてしまって」


 あらあら、大変大変とハンカチを取り出して、額から流れていく汗を拭いてくれた。


 この汗はメミルがかかせてくれたんだけどな。

 また攻勢が強くなってきた気がする。ここはひとまず退散だ。


 俺はそろそろ見えてきた目的地。ライネがいる研究施設に向かって走り出した。


「先に行っているな」

「あっ、一緒に行っているのになんでそんなことをするんですか!」

「これ以上怖い妹にいびられるのはごめんだからだ!」

「それはちょっと聞き捨てなりませんね。まずはそこに正座していただけますか?」

「嫌だ!」

「フェイト様! 待ってください!」


 俺は研究施設へ入って、エレベーターに飛び込んだ。

 ライネの研究室がある階のボタンを押して、自動ドアが締まり始める。


 ふぅ~、これで一安心。段々と本性を現わしてきたメミルから、一時避難だ。

 と思っていたら、締まるギリギリで隙間から手が現れた。


「ギャアアア!」

「本当に置いていくとは酷いです! 血を吸いますよ!」

「ヒィィィィ!」

「血を……血を……いただきます!」


 メミルの目が鮮血のように赤く染まっている!


 これは、本気で血を吸いたい衝動に駆られている時だ。

 彼女がエレベーターに入ると、しばらくして自動ドアは完全に締まった。つまり、ここは密室だ。


 逃げ場なし。俺は壁際に押し込まれてしまう。


「どうやら、我慢できなくなってしまったようです」

「そこをなんとかできないのか。場所が悪い」

「無理ですね。全部、フェイト様が悪いんですよ……」


 ゴブリン・シャーマンとの戦いで、大きな傷を負ってしまったこともあって、体力をかなり消費してしまっていたのだろう。


 耳から聞こえる荒い呼吸から、彼女が血を求めていることがわかる。

 普段ならこのような場所では血は吸わせない。でも、ロキシーを助けてくれた恩がある。


 ここはしかたないか……。


 俺は首筋を差し出す。

 それを合図にメミルは噛み付いてきた。痛みはなかった。


 どちらかと言えば、気分がいい。おかしな話だ。血を吸われているというのに、そのような感覚に襲われてしまうなんて。


 ライネの見解では、ナイトウォーカーの始祖は効率よく血を吸うために、抵抗されない力を持つのだという。メミルはその力の一端を引き継いでしまっているので似たようなことができてしまうらしい。


 俺は血を吸われながら、エレベーターの階数を表すランプを見ていた。

 目的の階を表示して上昇が止まると、自動ドアが開いていった。


 そして、向こう側から現れたのは白衣を着た眠たそうな顔をした女性だった。彼女は、欠伸をしながら俺たちに言う。


「そういうことは屋敷の中でしてもらえる?」

「誤解だ、ライネ! これはメミルに血が必要で!」

「ふ~ん」


 ライネは目を細めて、自動ドアが閉まるボタンを押した。

 聞く耳を持たないと言った感じだ。


「お楽しみのところ邪魔をして悪かったね。じゃあ……」

「話を聞いてくれ!」


 そして自動ドアは完全に閉まってしまうのだった。

 俺の血を吸いながらメミルは、ニタニタと笑っている。これは完全に嵌められたようだ。

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