第124話 メミルの真意

 アイシャ様を自室へ連れていき、ベッドへ寝かす。彼女が心配だったため俺たちは、しばらくハート家にいることにした。


 一時間ほど経ったのだろうか。


 ゆっくりとアイシャ様は目を覚ました。


「……ごめんなさい。ちょっとはしゃぎすぎたみたい。これもフェイトが体を治してくれたおかげね」


 ベッドから起き上がると、彼女はニッコリと微笑んだ。


 メイソン様が生きて帰ってきたことをやっと受け入れられたのだろう。横にいるアーロンもホッとしていた。


「あの人……私が元気になったと知ったら、きっとビックリするわ。私みたいに気を失うかも」

「ハハハッ、メイソンは昔から物事に動じない男だ」

「もうっ、アーロン様ったら」


 アーロンが言ったことで、俺は思ってしまう。メイソン様が戻られたことで、ハート家の人々は相当驚くことだろう。


 それ以上に、本人が一番驚いてもおかしくはない。だけど、商業区の南門で会ったメイソン様は、ロキシーのことを心配していた。


 すごい人だ。


 自分に人智を超えたことが起こっているというのに、それをまったく表に出さないのだ。


 俺のようなにわか聖騎士とは違う。覚悟と決意が別物なのだろう。

 ロキシーを気遣うメイソン様の表情からそういったものを感じた。


 アーロンは、アイシャ様が落ち着いたところを見計らって、部屋から出ていくことにしたようだ。


「では、儂らはこれで。戻ってきたメイソンによろしく言っておいてくれ」

「えっ、アーロン様たちも、いてくれても良いのですよ」

「いや……それはできんさ。久しぶりの家族の再会に、儂らがいたら邪魔になってしまう。日を改めて、挨拶させてもらおう」

「そうですか……お気遣いありがとうございます」

「ふむ、では。フェイト、行くぞ」

「はい」


 女性の部屋に長居するのも、心苦しいと思っていたところだ。


 家族水入らずか……羨ましいな。俺の父親は幼い頃に病に冒されて、死んでしまった。母親は俺を生んですぐに亡くなってしまったそうだ。

 もし、メイソン様に起こったような奇跡が、俺の両親にも……いやないだろうな。


 そのような叶いそうもない希望は忘れたほうがいい。それに、今の俺には家族がいる。


 アーロンやメミル……それにメイドとして働いてくれているサハラだって、妹みたいな感じだ。


 まさか、俺がこのような家族の輪に入れるとは思ってもみなかった。それなのに……俺は……。


「フェイト、どうした行くぞ!」


 俺の肩にアーロンは手を置いた。彼は俺の顔を見て、何か言いたそうだったけど、そのままアイシャの自室を出ていった。

 

「待ってください、アーロン! アイシャ様、俺はこれで……」

「また、遊びにいらっしゃい。待っていますよ」


 俺はアーロンを追いかけるように部屋を出ていった。


 入れ違いに、ハルさんが中へ入っていき、賑やかな声が廊下へ響いてきた。よかった……今はもうメイソン様が戻られるのを楽しみにされているようだ。


 アーロンに追いついて横に並び歩く。彼はしばらく、何も言わなかった。

 しかし、突然立ち止まって俺の顔をまっすぐ見て言うのだ。


「フェイトよ、お主はこれからどうする気だ」


 すべてはお見通しだった。


「最近のお主は、どうも様子がおかしい。ふとした時にここではない違うどこか遠くのことを思っているように見える」

「それは……」


 言い淀んでしまう俺に、アーロンは少しだけ困った顔した。


「マインのことか? 儂も同じように心配しておるが……」

「……」

「図星のようだな。やはり……行くか」

「今はまだ。ですが、行方がわかり次第、立とうと思っています」

「そうか……。そのことはロキシーには?」

「いいえ」


 そう言うとアーロンの表情が一層曇ってしまう。


「わかった。だが、その時がきたら、必ず儂に言うのだ。盛大に見送ってやろう。よいな?」

「……はい」


 アーロンはそれだけ言うと、メミルの様子を見るためにバルバトス家の屋敷に帰っていってしまった。


 もっと言いたいことがあったかもしれないのにな。


 俺のことを養子にしてくれて、好きにすればいいと言ってバルバトス家の家督まで譲ってくれた人だ。黙って出ていくことなど許されない。


 その恩に少しでも報いるために、約束は裏切れない。


 屋敷を出る前にロキシーに声をかけておこうと思って探した。


 いた! しかし、まだ使用人たちに話を続けていた。聞いている彼らは、アイシャ様と同じ反応だった。


 一様に信じられないといった顔つきだ。


 それをロキシーは丁寧に説明している。隅でしばらく聞いていたけど、これには時間がかかりそうだった。


 これ以上部外者の俺がいると、使用人たちが話に集中できなくなっても困る。

 帰ろうとしていると、ロキシーが気がついて、視線を送ってきた。俺はそれに手を軽く上げて、返事をする。


 これだけ、また明日という意味で伝わったようだ。


 彼女には使用人たちの説明が終わったところで、次なることが待っている。メイソン様の帰還のお祝いだ。

 そういえばロキシーがガリアから帰還したときのパーティーはかなり盛大なものだった。


 ならば、メイソン様は同じくらいか、それ以上かもしれない。バルバトス家の当主として恥じないお祝いの品を用意したほうがいいだろうな。


 嬉しいことも、不安なことも同時にやってくるという不思議な感じだけどさ。


 屋敷を出た俺は、バルバトス家に戻ることはなく、軍事区の方へ歩き始める。

 今日あったことをライネに報告しようと思ったからだ。ゴブリン・シャーマンによってロキシーと魂が入れ替わったときにいろいろお世話になったことだしな。


 聖騎士区内も、騒がしくなり始めていた。メイソン様が兵士たちを率いて戻ってきたことが広まりつつあるからだ。


 行き交う人々とすれ違っていると、ふと軍事区への門の側にある墓地が目に入った。このまま進んでもいいけど、あれから数ヶ月が経って俺にも心の整理が付き始めていたのだろう。


 墓石が並ぶ一角へ入っていく。ここは聖騎士として死んだ者が眠る場所ではない。聖騎士区で使用人として働いていた者たちが眠っている。


 人生を通じて、聖騎士たちに尽くした者たちが本来眠る場所だった。しかし、聖騎士たちの素行は悪いために、使用人を殺める者が跡を絶たなかったという。


 その死体を都合よく眠らせるために使われてしまう。曰く付きの墓地だった。


 だから、ハート家の使用人が亡くなったときには、この場所に眠らせることはないとロキシーから聞いている。彼らは故郷であるハート家の領地に、丁寧に埋葬されているらしい。


 グリードは軍事区へ行かずに寄り道をしていることが気になったようだった。


『どうした? このような場所へ』

「ああ、あいつの様子でも見に行こうと思ってさ」

『そういうことか……』


 ひっそりと佇む墓石。真新しいそれの前に立って、手を当てる。


「ラーファル、少しは気はすんだか?」


 すると、暴食スキルが蠢いたような気がした。俺はラーファルの魂を喰らっている。


 つまり、あいつは俺の中にいるというわけだ。ルナほどではないけど、あの精神世界の下にいる亡者どもの中にラーファルがいるのだろう。


 だからこうやって、墓の前で名を呼ぶと、あの地獄のような場所から魂が浮き上がって来ようとしているのか……それともただの気のせいかもしれない 


 王都を破壊しようとした滅茶苦茶なやつだったけど、あいつなりの復讐だった。

 唯一無二の味方だった母親を失ったときにラーファルの何かが壊れてしまったことは、残された日記を読めばわかる。


 持たざる者だった母親を助けてくれなかった……この王国のスキル絶対世界に対する憎しみが日に日に増していった。


 だがしかし、ラーファルがやろうとしたことは、


「許されることではありません」


 俺が心の中で言おうとしていたことを、先に発せられてしまう。その小悪魔のような声色で誰かはわかっている。


 振り返ることなく、彼女の名前を呼ぶ。


「メミルか。体の調子はどうだ?」

「おかげさまで問題ありません。ですが、フェイト様がまさかこのような場所へ来られるとは思ってもみませんでした」


 メミルは花束を手に持って俺の横に並び立つ。

 墓はよく手入れされており、おそらく彼女は日頃から足を運んでいるのだろう。表情からは優しい感じがした。ラーファルによる人体実験によって、かなりの苦痛を味わったというのに、恨んでいる様子はないようだ。


 そして、彼女は初めて俺に、ラーファルがおかしくなっていったきっかけを教えてくれる。お城からすでに尋問されていたため、俺にもある程度の情報が入っていた。


 だけど、こうやってメミルの口から話してもらえるとは思ってもみなかった。人は辛い思い出を何度も他人に話したくはないものだから。


「ラーファルは、私を連れて山岳都市を訪れた際、地の底であるものを見つけました」

「ナイトウォーカーの始祖か?」

「はい。たしか……手のひらに乗るくらいの小さな赤い石でした」

「始祖であるシンというやつは、その赤い石を世界中にばらまいて、いつでも復活できるようにしているらしい」

「それを賢者の石と言っていました。初めはその石を使うと、あらゆる傷が治ってしまったんです。この世界には回復魔法がありませんから、ブレリック家の研究者たちが湧き立ったことをよく覚えていています」


 まさか、研究者たちもその賢者の石が生きていたとは思ってもみなかっただろう。

 ただの石なら、それだけで終わっていたのかもしれない。


「そんな中、ラーファルだけがおかしなことを言い始めました。石から声が聞こえると……。その時の私はあまり気にしていませんでした」

「石の状態で意識を持っていたというわけか……。シンが言葉巧みにラーファルの願望を引き出していったのだろうな。戦いの中で会ったあいつは、そんな感じがした」


 マインにだって、彼の地の扉を引き合いに出して、連れて行ってしまったのだ。

 横槍が入らない一対一の会話になったら、より一層シンの思う壺だっただろう。


 母親のことで王国の方針に恨みがあって、ラーファルにはブレリック家の当主という強い立場もあった。


 そして、シンの助力も得てしまったわけだ。


 Eの領域――人では倒せないとされた天竜を超える力を知ってしまったのなら……手に入れてしまったのならな。


 アーロンの言葉が重く響いた。より強い力には、それよりも大きな責任が伴うという。

 俺にはメミルに言わなければいけないことがあった。もう先延ばしにはできない。


「ラーファルとハドを殺したことは、申し訳ないと思っている。でも、あの時は……」

「いいましたよね。しかたなかったんです。ラーファルは王都の陥落を企み、ハドは裏で持たざる者たちに残虐行為を働いていました。私だって、フェイト様に酷いことをしていましたし……」

「だからといって、すべてをなかったことにはできないさ。それでも、俺は嬉しかったんだ。メミルがバルバトス家に来てくれることを決めてくれて」


 メミルに向けて笑いかけようとしたけど、うまくいっているのだろうか。

 たぶん、ぎこちないものになっているかもしれない。


 彼女はそれに頷いてくれた。そして手に持っていた花束を墓の前に置く。綺麗な白い花だった。

 そして俺に向き直って言う。


「聞きましたよ。ハウゼンでいろいろとされ始めたようですね。うまくいくといいですね」

「ああ。みんな頑張ってくれている。直に俺という盾は必要なくなるだろうさ」

「それはダメですね。きっとまだできることはあるはずです」

「メミル……」

「そのために決めたんです。ラーファルはあなたの中にいる。今もあなたを見ている。なら、ちゃんとみせてあげてください。道は一つではなかったと」

「ありがとう」


 しばらく何も言わずに、二人で墓の前に立っていた。

 また来よう。そう思って、歩き出す俺にメミルは言う。


「ロキシー様にはちゃんと言うべきです。言わなければ伝わらないことなんてたくさんありますから。私は血をいただくことで、あなたの状態は手に取るようにわかってしまう。だけど、彼女は私とは違います。大事な人にはちゃんと言うべきです!」

「……そうだな」

「私はずっと見ていましたから。フェイト様がブレリック家に雇われていたときから、あなたにとって彼女は特別でしたから。それを見ているとよく邪魔をしたくなりました」

「アハハハッ、よく踏みつけられたものだ」

「そうでしたね。あの時は本当にごめんなさい。でも、そういうのがお好きなら言ってくださいね。喜んでして差し上げますから!」

「もしそんな趣味に目覚めた時は頼むよ」

「フフフッ……楽しみしていますね」


 辛い思い出も関係が近づいてみれば、嘘のように笑い話になってしまう。

 アーロンがメミルをバルバトス家に入れると言った意味。それを今初めて理解できた。


 それと同時にまだマインともやり直せるはずだ。たとえ、彼の地の扉が彼女にとって譲れないものだったとしてもだ。

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