第123話 死者蘇生

 メイソン様はロキシーに気がついた。白馬から降りてゆっくりとした足取りで彼女に近づいていく。


 おそらく、死んだと思っていた人が目の前に現れたら、普通なら喜び勇んで駆け寄るはず。だけど、ロキシーは言葉をなくしたまま固まってしまい、近づいてくるメイソン様をただ見つめるだけだった。


 娘の様子に彼は少し困った様子だった。その顔には自分が戻ってきてよかったのかという不安も混ざり合っているような気がした。


「ロキシー、ただいま」


 メイソン様から優しい声でロキシーに語りかける。その声で、張り詰めいていた空気が溶け出していくようだった。


 彼が亡くなってから、ロキシーはハート家の家督を継いで頑張ってきた。民の側につく彼女をよく思わない他の聖騎士たち。新参者であったロキシーは彼らによって、お城では過剰な仕事を押し付けらていたように見えた。


 当初、使用人をしていた俺から見ても、大変そうだった。本人はもっと大変だったに違いない。


 挙句の果てには、ラーファルの策略により、ガリアへの遠征だ。沈黙していたはずの天竜が暴れ始めた地に、自分の気持ちを押し込んで旅立った日のことは忘れられない。


 その前の日に偶然に見てまった。彼女はメイソン様のお墓で、何かを誓っていたことをだ。


 言いたいことがたくさんあったけど、もう何も伝えることができない。だから、せめてお墓にその言葉を残していこうとしたのかもしれない。


 俺だって似たようなものだ。両親はすでに幼い時に亡くなっており、今言いたいことを話すこともできない。もし会えたなら、こんな俺でも話したいことくらいある。


 今のロキシーにはそれができてしまう。おそらく、今まで溜め込んできたものがとめどなく溢れ出してしまって言葉にできないのかもしれない。


 生きて返ってきた父親を前にして言葉ではなく、涙で答えていた。

 そんな彼女をメイソン様は抱き寄せていうのだ。


「がんばったな、ロキシー」

「うん」


 その後のことは、現状を理解できない俺を置いて、またたく間に過ぎていったのを覚えている。


 再会を喜んだ親子にアーロンが声をかけて、お城へ報告にいくように勧めた。メイソン様はそれに従い、すぐにお城へ向けて歩き出そうとする。


 共に付いていこうとするロキシーをその場に置いてだ。


「父上……」

「そのような顔をするではない。久しぶりに会って、聖騎士らしくなったと思っていたのに、まだ子供だな」

「ちっ、違います! 私は……私は」

「すぐに戻るから、屋敷で待っていなさい」


 メイソン様はお城へ行く前に、俺たちに声をかける。


「アーロン様、助言をありがとうございます。まさか……聖騎士に戻られていたとは知らず、お恥ずかしい限りです。そちらの方は?」 

「フェイト・バルバトスだ。縁あって、儂の養子となったのだ。込み入った話は後にしようではないか」

「そうですね。では、これで」


 ロキシーの父親ということで、俺は緊張してしまい、ガチガチになり頭を下げてしまった。そんな俺に、ニッコリと笑顔を返してくれるメイソン様。いい人だな……なんて思っている内に彼はお城へ向けていってしまった。


 残された俺たちは、首を傾げながら、未だに状況を飲み込めていなかった。ガリアで天竜によって全滅させられた人たちが帰ってきたいう状況をだ。


 これほどの人数が、死ななかったという奇跡など、あるはずがない。それに遺品が回収されて遺族たちに返却されているという。

 メイソン様の遺品も同じように、ハート家のお墓の中で眠っているはずだ。


 アーロンはロキシーに確認をしてみるように言うが、首を横に振って断った。


「怖いです……できません。大事なことなのに申し訳ありません」

「いや、配慮にかけていたな。謝るのはこちらだ。すまないな、ロキシー」


 しばらくして、ミリアの知らせを受けた兵士や聖騎士が、南門へぞろぞろとやってきた。俺たちは彼らに任せて、聖騎士区へ戻ることになった。


 ハート家の屋敷には、アイシャ様がいる。夫が生きていたことをすぐに報告したほうが良いと思ったからだ。


「母上はきっとびっくりすると思います」

「そうだな。アイシャなら飛び跳ねて驚きそうだ」


 先を歩くロキシーとアーロンを見ながら、俺はグリードへ訊く。


「どういうことだと思う?」

『普通ではありえないことが起きている』

「それはわかっている。俺が訊いているのはそういうことじゃない」

『もう薄々と気が付いていると思ったがな。ルナは言っていたのだろう。最後は誰も幸せになれないってな』

「それは……始まりは良くても、最後はってことか?」

『ああ、そうだ。ロキシーを見ろ、突然父親が戻ってきて戸惑っていたが、今は違うようだ。実に幸せそうじゃないか』


 心の中では父親が生きていてくれたらと、思っていたのかもしれない。少しずつ受け入れていくようになって、逆にそれが偽りであることを恐れているようにも見えたからだ。


 俺はグリードに、マインが追い求めている件が関係しているのかを確認してみる。


「彼の地の扉か?」

『だったら、お前はどうする』

「グリード!」

『悪かったよ。まだ、時間があるさ。そう慌てることはない。ここまで進んだら、エリスももたもたしてはいられないだろう。何らかの情報を持って帰ってくるはずだ。お前にできることはそれを待つだけだ』

「待つか……」


 待つのは苦手だ。

 だけど、今はそうするしかなさそうだ。まずは生き返ったと思われる人たちから、情報を得るのが先決だ。

 お城にいる白騎士たちが主導となって調べていくれるはず。苦手なお姉さんたちだが、言えば教えてくれるだろう。


 商業区から聖騎士区へ入って、俺たちは進んでいく。ハート家の屋敷に近づくと、門の前にはアイシャ様がいるではないか。


 どうやら入れ替わりが元に戻った後、帰ってくるはずの俺たちを外で待ってくれていたようだった。気丈に振る舞っていただけで、かなり心配してくれていたみたいだ。


 アイシャ様は俺たちを見つけると、すぐさま駆け寄ってきた。


「みんな無事だったようね。よかったわ……本当に。安心して。メミルちゃんはつい先程目を覚ましたから、今はサハラちゃんが一緒にいてくれているわよ」

「ありがとうございます、アイシャ様」

「うんうん! やっぱり、この方が良いわね。男の子ぽいロキシーも面白かったけどね。もう見れないと思うと少し残念だわ」

「母上! 不謹慎です!」

「あらら、ごめんなさい。そんなに怒らないでロキシー。眉間にしわが寄っているわよ。そんな顔していたらフェイトに嫌われてしまいますよ」

「なっ!?」


 相変わらず、元気な人だ。


 数ヶ月前まで、病人だったなんて思えないほどだ。

 そんなアイシャ様にこれから伝えないといけないことがある。どのような反応をするのか、俺としては少し心配だった。


 俺とアーロンが見守る中で、ロキシーは真面目な顔をして、彼女に伝える。


「母上、驚かずに聞いてください」

「なになに、改まっちゃって何なのかな? あっ、もしかして!?」


 大いに盛り上がるアイシャ様は、俺とロキシーを交互に見ながら歓喜する。

 何かを大いに間違えているような気がするぞ。


 ロキシーは同じように気が付いたみたいで、慌てて言う。


「それはまだです! 母上の思考はどうしていつもそっちに行ってしまうんですか!?」

「あら、違ったの……残念だわ。じゃあ、何なの? それ以外ならどうせ大したことないんでしょ」


 期待していたことではないと知るや、アイシャ様は投げやりになってしまう。


 本当に大事なことを言おうとしているのに、いい加減な態度に業を煮やし始めるロキシー。俺は思うのだが、この二人はいつもこんな感じだな。


 ロキシーはアイシャ様に良いようにもてあそばれているのだ。


「母上、よく聞いてください」


 アイシャ様の肩を掴んで逃げられてないようにしたロキシーは力強く言った。

 さすがのアイシャ様も、これにはビックリしたようで若干狼狽えている。


「わっわかったから。はい、なんでしょうか?」

「父上がお戻りになりました」

「はっ!?」

「だから、父上がガリアから戻ってきたんです。生きて帰ってきたんです」


 死んだはずの夫が生きているということが理解できないみたいだった。アイシャ様は目をパチクリさせながら、再度ロキシーに訊いてくる。


「そのような冗談はやめなさい。そんなはずはないでしょ。メイソンはガリアで死んだのよ。私をからかうにしても冗談が過ぎるわ」

「本当です!」

「へっ!? あらあら、まあまあ……どうしたことでしょうか……アーロン様からも言ってやってください」


 まだ冗談だと思っているようだった。だから嘘を言わないアーロンに助けを求めるが、


「アイシャよ。ロキシーが言っていることは本当だ。さきほど儂もメイソンに会った。今はお城へ報告に行っておる」

「もう……アーロン様まで。嘘、嘘よ。だって……あの人は……。フェイトから言ってやってちょうだい」


 最後の砦とばかりに俺にすがりついてくるアイシャ様。

 別にメイソン様が生きていることが嫌というわけでは決してない。とても喜ばしいことだ。


 それ故に、あまりに現実離れしていて、受け止められないようだった。死人が生き返って戻ってくるんだものな。アイシャ様の反応が普通なのだ。


「みんなして私にとんでもない嘘を付くのよ、フェイト! メイソンはもう……。もし生きて帰ってきたなら私は気を失う自信があるわ」

「アイシャ様……落ち着いてください。息を大きく吸って、吐いてください」

「うんうん。ありがとう、フェイト。少し落ち着いてきたわ」

「よかった。俺からも言います。メイソン様が戻ってきました」

「!?」


 どうやら、俺が言ったことが決め手になってしまったようだ。

 アイシャ様が白目をむいて、宣言していたとおりに気絶してしまった。地面に倒れないようにすぐに抱き上げる。


 まさか、母親が気を失うとは思ってもみなかったロキシーも慌て出す始末だ。


「母上!?」

「これはいかんな。すぐに屋敷に連れて行って寝かせよう。アイシャは昔からメイソン一筋で大好きだったからな……」

「あああ……すみません」

「フェイトが謝ることはないです。母上は手がかかるんです。こちらへ」

「はい」


 俺はアイシャ様を抱きかかえたまま、ロキシーの後を付いていく。

 ハート家の屋敷の中へ入ると、使用人の上長――ハルさんが何事かと駆け寄ってきた。


「どうされたのですか!? アイシャ様!」

「感情が高まってしまい、気絶してしまったみたいです」

「それは……大変です。頭を冷やすものを持ってきます」


 ハルさんはすぐさま俺たちから離れていった。他の使用人たちも心配そうにアイシャ様を見ていた。

 ざわつく屋敷内に、アーロンがロキシーに助言する。


「これから、メイソンが屋敷に戻ってくる。その前に使用人たちに事情を話しておいたほうが良いだろう」

「そうですね。すぐに皆を集めて、このことを聞かせます。母上をお願いしてもいいですか?」

「任せておけ。フェイトもよいな」

「はい。アイシャ様の看病は俺たちが見るから」

「ありがとうございます! では」


 ハート家の家長として、役目を果たすためにロキシーは使用人たちを集め始めた。

 すべての者が集まったところで、メイソン様が王都に帰還されたことを伝えるようだ。


 アイシャ様までとはいかないけど、かなり驚くだろう。使用人として働いていたときだって、メイソン様が亡くなられたことをずっと悲しんでいたからだ。


 お酒が入ると、最後はメイソン様の話になっていたことをよく覚えている。


 ロキシーが使用人たちに声をかけていく。その姿を見ながら、アーロンが褒める。


「彼女はよくやっておる。誰からみてもな。では儂らも行こうか」

「はい。ですが、アイシャの自室に男だけで入ってよいのでしょうか?」

「フェイトはそういうところが、固いな。それなら……」


 ちょうど、ハルさんがタオルと水が入った洗面器を持って戻ってきた。


「良いところへ、すまないが儂らをアイシャの部屋に案内してもらえると嬉しいのだが」

「こちらです。フェイト様も」


 ハルさんの案内で、アイシャ様の自室へ。抱き上げている俺の耳に彼女のうわ言が聞こえてきた。


 メイソン様の名を呼ぶ声だった。


「もうすぐ戻られますよ」


 そっとアイシャ様に言うと、安堵した表情に変わっていく。

 ずっと我慢されていたのだろう。


 そして、忘れられないルナの言葉が頭をよぎる。

 彼の地の扉は開かれようとしている。または開かれてしまったのか。


 まだはっきりとはわからないけど……それによってメイソン様が戻って来れたのは、素直に喜ばしいことだと思う。


 今だけは俺もアイシャ様やロキシーと同じように、そのことが嬉しかったんだ。

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