第122話 絶対凍結

 単調な攻撃だ。

 アーロンが言っていたように、これならオークの方がまだ戦いがいがあるな。

 4匹のオーガはバラバラに攻撃をしてくる。


 これらが……人の骸から生まれてきた魔物だというのか。言葉を話すゴブリン・シャーマンによって、苗床のように扱われた人々。


 彼らには同情するけど、今はもう敵だ。


 崩壊現象で理性と呼べるものすらもなくして、ただひらすらに俺を攻撃してくるだけの生き物を、黒炎で燃やしていく。


 一匹、二匹、三匹……。


「残りはお前だけだな」


 相手の力量などもわからないのだろう。そして自分が追い詰められているという状況すら理解できていないようだった。


 ひたすらに俺に向かってくるのだ。


 まるで死を恐れないところが、異様に思えてしまう。

 顔を歪めていると、グリードが珍しく俺に教えてくれる。


『オーガとはな。まさか……このようなものを作り出す技術がまだ残っていたとな』

「技術?」

『ガリアの軍事技術の一つだ。人を簡単に兵士にするものだ』

「兵士って、あれがか?」

『もう統率者を倒してしまっているようだな。あれは、それの言うことを聞くだけの人形に過ぎん。死を恐れない兵士ってのは使い勝手の良い駒だからな』


 魔物を兵士として扱うなんて、どうかしている。しかも、材料が人間だというのはいただけない。


 今の王国は、スキル至上主義で持たざる者にとっては生きにくい世の中になっている。だからといって、ガリアのように人を魔物に変えて、死を恐れない兵士にしてしまおうということまではなかった。


「イカれてる」

『ああ、そうさ。ガリアは軍事技術が先行し過ぎて、お前の言う通りにイカれていた』

「さっさと片付けて、ホブゴブの森にあった研究施設を調べよう。何かわかるかもしれない」

『なら、残ったあれを燃やしてしまえ』


 言われなくとも!


 研究施設はアーロンが聖剣技アーツのグランドクロスで破壊してしまっている。しかし、見たところかなり丈夫そうな作りをしていたので、少しくらい情報が残っているはずだ。


 俺はバカみたいに正面から突撃してくるオーガに向けて、黒杖を振るう。


「ギャアアアァァァ」


 脳天に黒炎が現れて、次第に体全体まで燃やし始めた。

 叫び声を上げながらも、オーガは俺を襲ってくる。


「こいつ……」


 火力の調整が弱かったようだ。今度は、少し強めた黒炎を胴体に向けて放つ。

 さらに声を荒げて、オーガは焼かれていき、最後は崩れ落ちる。


 跡形もなく燃えてもなお、地面には黒炎が残り続けた。俺はステータスアップを知らせる無機質な声を聞きながら、ため息をつく。


「この黒炎って、消えないんだよな」

『ああ、そうだ。今のフェイトではまだコントロールできていないからな。消すことは不可能だろう。ほら、言うじゃないか。炎ってのは点けるよりも、消すことの方が難しいって』

「魔法もあまり使わないからな。黒杖は難しいって感じる」

『黒剣ばかり振るっているから、そうなるのだ。明日からは、黒杖の鍛錬も始めるからな。覚悟しておけよ』

「えええええっ、これって精神世界で使って、燃えるとどうなるのかな?」

『消えないだろうな』

「危ないじゃん!」

『ハハハッ、お前では消せないだけで、あの世界はルナのものだ。あいつになんとかしてもらえばいい。そういうわけで、夜は火だるまにしてやるからな。身をもって黒炎に慣れていけ』

「その言葉をそっくりそのまま返してやる。火だるまになって転げ回るグリードを見るのが楽しみだ……」


 グリードの悪乗りに付きやっていたいところだったが、視界が真っ赤に染まっていく。

 右目から赤い血が流れ出ていたからだ。


 やれやれ……だな。


『少し休むか? でくの坊のオーガといえども、Eの領域を5匹連続で喰らったのだ』

「いや、立ち止まってはいられないさ。俺には……」

『残された時間か』

「ああ、ルナやメミルのおかげで、なんとか表面上だけはいい感じなんだけどさ」

『本質は何も変わっていないからな。暴食スキルはお前を着々と侵している。Eの領域に踏み込んでからは一段と早くなってきているといったところか』

「よくわかっているな」

『これでも、お前の相棒だからな。ロキシーにこのまま黙っておくつもりか?』


 地下の研究施設があった場所へ歩き出しながら、彼にロキシーと入れ替わった後の出来事を話していく。


「俺とロキシーが入れ替わっていただろう。それでさ……たぶん……俺の状況を彼女に知られてしまったみたいなんだ」

『タイミングが悪かったな』

「遅かれ早かれ、わかっていたことだし。後もう少しだけ、なんて思っていたから、案外それでよかったのかもしれない」

『そうか……なら、これからどうする』

「今の状況がわかるか、落ち着くかしたら、俺も彼の地の扉を目指そうと思う」

『予定より早いじゃないか。ルナに何かを言われたのか?』


 察しのいいグリードだった。しかし、それとは別に俺にもマインと会いたいとはやる気持ちがあったからだ。


「俺がそうしたいんだ。今の暮らしはとても幸せで、ずっとここままで居たい。でも、マインのことはずっと気になっている自分がいるんだ。それに、彼の地の扉が開かれようとしているらしい。ルナは言っていたよ。もし、完全に開かれてしまったのなら、誰も幸せになれない世界が待っているって」

『だから、行くのか』

「ああ、そうさ。何も見えなかった俺にも、守りたいものができたから……行くよ」


 ハウゼンの復興も順調に進んでいる。あそこの統治は表向きは領主であるバルバトス家が行っているようにしてある。


 しかし、実際はそこに住む民たちの選任によって選ばれた12人の都市管理議員によって、取りまとめられている。


 俺とアーロンはたしかに大きな発言権があり、議員たちの決議を覆すことはできる。まあ、そのようなことはしないけど、領民たちの意向により残してあるのだ。


 俺たちは、持たざる者たちを守るための盾に過ぎない。これから、ハウゼンがどのように発展するかは、すべて彼らに任せている。


 できることと言ったら、各地で虐げられている持たざる者を、ハウゼンに導くことだ。そこでスキル至上主義の世界とは、違う生き方を模索する。


 先日議員となったセトの話では、ガリアの技術を応用することで着々とことが進んでいるらしい。近い未来、俺の盾としての役目も終わりを告げるだろう。


『アーロンが悲しむぞ。マインがいなくなって落ち込んでいたからな。お前までいなくなれば、どうなることやら』

「……わかってくれるさ。短い間だったけど、いい思い出をいっぱいもらったし」

『ハハハハッ、本当に短い聖騎士だったな』

「笑うなよ。ここから先はバルバトス家の当主という肩書きに傷をつけてしまうかもしれない。それにただのフェイトとして戦いたいんだ。グリードだって、あの時に言っていただろ」


 それは初めて暴食スキルの飢えに苛まれてしまった時だ。

 当初ハート家の使用人として働いていた。

 未だ且つない空腹感に苦しんでいる俺にグリードは言った。

 一度魂を喰らった暴食スキルは、留まることを知らない。保持者はその飢えを満たし続けなければいけない。


 お前は戦いを決してやめることができない業を背負ったのだと。


「賽は投げられたってな」

『そうだったな。今から思えば、懐かしい』

「初心に返るってやつさ」


 俺はアーロンによって大穴を開けられた場所に戻ってきた。

 周りには大木がなぎ倒されており、彼の放ったアーツがどれほど強力だったかよくわかるものだった。


「さてと、行くか」

『おう』


 下に降りようとした時、嫌な殺気を西側から感じた。咄嗟に、後方へ大きく飛び退く。


「なっ!?」


 思わず声が出てしまうようなことが起こった。俺が立っていた場所――地下の研究施設があったところに大きな氷山が出来上がっていた。


 空から降ってきたのではない。地下からも出てきたのではない。


 この突然発生する感じは、魔法に似ている。

 その氷山が地下の研究施設へ行かさないように直径一キロメートルほど凍りつかせたのだ。


 信じられない。目に見える場所だけではない。地面の中まで凍っている。


「誰が……こんなことを」

『気配は消えたようだな』


 さきほどの殺気は嘘のように、静まり返っている。魔力の気配を辿っても探知できなかった。

 地下の研究施設に入らせないために、先手を打たれてしまったようだ。


「この氷、普通の氷と違うぞ。鉄なんて比べ物にならないくらい硬い」


 それに砕いても、元の形に戻ってしまう。まるで生きているかのようにだ。

 こうなったら、黒杖の黒炎で燃やしてしまおう。


「これなら、どうだ!」


 炎は氷の表面を燃やすが、すぐに元通りになってしまう。力は拮抗しているようで、目立った効果は得られなかった。


「おいおい……何なんだ、この氷は」

『俺様の第四位階の黒炎を防ぎ切るとはな。この氷の結界を作り出した輩はなかなかの使い手だってことだ』

「褒めている場合かよ。どうするんだよ。研究施設を調べられないぞ」

『まあ、諦めるんだな』

「なぬ~っ!!」


 俺の妨害をした敵と思しき者は、どこかに消え失せており、見つけるすべもなく立ち尽くす。

 それにしても、グリードの力と拮抗できるほどの実力を持っているか……。


「わからないことばかりだな」

『まずは、アーロンたちと合流したほうが良いだろう』

「ああ、王都へ戻ろう」


 やるせない気持ちをぶつけるように、渾身の力で最後に氷山を殴りつける。

 Eの領域のステータス補正によって、氷山全体に大きな亀裂が生じる。しかし、すぐに元通りに修復されてしまった。


 まさに絶対凍結の壁だ。何があっても対象を凍らせ続けていた。

 後ろ髪を引かれながらも、俺はホブゴブの森を後にした。


 途中、静かなゴブリン草原を駆け抜けて、王都の南門が騒がしいのに気がついて足を止める。


 もしかして、俺たちがゴブリンが活性化していた元凶を倒したので、商人たちの往来が元に戻ったのかな……。なんてことは、さすがに早すぎる。


 それが知れ渡って、商人たちが戻ってくるまで一週間はかかるだろう。


 なら、何か?


 近づいてみて、俺は目を疑った。


「王都軍だ! でも……あの旗は」


 兵士たちが持っていたのは青バラを模した紋章だった。それはハート家の家紋だ。

 しかもその規模は大きく数万人はいるだろうか。通常なら軍事区がある北門から入場するはずだ。


 なぜ、商業区の南門から兵士たちが入っていくのか、まったく理解できなかった。


「何が起こっているんだ? グリード?」

『まさかな……』


 彼には心当たりがあるようだった。しかし、口をつぐんでしまい、それ以上何も言わない。


 兵士たちは長旅だったのだろう。疲れた様子で王都の中へと入っていく。


 そして、受け入れる側である兵士や民たちも、困惑した顔をしていた。だがその中で、一人の老婆が兵士の男に駆け寄って抱きしめたのだ。


「死んだと思っていたら、生きていたのかいっ。よかったわ……」

「母さん……ただいま」


 その場だけ切り取ってみれば、感動的な場面だ。それを皮切りに、兵士の家族と思われる人々が再会を喜び始める。


 皆が口々に言うのだ。


 天竜に殺されたと思っていたと……。


 南門付近は次第に大騒ぎになっていく。

 そんな中で、俺はアーロンを見つけた。


「フェイトか、無事だったようだな」

「はい、それよりも……これは」

「儂にもわからん。今、ロキシーとミリアに頼んでメミルを屋敷へ連れて行ってもらっておる。命には別状なしだ」

「そうですか、よかった」


 ホッとして肩の荷が下りたような気がした。まずは一安心だ。


 暫くの間、アーロンとこの騒ぎを眺めていると、ロキシーが人混みをかき分けてやってきた。


「フェイ!」

「ロキシー、体の調子は?」

「大丈夫です。メミルも無事に屋敷へ届けました。それよりもこの騒ぎはどうなっているんですか?」


 メミルを連れて行った後に、ミリアと一緒にアーロンと合流しようと戻ってきたそうだ。


 だが、その途中で南門の騒ぎを聞きつけて、急いでやってきたという。ミリアとはお城への報告をさせるために別れたという。


 死んだはずの兵士がどんどん入場し続けて、事態は混迷していく。


 そんな中で、青バラの紋章が描かれた一段と大きな旗に目が止まった。それに囲まれるように、白馬に乗った男性が現れた。


 彼は悠々と南門を潜って入場する。


 その姿に誰もが息を呑んだに違いない。アーロンだって言葉を失っていた。俺だってそうだ。


「うそっ……」


 一番驚いていたのは、ロキシーだっただろう。


 それは天竜によってガリアの地で死んだはずの肉親――メイソン様が生きて戻ってきたからだった。


 喜ばしいことなのに、その時の俺は得体の知れない怖さを感じたんだ。 

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