第121話 消えない黒炎
目覚めた俺のそばには、心配そうな顔をしたサハラとアイシャ様がいた。
だが、彼女たちを見ながら頷くと、安堵の表情に変わっていく。
「元に戻ったのね。よかった……」
「フェイト様!」
サハラが俺の名を呼びながら、飛びついてくる。よほど不安だったのだろう。
そのまま、顔を俺の胸に当てて泣いてしまうほどだった。
「もう、大丈夫といいたいところだけど、まだ戦いは続いている」
今だに泣いているサハラに構ってやりたいが、すぐにいかないと。
俺はベッドから起き上がる。そして、着ている服が何なのかに気がついて、彼女たちにお礼を言う。
「ちゃんと、装備を整えてくれていたんですね」
「そうよ。だって、聖騎士たるものいつでも戦えるようにしておかないと。私は聖騎士の妻でしたからね。王都の傍で戦いがあり、それがフェイトに関わりがあるのなら、呑気に寝巻きを着せておくわけには行きませんよ」
「ありがとうございます」
「あなたのことです。行くのでしょ?」
ニッコリと微笑みながら、俺に訊いてくるアイシャ様。なんというか、その顔を見ていると不思議なことに安心感が湧いてくる。
聖騎士の妻だった人だからこそ、なせるのだろうか。夫のメイソン様をそうやって見送り……しかし帰ってはこられなかった。
それでも、アイシャ様は変わらずに俺を信じて送り出してくれている。その気持ちは裏切れないな。
「もちろんです。ロキシーを連れて帰って来ます。必ず!」
「いい顔するようになりましたね。もう立派な聖騎士です! さあ、これを」
アイシャ様はベッドの横に立てかけてあった黒剣を俺に渡してくれる。握った感触は昨日のことなのに、久しぶりのようだった。
再度二人にお礼を言って、部屋の窓から外へ飛び降りる。行儀が悪いけど、今は緊急時だ。
「フェイト様、頑張ってください!」
「ロキシーのことを任せましたよ!」
俺を応援してくれる声は、遠のいていく。屋敷の中庭から一気にステータスを爆発させて、飛び上がったからだ。
豪華な屋敷が並ぶ聖騎士区をあっという間に飛び去り、商業区の外門付近へ向かう。
俺が黒剣を握って《読心》スキルを発動させると、変わらずに偉そうな声が聞こえてきた。
『やっと元に戻ったようだな』
「ああ、だけどまだ……」
『終わっていないか』
「そうさ。それにグリード! 俺にもそろそろ、彼の地の扉について教えてくれ」
『知りたいか……だが、今のお前に早いな』
「またかよ。今回の件は、それが原因かもしれないって、ルナが言っていたぞ」
『口が軽い女だ。だからこそ、マインはお前のもとを去ったというのに……』
外門の上へ着地する。下は相変わらず、人通りは少なかった。
明日には、もとに戻っているはずだ。
見渡した先、ホブゴブの森。大きな土煙が数箇所で上がっている。みんなが、オーガと戦っているのだ。
現状の戦いの場はわかった。その中へ斬り込んでやる!
再び、足に力を入れて飛び上がる。力を入れすぎたためか、外門を囲むレンガを崩してしまった。あれは、この戦いが終わった後に修復依頼をかければいいさ。
しかし、戦場が王都内でなくて助かった。もし、そうなってしまったら、戻ってきたエリスになんて言われてしまうか……。
『エリスがそんなに怖いか?』
「人の心を読むなよ」
『読心スキルを持っているお前には言われたくないな。それより、ロキシーたちが戦っている魔物はどうのようなものだ?』
「オーガっていう人の遺体から生まれてきた魔物だった。もしかして、ナイトウォーカーみたいに暴食スキルで喰らうと反動があるタイプなのか!」
戦いづらい敵かもしれない……。ナイトウォーカーを喰らったときの魂の痛みを思い出して、狼狽える俺を笑い飛ばす声。
『ハハハハハッ! 安心しろ、フェイト! あれは違うルートを辿って生まれてきた魔物だ。しかし、それ故に並外れたステータスを持っている失敗作だ』
「アーロンはEの領域の入り口と言っていたけどな」
『ただのオーガならその程度だろう。天竜を倒したフェイトなら、美味しくいただけるさ』
「それは楽しみだ。沢山の血をメミルに吸われたはずなのにさ。抑え込んだ暴食スキルからくる飢えが高まっているのを感じる」
『ロキシーの魂がお前の体に収まっていたからな。それは仕方ないことだ。暴食スキルに彼女の魂が喰われなかったのを喜ぶべきだな。あの女には感謝することだな』
あの女とは、ルナのことだ。なぜか、グリードはルナが苦手なようだった。
しかし、それでも彼は、毎晩のようにルナがいる精神世界で、俺に戦いの鍛錬をしてくれる。精神世界で魂をかけて戦う行為は、俺の精神強度を上げる効果があるという。
即ち、暴食スキルへの耐久性をもう一段階引き上げることを狙っているのだ。
『Eの領域の入り口のステータスなら、俺様が毎晩しごいてやった効果を試すに丁度いい。お前の成長を見せてみろ』
「ああ、ちょうど腹も減ってきたところさ。久しぶりに食い散らかしてやる」
ホブゴブの森に入って、更に木々を間を縫うように駆け抜ける。今だに聞こえる戦闘音。
次第に大きくなっていく、その中心に向けて進む。
黒剣を鞘から引き抜き、なぎ倒された大木らを飛び越えて、ロキシーたちに迫っていたオーガの首を切り落とす。
そして聞こえてくる無機質の声に、親しみを感じる。俺はまた元の体に戻れたと実感できたからだ。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+1.1E(+8)、筋力+1.1E(+8)、魔力+1.0E(+8)、精神+1.0E(+8)、敏捷+1.0E(+8)が加算されます》
《スキルに剛腕改が追加されます》
たしかに、ステータスはEの領域の入り口だ。スキルは剛腕改か。
ガリア地でハイオークが持っていた剛腕スキルの上位互換みたいだ。念のために《鑑定》スキルを発動させる。
剛腕改:一定時間、筋力を4倍にする。使用後、反動で筋力が1/5に弱体化する。回復まで一日かかる。
うん、効果は剛腕スキルよりも倍になっている。そして反動のデメリットが半分だ。
使いやすい系のスキルではないけど、ここぞという時に真価を発揮する。例えば、俺が天竜を屠った時に使ったように。
黒剣に付いたオーガの血をはらって、ロキシーたちのところへ。
すぐにロキシーが駆け寄ってきた。
「フェイ!」
「大丈夫か……」
彼女は勢いそのままに抱きついてきたのだ。しかし、今は戦闘中。
さっと離れながら、ただ一言だけ。
「心配しましたよ」
「ああ、すぐに終わらせるよ」
敵はEの領域のステータスを持つ。後ろを見れば、メミルが怪我しているようだった。ロキシーとミリアが彼女を介抱するために、オーガから距離を取ろうとしていたところに、俺が割り込んだみたいだ。
気を失っているメミルを見ながら、ロキシーに訊く。
「彼女の状態は?」
「大きな怪我はしていません。私を庇うために、オーガの攻撃を受けてしまって……初めはとても酷い傷でしたけど……見る見る間に治ってしまって……あれは一体」
「その件は後にしよう。今はオーガだ」
メミルの体の秘密は、本人の了解を得てからでないとロキシーに教えられない。彼女は見た目は人だが、中身は俺に近い存在になってしまっている。
自分が化物だなんて。おいそれと、それを話せるものではなかった。
「アーロンは?」
「それは……」
ロキシーが指差す方角から、土埃が舞い上がる。続いて、高らかに笑う声が聞こえてきた。
この声はアーロンだ。なんて、楽しそうな笑い声だ。
彼は俺がこの場にやってきたことなど、とっくに魔力の気配でわかっていたようだ。今にも折れそうな聖剣をオーガの口に突き刺しながら、現れた。
「遅いぞ、フェイト! これでは儂がすべて倒してしまうぞ」
「あと何匹ですか?」
「あと7匹だ。いや、お主が今倒したのと、これから儂が倒そうとしているのを差し引いて、残り5匹だ」
「相変わらず、無茶をしますね」
俺がロキシーの体にいた時に、既に彼の持つ聖剣は限界に近い状態だった。それにもかかわらず、4匹以上オーガをロキシーたちを守りつつ、仕留めていったのだ。
戦えば戦うほど、強くなっていくアーロンに負けてはいられない。
「だが、助かったぞ。一匹ほどロキシーたちの方へ行ってしまってな。メミルの悲鳴が聞こえても、オーガたちに囲まれてしまい、すぐには行けなくてな」
アーロンは「儂もまだまだだ」と言いながら、足元のオーガにとどめを刺す。
醜悪な叫び声と共に、剣が折れる金属音が森の中に木霊した。どうやら、本当にギリギリだったらしい。
「というわけだ。後は頼めるか?」
根本からぽっきりと折れてしまった聖剣を鞘に収めながら、アーロンは言った。
そしてニヤリと笑いながら、
「久しぶりだろ。たまには満たされてないと、あれが疼いてしかたないだろう」
「すべてお見通しというわけですか。敵いませんね」
「これでもお主の義父なのだからな。それくらいわかっておるつもりだ。ロキシーたちは儂に任せて、暴れてこい!」
俺の肩を叩いて、後ろへと下がっていく。そのままミリアに介抱されているメミルを抱きかかえた。
「ロキシー、ミリアよ。ここはフェイトにすべて任せて、儂らは一先ず先に王都へ戻るぞ」
「ですが……私は……まだ」
ロキシーは何か言いたげだった。しかし、それ以上は言わずにその場から離れていった。
魔力の気配から、彼らはかなり速いペースで進んでいることがわかる。数分も経たずにホブゴブの森から出てしまうだろう。
そんなに急いで!? 俺がまるでホブゴブの森ごと吹き飛ばすような戦いをするみたいじゃないか。
次々と森の奥から顔を出し始めたオーガたちを前にして、グリードが笑いながら言う。
『これは、アーロンの期待に応えるしかないな!』
「バカ言うな。この森は王都の水源も兼ねているんだぞ。俺はこれでも聖騎士なんだよ。そんなことしたら、大目玉を食らうだけではすまないぞ」
『クククッ、まあ……そうか。喰らうのはオーガだけにしておくか』
グリードは俺をからかうように言いながら、形状を黒剣から、黒杖に勝手に変えていく。おいおい……ここで、これかよ!?
『そろそろ、この第四位階にも慣れてもらわなければ、困る。今日の俺様はこれでないと戦わない!』
「おいっ、コラッ! 勝手なことをするな。元に戻れって!」
『嫌だね』
「くうぅぅぅっ!」
この第四位階は強力すぎるんだ。だから、王都でラーファルと戦った時には使えなかった。
使えば、王都が火の海に沈んでしまう可能性があったからだ。この黒杖は繊細なコントロールが必要だ。
俺としては、通常攻撃よりも、奥義である《トワイライトヒーリング》の方が圧倒的に扱いやすい。なぜなら、奥義は完全治療するだけで破壊はないから、力加減など一切気にしなくてよかった。
『お前がオーガだけを倒せるか、ホブゴブの森も消滅させるか……高みの見物とさせてもらおう』
「いいさ。やってやろうじゃないか!」
『暴食スキルだけに気を取られず。俺様の扱いにも磨きをかけろよ!』
俺は黒杖を握って、オーガへ向ける。数はアーロンが教えてくれたとおり、5匹だ。
司令塔であったゴブリン・シャーマンがいなくなったことで、統率が取れた行動をしているように見えない。知性も感じられず、目前の俺だけを見てよだれを垂らす。
人を食いたいという本能だけで動いているようだった。
「魔物の本能を体現した姿か……それとも……」
いや、今は黒杖にコントロールに集中だ。グリードがこんな無茶を言ってきたのもわかるんだ。
先の位階武器があるのに、ここでもたついていられないからな。
第四位階でこれほど扱いにくさを感じるんだ。第五位階なんてどうなってしまうことやら。
まずは小手調べだ。俺を食おうと、襲いかかってきた一匹のオーガの攻撃をひらりと躱す。
そして、すれ違いざまに黒杖の先で、やつの腹を軽く叩いた。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁっ」
その場所から黒炎が燃え上がり、オーガを包み込む。のたうち回ろうが、決して消えることはない。
呪詛を炎として具現化したものだった。
黒き炎はオーガを跡形もなく焼き尽くしても、地面に居座り続ける。
「消えない黒炎か……また厄介なものを」
どうやら、まだコントロールには程遠いようだ。無機質な声が教えてくれるステータス上昇を聞きながら、残った4匹のオーガを見据えた。
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