第119話 魂を弄ぶ者
眩い光が収まったときには、巨木が根っこを含めて消滅していた。つまりは大穴が開いていたのだ。
アーロンも久しぶりの実戦だったためか、思ったより力がこもってしまったようだ。
「少しやりすぎてしまったか」
「いいえ、このくらいがちょうどいいと思います」
俺だって、昨日は第一階位の
それに比べたら、アーロンは巨木をピンポイントで一本だけ。見るからに、戦い方の実力差がわかってしまうものだった。
もちろん、俺の戦い方が雑ということは揺らぎようもない事実である。土壇場で、位階奥義に頼ってしまう悪い癖を直さないといけないな。
あれは、ステータスの消費が激しいから、必殺技として扱うべきだ。グリードなら、どんどん使っていけと言うだろうが‥…。
口うるさい相棒を思い出しながら、手にしている聖剣を握りしめる。
「効果的な先制攻撃になりました」
「ハッハッ、そのようだな。ミリアよ、後ろのホブゴブリンたちは任せてよいか?」
「はい、これくらい私にだって出来ます!」
「良い返事だ」
アーロンに褒められて嬉しそうな彼女は、俺たちを取り囲んで襲おうとしている魔物たちを見渡す。
その後にミリアは俺に顔を向けて、言葉をかけることなく頷いてみせた。
私はやれるということだろう。それは見紛うことなく武人の顔だった。
そんな目で見られたら、俺も頷くことしか出来ない。
「先を急ぐぞ。フェイト」
「……わかりました」
ゴブリン・シャーマンの魔力は弱まっているが、まだ生きている。それは、俺の今の状態が続いていることからもわかりきったことだった。
後ろで戦いの始まる音を聞きながら、俺とアーロンは大穴の中へ飛び込んだ。
暗闇の中への落下が続き、次第に地面が見えてきた。
そこは薄っすらと赤く発光していた。着地をすると同時に奇襲を警戒していたが、それはまったくなかった。
「ここは一体……」
「見たところ、何かの遺跡のようだな。足元の床が、定期的に発光しておる」
「なんとなくですが、軍事区にあるガリアの技術に似ていますね」
「ふむ、たしかに」
まさか、ホブゴブの森の地下にこのような場所が眠っているとは、思ってもみなかった。
昔の王都をよく知っているアーロンすらもわからないというのだ。床からの僅かな光では、全体像までは見当がつかない。しかし、これは相当な広さを感じる。
まるで、ガリアの緑の渓谷の下にあった大空洞のようなものを連想してしまう。あの時は、古代に絶滅した魔物たちの化石が眠っていた場所だった。
そこで、ロキシーと一緒に劣化機天使と戦ったり、希少な鉱物である魔結晶を手に入れたりしたのだ。そんな思い出など、今はどうでもいい話。
だがしかし、やはりここは……。アーロンは俺が口にする前に答えをいってくる。
「ガリアの遺跡がなぜ、このような場所に!?」
「エリスなら、知っているかもしれませんが……今は王都にいませんから」
「進むしかないわけか」
「はい」
床を念入りに見ていくと、血痕が落ちていた。それは乾いておらずに、新しいものだった。
アーロンも膝を曲げて屈んで、確認していた。
「これは先程、負った怪我だろう。見ろ、遺跡の入り口へ向かっている」
彼の言う通り、血が指差す方へ、ポタポタと続いていた。右手を失った時にかなりの失血をしたはず、それに加えてこの血の量だ。
歩くのがやっとかもしれない。足を引きずった痕跡までみられた。
「かなり消耗しているようだな。手負いの魔物ほど厄介なものはないぞ、フェイト」
「ええ、魂を操るほどの術を使いこなす魔物ですし。ほかに何かできることがあるのかもしれないですよね」
「そのとおりだ」
俺たちはあたりを警戒しつつ、遺跡へと近づいていく。遺跡は床と同じように、壁が赤く発光しており、なんだか気味が悪くて訪れるものを拒絶しているような気がした。
ホブゴブリンの気配は一切感じられない。ただただ、静かなのだ。
時折、聞こえてくるのは天井の岩盤から染み出した水滴が、床に落ちる音のみだった。
遺跡は光を放ってまだ生きているのに、ここに生き物の営みというものは失われている。俺たちはそんな場所に踏み込んだ。
「何もいないか……フェイトは気配を感じるか?」
「いえ、感じるのは一匹だけです」
ゴブリン・シャーマンのことだ。
その魔力は次第に弱りつつある。このまま、放って置いても、死んでしまうかもしれない。
「深手の状態で、何かを求めるように奥に進んでいるな。気になるな」
「何か自分の傷を治す手立てがあるのかもしれませんね」
ガリアの遺跡だ。俺たちの知らない技術が眠っていてもおかしくはない。しかし、アーロンは首を振りながら言うのだ。
「それはどうかな。この世界には回復魔法が存在しない。お主が扱う第四位階の
「たしか……神が、人間にその力(スキル)を与えなかったと聞いています」
アーロンは、俺の模範解答に頷きながら、更に聞いてくる。
「うむ、では神はなぜ人間に与えなかったのだ?」
「それは……」
わからなかった。彼は俺の無言を返事として受けとった。
そして進んでいく通路に、罠がないかを確認しながら話を続ける。
「今生きる者は、誰も知らない。これが正しいとは思わないが、儂の見解ではな……」
そう前置きしながら、アーロンは持論を語ってくれた。
物理攻撃スキル、魔法攻撃スキル、またそれらの威力を強化する補助スキルが千差万別に存在している。攻撃は最大の防御だと言っても、ダメージを受けてしまえば、戦えなくなってしまう。
対個人との戦いなら、その場で決着が付いて終わるだろう。だが、国同士の戦争となった場合はどうか?
もし、回復魔法が存在すれば、傷を負った兵士は簡単に元気になってしまい、戦地に戻れてしまう。乱暴に言えば、死なない限り戦い続けられる兵士の誕生だ。
終わりなき酷い戦争になってしまう可能性がある。
「もしかしたら、ガリアが繁栄した時代は、回復魔法が存在したかもしれないと儂は思っておる」
「まさか……」
「お主が扱う《トワイライトヒーリング》はどうだ? それは大昔の武器であるグリードがもたらした御技だというではないか。あの黒剣はガリアに深く関係があるとかないとか……」
「そうだとはいい切れませんが……グリードは自分のことを多く語る奴ではないし」
「どちらにせよ。エリス様が戻られたら一度、ガリアについて訊いてみる機会をもうけていただかないとな。何も知らない儂らは常に後手に回ってしまう」
回復魔法が扱えた時代があった可能性か……。
それが本当で今も続いていたら、俺の両親も死ぬことはなかっただろう。
ロキシーの父親であるメイソン様だって、ガリアの地で亡くなることもなかったのかもしれない。たらればな話だけど、両親が今も生きていたら俺は一体……どういう人生を歩んでいたんだろうか。
それでも暴食スキルの真の力に目覚めてしまったのか。または、呑気に畑を耕す農民でもしていたのか。少なくとも、俺はロキシー様に出会うことはなかった……そんな気がした。
アーロンは少しだけ湿った通路で足を止めた。かなり長い時間、放置されていたこともあり、床から水が染み出していたのだ。その周りには遺跡が放つ赤い光を糧として、奇っ怪な苔が生えていた。
どこかで見たことがあると思えば、ガリアに自生する人食い苔だった。
「アーロン、あの苔には気をつけてください。胞子を吸い過ぎると、体内に苔が芽吹いてしまいます」
「やはり……そうか。儂も見たことがあるなと思っておったところだ」
俺は炎弾魔法で焼き払おうと思ったけど、今はロキシーの体であることに気がついてしまう。
そんな失態に、アーロンは微笑みながら言う。
「ここは息を止めて、素早く通り抜けるか」
「はい」
一気に駆け抜ける俺たちの前に巨大な扉が姿を表した。金属製の分厚そうで、体当りしたくらいではびくともしなさそうだった。
咄嗟にアーロンが聖剣を鞘から引き抜く。そして、グランドクロスを放つ要領で、聖剣に魔力を込める。これは聖剣にアーツの力を留めておき、威力を飛躍的に上昇させる技術だった。
「あの邪魔な扉を斬り開く。フェイトは中へ入った時の警戒を」
俺が聖剣を構えると同時に、アーロンは分厚い扉をまるでバターでも斬っているかのように容易く開けてみせたのだ。
そのまま飛び込むように中へ入った俺たちは……唖然としてしまった。
「なんで……なんで……こんなものがここにも」
「これは酷い」
ラーファルの研究施設で見たものと同じだ。赤い溶液で満たされた円柱状のガラスが何本も並べられていた。その中には裸にされた人間が一人ずつ入っており、溶液の中で漂っていた。
少なくとも二十人くらいはいるぞ。近づいて、彼らの生死を確認するが……。
「死んでいる」
「だが、まるで生きているようだな」
この赤い溶液は、ラーファルが使っていた物と成分が同じなら、生き物を腐らせずに保存し続けることができる。これはあの事件の後、ライネによって解明された情報だった。
そして、アーロンがあることに気がついた。
「この者たちの顔を見てみろ。最近になって行方不明になった者たちばかりだ。儂に回ってきた書類にかかれておった似顔絵とそっくりだ」
商人の都市から王都へ道中、ホブゴブの森を横切らないといけないため、昔から商人がゴブリンに襲われることはよくある話だ。
しかし、今問題にしているのは、そこで行方知れずになった者たちがこうやって保存されていることだった。一体、何をするために……人をこれほど集めたんだ。
「まさか……食料庫代わりなんてことはないですよね」
「それなら、ここへ来るまで、この部屋の中に食事の後があるはずだ。しかし、お主も見てきたようにきれいなものだった」
魔物は人を好んで食べる。これもなぜ、そうなのかは理由を俺は知らない。
アーロンもそのことは知らないようだった。
「魔物は人間に仇なす敵ということを儂は子供の頃から教育されてきた。他の聖騎士とて同様だろう。言われてみれば、そうだな。例えば、魔物の前に人間と家畜を置けば、必ず人間の方を襲う。儂はてっきり人間のほうがうまいからと思っておったが……ならば、この状況は矛盾しておるな」
「はい、手に入れた人間をこのようにしておくなんて、おかしいです。ゴブリンならその場で食らうはずですし」
腹を空かせた魔物は、人を見つけると飢えた獣のように襲いかかり、生きたまま食らうなんてよくある話だ。たしかに、ゴブリン・シャーマンは普通のゴブリンとは違って、人間のように策を講じて俺とロキシーをはめようとしてきた。
だからといっても、それは戦い方だ。このガラスの大きな入れ物に人を入れて保存するなんて、ただここを根城としているのではない。まるで遺跡のことを熟知できるほどの知能を持っているみたいじゃないか。
得体の知れない魔物に、苦虫をかんだような顔で亡くなっている人々を見ていると、突然部屋の照明が一斉についた。《暗視》スキルを使っていたこともあり、目も眩む光だった。
そして、部屋の奥からしわがれ声が聞こえてきた。
「ニンゲン……ジャマ……スルナ」
俺とアーロンは声がした方に目を凝らす。
「これは……」
「信じられん」
人の言葉を発していたのは、右腕を失い、更には左目が潰れたゴブリン・シャーマンだった。
ライネの言っていた通り、灰色の体で、ホブゴブリンよりも大きな体格だ。近接戦闘を得意としていないためか、筋肉はホブゴブリンの方があるように見える。
しかし代わりに手足が長く、俊敏な動きができそうだ。俺が放ったグリードの第一位階の
そいつは残った片手で、錫杖を握りしめて術式を展開中だった。先の髑髏の目が赤く点灯しており、異質な魔力をひしひしと感じるからだ。
おそらく、俺とロキシーを入れ替え続けるための術を継続しているのだろう。
魔物が人間の言葉を喋ったことに驚きつつも、いつでも戦えるように聖剣を構える。
にじり寄る俺たちに、魔物は憎悪に溢れた顔を向けて威嚇する。それは人間を思わせるものだった。
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