第118話 魔物の隠れ家

 南へ進めば進むほどに木々は大きく成長し、枝葉を競うように伸ばして、天の恵みを求めんとするばかりだ。まだ昼間だというのに俺たちがいる日が差さない地面はまるで夜のようだった。


 俺とアーロンは《暗視》スキルを発動させて、ミリアは魔剣の炎を頼りに走りながら、ゴブリン・シャーマンの魔力を追っていた。


「私、こんな奥まで来たのは初めてです」

「ああ、俺もだよ。ここは王都から森の入り口よりも木が成長している」


 太い木の根が地面から蛇のようにうねって顔を出している。それに足元を取られないように、絶えず気を配っていかなければいけない。


 走る速度がかなり速いこともあって、ちょっとでも引っかかれば、大転倒は免れないだろう。


 アーロンは手慣れたもので、ひょいひょいと地面から飛び出した根を飛び越えていく。俺も、真似をしようとしたら少しだけつま先を引っ掛けていまい、危ないところだった。


「フェイトよ。ロキシーの体なのだから、大事にするのだ」

「そうですよ!! もしロキシー様の大事なお体に傷がつこうものなら、許しませんからね」

「気をつけます……」


 もっとロキシーの体に慣れようと頑張っているのだが、裏目に出てしまったようだ。ここはアーロンに守ってもらうほうが得策なのだろうか……。


 先頭をかって出てくれている彼に、俺は今いるところについて聞いてみた。

 すると、アーロンもそれほど詳しいわけではないと前置きしながら、話してくれた。


「ここは、ホブゴブの森の中でも一番古い森に当たる。なんでも、軍事区の研究者が言うには四千年も前からあるらしい。見ろ、あの巨木を。少なくとも幹周りが三メートルはあるだろう」

「ええ、建築資材に使えば、家が何件も建てれそうですね」

「ハハハッ、そんなことをしたら王都から厳しい処罰が与えられてしまうぞ。王都建国当時は、ホブゴブリンがまだ住み着いておらず、ホブゴブの森と呼ばれていなかった。神聖な場所として崇められていたらしい。亡くなった者たちをここに埋葬していたそうだ。時は流れていくうちにその風習は廃れてしまい、今ではホブゴブリンたちの根城となってしまったが」

「王都に住まう人々の祖先が眠る場所だったんですか……」

「今は昔の話だ。気にすることはない。王都としては、皆が忘れてしまったとしても建国に携わった祖先たちが眠るこの場所を大事にしておることだけは、忘れないでほしい」

「はい、肝に銘じておきます。ミリアもな!」

「わかっていますよ。下手に暴れて地面から成仏できなかったゾンビさんが怒って現れても怖いですし」


 ミリアは身をブルブルと震わせながら走る。もしかして、彼女はアンデッド系が苦手なのだろうか。

 試しに聞いてみるか。


「ミリアって、ゾンビがダメなのか?」

「そうですよ。だって……このフランベルジュで斬って焼けるとき、すごく臭いんです。あの臭いは服に染み付くし……お風呂に入ってもなかなか取れないし……思い出しただけで、うぇって感じです。その点、スケルトンはいいですよね。骨ですから、よく燃えるし、臭くないし。私は断然、スケルトン派です!」

「そっか……」


 俺の思惑とは、全然外れていた。女の子っぽく、見た目がダメでキャーキャー言って怖がる……なんて思っていた。


 さすがはミリアだ。俺の予想の斜め上を越えていくぜ。


「なら、この先にゾンビがいたら、俺が戦ってやるよ」

「ダメです。ロキシー様のお体が穢れてしまいます。そうなった場合は……」


 ミリアが戦ってくれるのかな……と甘い考えをしていたら、


「アーロン様にお願いします!」

「儂か!?」


 まさか、自分に火の粉が飛んでくるとは思っていなかったようで、アーロンは目を丸くしていた。


 剣聖を顎で使う子! ミリアは将来、とんでもない女性になりそうだ。


 いきなり言われた彼も、すぐに微笑んで頷いた。なんだかんだ言って、アーロンはミリアを孫娘のように思っているのかもしれない。


 マインのときだって、とても可愛がっていたし。養女にしたメミルだってそうだ。メイドのサハラについては、この子も儂の養女として迎えようか、なんて言っていたくらいだ。


 ハウゼンでの【死の先駆者】リッチ・ロードとの戦いで、過去のしがらみ――助けられなかった家族との気持ちの整理ができたので、いままで溜め込んできたものが、ここにきて一気に解き放たれた感はある。


 一緒に酒を飲んだ時に言っていたものだ。「死ぬ前に、大家族がほしい!」と。あの時は酔った勢いで冗談を言っていたと思っていたけど、最近になって本気なのではないかと思い始めている。


 ミリアは孤児なので、アーロンは家族に引き入れるかもしれない。俺とミリアが兄妹だと!?


 メミルとも距離感がつかめずに手を焼いているのに……。

 俺の心配を余所に、彼は頼られて満更でもない顔をして、答えるのだ。


「よかろう、もしゾンビが出た際には、儂のアーツであるグランドクロスを行使して、浄化してやろう」

「頼りになります! どこかの誰かさんとは大違いです……チラリっと」

「あからさまに、俺を見るのはやめてくれっ」


 そしたら、舌をちょっとだけ出して、からかうような仕草をした。ミリアはくすりと笑いながら言ってくる。


「冗談ですよ。フェイトさんってすぐに真に受けちゃうんですから。ロキシー様もよく言っていましたよ。『フェイはすぐに騙されちゃうから、ついついからかってしまう』って」

「ハハハッ、たしかにそうだな。フェイトは女性慣れを全くしていないからな。ミリアからも勉強させてやってくれ」

「えええっ……どうしようかな~。でも、フェイトさんがどうしてもと言えば、考えてあげなくてもいいですよ」


 くうううぅ~!! ミリアに上から目線で物を言われる日がくるとは……。こうなったら、アーロンみたいに女性の扱いに長けた紳士になってやるからな! いつの日にかっ!


 そんな俺を見透かすようにミリアが言うのだ。


「ロキシー様と手を繋いでいるだけで、ドキドキしているフェイトさんには当面無理でしょうね」

「なっ、なんだと!? なぜ……それを」

「私はよく見ていますから。どうですか、私と手をつないで練習しておきますか?」

「ぐぬぬぬ……さっきの頭撫で撫での報復だな」


 すると、ミリアはニヤリと笑ってみせた。なんたる清々しいほどのドヤ顔だ。


「わかってしまいましたか。この私が頭を撫でられたくらいで、簡単になびくとは思わないでくださいよ。私はそんなにチョロくはないのです!」

「ふ~ん、本当かな~」

「なんですか、その疑いの顔は! しかもロキシー様の顔でそれはやめてください」

「どうかなぁ~」

「もうっ、フェイトさん!」


 高速で移動しながらも、やいやいと言い合っていたら、目的地付近に近づいてきたようで、アーロンが手で制止するように告げる。


 そして、小声で俺たちに注意をした。


「お楽しみのところ、すまないが、ここから先は慎むようにな」

「「……すみません」」


 まただ……なんでもミリアと一緒にいると、こうも乱されてしまうのだろうか。彼女も同じような気持ちだったようで、俺を見ながら不服そうな顔をしていた。


 これからゴブリン・シャーマンとの戦いだというのに、緊迫感がいまいちだ。ロキシー風に言っておくかな。


「ミリア、準備はいいですね。ここからは何が起こるかわかりませんよ」

「なんで!? 急なロキシー様風に……でもやる気がどんどんでてきました」


 効果覿面だったみたいで、ミリアは魔剣を握りしめて、あたりを警戒しながら頷いた。

 俺とアーロンは再度、ゴブリン・シャーマンの魔力を索敵していく。ゆっくりと南へと移動しているようだった。やはり手負いの状態では急ぐことはできないようだ。


「その他にも、魔物の魔力を感じます。おそらくは、ホブゴブリンかと」

「うむ、ゴブリン・キングはいないようだな。先程の奇襲で打ち止めだったようだ」

「いいな……その索敵って私も使えるようになりたいです」

「これが終わったら、教えてやるよ」

「本当ですか! よしっ、絶対ですよ」

「なら、この戦いを早く終わらせないとな」

「はい」


 今までどおり、先頭はアーロン。彼をサポートするために俺とミリアが斜め後ろにつく。正三角形をした陣型だ。


 アーロンがゴブリン・シャーマンまで一直線に詰め寄る。その間、他の魔物が彼を止めようと横から攻撃をしてきた時、俺が右側、ミリアが左側を防ぐ。


 まだ、標的は見えないが、目視できるところまで近づくと、数は向こうのほうが多いため、気配を察知されてしまうかもしれない。少数で多数を相手にする場合、早期決着には大将首だけを狙って一気に討ち取る方が理想的だ。


 率いていた魔物がいなくなれば、統率が取れなくなって群れはまたたく間に瓦解するだろう。

 アーロンが俺たちの目を見ながら、鋭い目で言う。


「準備はよいか」

「「はい」」

「では、参ろう」


 かがんでいた体勢から立ち上がると、電光石火で地面を駆け抜けていく。足場は未だに木の根がうねって悪いにもかかわらずだ。

 ここまで、来たのだからもう慣れたのだろうと言わんばかりに、さらに速度を上げていく。


 俺は聖騎士であるロキシーの体だから、問題なく付いていける。だが、そうでないミリアはどうだろうか。横目でみると、必死な顔してなんとかついてきていた。


 先程、炎の壁を作り出し、かなり魔力を消費しているにもかかわらず、タフな子だ。


 そんな彼女に、「大丈夫か?」なんて上から目線のような発言は無粋だ。


 俺たちの派手な特攻に、巨木に身を隠していたホブゴブリンたちが慌てながらも襲ってきた。予想通り、数はざっと百匹は超えている。


 全部を相手する暇などない。飛んでくる矢や槍を俺とミリアで斬り落としていく。


「むっ、邪魔だな。フェイトよ、いけるか?」

「もちろんです」


 目の前に肉の壁なのではと思えるほどのホブゴブリンの大群。あとがないのか……追い詰められた苦肉の策かはわからないけど、ここが最終防衛線と言わんばかりだった。

 俺は魔力を高めて聖剣に流し込んでいく。聖騎士の伝家の宝刀――アーツ《グランドクロス》だ。高出力の聖なる光を広範囲に展開できる強力な攻撃だ。


 ロキシーの体で行使するのは初めてだったが、うまく魔力のコントロールができている。俺の魂と彼女の体の相性が案外いいのかもしれない。


 一日足らずでここまでのことができているんだし、他の人の体でもこんなにできるものなのだろうか。


 魔力を溜めれば溜めるほど、威力が増していく《グランドクロス》を聖剣を振って、発動させる。


 犇めくホブゴブリンたちの足元が聖なる光を発し始める。奴らが異変を感じたころには、すべてを浄化する光が立ち昇る。


 ロキシーの聖剣技スキルの熟練度は並ではない。日頃の弛まぬ努力によって裏打ちされた高速発動だ。視界を塞ぐほどいた魔物たちがきれいに一掃される。


 そして、倒したことによって得られる大量の経験値(スフィア)が流れ込んでいる。これもレベルアップほどではないけど、高揚感が体の隅々まで満たされていく。


 本来の魔物狩りってこんなにも、気持ちいいのか……武人や聖騎士に好戦的な者、戦闘脳が多い理由の一端はこれが原因なのではないかと思ってしまう。


 行く先の道が開けたことで、アーロンはホブゴブリンの死体を飛び越えて、先に進む。

 俺にもわかるあの巨木の根本――大きく開いた穴の中にゴブリン・シャーマンがいる。


 あの中へ不用意に飛び込むのは罠を仕掛けられている可能性があるので危険だ。そんなことは言うまでもなく、アーロンはわかっていた。


 そう……今までアーロンはただ先頭を走っていたわけではない。聖剣技のアーツ《グランドクロス》をチャージし続けていたのだ。しかも、今の彼のステータスはEの領域。


 俺が先程放ったものとは比べ物にならないくらいの威力だろう。神聖な場所に聳え立つ巨木を吹き飛ばすには後ろめたさがある。


 しかし、これ以上放置すれば、今を生きる王都民たちの生活に影響が出てしまう。ならば、どちらを選ぶかなど、アーロンをよく知る俺には考えるまでもなく、わかりきったことだった。


 彼は声を上げながら、ゴブリン・シャーマンが潜む場所に向けて聖剣技のアーツを放つ。


「グランドクロス!!」


 本来の広範囲攻撃を故意に絞り込んで飛躍的に威力を上げた浄化の光。それが巨木を中心に、天を割るほどの柱となった。

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