第101話 ブレリック家の最後

 聖騎士区にあるバルバトス家の屋敷の改築工事も順調に終わりを迎えようとしていた。


 それと時を同じくして、軍事区で起こった戦いの爪痕も少しづつ元通りになっていった。あれほど大暴れして、壊しまくった研究施設については、ブレリック家所有の建物を除いて、修復されているという。


 あの忌まわしい研究施設は、エリスと白騎士たちによって念入りな調査を行った後に、取り壊される予定だ。あのラーファルの母親が入ったガラスの容器も撤去される。


 彼女の遺体は丁重に扱われて、王都が管理する集団墓地に埋葬されるという。


 俺はもう一度、ラーファルの母親がいた場所へ行って、ブレリック家のやってきたことを見てきた。戦いの中であの部屋だけしか見れなかったが、似たような部屋は他にもあった。


 これらはすべてラーファルの父親だった男の部屋だった。人とは思えないような悪の所業の数々が詰まったような部屋の数々に、俺は吐き気を催したものだ。


 そして、違う階でラーファルが利用していただろう部屋を見つけたのだ。皮肉にも母親の遺体があった部屋の真上だった。


 そこには母親と一緒に笑っている幼いラーファルの絵が壁に立て掛けられていた。そして、ガリアの技術に関する研究資料が、ぎっしりと本棚に詰め込まれていた。日々彼がここで何らかの研究をしていたことがうかがえた。


 その資料は白騎士たちが押収していき、残ったのは幼い子供が書いたと思われる沢山の日記のみだった。


 俺はその一つを何気なく開いて、ぞっとした。


「ラーファル……お前は……くそっ……」


 ラーファルが歪んでいった経緯がこれを見ていくとわかってしまうからだった。


 母親との楽しい日々を書いていたのに、ある日からあまり書かなくなった。そして突然辛い心情を書き連ねていくのだ。おそらく、ここで母親が殺されてしまったのだろう。


 だが幼いラーファルが父親によって母親を殺されたことを知る由もなく、ただ流行病で亡くなったと嘘を教えられるのだ。そして病気が伝染るかもしれないからと、死んだ母親にも会わせてもらえない。


 会わせられるわけがない。なぜならラーファルの父親によって、あのガラスの容器に入れられているからだ。


 そして、十二歳になったラーファルがある日、若い女を連れてはどこかへ行くという不審な行動を繰り返す父親の後をつけてしまうのだ。そこで見てしまうのだ。殺した女をガラスの容器に入れて液体で満たし、観賞して楽しむ父親の姿を……。


 部屋の中には他にも沢山の女性の遺体が保管されて並んでいた。その中に、幼い頃に大好きだった美しい母親の姿を見つけてしまったのだ。


 そこから先の日記は書かれていなかった。あるのはぐちゃぐちゃに走らせた線だけだ。


 俺はその日記を本棚に戻して、屋敷へ戻ることにした。


 ここも女性たちの遺体が移動でき次第、取り壊されるだろう。


 翌日、ロキシーからの誘いがあり、お隣の屋敷に招待されることになった。

 小鳥のさえずりと共に目を覚まし、寝癖を整えながら、鏡の前に立つ。


「よしっ」


 バルバトス家の当主として、恥ずかしくない感じかな。手早く着替えも済ませる。

 そして、壁に立て掛けてある黒剣グリードを手にした。


『ほう、今日は一段と気合が入っているな』

「それはそうさ。今日は大事な日だからね」

『ハハハッ、晴れ晴れとした顔をするようになったな。この前まで鬱々としていたくせに』

「うるせっ」

『まあ、これもあの娘のおかげか。しかし、良かったのか? 暴食スキルはあの娘を求めているぞ』

「わかっているさ。それでも、自分にもう嘘を付くことはやめたんだ」

『そうか……なら、フェイトの好きにすればいいさ』

「じゃあ、行こうか」


 暴食スキルのことはロキシーにもう伝えている。それでも一緒にいたいと言ってくれたのだ。

 そこまで言われてしまっては、俺だけが恐れているなんて、バカバカしくなってしまうほどだった。


 もしかしたら、俺一人で抱え込んでいるよりも、ロキシーと一緒ならもっと別の道が見えてくるような気がしたんだ。


「俺もグリードのように、お気楽に生きてみるのもいいかもって思ったんだよ」

『俺様はいつだって真剣だぞ』

「嘘だ!?」


 お前はほとんどの場合、「俺様は武器だからな」といい加減なことをよく言うくせに!? 本当にこういうところがいい加減なんだよ。


『おいっ、早く行かないとアーロンが待っているのではないか? 爺だからあの者は朝が早いからな』

「そうだな」


 俺は自室を出て、屋敷の中央にある階段を降りていく。その下にはもうアーロンが待っていた。


「すみません。遅くなってしまって」

「いやいや、儂が早く待ち過ぎていただけだ。そうだ、ブレリック家の処遇が決まったぞ」

「それはどのような?」

「聖騎士として称号は剥奪して、すべての財産は没収。取り潰しとなった。それで行くあてのないメミルを儂が引き取ろうと思っておる」

「えっ、養子にするんですか!?」


 つまり、俺の妹になるかもしれないのだ。これは驚かずにいられまい。

 微笑んでアーロンは首を振ってみせた。


「さすがにそれはできんよ。聖騎士として名乗れない者を養子にはできんさ」

「なら、引き取るとはどのように?」

「この屋敷には足りない者がある。それは、使用人……つまりメイドだな」

「えええっ、メミルにメイドがとても務まるとは思えないですけど」

「やってみないとわからんだろう。それに彼女は今回の一件でとても反省しておる。儂が身元引受人として、更生の道へと導いていくつもりだ」


 メミルがバルバトス家のメイドか……。


 記憶にある彼女は、門番だった俺を「このウジ虫がっ」とか言って、頬を上気させながら俺の顔をよく踏んでいた。


 もしメイドとなったとしたら、ベッドで寝ている俺を、同じように「このウジ虫様がっ」とか言われて起こされてしまうのだろうか。なんか……とんでもないメイドになりそうな予感がするぞ。


「検討する余地はないんですか?」

「ないな。安心しろ、今はいい子になっている。フェイトが恐れているようなことにはならんさ」

「寝ていたら、足で踏まれながら、起こされることはないですよね」

「なんだそれは!? それはフェイトの趣味なのか?」

「すみません、失言でした。今のは忘れてください」


 メミルは明日にはこの屋敷にやって来るという。マインが居なくなって、男二人だけになってしまった屋敷にはいいのかもしれないな。

 少しは賑やかになるだろう。


 アーロンはマインを娘のように可愛がっていたので、居なくなったことを知ってかなりショックを受けていたのだ。たまにポツリと言うのだ。爺の楽しみが一つ無くなったなと。


 まあ、俺もメミルを受け入れるべきだろうな。なぜなら、俺は彼女の兄であるラーファルやハドを殺しているのだ。彼女としては、俺の下へやってくることに思うところがあるはずだ。


 それでも、バルバトス家のメイドとして働くというのなら、俺は当主としてちゃんと彼女を見守ろう。


「メミルがやってくるのを楽しみに待っています」

「よく言ったぞ、フェイト。では、行こうか」

「はい」


 屋敷のドアを開けると、外門のところで見知った女性が待っていた。

 顔がロキシーによく似ており、おっとりとした雰囲気の人だった。


 俺は思わず、駆けて寄って話しかける。


「どうして、アイシャ様が……こんなところに」

「私が来たらまずいのかしら。せっかく元気にしてもらったんだし、久しぶりに王都へ遊びに来ちゃった」

「来ちゃったって!?」

「実はね……さっきここへ着いたばかりなの。だから娘も私がここにいることは知らないわ」

「秘密にして、ここまできたんですか!?」

「そうよ。ロキシーはびっくりするでしょうね。実は元気になったことも伝えてないのよ。会って直接言いたかったし」

「おおおおおっ……」


 メミルの次は、アイシャ様か……。しかも、娘のロキシーをびっくりさせてやろうとは……。


 このいたずらっ子っぽい顔は、俺も巻き込む気満々だぞ。

 固まっている俺をよそに、アイシャ様はアーロンへ声を掛ける。


「これはアーロン様! 十数年ぶりですね!」

「アイシャか。また美しくなったな」

「もう、アーロン様ったら、口が上手いんだから」


 アイシャ様は喜びながら、なぜか俺の肩をバンバンと叩くのだ。本当に元気になられたな……良かった。う〜ん、ちょっと元気になりすぎかもしれないぞ。


 そして、ロキシーに招待された時間が迫る中で、俺たちによるロキシーびっくり大作戦(アイシャ様命名)が決行されようとしていた。  

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