第102話 ロキシーからのご招待

 アイシャ様はバルバトスの庭の隅に俺とアーロンを連れて行くや、胸を張って仕切り始めた。


「ロキシーをびっくりさせる。これが今回のミッションです!」

「はあ……」


 俺が生返事すると、アイシャ様に叱られてしまう。


「そんなことではこの先、ロキシーの尻に敷かれますよ。気合を入れる!」

「はいっ!」


 元気良すぎなアイシャ様にああだこうだと言われる俺。アーロンはそれを見て、ニコニコと笑っていた。自分は無関係なので、高みの見物といったところだ。


「アーロン様もフォローをお願いしますね」

「おっおう、できる限りの助力はしよう」


 対岸の火事と思いきや、俺の火の粉が飛び火したのだ。よしっ、これでアーロンも運命共同体である。


「まずは、ロキシーと会って楽しい会話をしながら、場を和ましてください」

「いきなり、難易度が高いんですけど。俺がどういう人間かはアイシャ様だってよく知っていますよね」

「何を言っているのです。フェイトはバルバトス家の当主ですよ。巧みな話術を使って、女性の心を奪ってみなさい」

「う〜ん」


 よく考えてみても、俺が女性と話す機会は少ないと思う。それに今までよく話してきたのは、アイシャ様、ロキシー、マイン、エリスくらいだろう。やばい……片手も埋まらなかったぞ。


 静かに俺は地面に膝を付いた。そんな俺にグリードが《読心》スキルを通して言ってくるのだ。


『寂しいのう! 寂しいのうっ! 寂しいのうっ!!』

「うるせっ」

『マインとエリスは同じ大罪スキル保持者だから、差し引いて二人か……より、寂しいのうおおおぉぉっ!!』

「いい加減にしろって」


 くっ、グリードの奴め……調子に乗りやがって。

 このまま庭に突き刺してオブジェにしてやるぞ。というか、してやった!

 グサッと大木の横の地面に突き刺したのだ。


「しばらく、そこにいろ」

『おいおい、それはないだろう。ちょっとした言葉の綾だ』

「あれのどこに言葉の綾があったんだよ! 反省していろ」

『待て、待て、俺様もパーティーに行きたいぞ! よく考えろ、お前一人でロキシーを楽しませる会話ができるのか!』

「くっ」


 さすがはグリードだ。付き合いが長いだけのことはあるな。俺の急所を的確についてくるぜ。


 仕方ないな、グリードも連れて行くか。そう思って、地面に突き刺していた黒剣を抜いていると、見守っていたアイシャ様に言われてしまう。


「そろそろいいですか? 話の続きをして」

「すみません。ご存知だと思いますけど、俺はそのような経験があまりありません」

「なるほど……なら、アーロン様にご教授していただきましょう。聞いていますよ、昔は飛ぶ鳥を落とすモテまくり男だったことを!」

「いやいや、ハハハハハッ……」


 アーロンは困った顔をした挙げ句、笑って誤魔化していた。今でも渋くてカッコいいからな。彼の若い頃を想像すると、俺など比にならないくらいだっただろう。


「アーロンって若い頃は、王都中の女性から追いかけ回されたりしたんですか?」

「さあ、どうだろうな」


 否定しないだとっ!! 俺が勝手に若かりしアーロン伝説を想像していると、そのくらいにしてくれと言われてしまった。


「儂は物心付いたときから許嫁がいたので、生涯妻以外を愛したことないぞ。あの頃は、遊び半分に騒がれていただけだ」

「今度、武勇伝を聞かせてください」

「そのようなものはないと言っておるのに……。だが、儂からアドバイスするなら、いつも通りで良いのだ。変に気を使っていると、違和感しかないぞ」

「わかりました。頑張ってみます」


 相手はロキシーだ。全く知らない相手と話すわけではないのだ。

 よしっ、ここはなんとかなりそうだな。というか、ロキシーをびっくりさせるというミッションがなければ、このことすら考えずにお隣のハート家へ向かえていたのだ。


「アイシャ様は、どうやってロキシーをびっくりさせるのですか?」

「それはですね……」


 俺とアーロンとアイシャ様はコソコソと打ち合わせしていく。内容はよくあるものだったけど、だからこそ察しの良いロキシーに打って付けだと思った。アイシャ様はロキシーの母親だけあって、娘のことをよく知っていらっしゃる。


 アイシャ様はバルバトスの庭に残って、俺とアーロンが先にハート家の屋敷に行くことになった。後から遅れて、アイシャ様はやってくる予定だ。


 ハート家の外門は開かれていた。事前に自由に中に入って良いと聞いていたので、気兼ねなく門を通っていく。


 よく手入れされた大きな庭を進んでいき、ちょうど噴水辺りに差し掛かった。そこは庭の中央で周りをよく見渡せるのだ。


 屋敷の西側テラスに沢山の人が集まっている。その中にロキシーもいて、運ばれてくる料理の配置をテキパキと指示していたのだ。


 そろそろ予定時間なのだが、もう少し待ったほうがいいのだろうか。俺とアーロンが顔を見合わせている。

 このままあの場所に行ったら邪魔をしてしまうかもしれない。どうしたものやらと思っていると、屋敷の方からメイド長さんがメガネをギラつかせながらやってきたのだ。


 彼女には俺が使用人をしていた時に沢山世話になった。ロキシーを追って、ガリアに行くと決めた時にも、多めにお金を渡してくれた人でもある。


「お待ちしておりました。アーロン様、フェイト様」


 深々とお辞儀をする彼女。今は俺と彼女との立場が違うので仕方ないのだが、この距離感に慣れきれないものがあった。


「お久しぶりです。あの時はありがとうございました。あのお金のおかげで無事にガリアに着くことができました」

「それはよかったです。ですけど、まさか……あのフェイトがこのような形で戻っているとは思ってもみませんでしたよ。これから、よろしくお願いしますね。フェイト様」


 どうやら最初のは形式上だったようだ。俺の良く知っているメイド長さんだった。

 彼女は改まってアーロンへもう一度お辞儀をする。


「アーロン様、お初にお目にかかります。ハート家のメイド長をしているハルと申します。以後、お見知りおきください」

「これはご丁寧に。あなたのような美しい女性がメイド長とは、屋敷が華やかになって羨ましい。ぜひ、あなたのような人をバルバトス家の屋敷にも欲しいものだ」

「そっそんな……ご冗談を」


 おおっ、あの仕事一筋なメイド長が乙女みたいに頬を赤くして、もじもじしているぞ。信じられない……鋼鉄の女の異名を持つお方なのだ。これでは軟鉄ではないか!?


 最近、アーロンと共に行動をする機会が多くなって薄々と気が付いていた。この爺さん、女性なら誰彼構わずにやたらと褒め殺すのだ。


 そして、褒められた女性の殆どが満更でもない態度をとるのだ。この調子なら、若かりしアーロンのモテまくり伝説が再来する日も近いのかもしれない。


「ハルさん、そろそろ案内をしてもらえると嬉しいんだけど……」

「はっ、私としたことが、何たる失態を!」


 今だに顔が赤いままのメイド長。アーロンに褒められたことが嬉しかったのか。それとも浮かれてしまい自身の仕事を疎かにしてしまったことを恥じているのか。

 読心スキルを使えば、わかってしまうけど、そんなのはできないし。とりあえず、生暖かい目で見守っておこう。


「ちょっと、その目はやめてもらえますか」

「はい、すみません」


 誰かさんにみたいに調子に乗りすぎてしまったようだ。グリードが《読心》スキルを通してここぞとばかりに言っているのだ。


『怒られてやんの! プププププッ』

「はいはい。笑いたければ笑え」

『プププププッ、プププププッ、プププププッ、プププププッ』

「笑いすぎだ!」


 メイド長の案内で庭を進んでいき、ロキシーがいるテラスが近付てきた。白い綺麗なドレスを着た彼女は俺たちに気が付いて、ニッコリと笑う。


 胸元の青い宝石をあしらったペンダントがキラリと光っていた。

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