第99話 ラプラスの眷属

 マインが言ったあれとは、おそらく第二位階の奥義である《デッドリーインフェルノ》のことだろう。


 以前にマインと一緒にガリアで戦った機天使ハニエル。どんなに攻撃しても再生していまい、不死と言っていいほどの敵だった。この力によって、マインがいくら強くても倒せない。


 だから、彼女は手伝いと言って、俺の協力を求めたのだ。


 そして、不死身なハニエルを倒すために使用したのが、《デッドリーインフェルノ》というわけだ。それは俺の全ステータスの20%を吸い取って、変貌を遂げた大鎌だった。


 効果は、刃に込められた膨大な呪詛によって、どのような相手――不死者でも腐らせて即死させる。必滅の一撃というわけだが、攻撃する場所が決まっている。それは急所となる全身の中で魔力が集中する場所だ。


 そこへ大鎌を斬り込むことで、呪詛を流し込み全身へと巡らせる。体に行き渡ると再生すら許されずに、たちまちにすべてが腐って死ぬのだ。


 だからこそ、攻撃にはミスが許されない。場所を間違えれば、効果は発揮されずに全ステータスの20%が無駄になってしまうだろう。


 ミスをしないために、俺の半飢餓状態には、魔力の流れを読める力がある。常時、使える力ではなく、意識を集中しないと見ることはできない。


 俺はマインとエリスに、アンデッド・アークデーモンから離れるように言う。足元で未だに上に乗った黒斧の重さによって、身動きが取れずに藻掻いていた。


 まずは意識を集中して、アンデッド・アークデーモンの魔力の流れを読む。


 魔力の源泉がある場所は額の黒い角が二本ある間だった。幸いにも黒斧の下敷きになっている場所でなくてよかった。黒斧をどかしてから攻撃は面倒で、最悪もう一度大暴れされかねないからだ。


 俺は黒弓から大鎌にしてグリードに言う。


「俺から全ステータスの20%を持っていけ、《デッドリーインフェルノ》でラーファルを弔ってやる」

『わかった。しかし、いいのか。あれはEの領域だぞ』

「大丈夫さ……もうガリアの時の俺とは違う」


 ガリアで天竜を喰らった時、暴食スキルに飲み込まれそうになりながら、ロキシーによって意識をすくい上げてもらった。俺は暴食スキル保持者だ。スキルから飢えがある以上、この先ずっと戦いからは背を向けることはできない。


 戦う敵は、弱い奴ばかりではない。Eの領域にいる敵だって、これからはもっと出会ってしまうかもしれない。いや、予感ではなくこれは確信だ。


 マインやエリス――同じ大罪スキル保持者たちと共に行動するのなら、そんな化け物たちとの戦いは避けられない。俺は彼女たちがいる場所へと踏み込んでいくのだ。


 いつまでも、ロキシーに頼っていては俺はその心の弱さから、きっとガリアと同じような結果しか導きさせないだろう。


「やってくれ、グリード!」

『お前の覚悟、伝わってきたぞ。よかろう、お前の20%をいただくぞ』


 全身の力が抜けていくような感覚に襲われる。そんな俺とは正反対に黒鎌グリードは成長していく。


 現れたのは並んだ三枚刃の大鎌。見ようによっては獣の爪を思わせる容貌だった。

 サイズアップした黒鎌を振り上げて、アンデッド・アークデーモン――ラーファルだった者へ向ける。


「お前は力の使い方を間違えたんだ。俺もそうだったから……」


 俺はハド・ブレリックを殺した。こいつはロキシーをはめてガリアに送る片棒を担いでいたし、王都内の孤児たちを誘拐しては私欲のためになぶり殺していた。


 そして俺には五年間、人間扱いもされずに痛めつけられた恨みがあった。


 それでも……俺はハドを殺すべきではなかったのだ。誰も裁いてくれないなら、この力を持って裁いてやろうなんて言う発想が、俺の大事な人たちを悲しませる行為でしかなかった。


 アーロンに伝えたときだって、彼は悲しい顔をしていた。それにロキシーに別れの手紙を残してきた内容に、俺のすべてを告白したのだ。


 もちろん、俺がハド・ブレリックを殺したこともだ。その他にもハート家の領地で、冠魔物であるコボルト・アサルトを倒すために、北側の渓谷を破壊してしまったこと……そのことを自分ではないと嘘をついてしまったこと。


 隠し事が隠し事を呼び寄せて、気がつけば……ロキシーに数え切れない嘘をついてしまっていた。彼女の力になりたいなんて言っておいて、暴食スキルのことを知られたくなくて、身勝手に偽り続けていた自分にはお似合いの末路だった。


 手紙に書いてみて、思い知らされたのだ。


 だから、あの髑髏マスクに頼らずに、俺が俺として生きていけるようになったら、改めて彼女に心から謝りたいと書き残したのだ。


 それでもすぐに、俺は俺になれなかった。一度手を出してしまった偽りの自分が髑髏マスクの下にいて、俺に囁くのだ。


 暗く重い声が聞こえて、それが暴食スキルの声とも錯覚してしまったくらいだ。


 俺の中にはラーファルと同じような凶悪なものを宿してしまっているのかもしれない。そんな一面は、ガリアから帰ってからも俺を蝕んでいくのを感じた。


 王様との謁見時、聖騎士ランチェスターとの一件でも、そんな心の闇が顔を出してしまって、アーロンから指摘を受けてしまう。そして、ブレリック家の研究施設でも、あまりの惨状に心の隙を付かれて引き込まれそうになった俺はグリードによって、我に返れた。


 Eの領域を経て、わかってしまったんだ。

 

 どれほど強くなろうと、人のままでありたいと願う以上、一人では生きてはいけない。


 強い力があるために、大きな間違いを犯してしまうかもしれない。そんな時、それを良い方向へ導いてくれる仲間が必要なのだ。


 俺は強い力を持っているが、心は普通の人と変わらない。そんな当たり前なことを認めて、初めて……今、自分が見えているような気がする。


「ラーファル、俺はお前と同じだって言っていたよな」


 もう俺の言葉に反応する意識もないようだった。ラーファルの心はここにはないのだろう。


 それでも言っておきたかった。


「初めは憎しみの中で生きる俺たちは似ていたんだと思う。お前が俺で……俺がお前だった」


 静かに変貌を遂げた黒鎌を振り上げる。


「だけど、もう終わりにしよう。今はもう……お前はお前で、俺は俺なんだから。お前との因縁はここで終わりにしよう。俺は先に進むよ、ラーファル」


 俺は人の言葉すら喋ることもできなくなった化物へ向けて、第二位階の奥義デッドリーインフェルノを振り落とした。


 頭部は獣の爪に引っかかれたような傷が入る。そして、その傷口から呪詛が回っていき、黒く変色を始めたのだ。


 アンデッド・アークデーモンは全身が黒一色に染まって、少しずつ少しずつ崩れ始めた。

 そして、頭の中で聞こえてくる無機質な声。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+6.1E(+8)、筋力+6.3E(+8)、魔力+9.3E(+8)、精神+9.9E(+8)、敏捷+7.2E(+8)が加算されます》

《スキルに暗黒魔法、精神統一が追加されます》


 すぐさま俺はEの領域であるステータスを得て喜び狂う暴食スキルを押さえ込む。その時、以前喰らったハニエルのコアにされていた少女ルナの声が聞こえた。


『私も力を貸すって言ったでしょ。忘れないで……』


 その声と共に疼きは収まっていき、右目から血を流す程度で済んだ。おそらく彼女が暴食スキルを内側から押さえ込んでくれたようだった。自分で何とかすると言っておいて……と思ったけど、ルナとは夢の中で共に戦おうと約束したのだ。


 今度、夢の中であったときにはお礼を言わないとな。いつもありがとうって。


 そんな気持ちもグリードの声によって、振り払われる。


『フェイト、始まったぞ』


 アンデッド・アークデーモンに異変が起こったのだ。黒くなった体のうち腹の部分が急激に膨らみ出す。そのまま臨界点を突破して、盛大に破裂した。


「なっ! これが分離なのか」


 ラーファル――アンデッド・アークデーモンを倒したら、何かが出てくるとは予想していたものの……これでは数が多くてすべては倒せないぞ。


 俺はそのまま黒鎌で切り裂く、エリスは黒銃剣で狙撃して撃ち落とす。そしてマインも黒斧を素早く拾い上げて叩き潰すが、全く手応えがない。


 腹から出てきたのは真っ黒なコウモリだった。その数は千をゆうに超えている。


 その一匹一匹が不死で斬っても、撃ち抜いても、潰しても、すぐに元通りになってしまうのだ。なら、《デッドリーインフェルノ》と言いたいところだが、魔力の流れを見るにこのコウモリ一匹づつに独立した生き物なので、倒すために千回以上も到底使えない。


 それよりも先に俺の全ステータスが枯渇してしまうだろう。


「なんだ、これは?」


 マインは冷静にコウモリたちを叩き潰しながら言う。


「集合生命体でナイトウォーカーの始祖。そして……私が求めているものを導いてくれる敵」


 睨みながら、噛み付こうとしてくるコウモリを左手で掴んで、地面へと叩きつけた。


 コウモリたちは次第にひとまとまりになって、人の形を作っていく。


 そして手にはいつの間にか、黒槍バニティーを持っていたのだ。


「久しぶりの再会なのに、つれないね。昔は仲間だったじゃないか、憤怒のマイン」


 ニヤリと笑った白髪の少年はマインに馴れ馴れしく声をかけるのだった。

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