第97話 暗黒物質

 アンデッド・アークデーモンは大きく四枚の翼を広げながら、何かを唱え始める。

 エリスとグリードがすぐにその動作に反応する。


「いけないわ」

『いかんぞ』


 使おうとしているのは俺でもわかっている暗黒魔法だ。異次元から不安定な暗黒物質を召喚して、大爆発させる魔法。俺が持っている火炎魔法など、あれに比べればしょうもないとも思えてしまうほどだ。


 現れ出した五つの空間の歪み。そこから、暗黒物質を呼び出そうとしているのだ。


「グリード!」


 俺は黒剣から黒鎌へ形状を変えて、その空間の歪みに向けて飛び立つ。

 この魔法は詠唱時間が他の魔法よりも長いみたいだ。だから、少しでも邪魔をされないように上空で行使しようとしているのか。


 黒鎌は発現した魔法を断ち切ることができる。重要なのは、魔法によってだ。あの暗黒魔法で有効なのは異空間への穴を開けるまでが該当する。


 一度、そこから暗黒物質が現れてしまえば、この黒鎌で斬ったとしても打ち消せない。下手をすれば、斬った衝撃で大爆発しかねない。この世界に顕現して、数秒も経たずに形が保てない品物だ。


 まだ、空間の歪みは口を開けていない。間に合うか!?

 問題は数が5つもあるところだが……。


 切り裂いていきながら、数える。


「1、2,3……」


 残り二つが届かない……。更に加えて、アンデッド・アークデーモンが詠唱をしながら、俺に襲い掛かってきたのだ。


「くっ」


 空中で体勢が上手く取れない中で、叩き落とすように手を振るってくる。


 しかし雷鳴のような音と共に、俺に接近していたアンデッド・アークデーモンの頭が明後日の方向を見たのだ。そして頭から青い血が流れ落ちる。


「フェイト、今だよ」


 エリスだ。後方から予め言っていたとおりに、援護してくれているのだ。


 黒銃剣から放たれた一発の魔弾が、アンデッド・アークデーモンのこめかみに当たったのだ。かなりの衝撃だったのに撃ち抜けていないのなら、あの冠魔物の防御力は相当なものだろう。


 俺は身じろいだアンデッド・アークデーモンの頭角を掴んで、蹴り飛ばす。その反動を活かして、残った空間の歪みに向かう。


「……4、残り一つ……チッ!?」


 四つ目を無効化にして、最後に残った空間の歪みを見た時には、暗黒物質が現れかけていたからだ。急いで魔法を切り飛ばすが、拳大の暗黒物質がこぼれ落ちてきたのだ。


 光のすべてを吸い込んでいるかのように黒過ぎるそれは、全体に細かい亀裂が一瞬にして生じる。そして、ゆっくりと砕けていくのだった。


『フェイト、俺様を魔盾に変えろ! 巻き込まれるぞ!』


 黒い光に包まれる前に、魔盾に変えれたが、至近距離で恐ろしいほど爆風に飲み込まれてしまう。


 一瞬、視界が真っ白になったと思ったら、俺はものすごい速さで地面に向かっていた。

 このままでは頭から地面に激突だ。体を捻って、着地を試みる。


 視界の端では、エリスがアンデッド・アークデーモンを引きつけてくれていた。

 着地と同時に、両足を踏ん張って、その戦いの中へ割り込む。


「大丈夫かい?」

「ああ、これのお陰でね」


 大きな黒盾をエリスに見せるように、彼女に襲い掛かってきていたアンデッド・アークデーモンを叩きつける。


 吹き飛ばされたお返しだ。


 アンデッド・アークデーモンは鈍い音をして、地面を転がっていく。だが、すぐさま体勢を立て直して再び空中へ上がっていってしまった。


 今度はさっきよりもずっと高い位置だ。雪雲の中へと消えてしまったのだ。


 逃げたわけでは決してない。


 普通の目では追うことができない。今の半飢餓状態になった右の赤目なら、魔力の流れを追える。

 意識を集中して開眼すると、思った以上のことが雪雲の中で始まっていった。


「エリス! 雲の中で……」

「これはまずいね。なんて数だ……」


 数は三十……いや四十……。クソッ、まだ増えている。

 そんな数を同時に多重詠唱できるなんて、思ってもみなかった。


 空を見上げる俺にグリードが《読心》スキルを介して言ってくる。


『ただの冠魔物なら、あれほどのことは無理だろう。中に得体の知れない者が入っているのだ。それを忘れるな』

「そうだけど……このままじゃ」


 エリスは支援系だといっていた。あれほどの攻撃を止める火力があるとは思えない。

 彼女の顔を見ると、お手上げってポーズをされてしまう。


 その時、王都中に警報が発令された。鳴り響く、けたたましいサイレンに思わず、耳を塞ぎたく成るほどだ。


 どうやら、やっと避難が始まったばかりか……。このままでは、上空にある空間の歪みから大量に発生する暗黒物質。それによって、王都を吹き飛ばすほどの爆風に、王都民たちが巻き込まれてしまう。


 距離が離れているから、直撃よりも威力は低いけど、あれほどの数だ。

 先程俺がくらった威力から考えても、聖騎士レベルなら生き残れるくらいの爆風になるだろう。一般スキルを持つ者なら生き残れるはずがない。


『フェイト! 何やっている?』


 こんな時でも俺をからかうように声をかけてくるグリード。これは……勝手に……。


 黒鎌から黒弓に変わってしまったのだ。

 いままで、俺がいつも形状を変えていたのに、こんなのは初めてだった。


『そろそろ、第一位階を使いこなすときではないか?』

「ここでかっ!?」


 狼狽する俺に、エリスまで飛びついてきて、賛成してくる。


「せっかく、ガリアで特訓した時に色々と教えてあげたのに、出し惜しみしちゃって……さあ、出しちゃいなよ!」

「やめろ、くっつくなっ!」

「でも、これしかないと思うけど、僕も最適解だと思うな」


 こういう時だけ、息が合うんだよな。

 ふぅ〜、大きく深呼吸して、グリードに言う。


「俺からステータスの10%を持っていけ」

『よく言ったぞ、フェイト! では早速、いただくぞ!』


 俺のステータスを奪って、この強欲な武器は、成長していき変貌していく。

 禍々しい姿になり、更に大きく育ったグリードは、武器というより兵器といった方がしっくりとくる。


 ここまではいつもと同じだ。第一位階である《ブラッディターミガン》だ。

 グリードやエリスが言ったのはここから先があるのだ。


 これは単に俺のステータスを得たグリードの力だ。いままではその力を借りていたに過ぎない。


 俺がやろうとしているのは、ここから先。この奥義を己の武器として……兵器として修めるのだ。


 暴発したら、ここら一体吹き飛ぶっていうのに、こいつらは……。


 でもここまで来て、もう引くわけにもいかない。


 俺が持つ大罪スキル――暴食の力を合わせるのだ。そうだ、ガリアで使った変異派生だ。


 通常の奥義でもとんでもない威力があるのに、更に攻撃力を飛躍的に引き上がる変異派生をさせるのだ。おまけに通常の奥義ではグリードが制御してくれたのに、変異派生させてしまうとすべてが俺に委ねられるのだ。


 俺はこの制御に苦労して、ガリアの地でエリスとマインに睨まれながら、気を失うまで訓練することになったのだ。第一位階を使ってステータスが減ると、魔物を倒して補充。形になるまで解放されないという……まさに地獄だった。


 まずまずの制御ができるまでになったけど、こんな実戦で使うことになってしまうとは、


『集中しろ、フェイト』

「ああ、やってやるよ!」


 弦を引いて、空高くにいるアンデッド・アークデーモンの魔力を追う。ここか……しっかりと狙いをつける。


 魔力が収束した黒い魔矢が、はちきれんばかりの稲光のような黒い筋を発生させている。


 そして集中して変貌した黒弓と一体化するように意識を溶け込ませていく。それを暴食スキルとつなげるのだ。


「変異しろ、ブラッディターミガン!」


 掛け声をかけてもっと深く、もっと深く、同化させるのだ。臨界点まで達した時に、黒い魔矢に変化が始まった。


 真っ直ぐな1本の魔矢が、二重螺旋に変わったのだ。


 いける! 俺は迷わず、変異派生ブラッディターミガン・クロスをアンデッド・アークデーモンへ放つ。


 巨大な二本の黒い稲妻が螺旋回転しながら、王都から空を隠していた雪雲を飲み込んだ。


 その中にあった……ものすべてを。召喚中だった暗黒物質、召喚していたアンデッド・アークデーモンを空の彼方へ連れ去っていく。


 そして、まだ夜なのに太陽が現れたかのような光を発したのだ。 

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