第96話 色欲の参戦

 アンデッド・アークデーモンが持つ見たことのないスキル二つも《鑑定》しておく。


暗黒魔法:異空間から暗黒物質を召喚する。

精神統一:一定時間、技系・魔法系スキルの威力を5倍に増大させる。


 暗黒魔法の説明にある暗黒物質とは何か? もしかして先程の研究施設を吹き飛ばした力なのかもしれない。

 予想していると、グリードが《読心》スキルを通して、同意してくる。


『フェイトの考える通りだろうな。暗黒物質はこの世界ではとても不安定な物質だ。形が保てなくなり、消えてしまう。その時に信じられないほどの高エネルギーを発するのだ』

「なら、さっきの攻撃で精神統一スキルを使っていたのかが、気になる」


 魔法の威力を底上げするという脅威のスキル精神統一。問題は、あの攻撃に使っていたかだ。


 もし、使っていれば、この冠魔物はそれ以上の広域攻撃をしてこないだろう。

 しかし、精神統一スキルを使っていないのなら、今の爆発の5倍の威力の魔法行使ができてしまう。


 そんな魔法を、連続行使されたら王都が無くなってしまってもおかしくはない。


 俺が持っている剛腕スキルがある。これは一定時間、ステータスの筋力を2倍にするスキルだ。なかなか強力なスキルだけどリスクがあって、使用後に反動で筋力が十分の一になってしまう。そして回復までに一日を要するのだ。


 一時的にステータスまたはスキル効果を上昇させるものは、何らかのリスクがあると思っていたけど。精神統一スキルは違ったみたいだ。


 そういったリスクがあれば、ステータスの大幅低下でわかるんだけど……。


『まあ、確固たる確証はないが……あの冠魔物は使ってはいないだろうか』

「ラーファル、その中に今入っているやつは言ったんだ。ラーファルの願いを叶えると」


 あんなに自信たっぷりに言っておいて、これだけで済ませるはずがない。

 未だ上空に浮かぶ、アンデッド・アークデーモン。目を閉じて沈黙を続けていた。


 そして横目でアーロンを見る。消耗した状態で今もなお肩で息をしていた。それは当人もわかっているようだ。俺と同じ鑑定スキル持ちであり、今の状態が長年の経験からも危機的であるとよくわかってるようだった。


「儂はここまでのようだな。この状態で共に戦っても足を引っ張ってしまうだろう。フェイト、メミルをこちらへ」

「はい、お願いします」


 俺が抱き上げていたメミルをアーロンに渡す。彼は優しく彼女を受け取ると容態を聞いてきたので、手短に伝える。


「彼女は、大量に血を失っています。安静にさせてください」

「わかった。しかし、あれの暴れようによっては、屋敷の方へは連れて行けないだろう。儂たちは可能な限り住民を率いて、ホブゴブの森に退避することにする。なんせ、あれほどのステータスだ……もっと遠くへいかねばならんかもしれん」


 アーロンは苦虫を噛み潰すように言った。

 その時、後ろから声がかかる。


 振り向いて見れば、白騎士たちが歩いてくるではないか。二人に挟まれるようにして、やってきた胸の大きな青髪の女性を見て、俺は顔をひきつらせた。


「待たせてしまったね、フェイト。でも、ギリギリセーフかな?」

「遅すぎるよ。あれっ、あれをどうにかしないと、王都は終わりだぞ、エリス!」


 すると、白騎士たちはいきり立って、俺に白槍を向けてくるではないか!?


「無礼者、この方をどなたと心得る!!」

「エリスでしょ?」

「このっ、無礼者がっ!」


 軽く白槍で刺されてしまう。

 見かねたエリスが白騎士たちを手で制して、白槍を降ろさせた。


「まあ、それくらいにしておきなさい。今回の一件の報告、ご苦労でしたね。アーロン・バルバトスよ」


 突然のエリスの登場に訝しげにしていたアーロンだったが、何か思い当たる事があったようで、ハッとした顔をして、その場に跪いた。戦いの最中なのにそんなことさせてしまうエリスとは一体!?


 そして、エリスが持っている黒い武器に、背筋が凍るほどの思い出があった。


「なんで、黒銃剣エンヴィーがっ!」

「ボクの大罪武器だからだよ。まあ、かなり昔に大喧嘩して仲違いしてしまっていたけど、ガリアの一件を期に、仲直りした感じかな。これぞ、元の鞘に戻るってね」


 そう言ってエリスは、縁を細かな粧飾に飾られた鞘に納まった黒銃剣に手を当てる。


 時間がなかったので詳しい話はできなかったが、この王国はエリスとエンヴィーが建国したのが始まりだったようだ。その後、数百年経って互いの理想の違いから、喧嘩別れしたという。


 エリスはある目的のために放浪の旅へ、エンヴィーは人の体を乗っ取る能力で、ずっとこの王国を治めていたという。


 エンヴィーはエリスの代わりとなる理想の体を得ることに、だんだんと固執していったという。

 そして辿り着いたのが固有名称を持つ人間作成だ。そのためには種族の中で恨みを重ねさせていく必要があった。それが人間を使ってのヘイト現象実験だった。


 民衆が生きていける最低ラインは維持しながら、聖騎士たちの横暴を長い年月に渡って見過ごしてきたのだ。そして、ヘイトが最大限に達しているを見計らって、民衆たちの希望だったロキシーをガリアで殺そうとした。


 俺としては許すことのできない黒銃剣だ。


 エンヴィーはガリアで天龍を操っていた。つまり、ロキシーの父親を殺したのもエンヴィー。ロキシーがガリアに行かなければならない理由を作ったのもエンヴィーということになる。


 この王国の王様だからといっても、やって良いことと、やってはいけないことくらいあるはずだ。


 俺の怒りが顔に出てしまっていたようだ。白騎士たちは警戒をして、握っている白槍に力がこもる。


 そんな中でエリスが、申し訳無さそうな顔をして言うのだ。


「エンヴィーにはよく言い聞かせた。今回の一件は、エンヴィーが行ってきた圧政による罰だろう。本来ならこの黒銃剣を折って詫びるところだけど、これは非破壊で壊せないからね。せめて、これからは償わせて欲しい。ボクだって今までエンヴィーのやっていることを見て見ぬふりをしていたわけだし」


 王都で合流するはずだったエリスがこれほど遅れてしまったのは、エンヴィーとの和解をしていたからだった。俺たちよりも先に王都に入って、既に義体によってガリアから回収されていたエンヴィーと会っていたようだ。


 なら、俺がバルバトス家の当主として、王様に謁見した時にはどちらだったのか気になってくる。


「エンヴィーは初めは頑固でね。どうやら、ガリアで君に負けてしまったことが、かなりショックだったみたいだよ」

「そう……今はなんて言っているの?」

「もう好きにしろってね。僕は負け犬だってさ」


 にやりと笑い、鞘に納まったエンヴィーを擦る。なんだか、ものすごく嫌がっているようにみえて仕方ない。


「長話もこの辺にしておこうか、お前たちは王都民たちの避難誘導を! 相手は天龍をゆうに超える力を持っている。その余波だけで、王都が陥落してもおかしくはない」

「「はっ!」」


 白騎士たちはエリスの指示に従って、兵士たちや聖騎士たちを集めて、退避を始める。

 アーロンもそれに続き、メミルを背負って走り出した。


「フェイト、また後で会おう」

「はい、メミルのことを頼みます」

「わかった」


 遠ざかっていく彼らを見送る。そして視線を戻して言う。


「そろそろ、動き出しそうだ。いけるかい、エリス?」

「久しぶりの実戦だけど、頑張ってみるよ。知っていると思うけど、ボクは援護系だからね。前線は君に任せるよ」


 久しぶりといえば、大罪スキル保持者同士の共闘はマイン以来だな。


 ん? マインは何をやっているんだ。かなり騒ぎが大きくなっているのにさ。

 だがもう考えている暇はなさそうだ。


 俺は黒剣を構え、エリスは黒銃剣の銃口を見開いてアンデッド・アークデーモンへ向けた。

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