第93話 虚飾の黒槍

 俺が放った魔矢をラーファルは黒槍を用いて、容易く貫いてみせた。単純な攻撃ではやつに届かない。


 研究施設から出てくるナイトウォーカーの数も増している。アーロンが不死身となったハドを抑えながら、増え続けるナイトウォーカーを斬り止めていた。


 そんな背を向けた彼に、ラーファルが視線を向ける。いけない、俺の相手をすると見せかけて、空間を飛び越える黒槍でアーロンを貫く気だ。


 素早く黒弓を構える俺にグリードが早く口で言っている。


『魔矢に砂塵魔法付加して、黒槍の穂先を狙え!』


 言われた通りに、魔矢に砂塵魔法を付加して放つ。土属性を内包して茶色に変化した魔矢は、ラーファルが持つ黒槍の穂先へ一直線に飛んでいく。


 ラーファルがそれに気が付いて煩わしそうに黒槍で弾いた。そして、そのまま黒槍で空間を超えて攻撃しようとするが、


「なにっ!」


 土属性魔法によって穂先にこびりついた砂と石が、空間跳躍に干渉したのだ。

 それを見た俺がグリードに言う。


「良い方法を知っているなら、教えてくれよ」

『悪かったな。俺様とて、あの黒槍をよく知っているわけではない。昔に見た姿からかなり変わっていたので確証は得られなかったが、あの空間跳躍攻撃は紛れもなく大罪武器プロトタイプであるバニティーだ』

「プロトタイプ!?」

『ああ、あれには俺様たちのような心(安全機構)はない。より強い力を発揮するために、使い手の命を吸い続ける』


 苦々しく舌打ちするラーファル。穂先を地面に叩きつけ、その衝撃で付着した石を取り除いていく。


 その黒槍を持つ手からは血が流れ続けていた。


「吸うって、使い手の血なのか」

『そうだ。血を吸い続けてその生命エネルギーで、空間跳躍攻撃をしている。普通の人間なら、あっという間に血がなくなってなってミイラだろうさ』

「血を吸われてもなんともないのは、ラーファルがナイトウォーカーの始祖の力を得ているから……」

『そういうことだ。あれもハドと同じ不死だろうさ。さあ、どうするフェイト』

「やるしかないだろ!」

『そうこなくては』


 空間跳躍攻撃を一時的に封じた今がチャンスとラーファルへ近付こうとするが、溢れ出したナイトウォーカーたちが俺の前を塞いだ。おそらく、ラーファルが操って、ナイトウォーカーたちを移動させたのだろう。


 黒弓から黒剣に戻して、奴らからの噛み付き攻撃を躱す。時には足を切り落として行動力を奪いながら前に進む。そしてナイトウォーカーの群れから顔を出したところで、ラーファルの黒槍が目の前に現れた。


 咄嗟に黒剣で受け止める。


「小賢しいことをしてくれるじゃないか」

「だいぶ綺麗になったな。だが、直接来たということは、まだ使えないのか?」

「フェイトの分際で……言うようになったじゃないか。ついこの間まで、俺に顔を踏まれて命乞いしていたやつがな」


 ぶつかり合う、俺が持つ黒剣とラーファルが待つ黒槍。互いの武器で受け止め、押し合う。


 この身動きがとれない状況は俺の方が不利だ。なぜなら、周りにいるナイトウォーカーたちが俺を狙って、近づいているからだ。


 グリードは俺に忠告していた。噛まれてしまえば、強力な呪詛によって、Eの領域すらも超えてダメージが入ってしまう。つまり、俺もナイトウォーカーになって、ラーファルの下僕だ。


 ラーファルが俺に固執したように黒槍を向けてくるのは、たぶん俺を自分の下僕に加えたいからだ。


 俺が知る限り、王都には少なくともEの領域にいる者が二人いる。それは王様の側近である甲冑で顔まで隠した白騎士たちだ。


 その白騎士たちを従える王様だって、只者ではないはず。


 ラーファルが俺たちに言ったように王都を制圧するなら、俺とアーロンを手中に収めておきたいところだろう。


「後がないぞ、フェイト」


 喜々した顔で更に力を込めて、黒槍を押してくるラーファル。


 背後から聞こえてくるナイトウォーカーたちの叫び声。

 しかし、俺はラーファルと向き合ったまま、安心していた。


「俺はお前のように一人で戦っているわけではないんだ」

「なにっ!」


 俺の背後で、ナイトウォーカーたちが切り裂かれていく音が聞こえた。

 その瞬間に、俺の名を呼ぶ声が聞こえる。


「フェイト!」


 呼応するように、視線を後ろのアーロンに移した隙をついて、黒槍を受け流す。そして、ラーファルの側頭部に格闘スキルのアーツ《寸勁》を蹴り込んだ。


 派手に飛び散る肉片。俺はそのまま後ろへ飛び退き、アーロンと入れ替わる。


 彼の後ろには、変貌したハドが黒い翼をバタつかせて、追いかけてきていた。いや、元々ハドは俺狙いだ。それをアーロンが食い止めてくれていただけ。


 ちょうど、アーロンが俺の方へ向かったので、彼を追いかける形になったのだろう。


「待たせたな、ハド」

「フェイトォォォォオオオ!」


 俺は暴食スキルの力を半飢餓状態にまで開放する。おそらく右目は忌避するくらい真っ赤に染まっているはずだ。


 頭を切り落されても死ねないハド。人としての心はとっくに失われていて、Eの領域にまで達してしまったために崩壊してしまった怪物。


「これならどうだ!」


 飛び込んでくるハドの二本の聖剣。一本は躱せたが、もう一本が左肩を斬り裂く。だけど、これくらいで俺は止まらない。


 躱しながら、俺は上段に構えた黒剣をハドの頭から下半身に向かって走らせていく。

 均等に右と左に別れたハド。地面を転がって、近くの施設の壁に激突する。


 息を荒らげる俺の後ろでは、アーロンが頭が欠損したラーファルの胸を聖剣で突き刺していた。あの位置は心臓だ。


 そのままの状態で聖剣をひねると声を張り上げる。


「グランドクロスッ!!」


 アーロンが今までに溜め続けていた聖なる力が、一気に開放されて、深夜なのに辺りは昼間のように明るくなった。まばゆい光の中でアーロンは自身の魔力を更に押し流す。


 聖剣を突き刺されて体の内部から、聖剣スキルのアーツである《グランドクロス》を受けたのだ。


 これほどの強力な攻撃。食らってしまえば、俺でも生きてはいないだろう。


 光が収まったとき、ラーファルの胸にはポッカリと大穴が空いていた。そこから見える景色――戦いによって瓦礫となった軍事区は異様なものだった。


 冷え込んだ風が吹き抜けていく。そして、空からは雪がしんしんと降り始めていた。


 ラーファルと対峙しているアーロンはどこか悲しそうに言う。


「これでも止まらないか、ラーファル・ブレリック」

「血が足りない。もっと血を寄越せ。これが剣聖の本気か……笑わせるぞ」

「くっ……グハッ」


 聖剣から手を離して、地面に崩れ落ちるアーロン。脇腹には空間跳躍した黒槍が深々と刺さっていた。


「下僕になれば、その痛みもまたすぐに消える。あなたが負った責からも開放してやろう。もう楽になれ、剣聖よ」


 そして、ラーファルがアーロンの首元へ噛み付こうと口を近づける。


「させるわけがないだろ、ラーファル!」


黒剣を強く握って、剣先をラーファルの口に目掛けて狙う。

だが、信じられないほどの力で黒剣を噛んで、止めてみせたのだ。


その口からは、発達しすぎた犬歯が覗いていた。

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