第92話 血の大号令

 ラーファルが持つ黒槍にいち早く反応したのはグリードだった。


『いかん!ここは狭すぎる。一刻も早く、この場から離れろ、フェイト!』


 しかし、それは遅すぎた。


 距離を取ろうとしたときには黒槍の穂先から、手元より少し先の柄までが、まるでどこかの空間へ飲み込まれてしまったかのように、ぽっかり無くなっていたのだ。


 その刹那、虚空から穂先が現れて、俺の右側頭部を目掛けて飛んでくる。

 くっ! 間に合わない。


「儂がいることを忘れてもらっては困るっ!」


 アーロンがその間に聖剣を割り込ませて、黒槍の軌道を変えてみせた。

 穂先は俺の頬を掠めて、床に突き刺さる。


「アーロン、ありがとう」

「礼はあとでいい。それよりもこの場では戦いづらいぞ」


 それを言うやいなや、俺とアーロンはこの不気味なコレクションルームから壁をぶち破って出ていく。


 外では案の定、化物となったハドが待ち構えていた。


「フェイトオオオォォ」


 俺の名を呼び、飛びかかってくるハド。


 形を変えてさらに強くなった。だけど、それによって僅かに残っていたのかもしれない思考がほぼ失われており、戦い方は単調化している。


 先程は遅れを取ったけど、今なら遅れは取らない。


「来い、ハド。俺はここにいるぞ」

「フェイト!」


 血のような赤い目を滾らせて、俺を睨んで飛び込んでくる。上段に構えた二本の聖剣を俺の両肩に叩き込もうとするが、


「残念だが、お前の相手はこの儂だ」


 俺はただの囮。アーロンはハドの首に俺しか見えない聖剣を走らせて、切り落とした。

 ボトッ。嫌な音が地面から聞こえてハドの頭が転がっていく。


 首なしハドは倒れること無く、その場で止まった。しかし、この違和感……。

 切り落とした首から一滴も血が出ないのだ。普通なら噴火のような大量の血が吹き上がるはずだ。


「なんてことだ……ここまで再生能力が……」


 アーロンがそう言うのもよく分かる。切り落とした首から上が再生を始めたのだ。

 未だに地面にはハドの頭が転がっているのにだ。


 顎が現れて、鼻から眼球、頭部へと再生していく。


 まさか、ハドは不死身なのか……こいつをどうやったら倒せるんだ。


 俺とアーロンが顔を見合わせていると、後ろの建物――俺たちが開けた穴から、ラーファルがゆっくりと歩いてくる。


「どうした。その程度か! がっかりさせないでくれよ、フェイト……それに剣聖様」

「ハドに一体何をした?」

「なに、俺の血を与えただけだ。誰かさんに酷い殺され方をしていたものだから、使えそうな魔物の部位を使ったくらいだ。俺はフェイト、お前に感謝をしているんだ」


 ラーファルは俺たちの後ろで再生中のハドに目を向けて、つばを吐く。


「ハドを殺してくれて、ありがとう」

「!? ハド……何を言っている? お前の弟だろ?」

「フェイトは何も知らなかったな。しかし、アーロン様ならご存知のはずでは?」


 聞かれたアーロンは浅く息を吐いて言う。


「ブレリック家には当初子供ができず、それに嫌気が差した前当主が妾に産ませたのがラーファルだ。念願の子を授かった前当主は大変喜んでおった。そして、その娘――リナと再婚したと聞く」

「そう、そこまではよかった。しばらくの間、俺も母様も幸せな時を過ごした。だが、あの男はまた次を探してきた。なぜだと思う、フェイト。お前ならわかるはずだ」

「……お前の母が持たざる者だったからか」

「正解だ。あの男は母様の美しさに惹かれただけだった。家に入れて、何かと母様の素性が邪魔になってきたんだよ。子供が生まれたことに安心したのか。やはり、あの男は家柄の良い娘を欲したのさ。そして、生まれてきたのがハドとメミルだ。後はお前らが見た通りさ。持たざる者の母様は瓶詰め、半分出来損ないの血を引く俺はハドの保険だ」

「お前たちは仲が良かったように見えていたのに……」


 知っている三兄妹は、門番だった頃の俺を仲良くボコボコにしていた。


 それだけではなく、目立ってラーファルがハドやメミルに対して嫌悪感を見せたことはなかったように思う。いつも、あの二人にとっては、導いてくれる良き兄だったはず。


「お前の目は相変わらず節穴だな。そんなことだから、ロキシー・ハートの事も気がつけないんだよ。何も見抜けないお前はそうやって、周りに振り回されているのがお似合いだ」


 ラーファルは黒槍を振るって、空間を飛び越えて攻撃をしてくる。


 真後ろか!? 


 体を捻って、躱す。黒槍が脇腹をかすめる。


「なかなか良い反応じゃないか、褒めてやるぞ。体も暖まってきた頃だ。そろそろ、始めよう……血の大号令だ。目覚めろ、我が眷属たちよ!」


 にやりと笑いながらラーファルは、得体の知れない魔力を放った。後ろで再生がようやく終わったハドがそれに反応して咆哮する。


 その声が、次々と聞こえてくるのだ。その声の先は、俺が侵入していた研究施設からだった。


 数え切れないくらいの声の波が押し寄せてきて。耐えきれなくなった研究施設の壁を突き破って、溢れ出す。


「こんなにいたのか……」

「フッハハハッ。どうだ、これほど数がいれば、王都はたちまち陥落する。くだらないスキル至上主義はここに潰える。お前だって、嫌いだっただろ、このスキル至上主義の世界が。喜べ、フェイト。お前を苦しめてきたこの世界を俺が変えてやる」

「ラーファル、お前にだけは言われたくない! それに、王都を乗っ取ったとしても、お前は持たざる者たちへ配慮することはないんだろ」

「そうさ。当たり前だろがっ。なぜ、強い俺が弱き者を思いやらなければいけない。俺はスキル至上主義を壊し、俺以外はすべて下僕の世界、平等な世界を作ってやるさ」


 この数、俺とアーロンだけでは抑えきれないぞ。


 それに前にはラーファル、後ろにはハド。俺とアーロンは互いに背中を合わせて、睨み合っていると、グリードが《読心》スキルを介して言ってくる。


『ラーファルとやらを観察していたが、あいつはナイトウォーカーの始祖を取り込んでいる。あの目の色には見覚えがある。それに、あの男は言った。ハドに自分の血を与えたとな。なら、話は簡単だ。王都がナイトウォーカーで溢れかえる前にラーファルを殺せ』

「ラーファルを倒せばいいのか!?」

『そうだ。始祖を殺せば、血で繋がっている眷属も断てる。言っておくが、ラーファルを殺しても、ナイトウォーカーになった者は元には戻らないぞ。灰になるのみだ』


 それは吉報だ。ハドのあまりの不死身ぷりにどうしようかと思っていたところだ。

 狙うはラーファルのみ。


 俺は黒剣を黒弓に変える。そして、アーロンに言う。


「グリードからの情報です。ラーファルがこの化け物たちを操っています」

「なるほど、この騒ぎを止めるには、ラーファル・ブレリックを殺さなければいけないか」

「……はい」


 アーロンは聖剣に魔力を更に込めて、攻撃力を高めていく。


「ならば、ハドは儂が引き受けよう。フェイトはラーファルだ。だが、あのナイトウォーカーの数では乱戦必至」

「わかりました。時と場合によっては、交差させましょう」

「そういうことだ、いくぞ」


 黒弓を引いて、ラーファルに向けて魔矢を放つのを合図に互いの背中を離す。

 俺の長きに渡り、因縁だったブレリック家との戦いが始まったのだった。

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