第91話 人ならざる者

 アーロンと同時に、ハドに向かって右と左から挟み込むように駆ける。

 まずは俺から!


 上段から斬り込むと見せかけて、更に踏み込んで中段へと切り替える。ハドはそれに反応して、俺の攻撃を左手の聖剣で受けて、右手に持つ聖剣で斬りかかろうとするが……。アーロンがそれを許さない。


 無理矢理、ハドの右手の聖剣を弾いて、俺に隙を提供してくれる。


「フェイト!」

「下がってください。うおおおおぉ」


 黒剣に《火弾魔法》を重ね、燃え上がらせた炎剣をハドの心臓へと突き立てる。そして、アーロンが飛び退いたのを横目で見ながら、魔力を注ぎ込んだ。


 超至近距離で発動した魔法は、ハドを燃やして俺さえも包み込んで、火柱を上げた。


 あまりの威力による衝撃波で、俺は吹き飛ばされてアーロンがいる後方まで、転がってしまう。空からは、その衝撃で砕けてしまった建物の壁やガラスが雨のように降り注ぐ。


「大丈夫か? 無茶をする」

「ええ、すこし火傷したくらいです。このくらいなら治ります」


 自動回復スキルと自動回復ブーストスキルを合わせて持っているため、自分でも笑ってしまうくらい、傷は癒えていく。ハドを見て化物だと思ったけど、俺だって人のことを言えない。


 アーロンの手を借りて立ち上がり、燃え上がるハドの様子を窺う。


「なんていう、再生能力だ……」


 声を上げたのはアーロンだった。ハドは炭化して燃え落ちる部位の下から、真新しい肉が飛び出して、みるみるうちに修復されていく。


 いや、それだけではない。更にハドの皮膚よりも、もっと硬質なものへと強化されていたのだ。


「もう、あれはハドじゃない……あれは……あの姿はもう……」


 俺はハドの変わりように、言葉を失いかけていると、グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。


『ナイトウォーカーとなった者に人の心はない。フェイト、よく覚えておけ。人としての心を失い、Eの領域まで達した出来そこないの姿を……崩壊現象だ』


 ハドの姿は魔物そのものだった。口は耳元まで避けて、歯は歪に鋭く伸び切ってる。体は異常に発達して、岩のようにゴツゴツして赤黒い。まるで鮮血が時間が経って固まったような色だ。


 そして、もっとも特徴的な悪魔のような黒い翼が、背中に突き破るように2枚生えている。


 グリードは崩壊と呼んだ。もし、俺がガリアの地で天竜を倒した後、ロキシーに救われなかったら、あのような姿になっていてもおかしくはなかったとグリードは言うのだ。


 これは笑えない。


 俺がこの先で暴食スキルに飲み込まれてしまったなら、Eの領域という有り余る力によって、人の心を失うだけでなく、人としての姿すらも失い、史上最悪の魔物が誕生してしまうというわけだ。


『ビビったか? フェイト』


 グリードのそんな挑発に首を振り、


「いや、もしかしたらあの天竜ってさ。元は人だったのかな」

『そうだと言ったら、どうする?』


 無言になっていると、グリードだけは笑って言う。俺様は初めから言っていたと、Eの領域は人外の領域だと、その言葉の通りだと。それでもお前はその領域に踏み入れてしまったのだと。


 俺はアーロンの呼び声で、我に返る。戦いの最中だというのになんてざまだ。


「フェイト、どうした?」

「すみません。ハドは……」


 未だに燃え上がる炎の中で、静まり返っている。だが、先程までよりも奴からのプレッシャーが一段と上がったように感じられる。

 ゆっくりと、瞼を開いて……深紅の瞳が俺を捉える。


「なっ!?」

「これはっ……」


 一瞬だった。ほんの一瞬で、ハドは俺とアーロンの背後に移動してみせたのだ。

 そんなことをやってのけれたのはあの黒い翼の力なのか!?

 振り上げられた二本の聖剣。


 驚くべき重い斬撃が、俺とアーロンを襲う。

 すんでのところで、互いに一つずつの斬撃を受け止めるが、大きな火花を散らして、振り抜かれてしまった。


 二人合わせて、後方へ弾き飛ばされて、何かの研究施設の壁に突っ込んだ。


 自分の上に積み上がった瓦礫をのけて、立ち上がるとそこは異様な場所だった。無数の女性がガラス製の大きな容器に納められて、溶液に浸かっている。まるで、虫や鳥の標本のように扱われていた。


 そして、なぜかあれほど怒り狂っていたハドが追撃をしてこないのだ。

 違和感を覚えつつ、研究室に掲げられた家紋を見るに、やはりここもブレリック家だった。


 その中である女性が特に目を引いた。とても美して、この世の者とは思えないくらいに……。


 一体誰なのか……そう思っていると、その人を見たアーロンが思わず名前を読んでいた。


「リナ・ブレリック……なぜ、このような場所に、彼女はたしか十年以上前に亡くなったはず」


 リナ・ブレリック!? 誰だ? 名前からしてハドやラーファル、メミルに関係ありそうだけど。


「彼女はどういった人なんですか?」

「それは……」


 アーロンはハドの追撃に警戒しながら、言葉を濁して言う。


「詳しい内情は知らんが、リナ・ブレリックはラーファルの実の母親だ。元々体が弱かったそうで、ラーファルを産んだことでひどく体調を悪くしてのう。数年後に亡くなった。まさか、このような場所にいるとは……それに他の娘達は……」


 なんというか……ここは今まで見た実験室とは違う。例えるなら、欲望を満たすコレクションルームといったらいいだろうか。


 過剰な粧飾が施されたこの部屋にはそれがお似合いだった。


 リナ・ブレリックが納められた容器に近づくと、これだけガラスに細かいキズがついていることがわかる。


 そして、足元には金で作られたエンブレムが埋め込まれているのだが、何かを使って深くえぐられており、刻まれた何かを読むことすらできない。


 ここにも他と違った異質な感じが見受けられる。加えて、お墓に供えるような生花がそのエンブレムの横に生けてあるのだ。この花の様子から、置いたのはつい最近のように思えた。


 アーロンと共に、部屋を見回していると、廊下から足音がゆっくりと近づいて来て止まる。勢い良く開かれる扉。


 そこにはよく見知った顔があった。奴はあの時と変わらずに、嫌みったらしく笑みをこぼしながら言うのだ。


「これはこれは、剣聖アーロン・バルバトス様ではないですか。なぜ、このような場所に? あのような大きな穴を開けて入ってこられては困ります。剣聖ともあろう人が、このような礼儀知らずでは困りますね」


 奴はアーロンばかりに話しかけて、俺など眼中にないような感じだ。

 相変わらずだな。


「ラーファル! これはなんだ!?」


 俺の言葉にやっと顔を向けたラーファルが唾を吐き捨てる。どうやら、俺が剣聖アーロンの横にいるのが、とても気にらないようだ。


「フェイトか……見ない内にえらく出世したそうじゃないか。聞いたぞ、バルバトス家の家督を継いだと。どのような手段で取り入って、その地位を手に入れたんだ?」

「お前……」


 俺が詰め寄ろうとすると、アーロンが手で制して止めてくる。そんな様子がラーファルのツボにはまったらしく、狂ったように大笑い。このような広い部屋でただ一人、笑うなんて気味が悪い。


 笑うだけ笑い、気が済んだのか。ラーファルは警戒する俺たちの横を歩いて通り過ぎる。

 そして、リナ・ブレリックの前で立ち止まって言う。


「今日は記念すべき日になる。これから始めようとしていたら、既に誰かさんによって始まっていたが、これも予定の範疇だろう。母様が亡くなった今日、この日。この力を持って、この王国を」

「ラーファル……!?」

「そうさ、フェイト。お前から感じるぞ、同じ力を。どうだ、手に入れたんだろ? なんでもできる力を!? 俺はこの力を持って、今まで成せなかったことを成し遂げる。言っておくが、俺が本物だ。あれ(ハド)とは違うぞ」


 ラーファルの瞳の色が赤く染まっていく。ナイトウォーカーの瞳より更に深みを増した赤。思わず忌避したくなるような瞳を向けてくる。そこにあるのは憎悪。


 そして、虚空から黒槍を取り出して、俺とアーロンに槍先を向けたのだ。


「フェイト、もう一度しつけ直してやる」 

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