第90話 増え始める亡者
聖騎士のナイトウォーカー。それは予想を越えた力を持っていた。
一瞬で俺の懐に入り込んでくる。メミルを抱きかかえていたために思うように動けずに反応が遅れてしまう。
それを獣のような鋭い眼光が逃すわけがなかった。
強く握りしめた拳を床すれすれから振り上げて、俺の腹を突き上げたのだ。
信じられないほどの衝撃に僅かに意識が遠のいた。メミルを持っていた手が緩む。
俺はメミルを残して、勢いそのままに後方へ吹き飛ばされて、隠し部屋の天上でなく上の階の壁や部屋の壁まで突き破っていく。意識がはっきりした頃には、研究施設の外壁の外へ投げ出されていたのだ。
空中で落下しながら、ナイトウォーカーに成り果てたハドの実力に驚きを隠せなかった。
そんな俺にグリードが《読心》スキルを介して言ってくる。
『Eの領域だ』
「…………あのハドが」
『何をそんなに驚いている。前に言ったはずだ。ここから先は人外の領域だとも。お前はまだその入口に立ったばかりだ』
その領域に踏み込むきっかけが俺の場合は暴食スキルだっただけ。グリードの口ぶりなら他に方法はいくつもあるようだ。
お城の中で王様と謁見したときだって、白騎士たちはEの領域を越えていた。その2人については、あの後で納得できる部分もあった。
しかし、ナイトウォーカーからのEの領域へとは受け入れがたい。
「Eの領域ってのは、天竜と同じで生きた天災なんだ。その領域に達していない者には、倒すことは不可能。しかも、噛まれるとナイトウォーカー化してしまう……あんな者に王都で暴れられたら」
『あっという間に亡者たちでひしめくことだろうさ』
クッソ。それにメミルがまだ研究施設の中だ。
後ろを見れば、俺は隣の施設まで吹き飛ばされていた。丁度いい、これを足場にしてもう一度施設の中へ入って……。
「なにっ!?」
俺を追って、ハドがとんでもないスピードで突っ込んできた。俺が足を建物壁に付けて飛び出そうとしているのだ。躱せない、タイミングが悪すぎる。
ハドが俺に頭からぶつかってきた。
「フェイトオオオオオォォォ!」
「くっ」
またかよ! ハドの勢いを殺すことができずに、後ろの施設の壁を突き破って、中にはいってしまう。
施設の中の壁という壁、天上や床までも穴を開けて、結局は施設を貫通してしまう。
俺はたまらずにハドの左腹を殴りつけて、少し離れた隙を狙って、顎を蹴り上げる。
「フェイト、フェイトってしつこいんだよ」
更に距離が取れたので、黒剣を振るって縦に切り裂く。手応えはあった。
静かになったハドから離れた位置に着地する。そして様子を窺いながら、俺はあるものを失ったことに気がついた。
髑髏マスクだ。さっきまで付けていたのに、どこに行ってしまったのか。施設を突き破った衝撃で落としてしまったのか、そう思っていたらそれは立ち上がったハドの口元にあった。
髑髏マスクを噛み砕きながら、咆哮するハド。俺が斬りつけた致命傷とも思える傷は時間を巻き戻していくかのように修復されていった。
俺は黒剣を構え直して、剣先をハドへ向ける。
それは、マイン曰く俺のトレードマークだったのにさ。
来るか、ハド。と思っていると騒ぎを聞きつけた警備兵や、聖騎士たちが駆け寄ってくる。
そして皆が俺ではなく、変わり果てたハドに釘付けになる。
「これは……一体」
「ハド・ブレリック様、どうなされたのですか?」
当のハドは、なにやらしきりに臭いかぎながら、まるで餌を貰う前の犬のような感じだ。
まさか!?
「離れろ! お前たち、それから離れるんだっ!」
「何を言っている。それにお前はどこの誰だ? 見たことのない顔だな」
俺の言うことは聞いてくれそうにない。それどころか、どこの誰ときた。まあ、俺はバルバトス家の家督を継いで日が浅いし、下っ端な聖騎士たちまでには顔を知られていないようだ。
こうなったら実力行使しかない。ハドが行動を起こすよりも前に、彼らから引き離すしかない。
そう思って、先に近づこうとするが、ハドのほうが位置的に早かった。
警備兵を一人掴み上げて、俺へと投げつける。あまりの速さに躱してしまえば、彼は死んでしまう。受け止めている内に、ハドは他の者達へと喰らいついた。
飛び散る血しぶきと悲鳴。
そして、ハドは舌舐めずりをしながら、倒れた聖騎士たちから、二本の聖剣を奪い取る。その聖剣は青白く輝き始めた。
つまり、聖剣技スキルのアーツ《グランドクロス》を聖剣に留めて、攻撃力を飛躍的に増加させている。
「フェイトオオオオオォォォッ」
俺は警備兵を放り投げて、飛びかかってくるハドの二本の聖剣を黒剣で受け止める。
「くっ、重い」
「フェイト、フェイト、フェイト」
先程よりも動きにキレが増している。それに力も……。もしかして、吸血によって力が上がったのか?
いくら俺がアイシャ様を治療したことによって、ステータスが低下しているといっても、ここまで感じるなんてありえるのか……。
俺は黒剣を強く握りしめて、ハドを押し返す。その背後では、ハドによって殺されたはずの聖騎士たちや警備兵たちが、ゆっくりと立ち上がり始めていた。
そして、各々が思うように散り散りになって、歩いて行く。やばい……あれをあのまま行かせてしまうと、軍事施設はナイトウォーカーたちで溢れかえるかもしれない。
だけど、ハドが邪魔で手が出せない。それに、ナイトウォーカーを倒して暴食スキルが発動してしまうと、劣化した魂を強制的に喰わされて俺を蝕むダメージを受けてしまう。
この敵は俺一人だけでは倒しきれない。
そう思ったとき、ナイトウォーカーたちを斬り裂く者が現れる。そして、俺はその姿と声を聞いて、心から安心した。
「フェイト、遅れてすまん。王様から正式な許可をもらうのに時間を要してしまった。苦戦しているようだな」
「アーロンっ!」
彼はハドにめがけて、青白く輝く聖剣を振るって、背中を斬り裂く。血しぶきともに、ハドの力が弱まって俺は躱し様に奴の横腹を切り抜けて、アーロンに合流する。
そう、アーロンもまた俺と同じように、Eの領域に踏み込んでいるのだ。それはハウゼンでの戦いで、彼との絆を結んだことに由来する。その後、俺が天竜との戦いでEの領域に達した時に、アーロンに異変が起こったらしい。
なんでも、頭の中で無機質な声がして、ステータス値の再算出を行いますと聞こえたそうだ。
そして、体が組み替えられるようの不思議な感覚が襲ってきて、何が起こったのかと鑑定スキルで、自身のステータスを確認すると、見たこともない表記になっていたという。
天竜戦の後、ハウゼンでアーロンに会ったときはびっくりしたものだ。元々、元気だった爺さんが、とんでもないパワーアップをしていたからだ。もう、手に負えない元気な爺さんになっていた。
「リッチ・ロードと戦った時を思い出すのう。なぁ、フェイト。あの時と似たようなことになっているみたいだな。暴食スキルのせいでトドメをさせないと見た。どうだ?」
「察しが良いですね。今回はナイトウォーカーを倒すと、劣化した魂を暴食スキルが喰らってしまい、俺にかなりのダメージが入ります」
ハドはゴブリンのナイトウォーカーよりも魂が劣化していそうだ。喰ったら、死ぬかもしれないな……。
「ならば、久しぶりの共闘といこうではないかっ。腕が鳴るのう……準備はいいか、フェイト」
「はいっ」
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