第88話 実験体E002
男が言っていた収容室まで進んでいくが、少しずつ少しずつと薄ら寒いものを感じる。
いや、それはちゃんと俺の視界に入ってきていた。白い壁には、刻まれた何かの爪の跡と、血がこびりついていた痕が混ざり合っている。
その痕が北へと踏み込んでいくごとに、多くなっていくのだ。この傷と血から、多くの命が失われてたことは明白に思えた。
もしかしたら、スラムの教会からやってきた人々がこの場で逃げ惑いながら、殺されたのかもしれない。そして、あのゴブリンだった魔物の餌に成り果ててしまったのだろうか……。
『フェイト、大丈夫か?』
「なんだよ、急に。これからメミルを探さないといけないのに」
『気のせいならいいのだが……今のお前は、お前らしくないぞ』
「何をだよ?」
『一つだけ忠告をしておく、よく聞け。ここから先は悪意を、条件反射のように悪意だけで返すようなことだけは、もうやめておけ』
「でも、あいつらは……」
『焦る気持ちはわかるが、それでもだ。それはお前のためでもある。力には善悪の区別など出来ない。強大な力を持っていれば尚更だ』
「グリード……俺は」
『今一度、思い出せ。ガリアで天竜と戦った時の気持ちをな。お前はまた繰り返すつもりか? 次こそ、ロキシーへ胸を張って顔を合わせられるのか?』
俺はハッとなった。俺はまた繰り返そうとしていたのか……。
ガリアでロキシーの力になりたいなんて言っておいて、独りよがりな戦いをした挙句、最悪なタイミングで正体がバレてしまった。
それでも、暴走寸前だった力(暴食スキル)にどうしようもなかった俺に最後の救いの手を差し伸べてくれたのは彼女だった。
ロキシーから伝わってきたのは善悪でなくて、もっと温かい気持ちだった。俺はそのレベルやステータス、スキルとは違った力に救われたのだ。そして、わかってしまった。
俺はロキシーを救いたくてガリアを目指したのでなくて、俺自身が彼女に救ってもらいたかったのだと……。
そんなことでは駄目だから、もう一度やり直して今度こそロキシーへ胸を張ってまた出会えるように頑張ってきた。
だけど、また目の前のことばかりに気持ちを振り回されて、もっと大事にしないといけないもの見失いかけていた……情けない話だ。
グリードと同じように、アーロンやマインだってそうだ。聖騎士になってからというもの、俺のことを何かと心配してくれていた。
それでもやるべきことが多すぎて、それらばかりを優先してしまい、気が急ぐあまりに最短距離を求めて無茶や強引なことをしていたのかもしれない。
「ごめんな……グリード。目が覚めたよ、もう大丈夫」
『ならいいさ。ここから先は俺様は何も言わん』
「ああ、見ていてくれよ」
ロキシー……彼女なら物事を善には善、悪には悪のようなことはしないだろう。悪には悪をぶつけるようなことしかできない俺だけど、それだけではグリードのいうように、ここから先には進めない。俺はロキシーのような答えを導き出せないから、自分らしく違う答えを探すだけだ。
きっと因縁のブレリック家と関係を清算した時、ロキシーに胸を張ってまた会えるような気がする。
黒剣グリードを握りしめて、先を急ぐ俺の目の前に収容室と刻まれたプレートが現れた。多くの人数を一度に中へ入れれるようにしているためか、自動ドアは他の部屋よりも大きい。
「グリード、頼めるか」
『任しておけ』
認証プレートへ黒剣をかざして、自動ドアを開ける。ピッという音と共に空いた部屋。
そこは一本の通路だけあり、それを向かい合うように幾つもの透明なドアが設置してあった。
近づいてみてみると、透明なドアだけあって部屋が丸見えである。
中は、真っ白で数十個の排水口のみがあるだけだった。とてもじゃないけど人が住めるような場所ではない。
俺は一つずつ覗き込んで中を確認していく。誰か、他の者が捕まっていないかと思って見ていったけど、中は異常なくらい綺麗に掃除してある部屋ばかりだった。
「誰もいないな」
『そう気を落とすな。あの一番奥のドアを見ろ、他とは違うぞ』
グリードに促されて見た自動ドアは他の部屋のものとは違っていた。それは透明ではなく、磨りガラスのように外から中が見えないようになっていたのだ。
今まで見てきたところにはメミルはいなかった。最後に残された場所――本当にメミルが居るとしたらここしかない。
俺は収容室に入ってきたと同じ要領で、認証プレートに黒剣をかざす。
「開いた……!?」
『いたな。あれがメミルか?』
「ああ、あの冷たい紫色の髪……メミルだ」
間違いない少しだけ
部屋の中にあるのはベッドだけ。彼女は白い服を着せられて、そのやわかそうなベッドに寝かされて眠っていた。
とても疲弊しているようで、俺が中へ入ってきても起きるような気配が感じられない。そればかりか、近づいて顔に触ってみても眠ったままだった。これは明らかにおかしい。
「どうなっているんだろう」
『何かによって眠っているのだろうが……フェイト、右腕を見ろ』
「これは……」
メミルの腕には、無数の小さな傷があった。何か細い針のようなものを何度も突き刺したような感じだ。さらに、その周辺が青白く鬱血していたのだ。
グリードが声を唸らせながら、俺に言ってくる。
『注射器で、薬物か何かを体内に注入されたようだな。それも大量にな。おそらくその影響で、意識が戻らないのだろう』
「何のためにそんなことを?」
『……実験かもしれん。フェイト、念のために鑑定スキルでこの女を見てみろ』
グリードが言うように、実験的に何かを投与されているのなら、もしかしたらステータス上に影響が出ているかもしれない。
俺は《鑑定》スキルを発動した。
・メミル・ブレリック Lv30
体力:5165600
筋力:6197600
魔力:6138400
精神:5150900
敏捷:5167800
スキル:聖剣技、筋強化(大)、魔力強化(大)
えっ……ステータスが飛び抜けて高い。このスキル構成でこのレベルなら、通常で全ステータスは20万未満だろう。それが全ステータスで500万を越えているのだ。
この異常なステータス上昇は、グリードが言っていた実験の成果なのだろうか。
しかし、その影響でメミルは眠ったままだ。
「このままだと、この研究施設でなにが起こっているのか、聞き出せないな」
『さあ、どうする、フェイト?』
「メミルをここから連れ出そう。腕の傷を見るに繰り返し注射で受けているようだから、それがなくなれば意識を取り戻すかもしれない。そうしたら、話もできるだろうし」
有力な情報源を手に入れた俺は、メミルに手を伸ばし、そして持ち上げた。
すると、部屋の中が白から赤に変わり、けたたましく警報が鳴り始める。
「なっ!?」
『しくじったな、フェイト。あれほど、気をつけていけと』
「なんだよ、他人事のように言いやがって!」
『俺様はただの武器だからな』
「まったく……相変わらずだな」
部屋の自動ドアも合わせて勝手に閉まってしまい。俺はメミルを片手で抱きかかえると、黒剣を認証プレートにかざすが、
「開かないぞ」
『それはそうだろう。侵入者が入ってきたのだから、強制ロックでもかかったんだろうさ』
「なら、やることは決まっているか」
『そうこなくてはな。コソコソしているのは性に合わん。俺様たちらしく、派手に行こうぜ!』
俺はノリノリな黒剣グリードを振るって、開かなくなった自動ドアを切り飛ばす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます