第87話 囚われの聖騎士
『フェイト、しっかりしろっ!』
グリードの声で我に返った俺は近づいてくる足音に気が付く。そしてすぐさま引き返して、姿を隠した。先程、金属製の大きな箱を運んでいった男たちが戻ってきたのだ。
どうやら、俺は思ったよりも長い時間、思考が止まっていたようだった。未だに箱の中身……が目に焼き付いてしまって、気分が悪い。どうやったら、あんな酷いことができるんだ。
そんなものが入った箱を男たちは平然と運んでいくのだ。一体ここは……どうなっているんだ!
『心を落ち着けろ、心拍が乱れているぞ。だから言ったんだ、見るなと!』
「すまない。別に見たことを後悔はしていないさ。とんでもない何かが起こっているってわかったから」
『しばらくは、大好きな肉は食えそうにないな』
「……うるせっ」
『その意気だ。先に進むぞ』
呼吸を整えて、金属製の箱があった場所を見る。男たちがすべて運んでいってしまったようだ。このまま、あの男たちの後を追った方がいいのか、それとも別のルートを取っていくか。
『あれは見たところ、廃棄するために纏めて箱に詰めたのだろう。あれを追っていったところで、もっと悍ましいものを見ることになるかもしれんぞ』
「悍ましいものって!?」
『おいっ、やめろ! フェイトっ!』
男たちが消えていった方へ、駆けていく。辿り着くと彼らは持ってきた箱を開けて、下へと中身を流し込んでいた。そして、下から聞こえてくるのは、得体の知れない奇声だった。この人の声ではないものはまさか……ここは王都の中だぞ。
俺の不安をよそに男たちは下を見ながら、
「ほら、たくさん食えよ」
「うあ、いつ見てもエグいわ」
「お前ら、あまり下を覗き込むな! 落ちたら餌と同じように食われるぞ」
「わかっているって、でもまあ、使えない奴らでもこうやって役に立つんだから、ちょっとエグいけどな」
「給料はいいんだし、慣れれば大したことないだろ。力がないくせに金に目が眩んで、ノコノコ餌になりに来たやつが悪いんだよ」
男たちのあまりの物言いに、俺は身を潜めていた場から飛び出していた。そして、そのままの勢いで男の一人を突き飛ばす。
「ならお前も落ちてみろよ」
「なにっ、うああああぁぁぁ」
残った四人が突然のことに驚きながらも、腰に下げていた警棒に手をかける。
「何者だ! お前、ここがどこの研究施設だとわかっているのかっ!」
しかし、反撃をする時間など与えない。一人を残して有無も言わせずに落としていった。
「わかっているさ」
俺は残った一人の首を片手で掴んで締め上げながら、落下していった四人を見る。
結構な深さだがまだ四人は生きているようで、身を寄せ合って震え上がっていた。
理由は彼らの周りを囲んでいる異形の魔物たちだ。今は先に与えた血肉を食らっているが、その内に食べ尽くすだろう。
そうしたら、次は彼らだ。だからこそ、必死になって俺に言ってくる。
「俺たちが悪かった。そこの非常用ボタンを押してくれ」
「頼む! 食われちまう」
彼らが指差す場所の壁には赤いボタンがあった。かなり使い込まれているようで、赤い塗料がすり減って、銀色の金属が僅かに顔出していた。非常用の癖に、何故こんなに使っているのだろうか。
日常的に、ああやって下に落ちているのか? まさか……。
そんな俺にグリードが《読心》スキルを介して言ってくる。
『あれはおそらく、下にいる魔物たちに付けられている首輪と連動しているのだろう。あれを押せば、首輪から電流か何か、魔物に苦痛を与えるように仕掛けがあるのさ』
「なら、あんなに使い込まれているのは……」
『日頃から、あいつらは異形の魔物へ虐待をして、楽しんでいたんだろう』
「すべてが胸くそ悪い話だな」
俺は非常用ボタンを押すことなく、成り行きを見守る。異形の魔物たちは血肉を平らげると、メインディッシュと言わんばかりに長い舌を垂らしながら四人の男たちに近づいていく。
「お願いだ。早く押してくれ!」
「もうダメだ……うああああぁぁぁ、やめろ! 近づくな!」
「いやだ、いやだ!」
異形の魔物たちは男たちをすぐに殺すことなく、地面に叩きつけたり、骨を砕いたりして苦しめていく。まるで、今まで自分たちが彼らに痛めつけられたことを再現するかのようにだ。
この魔物は見た目に反して知能が高いぞ。
そんな悲鳴が響き渡る中、俺は残った一人に問い質す。
「ここはどういったことをしている場所だ。答えろ!」
「……言えない……言えるわけがないだろ……言ってしまえば、俺は……」
その後は言わなくてもわかる。ブレリック家に秘密をばらしたと知られては生きてはいけないだろ。
だけど、言ってもらう。せっかくの情報源だ。
ブレリック家は王都で魔物を飼っている。それも人の餌にして。
何のためだ? しかも、あの見たこともない異形の魔物たちは何だ?
俺は、男に下がよく見えるようにぶら下げる。もしここで掴んでいる首を放したら、彼は真っ逆さまに落ちていき、貪り食われている仲間の下へ行くことになるだろう。
「……わかった。言うから、言うから落とさないでくれ」
「まずは、誰がこのようなことを指示している?」
「ラーファル・ブレリック様だ。頼む、俺は何も知らないんだ。ただ箱詰めにされた死体の残骸をこいつらに食わせてやるのが仕事なんだ」
「この異形の魔物のこともか?」
「詳しくは知らない。だけど、こいつらは……始めはゴブリンだった。なのに人を食わせていったら、姿が変わっていって……なんでそうなったのかは……これ以上は何も知らないんだ」
俺は用がすんだとばかりに手の力を緩めようとした時、縋り付くように男は声を絞り出す。
「まだある。聞いてくれ! ここにはメミル様が幽閉されているんだ。メミル様に聞けば、詳しい情報が得られるはずだ」
「はっ!? なぜ、メミルが?」
メミルはラーファルの妹のはずだ。なのに、なぜ幽閉されなければならない。しかもこのような気味の悪い場所で?
男にそれを聞いても、知らないというばかりだ。ただ、この研究施設で働いている女から、そんなことを聞いたらしい。
「信憑性に欠ける話だな。でまかせじゃないだろうな! ならメミルはどこに居るんだ?」
「ここから北へ進んだ。収容室の一室に居るらしい。収容室は行ったことがないから、どうなっているかは詳しくはわからない。頼む、信じてくれ!」
「……わかった」
俺はそう言って、掴んでいた手を放した。男は青い顔をして、ゴブリンだった異形の魔物たちが待つ場所へと落ちていく。
「なぜだ! 俺は知っていることは全て言ったぞ! なのに……なんで!」
「これからお前の言ったことが、本当かどうかを確かめに行く。もし本当だったら、戻ってきて助けてやる」
「無理だ……そんな時間はない」
「それはお前次第だ。力があるんだろう……少なくともお前らが餌と言っていた持たざる者たちよりも」
俺はもう男を見ることもなく、北側にあるという収容室を目指す。後ろから聞こえてくるのは、悲痛な叫び声と魔物の咆哮だけだった。
もうここで行われているのは、倫理を侵すなんて生温いと言い切れるようなことが起こっている。ラーファルは確かに悪いやつだったが、これほどのことをするほどの人間だっただろうか。
それに、妹のメミルまで幽閉しているという。俺が知っているラーファルは少なくともメミルにだけは優しかったように見えたからだ。
俺の見間違いだったのかなと思っていると、グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。
『フェイト、気が付いているか。あれだけ、騒いだのに誰一人来なかったことを』
「ああ、もちろん。さっきの男を尋問しているときも、周りは常に警戒していたさ。ここは人がいなさすぎる。本当にメミルがこの先に居るのなら、今の状況はわかるかもしれないな」
『……この感じは昔を思い出す。気を付けていけ』
珍しく重い声で俺に注意を促すグリード。ここは従っていたほうがいいだろう。
それだけ、ここは冷た過ぎた。人の生活感というか温もりがまったく感じられないのだ。聞こえてくるのは、食い足りないと言わんばかりに吠える魔物の声ばかりだった。
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