第86話 第7研究施設
巡回兵たちを掻い潜りながら進んでいくと、一際大きな研究施設が姿を現した。
そして壁にはこれみよがしにブレリック家の家紋が取り付けられている。
近づいて様子を窺う。やはり、警備は厳重か……。
当たり前の話だろう。スラムから連れてきた持たざる者たちが逃げ出したばかりなのだ。
黒剣グリードが《読心》スキルを介して、物陰から身を潜める俺に言ってくる。
『さあ、どうする? あれほど警備では中に入るのも容易でないが』
「下はそうだろう。なら、この区へ入ったようにすればいいだけさ」
『ピョンピョン、ピョンピョンと、まるでウサギだな。いや、カエルか……ゲコゲコ』
「うるせっ」
まったく……気が散るだろ! これから忍び込むというのに邪魔をするなよ。
タイミングを見計らって、警備の死角となっている場所に近づく。そして勢いそのままに跳び上がった。
高さは軍事区を囲む壁より低いので、大したことない。
跳躍で登っていく間に見た建物の外装は、鏡のように傷一つなくて継ぎ目もなかった。グリードが言っていた通り、ガリアの失われた技術がなせるものなのだろう。大気との反応で光りを淡く放つそれは、優しくてどこか懐かしかった。
「よっと、到着!」
『警備はいないようだな』
「ああ、下はあんなに慌ただしいっていうのに」
屋上は思ったよりも、風が強い。それは、足元に見える通気口らしきところから、施設内で発生する熱を放出しているためだった。季節は冬だというのに、この屋上はまるで真夏のような暑さだ。
寒さ対策で厚着をしているため、立っているだけで額に汗がにじみ出てくるほどだ。
「なあ、グリード。あの風が出ている奥で回っているあのバカでかいものはなんなんだ?」
『ただのプロペラだ。それに回転させる機構をつけているだけだ。今はあのような単純なものすら失われてしまったわけだ』
これが単純か……俺にはとてもそんな風に見えない。どうやって手を使わずに回しているのか、さっぱりわからないのだ。
それでも、中に入る経路は見つかった。
「ここから、下へ降りて中へ侵入しよう」
『ハハハッハハッ、ここから降りるか。面白い』
通気口に設置されている落下防止用の柵を黒剣グリードで切り裂いていく。人が一人ほど通れるくらいまで広げて準備完了だ。
あとは、タイミングを見計らって、あの高速回転する巨大なプロペラを掻い潜って降りるのみ。その前にあの先は暗いので《暗視》スキル発動。
『簡単そうにみえて、難しいぞ。今のフェイトなら、もしプロペラに接触したところで、バラバラにならない。だが、逆にプロペラの方がバラバラだ。そうなっては』
「ここへ忍び込もうとしているのがバレてしまうだろ」
『わかっているじゃないか。なら、俺様は高みの見物をさせてもらおう』
「いつもだろうに」
『そうさ。なんたって俺様は武器だからな、ハハハッ』
グリードの笑い声を合図に通気口へ落下していく。次第に奥からは、耳障りな回転音が聞こえてくる。風は更に強くなっていって、俺の体すらも浮かせてしまうほどだ。
俺は回転するプロペラを動きを見極める。
「今だ!」
壁を蹴り、突入する。頭を掠めるプロペラの一羽、体のすべてが通り過ぎた時、次の一羽が足元を横切っていった。
ふぅ〜……結構ギリギリだったかな。
でも、マインの黒斧を躱すことを思えば、まだこっちのほうが楽だろう。
巨大なプロペラを抜けると、強い風は収まり落下スピードは加速していく。このままいけるところまで行ってみるか。
スラムのシスターからの話では、集められていた人々は皆が施設に入ってから下へと連れて行かれたという。つまり、俺が目指す場所は建物の地下だ。
そこで、一体何があるのか……この目で見てやる。
「下に降りていくほど網目のようになっていくな。こっちかな」
『これほど大きな施設だ。通気口が入り乱れていて当然だ。広い場所を選んで降りていけ。下手すると地下まで直行できないぞ』
「わかっているって」
グリードの言うとおり、空間の広い場所を選んで下へと進む。すると、鼻をつくような臭いが立ち込めてきたのだ。なんというか……生臭く不快だ。
まるでゴブリンたちを狩りまくったときのような臭いに似ている。
「……死臭がする」
『フェイト、そろそろ到着だ』
通気口の最下層に着地すると、足元は金網になっており、そこから室内の空気は外部へ放出するために取り込んでいるようだ。
下を除くと、水が一面にはってある広い部屋だった。照明に照らされたその水は真っ赤に染まっており、まるで鮮血のようだ。
そのプールのような場所にはいくつか足場となる橋が駆けられているので、俺は金網を黒剣グリードで切り裂いて、下へ降りた。
「よっと、気味の悪いところだな」
『…………ああ』
「なんだよ、らしくないな」
『そうか……それよりも先に進んだほうが良いだろ』
歯切れの悪いグリードの言葉に、違和感を覚えつつも、部屋の出口らしき場所へ進んでいく。
見たこともないドアらしきものがあるけど、これはどうやって開けばいいのか……。
ドアノブもないし、押しても開かないぞ。
四苦八苦していると、グリードが《読心》スキルを介して教えてくれる。
『自動ドアだ。開けるには認証された者が横にあるプレートに触れる必要がある』
「えっ、マジか……。俺は当然のように認証されていないだろうから、開けられないぞ。無理矢理破壊するわけにもいかなし……」
でも、そうなるとどうする。いきなりの八方塞がりに頭を抱えていると、グリードに笑われてしまう。
『俺様をそこのプレートにかざしてみろ』
「えっ、それってどういうこと?」
『いいから、早くしろ』
自信満々なグリードに促されるように、俺は言われた通りにしてみる。
すると自動ドアが、
「開いた!?」
『どうだ! 俺様にかかれば、これくらい容易いものだ』
認証された者しか開けられない自動ドアだったはず、それをグリードが何らかの方法で介入して開けてしまったのだ。偶には使えるグリード様だ。
『構造は俺様よりも単純だからな。自動ドアは俺様が開けてやるから、さっさと進むぞ』
「なんだか、今日は頼もしいな」
『はっ!? いつも頼もしいの間違いだろ。訂正しろ』
開いた自動ドアから、顔を出して通路に人がいないことを確認する。それにしても異様なほど静かだな。
「よしっ、先にいこう」
『おい、聞いているのか』
「はいはい、聞いているよ。グリードは本当に頼りになるな。頼りになるなる」
『わかればいいのだ。わかればな!』
ご機嫌取りはこれくらいにして、通路に足を踏み入れる。天上にある照明の光源が高くて、薄暗さは全く感じない。あれは蝋燭とは違うものなのだろう。
まあ、照明だけでなく、やはり壁も床も金属なのか石なのかがわからない材質で作られている。勝手に開く自動ドアといい、ここは俺が知っている世界とは全く違う。
まるで別の世界に投げ込まれたような錯覚すら感じさせる。
「なあ、グリード。ここにある技術はガリアのものだったんだろ」
『そうだ。ほんの末端だがな』
「これで末端なのかよ。ガリアって、とんでもない国だったんだな。これほどの技術を持っていて、なんで滅んだんだろうな」
『倫理を無視して行き過ぎたからだ。それだけではないかもしれないが……』
急に静かになってしまったグリード。だけど、通路を進むごとに設けられている自動ドアを何も言うこともなく、黙々と開けてくれた。
そして、曲がり角の先に人の気配を感じて、足を止める。
そっと覗き込み、彼らは大きな金属製の箱を台車に載せて、自動ドアの奥に入っていく。
何なんだろうか、あの箱は……。五人ほどの男たち、全員が箱を移動させるためにその場からいなくなる。
俺は誰もいなくなったことを確認して、まだ沢山残っている箱に近づく。
よく見ると、箱の蓋辺りに少しだけどす黒いものがこびりついていた。すぐに脳裏によぎったものは、
「これは……まさか……いや、そんなことは」
『フェイト、やめておけ!』
グリードの制止を聞かずに、蓋を開けてしまう。あの男たちは平気な顔をしてこれを運んでいたのだ。だから、俺が思っているようなものは入っているはずはない。
そう信じたかったのかもしれない。
「嘘だろ……なあ、グリード」
震える右手を左手で押さえ込み、箱の蓋をそっと元に戻した。
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