第85話 王都の軍事区

 深夜零時、月が高々と登っている空の下、俺は屋敷を出る。


 視察といっても、表立って行ったところでブレリック家が俺を中へ入れてくれるはずがない。なら、昔(ムクロだった頃)のように闇に紛れて、好きにさせてもらおう。


 軍事区へは隣り合っている聖騎士区から中へ入ることができる。しかし、行き来する門にはやはり門番がいるので、違う道を通る必要があった。

 区画を隔てる高い壁を見上げていると、黒剣グリードが《読心》スキルを通して話しかけてくる。


『久しぶりに単独行動だな。良かったのか? 爺とマインに付いてきてもらわなくて』

「いいさ、これくらい俺一人でできないと」


 アーロンにこういったことは似合わないと思うから、彼にはブレリック家がしていることを王様に知らせてもらう役をお願いしたのだ。


 王都に住まう者たちは、王様の管理下にあるのだ。それなのに多くの住民たちを私利私欲のために許可なく軍事区へ引き入れて、あまつさえ殺したとなると、何のお咎めなしではすまないだろう。だから、あの後シスターと一緒にお城へと向かってもらったのだ。


 俺が屋敷を出るまで帰ってこなかったところをみるに、話はまだ続いているのかもしれない。


 マインは俺について来たがったけど、頼み込んで留守番をしてもらっている。彼女の場合、単純に隠密行動ができないのだ。大きな黒斧を持って、なんでも正面からぶつかり合うのを得意とする彼女は、目立ちすぎる。


 頼み込んでやっと納得してくれたけど、屋敷の門までピッタリと付いてきて恨めしそうな顔で、俺はずっと見つめられていた。軍事区から帰ったら機嫌を直してくれていることを祈るばかりだ。


 ああなってしまったマインは、少々面倒なのだ。


「さて、この壁を飛び越えて、とりあえず中へ入るか」

『あの高さを静かに登れるか、見てやろう』

「Eの領域のステータスにも慣れてきたことを見せてやるよ」


 地面を柔らかく蹴り、壁すれすれを登っていく。そして、登りきったところで、足をそっとおろして着地した。


「どう、うまいもんだろ」

『60点、まだまだだな。俺様に僅かな振動が伝わってきた』

「そのくらいいいだろっ。グリードはいつも辛口評価だな」

『俺様の使い手なら当たり前だ。それより、下を見てみろ』


 これは……すごい。

 見渡す限り、綺麗に光り輝くように建物が整然と立ち並んでいる。他の区画との光量が全くケタ外れだ。


 いままで高くて分厚い壁に阻まれて、知らなかったけど、この区画は建物自体の様式がまったくもって異なるのだ。

 商業区、住居区や、聖騎士区ももちろんであるが、基本的に建物はレンガを用いて建てられている。


 しかし、軍事区の建物はそれらとは違い、レンガが使われていないのだ。なんというか継ぎ目のない壁という感じだ。そして窓はなくて、どの建物もとても高くて大きいのだ。


 なら、どこが輝いているのかというと、その建物が淡く光を放っているのだ。


「なんなんだ……あの建物は」

『あれは、ガリアの技術だな。大気中からエネルギーを取り出す特殊なプレートだ。それを使って建物内で使うエネルギーを供給しているのだろう』

「ガリアの技術が王都の軍事区で使われていたなんて……」


 大昔に滅んだガリア。その技術は失われたと思っていたのに、まさか壁の向こう側で息づいていたなんて、思ってもみなかった。


『まあ、滅んだといっても、すべてが無に還ったわけではない。今もガリアには多くの遺跡が残っているのは、フェイトもその目で見て知っているだろう。それらから、回収した物だろうさ』

「そうなのか、ガリアって案外宝の山なのかもな」

『ああ、だからエンヴィーはガリアに天竜を置いて、人払いをしていたのだ。あれは魔物の進行をコントロールする以外にも意味があったわけさ』


 でも、天竜は俺が倒してしまった。魔物の進行については、あの時の戦いで大地に王都とガリアを隔てる深くて大きな傷を作ったので、そう簡単にはやってこれないだろう。

 そして、他にも手を打っている。だから、ガリアの魔物に関してはあまり問題視してない。


「もし、これからガリアへ向けて、多くの人達がこんな遺物を探し始めたら、ここで起こっていることが他に広がっていくかもしれないね」

『それは王都が望まないだろう。ガリアの技術を独占したいと考えているはずだ』

「ああ、隔離されたこの状況だからね」


 だからといって、ガリアへの道が開かれた今、こういった技術を求めるものたちは後をたたないだろう。なら、ガリアに比較的に近い、復興を目指しているハウゼンがその先頭になってもいいかもしれない。


 まだ見ぬ技術に満たされた都市なんてなったら、ワクワクしてしまう。

 だけど、今はブレリック家のことが優先だ。


「ここからだと、ブレリック家の研究施設は見えないな」

『シスターの話では、ここより北側だったな』

「それにひと目でわかるって言っていた」


 ブレリック家は聖騎士の中でも地位の高い五大名家の一つだ。その研究施設にはこれみよがしに家紋が掲げられているという。


 そして、周りの研究施設より一際大きいとも言っていた。これは、逃げ出してきた者がシスターに伝えたことなので、おそらく正しいのだろう。


「まあ、行ってみればわかることさ」

『ヘマして見つかるな。調べるだけだ。なにがあったとしても、手は出すな』

「なんだよ。急に」

『ガリアの技術に人間と来たら、昔から碌なことがないからな』


 いつものグリードらしくない慎重な物言いに疑問を覚えながらも、壁の下に人が居ないことを確認して飛び降りる。


 そして着地と同時に、衝撃を受け流して静かに移動を始めた。


 駆ける道もまた建物と同じように、見たこともない材質で作られており、中央あたりが点々と淡く光って暗い夜でも、進行方向がよく見えるようになっている。周りの建物が光っていることもあるし、これなら暗視スキルなどいらないくらいだ。


 時折、巡回してくる兵士たちを掻い潜り、北へ北へと進む。すると、またしても見たこともない鉄の塊の周りに人集りが出来ていた。中には兵士たち以外に白衣を着た者たちが十数人ほどいる。


 皆が熱い視線を送るそれは、丸い輪っかが二つ並んで付いており、その真ん中に人間が座れるような場所があった。不思議なことに、普通なら不安定で倒れそうなものだが、それは自分でバランスを取っているかのように地面に直立しているのだ。


 俺は遠目から窺いながら、グリードに聞く。


「なんだろうな、あれは?」

『ガリアで使われていた乗り物の一つ、自動二輪機構でバイクと呼ばれる物だ。ガリアで見つけてきて、修復でもしたんだろう』

「あれが乗り物? 鉄の塊だよ」

『そう思うのもわからんこともない。だが、あれは馬よりも数百倍は優れた乗り物だ。馬のように疲れることもないしな』


 あのバイクという乗り物が、馬よりも優れているとはあまり信じられない。まあ、無機物なんだから馬のように疲れないだろうけど。そこらへんはグリードと同じだな。


「どうやって乗りこなすの?」

『運転方法はあの前輪の上辺りに付いているハンドルを操作する。姿勢制御があるから、倒れることはないから初めてでも運転可能だ』

「ふ〜ん、なら何故、あの人達は乗ろうとしないんだろう」


 そう言うと、グリードは鼻で笑うように、


『単純にバイクを乗りこなせるほどの魔力持ちがいないだけだろう。あれは動く度に魔力を消費する。あの周りの奴らでは、座席に乗っただけで昇天することだろうさ』


 確かにもう少し近づいて、よく見るとバイクの下に男が3人ほど倒れて、気を失っていた。


 皆が一様に、白目を剥いて口からは白い泡を吹いている。グリードが言っていた昇天とはこういうものだと体現しているかのようだった。


「俺なら乗れるかな?」

『当たり前だ。フェイトはEの領域だぞ。いくら乗ってもあんなことにならないさ。だが、いまは諦めろ』

「わかっているって、先を急ごう!」


 王都の軍事区は俺の知らない世界ばかりで、目移りしてしまって仕方がない。


 もっといろいろな物を見たい気持ちを抑えつつ、俺は更に軍事区の北へと進んでいく。

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