第84話 ブレリック家の暗躍
次の日。よく晴れた空の下、屋敷の庭の手入れを始めていた。
ボロボロになっている屋敷の改装は、専門知識のない俺には無理なので、アーロンが探してきた大工たちに任せている。
でも、庭についてはハート家で使用人としての経験を活かしたいし、こういう事自体が俺にとって楽しい時間でもあるので、普通ならおかしな話かもしれないけど、バルバトス家の当主自ら行うことにしたのだ。
そんな風に一人で黙々と、雑草伸び放題でマインには破壊し放題な庭を、昔の優美な姿へ戻す算段を考えていると、お隣さんであるハート家の方から声がかかる。
「フェイトか!? 久しぶりじゃな……」
俺に声をかけてくれたのは、ハート家でお世話になっていた庭師の師匠の一人だった。彼は俺を見て、ニッコリと笑って再会を喜んでくれた。
そして、俺がいる場所、着ている服などを見ていく内に、ぽかんとした顔になっていった。
屋敷にいる時の俺は髑髏マスクを付けていないから、その内こうなってしまうのはわかっていたことだ。
「お久しぶりです。ご無沙汰しています」
「……これは、また驚いたわい。ここを出ていって、戻ってきたと思ったら、聖騎士様になっているとはな。おっと、いつもの癖で言葉遣いがっ」
「いいえ、そのままでいいですよ。改めて、自己紹介を。バルバトス家の家督を継いだフェイト・バルバトスです。以後お見知りおきを、以前のようにフェイトと呼んでください」
「わかった。お前さんがそうして欲しいのなら、そうさせてもらうよ。それにしても、アーロン様が戻られたとハート家の使用人たちの間でも話題になっておったのだ。跡継ぎの話もな……まさか、フェイトだったとは……。とんでもない爪(スキル)を隠していたものだ」
隠していたか……まあ、使用人として平穏に暮らしていた時は聖剣技スキルは持っていなかったので、隠していたわけではないのだけど……。
このスキルは、ブレリック家の次男ハドを殺して、奪った力だ。良くも悪くも、この聖剣技スキルが俺のその後を決めてしまったので、まったくもってなにが起こるかわからない世の中である。
日雇いバイトの門番をやって、ブレリック家の連中から酷い仕打ちを受けていたと思ったら、ロキシーによってハート家の使用人に……。そして、ガリアへ武人として旅立って、戻ってきたら、聖騎士だ。それも、剣聖アーロンの跡継ぎとして。
苦笑いしていると、庭師の師匠がバルバトス家の庭を見ながら言ってくる。
「それにしても、ひどく荒れておるな。もしかして、フェイト一人で直そうとしているのか?」
俺の周りに置いている道具たちから、そう思ったのだろう。
「ええ、そうです。皆さんに教わったことを活かして、やってみようかと。それに、こうしていると心が落ち着きますし。元に戻すまで時間がかかりそうですけど」
「う〜ん、そうじゃな。どうだろうか、儂にも手伝わせてもらえるか?」
「えっ、いいんですか? でも、ハート家の庭の手入れが……」
そういうと笑われてしまう。何十年と庭師としてやってきたことを見くびってもらっては困ると言われ、それにハート家の庭師は彼だけではないのだ。
だから空いた時間を使って、手伝ってくれることになった。
「よしっ、決まりだ。早速、手伝ってやろう」
「おおおっ、ありがとうございます!」
庭師の師匠をバルバトス家の庭に入ってもらい、改めて状況を見ていく。
すると、彼はしかめっ面になって、天を仰いだ。
「ハート家から、偶に隣の庭を見ておったが、こうやって細かく調べると思った以上に酷いな。それに……これは何じゃ!?」
「えっ、どういうことですか?」
彼が指差したのは、地面を深々とえぐった戦闘痕である。ああ、あれは昨日、アーロンとマインが手合わせした時のものだ。
マインの強さは言うまでもないが、アーロンも【死の先駆者】というリッチ・ロードを倒してから、物凄く強くなっていたのだ。おそらく、あの戦いで限界突破というレベル上限解放を得たことによるものだろう。
そんな二人の戦いは、庭に甚大な被害をもたらしていたのだ。偶に俺もその輪に加わって、修行するので、人のことは言えない……。
「剣聖ともなれば、簡単な鍛錬でもこうなってしまうんです」
「じゃが、このままだとここは草木が生えぬ、荒れ地となってしまうぞ」
俺と庭師の師匠が頭を悩ませていると、主な原因となっている二人が屋敷から出てきた。両方共に手には武器を持っている。
最近、よく見る光景なので、彼らがこれから何をやろうとしているかなんて、手に取るようにわかってしまう。あの人達は、今日も元気よく戦う気なのだ。……この戦闘狂たちめっ!
俺たちの目の前で繰り広げられる衝突音。聖剣と黒斧が激しいぶつかり合いだ。
その度に、元々荒れている庭が、荒野へと変わっていく。それを見た、庭師の師匠が呆然とその戦いを見つめた後、何も言わずにその場から離れてハート家の屋敷のほうへ帰ろうとする。
「ちょっと、待ってください! 手伝ってくれるんじゃなかったんですかっ!」
「これは、さすがに無理じゃ。直したところで、あんな戦いをされては、すべては無に還ってしまう。いや、それよりも酷いかもしれん」
「俺にいい考えがあります。少しだけそこで待っていてください」
直ぐ側に立て掛けておいた黒剣グリードを手にすると、俺は戦いの場へと割って入る。鍛錬をしているはずが、いつものようにガチの戦いになりつつある死地へと踏み入るのだ。
グリードが《読心》スキルを通して、言ってくる。
『腕が鳴るな。フェイト、庭を破壊する爺と憤怒を叩きのめせ!』
「お前、他人事だと思って……」
『あれでいくぞ。第一位階の奥義で、一発だ!』
「アホか! そんなことできるわけないだろっ。それにそんなことしたら、庭以前に屋敷まで消し飛ぶぞっ!」
『どうせ、全部オンボロだ。綺麗さっぱりしようじゃないか?』
相変わらずのグリードの戯言を聞きながら、アーロンとマインを止めに入った。
なぜか途中から二人の共闘によって、俺対アーロンとマインという構図に変わり、ボッコボコにされまくる。そして、十五分の激闘のすえ、二人はやっと静まった。
「どうしたの? フェイト。遊んで欲しいのならアーロンの後にしてほしかった」
「俺は別に遊びたくて、割って入ったわけじゃないよ。っていうか、マイン……さっきの一撃は本気すぎて、死ぬかと思ったんだけど」
「そんなことはない。本気ならもっと彼方へ飛んでいるはず。試してみる?」
首を振って、身震いしているとアーロンが笑いながら、聖剣を鞘に納める。
「人の戦いの邪魔をするとは、あまり関心せんぞ。それほど戦いたいのなら、順番を守らんとな。儂は朝早くから、マインとの先約を取っておいたのだ。しかし、こういった戦いも面白い、また頼むぞ」
「いやいや、そういう意図でやったわけではないです。俺は……」
どうやら、アーロンとマインは、仲間外れにされた俺が中にはいって一緒に戦いたかったみたいに受け取っていたらしくので、全力で否定して事情を説明していく。
二人が見境なく庭で戦うと、直せるものも直せないという話だ。
「うむ、なるほどな。わかったぞ、なら鍛錬に使う場所を決めてしまえば、いいことだな」
「はい、そういうことです。どうでしょうか、あの西側にある一角のみを使うのは?」
「限られた空間での戦いか……面白い。どうだろう、マインは?」
「私はそれで構わない。どんな場所でも戦えるし」
「なら、決まりだ。では、早速参ろうか」
「おう!」
善は急げとばかりに、アーロンとマインは指定された場所へ駆けていって、戦いを始めた。立ち昇る土煙……さっきよりも、戦いは熾烈さを増しているようだった。
やれやれ、黒剣を鞘に戻して、ホッと一息付いた俺は、庭師の師匠の下へ。
「お待たせしました。これで庭への被害は食い止められそうです」
「……なんともまぁ……勇ましくなったものだ。これなら手伝えそうだわい。それにしても……あそこはまさにガリアみたいな場所になっておるの」
彼は子供の頃から聞かされていた戦いだけに支配されている廃地――ガリアを連想していた。それほどまでに、アーロンとマインの鍛錬と銘打った戦闘がそう思わせていたのだ。
俺は庭の整備に取り掛かろう。庭師の師匠と共に、日暮れまで取り組んでいった。資材や植物の手配をどうするのかなど、いろいろと話し合いもして、当面は彼が利用している供給ルートを使わせてもらうことになった。
「何から何まですみません」
「いや、礼を言うのはこちらの方じゃ。久しぶり、大きな仕事が出来たわい。日頃は庭の維持管理が主じゃからな。また手伝いに来るぞ。他の者にも伝えておこう」
「ありがとうございます!」
他の庭師の師匠たちにも手伝ってもらえることになれば、これはもう鬼に金棒である。
ハート家の屋敷に帰っていく彼を見送りにながら、いずれ完成する予定の庭を思い描く。屋敷の正面には大きな噴水。それを囲むように、大きな樹木が生い茂る。更にその下には草花が色鮮やかに咲き乱れる。
うん、素晴らしい。早く実現させたい!
なんて思っていると、西側から爆音が聞こえてきた。そう、そうなのだ。まだアーロンとマインは戦っているのだ。彼らの体力は本当に底なしである。
顔を見せると、否応なくその輪に巻き込まれかねないので、このまま屋敷の中へいこうと思ったとき、最近になって知り合いになった女性が門の前に立っていることに気が付いた。
スラムにある教会のシスターだ。彼女には、持たざる者たちをハウゼンへ受け入れるための助力を得る約束をしていた。そのために、聖騎士区への立ち入れる許可書を事前に渡していたのだ。
彼女にも準備があるので、昨日の今日でやってくるとは思わなかったのだが、すぐに来てくれたことを嬉しく思う。
そんな気持ちで彼女を迎え入れようと門へ近づいたけど、なにやら顔色が悪い。そして、シスターは俺に言う。
「お願いです! 助けてください!」
「一体、どうしたんですか?」
尋常ではない慌てようである。すぐさま、門を開けてバルバトス家の中へ招き入れる。
すると、力が抜けたように崩れ落ちる彼女を受け止めた。立っていられないくらい急いでここまで来たのだろう。
そんなシスターは俺を見つめて言うのだ。
「私はとんでもない罪を犯しました。良かれと……良かれと思っていたんです。ですが……」
聞くに、俺は昨日教会で、貧しい人々に食べ物を与えていた理由がわかった。
あの食事のお金が、ブレリック家から出ていたのだという。それも定期的に教会を通して、持たざる者たちを五十人ほど集めさせて、ある場所へ労働させることが条件だったらしい。
「今までは特に問題もなく、労働へ行った人たちは戻ってきていたんです。ですけど……今回労働へ行った人たちはいつもよりも多くて百人以上に上ります。その人達が予定の日になっても戻ってこなかったんです。そして、運良く逃げ出してきた人から、何があったのか事情を聞くと……」
その者以外の人たちは全員殺されてしまったというのだ。
百人以上も!? ブレリック家は一体何をやったのだろうか。
シスターは、どうしていいのかわからず、昨日の縁もあって同じ五大名家であるバルバトス家に助けを求めてきたのだった。
俺はシスターを落ち着かせるようにゆっくりと聞く。
「彼らはどこへ連れて行かれたのですか?」
「それは……軍事区のブレリック家が管理する施設らしいです」
なるほど軍事区か……。これは視察も兼ねて行ってみる必要がありそうだ。
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